第14話 ベックとの再会


「起っきろー! いつまで寝てるんだい、エルマ!」


 大きな声と共に布団がはぎ取られた。

 眠い目をこすってエルマが目を開けると、闇の中にカーラの顔が見えた。手にしたランプの光が、ゆらゆらとした影をカーラの顔に投げかけている。


「昨日は早く上がったんだから、今朝は早番だよ!」

「ふぁ、ふぁい!」


 二段に組まれた寝台の上の段で、エルマは王宮二日目の朝を迎えた。



 暗いうちから朝食の下ごしらえが始まり、明るくなるころには朝食を求める第一陣の衛士たちが食堂に顔を出す。夕食に比べると品数は少ないが、エルマの仕事は基本的に昨夜と変わらない。食器の用意と片づけだ。


「ねぇエルマ、あの窓際の席から食器を下げて来てくれない?」


 同じ下っ端らしい少女に言われて、エルマは窓際の席へ目を向けた。

 昨日アールが座っていた辺りに、一人だけポツンと座っている黒い軍服の男がいる。すでに食事は終えているようで、窓の外をぼんやりと眺めている。


「はい。わかりました」


 エルマが行こうとすると、少女に腕をつかまれた。


「あの人ね、本当は上級衛士らしいんだ。ほら、軍服の襟の階級章が緑でしょ。本当ならもっと上の人たちの食堂に行くはずなんだけどさ、何故かたまに来るんだよね。なんか怖そうな顔してるし、粗相のないように気をつけてね」


「は、はい」


 返事はしたものの、そう言われると余計に緊張してしまう。エルマは心の中で何度も『粗相のないように』と唱えながら、窓際の席に近づいて行った。


「あのぉ、食器をお下げしてもよろしいですか?」


 丁寧な言葉をさがしながら声をかけると、窓の外を眺めていた男が振り向いた。


「金の髪? おまえ……見ない顔だな」


 目の前の男は、エルマが思っていたよりもずっと若かった。上級衛士はもっとおじさんだと勝手に思っていたけれど、どう見ても二十代くらいで、この食堂に来る下級衛士やアールともそれほど違わないように見える。

 ただ、ちらりと見えた左のこめかみに、引きつれたような傷痕が痛々しかった。髪は短く整えられているのに前髪が長めなのは、たぶんこの傷を隠すためだろう。


「おまえ、流民の子か?」


「は……はい。いえ! と言うか、あたしは捨て子だったので、流民の子なのかよく分かりません。あたし、竜の谷村から来たんです。品評会が終わるまでここにお世話になっています」


「そうか……ああ、食器だったな。下げてくれ」


 男はそっけなく答えると、再び窓の外に視線を移した。テーブルの上で組み合わせた手が、小刻みに震えている。


「あの、寒いんですか? バター茶でも飲みますか?」


 エルマが声をかけると、男は驚いたように振り返り、そして首を振った。


「いや、大丈夫だ。もう戻る」


 男が立ち上がったので、エルマはそのまま食器を片づけ始めた。


「おまえ……名前は?」

「エルマです」

「そうか」


 男は軽く頷くと、そのまま食堂から出て行った。




 その後、朝食を食べに来たアールや竜の谷村の人たちとは、ほとんど話をする暇がなかった。みんな品評会の用意で忙しいのだろう。

 食堂が一段落してエルマが朝食を食べていると、ボサボサ頭に無精ひげを生やした大柄の衛士がやって来てエルマの向かいの席にどっかりと座った。


「よう、嬢ちゃん! やっと会えたな」

「あっ……ベックさん」


 エルマは昨日のことを思い出し、苦笑いを浮かべた。


「何だよ、もっと再会を喜んでくれるかと思ったのによぉ」


 不満そうな顔をするベックに、エルマはふくれっ面をしてからベックの耳に顔を寄せた。


「だって、内緒にしてねって言ったのに、ベックさん喋ったでしょ? 昨日、怖そうなおじさんに怒られたんだから」


 エルマは真剣にそう言ったが、どうやらベックには事の深刻さが伝わっていないらしい。いつもの陽気な笑みを浮かべて手をヒラヒラさせている。


「そんな訳ないさ。俺の飛竜テュールがあんまり良いから、竜導師長の方からわざわざ聞きに来たんだぜ。嬢ちゃんはもっと……」


 ベックが大きな声で例の話をはじめそうになったので、エルマは大慌てでベックを食堂の裏に連れ出した。


「ベックさん、お願いだからその話はしないで。とにかく、資格がないとダメなことをやったんだもん。内緒にしといてくれないと困るのよ」


「嬢ちゃんはそう言うが、おまえさんはちゃんとした師に学んだ訳で、十分な力を持ってるじゃないか。俺の飛竜がその証拠だ。俺は男だとか女だとか、ルースの人間だとか流民の子だとかっていう括りで人を判断しちゃいけないと思うんだ。資格がないなら認めさせればいい」


 珍しく真面目な顔で話すベックの言葉は、エルマにとって嬉しいものばかりだったけれど、一般的には受け入れがたい考えでもあった。


「ベックさん……でもね」


「嬢ちゃんは竜導師になりたくないのか? 俺の飛竜を呼んでくれたあの手際なら、十分ここでも通用する。おまえさんがその気なら──」


(あちゃ~)


 エルマは頭を抱えた。

 自覚のない大声は本当に困る。


 エルマは両手を伸ばしてベックの口を押えたけれど、ちょうど通りかかった侍女らしき人に聞かれてしまったらしい。彼女は驚いた顔をしてしばらくこちらを見ていた。


(ど、どうしよう?)


 ベックに会っても知らんぷりしろとアールは言ったけど、エルマには知らんぷりする暇もなかったのだ。


「もう……ベックさん嫌い」


 エルマは困り果てた顔でそう言った。


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