第13話 王子の石


 ガシャン──。


 硬いものが割れた音で、テミルは目を覚ました。

 嫌な予感がして、パッと頭を起こし寝台脇のテーブルを見る。

 部屋を仄かに照らす常夜灯の明かりで、そこにあるはずの竜目石が消えているのがわかった。残っているのは、台座と石を包んでいた紫色の絹だけだ。


「しまった!」


 慌てて起き上がって床を見ると、無残に割れた翡翠色の石が散らばっていた。


「誰か! 誰か来てくれ!」


 テミルは叫んでから、寝台の反対側から床へ降りた。

 窓辺まで歩き、分厚いカーテンを開けると、少しだけ窓が開いていた。こんな近くから入り込まれたというのに、気付かずに寝ていた自分に腹が立つ。

 テミルは目をこらして窓の外を見たが、今夜は月もない闇夜だ。何も見えない。


「何かございましたか?」


 バタバタと警備の衛士えじ侍従じじゅうが部屋に入ってくる。


「竜目石を割られてしまった。賊はまだ遠くへは行っていないはずだ。探せ!」

「はっ!」


 衛士が駆け去り、侍従が竜目石のカケラを拾いはじめる。

 窓辺に佇んだまま、テミルは唇を噛みしめた。


「テミル様……大丈夫でございますか?」


 侍従に声をかけられて、テミルは苦々しく笑った。


「お祖父様の石を受け継いだと言うのに、私にはその覚悟が足りなかったようだ。夜が明けたら……言い訳が大変だよ」



 結局、テミルは自分の予想した時間よりも早くに、呼び出されることになった。 城内を駆け回る衛士たちの動きから騒ぎが広まり、父王の耳に入ってしまったのだ。


「────お祖父様の石を譲り受けながら、誠に申し訳ございません」


 頭を下げるテミルを前にして、アルトゥン王は小さく息を吐いた。


「割れてしまったものは仕方がない。もっと警備を強化しなくてはならぬな……」

「はい」


 ホッとして顔を上げると、不満げな様子のユルドゥスと目が合った。


「あーあ、こんな事になるのなら、父上の石は私が譲り受けておくのだったよ」


 ユルドゥスは部屋着の上に上着を羽織っただけの姿で、嫌味たっぷりな言葉をテミルに投げかける。


「申し訳ありません、叔父上」


 テミルはもう一度頭を下げた。


 叔父と甥の間柄ではあるが、年は十歳しか離れていない。どちらかと言えば兄のような存在だったユルドゥスが、テミルは幼いころから苦手だった。

 ユルドゥスの方もきっとそうなのだろう。妹のミンツェのように可愛がってもらった記憶はない。


 ユルドゥスにしてみれば、可愛くもない甥のテミルが、自分の父親の石を譲り受けたあげく、賊に割られてしまったのだ。嫌味のひとつやふたつ、言いたくなっても不思議ではない。自分の失態には違いないのだからと、テミルは心から謝罪した。


「兄上の石は大丈夫なのですか?」


 ユルドゥスは、矛先をアルトゥンに向けた。


「私は大丈夫だ。厳重に保管している」


「それは良かった。私と違って、兄上もテミルも石を飾っておくだけですからね。実際に騎乗したこともないでしょう。と言うより、己の竜と正式な契約を交わしたこともない。少し考えを改めてはどうですか? 使わないうちに宝を失うなんて、ルース王家の恥ですからね」


 ユルドゥスは言いたいことだけ言うと、上着を翻して王の間から出て行った。

 アルトゥンはもう一度ため息をついてから、テミルに視線を向けた。


「もう下がれ。近衛府の竜導師長には伝えておくから、今ある竜目石の中から自分の石を選べ。ユルドゥスの言うように、今度はおまえも騎乗できるようになるのだ。よいな?」


「はい、父上」


 テミルは深々と頭を垂れた。

  

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