第7話 青い炎の竜目石
「今夜は冷え込みそうだなぁ」
店の窓から夕暮れの表通りを眺めていたエルマは、自分の手元に視線を戻した。
アールは夕方から村の会合に出かけている。その間はエルマが店番だ。
いつもはアールが座っている椅子に腰かけて、長机に頬杖をつく。アールが二日がかりで母石を剥離した竜目石は、予想以上に立派な石だった。
「きれいな青だなぁ」
見つけた時にエルマが思ったとおり、中心に青い炎のような核を持ったとても美しい竜目石だ。目の前に石を近づけると、本当に青い炎をのぞき込んでいるような気分になる。
石に夢中のエルマが行儀の悪い格好をしていると、チリンと扉のベルが鳴った。
ゆっくりと扉が開き、旅装を纏った青年が店に入って来る。
エルマがあわてて姿勢を正そうとした時、目の前で青い炎がパッと大きく燃え上がり、青い光となって上昇していった。
(うわぁ……綺麗!)
エルマは目を見張って青い光を追ったが、青年には青い光が見えていないらしく、エルマを一瞥しただけで店の奥に飾ってある竜目石を物色しはじめた。
「あの、お客さん、自分の竜目石を探してるの?」
エルマは椅子から飛び下りると、青年に駆け寄って両手を差出した。
「お客さんが探しているのは、こういう石じゃない? この子、お客さんが入って来るなり青い光をぶわって出したの。きっと共鳴したんだと思うの!」
エルマの両手に乗った青い竜目石を見るなり、青年の目は釘付けになった。エルマの問いに答えるのも忘れて、小さな手のひらから竜目石を取り上げる。
目瞬きするのも忘れて青い石に見入っている青年を、エルマは大きな瞳でじっくりと観察した。
「お客さん、外国の人だね。どこから来たの? アズール?」
青年のしっとりとした艶のある黒髪は、この乾燥した山岳王国では珍しい。青みがかった瞳も、南や東に多い色だ。旅装はくたびれてはいたが粗末ではないし、そもそも青年自身が綺麗な顔立ちをしている。
「ああ……アズールだ」
青年はうわの空で、石に魅入られたように動かなかった。
竜目石とその買い手が呼び合うのは、そう珍しい事ではない。
師匠のソー老師が選ぶ石は、いつも何かしらの共鳴を起こしていた。けれど、明らかに
(きっと気に入ってくれる)
エルマはにんまりと笑みを浮かべた。
「気に入った。これを貰おう。ここの竜導師殿はいらっしゃるか?」
青年が見下ろしてきた瞬間、エルマは唇を噛んでうつむいた。
「この店には、竜導師はいないんです。竜を呼ぶのはあたしにも出来ますけど、ほかの店の竜導師に頼みますか?」
「そうか。なら、竜導師は他で探す。石は気に入ったから貰う。いくらだ?」
懐から重そうな革袋を取り出した青年のすました顔を見ているうちに、エルマはだんだんと石を手放すのが淋しくなってきた。
「その竜目石は、あたしが見つけて掘り出した物なんです。貴竜種だから、大切にしてくださいね」
エルマがそう言うと、青年は首をかしげてエルマを見下ろした。わずかに細めた目は、明らかにエルマを馬鹿にしているようだった。
「何だ、吹っ掛ける気か? いいだろう。この石は気に入ったから、おまえの言い値で買ってやる。いくらだ?」
青年は机の上に乗せた革袋の口を、まるで見せびらかすように開く。中には、ぎっしり詰まった金貨が見えた。
きらきらと光る金貨の眩さに、エルマは目を丸くした。
「えっと……五万ギリオン」
エルマは一桁まちがえた高額な値を言ってしまった。ベックと同じ五千にするか、倍の一万にするか迷った挙句に、口が滑ったのだ。
(しまった!)
五万ギリオンと言えば雇人の五年分の稼ぎに相当する。普通の客なら怒って帰るだろう。言い値で買うと言ったのは彼だが、いくら何でも高すぎる。
エルマが言いなおそうとした時、青年が口を開いた。
「……いいだろう」
「へ?」
あっさりと答えて、革袋の中から千ギリオン金貨を五十枚数えて机に置く青年を、エルマはポカンと見つめた。
「きっかり五万ギリオンだ。文句はないな? この石は貰っていくぞ」
青年の態度は横柄だったが、五万ギリオン耳をそろえて出されてしまっては頷くしかない。
「ありがとうございました……」
エルマが頭を下げている間に、彼は店を出て行った。
「何なんだろうあの人。アズールのお貴族さまかな?」
滅多にない貴竜種だし、アールの二日がかりの研磨技術は素晴らしいものだ。そう思っても、なんだか騙したような気分だ。
(どうしよう……)
あまりにも高額なお金を貰ってしまったので、エルマはお金を引き出しにしまった後も落ち着かなくて、店の中をウロウロと行ったり来たりしていた。
やがて会合からアールが帰ってくると、エルマはホッとしてさっきの出来事を全部話した。
「良かったじゃないか。もらっとけ」
アールの答えはあっさりとしたものだった。驚きさえしないのもおかしい。
何か心配事でもあるのだろうかとエルマが首を傾げていると、アールが怖い顔でエルマをじっと睨んできた。
「実は……村の竜導師協会は、王宮の求めに応じて王都に向かうことになった。俺も竜目石を持って行かなくてはならない。出発まではまだ半月ほどあるが、おまえはどうする? ここに残るか?」
エルマは目を見張った。
「それ、あたしも行っていいの?」
「ああ。うちは家族二人きりだし、他にも家族を連れて行く人はいる」
「それなら、あたしはアールについて行きたい!」
エルマがそう答えると、硬く強張っていたアールの目元が和らいだ。
「そうか……それじゃ、荷造りしなくちゃな」
アールはホッとしたようにエルマの髪をクシャッと撫でた。
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