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 まさか。

 けれど例えそうだったとしても、雨に濡れたままのこの子を放って置く気にはなれなかった。

 床に張りついていた足を浮かせ、彼の元に歩み寄る。

 そして目線が合うよう片膝をつくと、持ってきたタオルを小さな頭に被せ、わしゃわしゃと動かした。

 きちんと触れられるし、身体が冷たくなっているのも感じる。

 難しいことはわからないから、私には私にできるだけのことをしてあげよう。


「ずぶ濡れだしこのままじゃ風邪引いちゃうかも、とりあえずなにかあったかいもの飲もっか? それからお風呂に入った方がいいかも……あ、あんまり綺麗じゃなくて小さいんだけど、それでもよかったら」


 話しながら髪や身体を拭いている間も、彼は私から視線を外さなかった。


「……お前、俺が恐ろしくないのか?」


 不意に開いた唇がかたどる文字。

 すっかり成人した男性のように大人びた声に、変わってるな、と思いながら微笑む。


「別に怖くないよ? あなたも生きてるんだし、私と一緒だよね?」


 彼を一通り拭き終えた頃、くしゅんと出たくしゃみを両手で抑えた。

 冷えているのは私も同じだった。

 でも大丈夫。今までの人生で熱を出した記憶なんてないから。


「好きな椅子に座って、コーヒー……は子供には苦いよね、ホットミルクにしよっか」


 自分の頭を適当に拭きながら、彼から離れてキッチンへ向かう。

 壁際にある銀色の冷蔵庫を開け牛乳パックを取り出すと、店でも使っている子供用のマグカップに中身を注いだ。

 砂糖を多めに入れた方がいいかな?

 そう考えながら冷蔵庫の隣に置かれた電子レンジにマグカップを入れた。

 

「ようやく見つけたぞ、俺の眼鏡に叶う姫よ」


 背後から聞こえた声に、思わず振り返る。


「必ず迎えに来る、心して待っていろ」


 心に直接語りかけるような声音だけを残し、少年は姿を消していた。


 大きく開いた瞼を何度もぱちぱちと上下させ、目を擦っては店内を見回した。


「ど、どうしよう、遂にストレスで幻覚まで……」


 病院にかかるお金なんてないから自力で治さなければ。

 そんなとんちんかんなことを考えていた私は、彼が立っていた地面がしっかりと濡れていたことに気づいていなかった。

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