第15話 赤い竜目石


 数日後から始まる品評会を前に、町の竜導師たちは近衛府このえふの広場に集められていた。


 貴竜種エウレンの竜目石を持参するようにという話だったので、竜導師ではないアールも竜目石の入った木箱を持って広場にやって来ていた。


「ようアール、おはようさん。食堂でエルマに会ったよ。いい仕事みつけて良かったじゃねぇか。これでおまえさんも安心して所帯を持てるってもんだな」


 イエルの親方で竜導師のハリムが、丸顔をニヤニヤさせてアールの肩をたたく。


「いえ。エルマが食堂で働くのは、ここに居る間だけですよ」


 アールがそう言っても、ハリムは信じない。


「そんなことねぇだろ。せっかくお城の仕事につけたんだ。頼み込んで続けさせてもらえばいいさ」

「いや、だから……」


 アールが説明に困っていると、今まで変な顔をして聞いてるだけだったイエルが口を挟んできた。


「親方、あいつにお城の仕事が務まるわけないよ! 竜の谷村の恥になるから連れて帰った方が良いんじゃない?」


 エルマを馬鹿にする言葉を聞いてアールがじろりと睨むと、イエルはササッと身を引いて竜目石を布で拭き始める。


「それより、品評会の前に竜目石を持って来いなんて、どういうことですかね?」


「さぁな。お偉いさんが貴竜種エウレンの石を買ってくれるんじゃないか?」


 そんな話をしていると、衛士たちに守られるようにして、毛皮の襟がついた白い外套を纏った青年がやって来た。

 広場が一瞬で静まり返ると、深緑のマントを纏った年配の男が一歩前に出た。


「私はマイラム竜導師長だ。今日はここにいらっしゃるテミル王子殿下が竜目石を選ぶ。順番に王子の前に──」


「いや、私が皆のところを見て回ろう。見やすいように竜目石を並べておいてくれると助かる」


 マイラムを遮ってテミルがそう言ったので、竜導師たちは広場に輪のように並んで王子が見やすいように商品を並べた。


 アールも三段に重ねてあった木箱を広げて蓋を取った。箱の中はマス目のように仕切られていて、ひと箱に九個ずつ竜目石が入っている。


「何度見てもすばらしい石じゃのお」


 降ってきた声に顔を上げると、いつか店に来たシシルという老人が立っていた。


「また会ったな」

「はい。あなたも王宮に?」


 アールが尋ねると、シシルはしわくちゃな顔に笑みを浮かべた。


「東へ戻る前に、旧友の顔を見ようと思ってな。ところでアール、この石の半分は石の賢者さまが育てた娘が見つけたと言っていたが、その娘は石の声が聞こえるということか?」


「はい……見つけられるのだからそうなのでしょう」


「なるほど。では、ソー老師は他のことも娘に教えていたのかな?」


「そうですね。ソー老師は才の無い俺にも、歴史や飛竜のことを教えてくれました。もう弟子は取っていなかったので、暇だったのかも知れませんね」


 アールは用心深く答えてから、ふと、もう一度シシルに会う事があったら聞きたいと思っていたことを思い出した。


「あの、シシルさまは、炎のような虹彩のある赤い竜目石をご存知ですか?」


 アールがそう言った途端、シシルが顔色を変えた。


「その石の話は……賢者さまから聞いたのか?」


「はい。あまり詳しい話はしてくれなかったのですが、どんな種類の飛竜なのですか?」


「その話は忘れた方がいい。炎の虹彩は悪魔の竜だ。呼んではいけないものだよ」


 シシルはそれだけ言うと、杖をついて行ってしまった。


(悪魔? どういうことだ?)


 シシルの背中を見送りながら、アールは眉間に深い皺を刻んだ。

 エルマが握っていた赤い竜目石。赤子の手が握れるほどの、普通のものよりもわずかに小さいあの石が、悪魔の竜とはどういうことだろう。


 ただ、そう言われて腑に落ちるものがあった。ソー老師は、あの石がエルマの目に触れぬよう、細心の注意を払っていた。エルマが握っていたものなのに、彼女にはその存在を知らせようとはしなかった。


(悪魔の竜とエルマに、何の繋がりがあるのだろう?)


 不安が波のように押し寄せてくる。

 ソー老師の最期の言葉は、一言一句覚えている。


『アール……この石を預かってくれないか? いつかあの子が、本当にこれを必要とするまで』


 エルマが必要とするまで。ソー老師はそう言った。


(まさか、悪魔の竜を、エルマが必要とするってことか?)


 そんなことが起こる訳がない。

 そう信じているのに、不安は消えてくれない。


(ソー老師。どうして俺に何も教えてくれないまま死んでしまったのですか? エルマを守るためには、あの石が何なのかを、あなたは俺に教えるべきだったのに)


 天国に旅立ってしまったソー老師に向けて、アールは心の中で文句を呟いた。

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