第4話 ベックの頼み


 エルマがベックに再会したのは、その翌日の事だった。

 いつものようにジャズグルと一緒に山の牧場にいると、ベックがやって来たのだ。


「よう、嬢ちゃん!」


 手を振りながら山の斜面を登って来るベックは、威勢のいい声のわりに顔は情けなくしぼんでいる。


「ベックさん、どうしたの?」


 エルマは座っていた石の上から立ち上がった。

 隣でジャズグルが「ねぇ、誰?」とスカートの裾をひっぱる。


「石を買ってくれたお客さんだよ」

 と答えていると、ベックが二人の前まで来て、はぁーと息をついた。


「あちこち店を回ったんだけどさ、どこの竜導師もぜんぜんマケてくんないんだよ」


 どうやらベックは、昨日の竜目石で飛竜を呼んでくれる竜導師を探していたらしい。それがなかなか上手くいかず、エルマに愚痴を言いに来たのだろう。


「そうだったんだ。どうするの? うちの石はやめて、他の店で買いなおす?」


「いや、昨日店を回った時は、飛竜テュールとの契約込みの値段で石をさがしてたんだ。どこの店も高くて、俺の金じゃ無理だったんだ」


「そっか……」


 エルマは困ったようにベックを見上げた。この人は、どうしてこんな相談を自分にするのだろう。そう思った時だった。


「そこで、嬢ちゃんに頼みがあるんだ」

「あたしに?」

「ああ。嬢ちゃんは昨日、飛竜テュールを呼べるって言ったろ?」


 にんまりと笑うベックの顔を見て、エルマは目を丸くした。


「ちょっと、おじさん! エルマに何させようっての? 竜導師の資格がない人が飛竜を呼ぶなんて、バレたら罰を受けるかも知れないのよ!」


 エルマが口を開く前に、ジャズグルが噛みついた。


「い、いやぁ、それはわかってるんだが……他の店で聞いたけど、嬢ちゃんの〈雲竜堂うんりゅうどう〉って店は、とっても有名な竜導師がやっていたそうじゃないか。嬢ちゃんはその弟子だったわけだろ?」


「それはそうだけど、エルマは女の子で、女の子は竜導師になれないんだからね!」


 自分の代わりにベックに抗議しているジャズグルを、エルマはぼんやりと見つめた。

 ジャズグルの言っている事は本当で、動かしがたい事実だ。でも本当は、そう思いたくない自分もいる。

 どうして女の子は竜導師になれないんだろう────。


「あの、じゃあさ、内緒で呼ぶのはどうかな? 明日の朝、暗いうちに山に登って、夜明けと同時に飛竜テュールを呼ぶの」


「ちょっと、エルマ!」


「ジャズグルが内緒にしてくれたら、あたしもベックさんも見つからないようにするからさ」


「嬢ちゃん、やってくれるか?」

「うん、やる。あたしの名前はエルマだよ」

「よろしく、エルマ」


 ベックが差し出した大きな手に、エルマは手を伸ばした。自分が途方もない事をしようとしているのはわかっていたが、心はふわふわと高揚している。


「まったくもう! エルマったら!」

 ジャズグルがふて腐れる。


「ごめん、ジャズグル。内緒にして。ね!」


「あたしがエルマのためにならないこと、する訳ないでしょ! 誰にも喋らないわよ。いい? おじさんも絶対しゃべっちゃダメよ!」


「わかってるけど……おじさんって、俺まだ二十五だぜぇ。勘弁してくれよ」


 ベックは降参するように、二つ並べた大きな手のひらをジャズグルに向けた。



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