第3話 竜衛士見習いのベック


 ある日の夜。

 バタンと大きな音を立てて、〈雲竜堂うんりゅうどう〉の扉が開いた。あまりの勢いに、扉のベルも音を出す暇がなかったほどだ。


「いらっしゃい……ませ」


 棚の整理をしていたエルマは、ぽかんとして客人を見上げた。

 入って来たのは土埃だらけの外套をまとった大柄の男で、ボサボサの髪に無精ひげを生やしている。武人のような体格をしているのに、その顔は情けなく元気がない。


「いや……遅くにごめんよ。竜目石を探してるんだ。強くて賢くて俺にだけ素直な飛竜テュールの石はあるかい?」


 かなり冷え込んでいるというのに額に汗を浮かべたその男は、アールの研磨台の前に置かれた長机にドンと両腕をのせて来た。


「なぁ聞いてくれよぉ。俺はお城の竜衛士見習いで、ベックっていうんだが、やっと念願かなって竜衛士見習いになれたってのに、不幸な事故で石が割れちまったんだ。そしたら上官のヤツ、石がないなら見習いの件は無かったことにするって言うんだぜ! 冗談じゃないぜ。マジ勘弁しろよって、嬢ちゃんも思うだろ? そんな訳で、金はあんまり無いんだが、大急ぎで竜目石が必要なんだ。頼むから俺の石を探してくれ!」


 よほど急いでいるのか、それとも、店という店を回って最後にたどり着いたのがこの〈雲竜堂〉だったのか。ベックの猛アピールに、店先で研磨をしていたアールもあっけに取られている。


「エルマ、見繕ってやれ」

「あ……うん」


 アールに促されて、エルマは店の中をぐるりと見回した。何かしら共鳴している石がないかと見回すと、壁に取り付けられた棚の一番上の右端に、微かな黄色い光が見えた。


「ああこれ、良い石だよ」


 脚立きゃたつに上って棚から竜目石の箱を下ろし、ベックの前に差し出した。

 つるんと光沢のある灰色の丸石に、瞳のように見える黄みがかった茶色い丸紋が浮き出ている。


「ちょっと小さめだけど、一応ね、貴竜種エウレンなんだよ。とっても綺麗な黄色い光を出してるの」

「光? 俺には何にも見えねぇが、確かに良い石だ。何て言うか、心が温かくなるような感じがするな」


 ベックは気に入ったのか、ニヤリと笑って頷き返してくれる。


「俺にも光は見えませんよ。石の光は竜導師じゃないと見えないらしいから」

 アールがそう言うと、ベックは驚いたようにエルマを見下ろした。


「てぇことは、嬢ちゃんは竜導師か?」

 食いつくようにそう聞かれて、エルマは困ってしまった。


「ううん。資格は持ってないの。飛竜の呼び方はじいちゃんに習ったけど、女は竜導師になれないんだって……」

「そうなのか?」


 ベックは目瞬きしながら首を傾げた。

 武骨な男のかわいらしい仕草に、エルマは思わず笑ってしまった。


「うちで石を買って、他の店の竜導師に頼むことも出来ますよ」

 アールが助け船を出すと、ベックはもう一度首をひねった。


「いやぁ……まぁ、そうなんだろうけど……問題は金なんだ。その石はいくらなんだい?」


 アールとエルマは、顔を見合わせた。


「エルマ、おまえが見つけた石だ。おまえが決めろ」

「えー、でも、石を磨いたのはアールだし……」


 エルマが言いよどむと、アールはいつもの冷たく見える真顔で「いいからおまえが決めろ」と言った。


 エルマは考えた。そもそも竜目石は、毎日売れるような物ではない。なので安くない。貴竜種となれば尚更だ。ソー老師がいた頃は、奉公人の数年分の給料が飛んで行くほどの値をつけていたが、買っていく人はたいてい身分が高くてお金持ちの人たちだった。

 しかし、いまエルマの目の前にいる男は、どうやら貧乏そうだ。


(でも、確かに共鳴していたし、この人なら飛竜を大切にしてくれそうだよな)


 エルマは考えた結果、普通種ウォロティに多少色を付けた値段に決めた。


「じゃあ……五千ギリオン?」

「おおぉ、買ったぁ!」


 ベックは勢いよく拳を上げると、懐からお金を出した。金貨も銀貨も銅貨もごちゃ混ぜの、いかにもかき集めて来ましたというようなお金だった。


「大事にしてあげてね。お守りみたいにずっと首から下げてれば、割れたりしないから」


 エルマは竜目石を羊の皮で作ったヒモ付きの袋に入れると、ベックに差し出した。


「ああ。命と同じくらい大事にするよ。ありがとな、嬢ちゃん」


 ベックは目を細めて笑うと、満足そうに帰って行った。


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