第11話 詮議


 同じ、雪竜フォールの月の朔日ついたち


 ルース王国の中で一番広い盆地に築かれた湖畔の都アイレからは、青空に雪をかぶった四方の山々がくっきりと見える。

 五日間の旅を終えた竜の谷村の竜導師たちは、埃っぽくなった外套をはたいたり襟を正したりしながら、国中から集まった他の竜導師たちと一緒に、王宮の通用門に並んでいた。


 アズールの王子一行が王宮に入ってから、数時間ほど後のことだ。


「名簿ごとに並んでおいてくれ」


 門の前にいる衛士えじたちが、名簿と人を照らし合わせている。

 通用門に集まった竜導師たちは、家族などを含めてもざっと五十人ほどだった。

 その中でも、竜の谷村の一団は十人と多い方だが、正式な竜導師はその中のたった四人だけだった。


 だんだんと列が進んでゆき、竜の谷村の人たちが順番に門の中に入ってゆく。

 エルマはどきどきしながら最後尾に並んでいたが、前にいたアールが「よし」と言われて門の中に入ってしまうと、急に心細くなった。


「竜の谷村、〈雲竜堂うんりゅうどう〉のエルマだな?」


 羊皮紙を手にした年配の衛士がエルマを見下ろしている。


「は、はい」

「おまえと店主のアールは家族ではないので、同じ部屋にする訳にはいかない」

「え?」


 エルマは目を丸くして衛士を見上げた。


近衛府このえふの宿舎は男子のみの利用となっている。おまえは別の宿舎に入るように連絡を受けている。ついて来い」

「え、あの、でもアールに」

「店主にはちゃんと伝えておく」


 年配の衛士に腕を掴まれて、エルマは門の中ではなく、石積みの城壁に取り付けられた小さな扉の中に連れて行かれた。


(どうしよう……)


 初めての場所でいきなり一人ぼっちにされたエルマは、さっきから心臓の音が鳴りやまない。そわそわしながら薄暗い通路の中を見回してみたけれど、城壁の中の通路は石の壁以外何も見えなかった。


 トボトボ歩いていると、ふいに光が差した。


「こっちだ」


 衛士が開けた扉を抜けると、そこはきれいな芝生に覆われた緑の中庭のようだった。よく見ると、二重になった城壁の間に、石壁に板ぶき屋根の建物が建っていた。


「ここは近衛府このえふの衛士たちが使う食堂だ。おまえは、ここで働いている給仕係の娘たちの宿舎に泊まれ。あとで案内するよう食堂の者に言っておく。今は、おまえと話がしたいという方がここで待っているから、素直にお答えするように」


「あたしと、話?」


 エルマはポカンとした。

 アールのおまけでついて来た自分を、知っている人などいないはずだ。

 衛士の後について食堂に入ってゆくと、広々とした空間にたくさんのテーブルと椅子が並んでいた。今は食事の時間ではないせいか料理人や給仕係の姿はなく、中ほどのテーブルに男が二人いるだけだった。


「マイラム様、エルマを連れて参りました」


 衛士は中央にいた二人の男の前にエルマを連れて行った。白髪交じりの気難しそうな男と、もう一人は白髪に白髭の枯れ木のような老人だった。


「ご苦労。戻ってよい」


 マイラムと呼ばれた気難しそうな男は、エルマを検分するように見つめた。

 衛士が戻って行ってしまうと、エルマは困ったようにもじもじと二人の男を見比べた。


「〈雲竜堂〉のエルマだね、そこに掛けなさい」


 正面に座るマイラムに椅子をすすめられて、エルマは背嚢はいのうを下ろして床に置くと、マイラムの向かいの椅子に腰かけた。白髪の老人シシルはエルマの斜め左に座っている。


「おまえは、ベックという竜衛士見習いを知っているかね?」


 マイラムにそう尋ねられて、エルマの心臓がビクッと跳ね上がった。


(内緒だよって言ったのに、ベックさん喋っちゃったのかな?)


 竜導師でない者が飛竜テュールを呼んだと知られたら、どうなるのだろう。何か罰を受けなくてはいけないのだろうか。考えれば考えるほど冷や汗が滲んでくる。


「は、はい。知ってます。うちのお店で……その、竜目石を買ってくださいました」


 エルマは必死に考えて、無難な答えを口にした。


「では、ベックの飛竜を呼び出したのはおまえか?」


 マイラムの質問は矢のようにエルマの脳天を打ち抜いた。


「は……はい。すみませんでした!」


 エルマは勢いよく頭を下げた。勢いをつけすぎて、テーブルがゴツンと嫌な音を立てる。


「痛たたたた……」


 赤くなった額を手で押さえているエルマを見て、マイラムとシシルは顔を見合わせた。


「本当に? 本当におまえが、あの飛竜を呼んだのか?」


 マイラムはもう一度聞いたが、エルマの答えは同じだった。


「竜導師の資格がないと、呼んではいけないのは知っていました。でも、ベックさんが困ってたからつい……。あたしは、何か罰を受けなくちゃいけないんでしょうか?」


「いや、それは……」


 マイラムとシシルはもう一度顔を見合わせた。


「いくら何でも、ありえぬよ。飛竜を呼び出し、契約を結ぶのは大変な事じゃ。大の男でも失敗すればケガを負う。娘とは聞いていたが、まさかこんな子供だとは……」


 シシルが天井を仰ぎながらうめいた。


「おまえ、年はいくつだ?」


 マイラムの問いに、エルマは元気に答えた。


「はい。年が明けたら、十四になります!」

「では、まだ十三か?」


 マイラムも額を押さえながら首を振る。


「どうやらベックに担がれたようだ。エルマ、二度と嘘をついてはいけないよ。罰しはしないが、おまえは品評会が終わるまで食堂の手伝いをしろ。店主には私から話しておく」


「あの、品評会の手伝いは……」


「悪いが、近衛府に子供を入れる訳にはいかないのだ。集まった竜導師たちもこの食堂を使う。アールという店主にもすぐに会えるだろう」


 マイラムとシシルは立ち上がると、エルマをひとり残して食堂から出て行ってしまった。

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