待ってて
夢を見ている。
そう分かるのは、もう何度目かわからない程、同じものを見ているから。
私はドームのように私を塞ぎ込む暗闇の中心に佇んでいる。
その外側から家族や友達、旅で知り合った人達がこちらを見て温かく微笑んでいる。
しかし、その熱は中心までは届かず、私のいる場所は酷く寒い。
むしろ外側の明るさが内側の暗さを、人々が向ける温かさが孤独の寒さをより強調している。
何度も見た夢だ。
私の孤独と身勝手をそのまま表したかのような情景は、途方もない時間移ろうことはなく、この夢を見る時は大方、寝たような寝ていないような感覚に襲われて気分が悪くなる。
またかと思いながら膝を抱えて座り込む。
夢というのはわかっているが、やることも無いし寝てしまおうと思って目を閉じる。
最近はこうすることが多いが寝れた試しはない。まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが。
暫くそうしていただろうか。ふと背後に気配がして目を開ける。
初めての経験だった。
振り返るとそこには一本の木が立っていた。
三メートル程だろうか。それには腕を伸ばせば届きそうな場所に木の実がなっていた。
近づいてよく見れば、その実はいつかに見たような色をしていた。
深い、深い海の色。
黒とさえ言えてしまうような、それでいて実の色は何かと問われれば青と答えてしまうような。
私は不思議な色だなと思いながらその実を一つ手に取る。
木の実は温かかった。
そのぬくもりは手のひらからじんわりと広がっていく。
まずは私の体の隅々まで温めて、それでも飽き足らず暗闇のドームを急速に照らしていった。
瞬きする間に私を覆っていた憂鬱な天蓋は取り払われ、辺りが急激に明るくなった為に目を細めていると木が立っていたはずの場所にぽつりと人が立っていた。
目がまだ慣れていないのだろうか、顔はよく見えない。
その人は私に手を伸ばして「大丈夫か」と聞いた気がした。
「私はもう......
――目が覚めると知らない天井だった。
前にも同じようなことを考えた気がしたが、いつだっただろうか。
とにかく体起こそうと思って、腹筋に力を入れ少し体を浮かせたところで、異常に重い頭が重力に逆らえず、ぼすっとベッドに倒れ込んだ。
そこでようやく自分の体が不調そのものであることを認識した。
頭はひたすらに重く熱を持っている。喉はチリチリと痛むし、酷い悪寒もして堪らずふるりと体を震わせた。
完全に風邪だろう、とそこまで考えたところで自分はどこにいるんだろうという疑問が浮かぶ。
どうやら私は真っ白で清潔なベッドに横なっているようで、腕には点滴が刺さっている。
ひくりとあまり利くとは言えない鼻を動かせば、独特の塩素っぽい匂いがした。
どうやら病院で寝かされているらしい。
(待てよ...?病院......風邪..........かぜ...?)
そこで急速に昨日のことを思い出す。
そういえば私は昨日死にかけたのだ。
もういいんだと全てを諦めて森の中で独り倒れた。
意識を失うほんの少し前、魔力を持った人間が私の魔力感知に触れ、瞬く間に私の元に来たものだからてっきり幻だと思っていたのだが、私が助かっていて、こうして病院で寝ているということは幻などではなく本当に魔法使いは存在し、私をあの森から救ったのだろう―。
コンコンと扉が叩かれた。
はーいと返した私の声は笑ってしまう程ガスガスで堪らず頬に羞恥が上るが、特に気にした様子もなく看護師さんが病院食を持って部屋に入ってきた。
「おはようございます、お加減いかがですか?」
「えっと...悪寒が酷いのと、喉が痛いです。熱もありそうです」
「まぁ、あの雨の中暫く倒れていたようですし、そうなるのも無理はないでしょうね。...辺りには魔獣の死骸が夥しいほどあったと聞いてますが?」
「そう…ですね。ハッキリ言って無茶をしてしまったと思います」
「あなた、本当に危なかったんですからね。ここに送り届けてくださった方ができる限り手を尽くしてくれとあれこれしてくれたから一命は取り留めましたけど、低体温症と低血圧で本当にギリギリだったんですから。しっかり自分の限界は見極めて行動してください」
本当にその通りだ。
この看護師さんの言葉は一見突き放すようなもので厳しいけど、それらは私のことを思っての事とわかるから邪険にするのもではない。
それに少し憤りが混じっているのは、私が一瞬命を諦めたことを見抜いているからなのか、無謀なことをしているように見えたのか。
命の尊さを日常的に感じる職業だからこそ無下にしてほしくないのだろう。
「...おっしゃる通りです。ごめんなさい」
「頼みますよ。まだまだ長いんですから、楽しい事だってたくさんありますよ?時たま自暴自棄になるのもわかりますが、くれぐれも命は大切にしてください。いいですね?」
「はい。肝に銘じます」
「よろしい」
それまでは咎める様な鋭い視線をしていた看護師さんは、私が反省してることを感じ取ったのか、安堵したような、それでいて未だ心配そうな視線を向けてくる。
「参考までに聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「どうして森の中で倒れたんですか」
ごもっともな質問だろう。理由は答えようと思えばいくらでも話せるが、どう説明したものかと少し思案する。
「...周りの人はみんな優しくしてくれるんです」
「いいことですね」
「そうなんです。けど少し事情があって、私はずっと独りぼっちで。旅をしてる最中もたくさんいい人に会いました。...けど真に私に寄り添える人はいませんでした」
「その事情は話したくないんでしょう?」
「そう...ですね」
「ならいいですよ。続けてください」
本当に踏み込まれたくないところは巧妙に避けてくれるのが、逆にそれ以外のすべてを話させようとしているようだった。
「ずっと、ずっとある人を探していて、それでもどうしても見つからなくて」
「ある人っていうのはあなたに寄り添える人ですか?」
「そうです」
「ふむ。それで?」
「もう全部どうでもよくなってしまって、まだやりようはあったのに全部放り捨てて、あの森でひっそりと消えようと思ってしまったんです」
「なるほど」
看護師さんは一通り話を聞いた後、私の顔を見ながら何事か考えているようだった。
「...今のあなたはそんな風に見えませんね」
「...えっと、それは?」
「今のあなたの顔はそんな絶望なんて欠片もないって言ったんです。まるで明日を待ち望むような、念願を叶える直前のような、希望に満ち満ちた顔をしてます」
はて、と顔を触って確かめてみるが、特別いつもと変わった様子でもない。
ただ、よく考えれば看護師さんの言う通りだ。
熱で頭が回っていなかったし、起きてからずっと夢見心地でふわふわしていたから気づかなかったが、私は念願だった魔法使いと出会えたのだ。
遅かれながらその事実の真の価値に気づいた瞬間、頭の重みなんて吹っ飛んで、私は一気に上体を起こした。これまで朧気だったすべての感覚がクリアになる。無論、魔力検知も。
急にアクティブになった私を見て困惑している看護師さんの目をまっすぐ見ながら言う。
「私を運んできた魔法使いの方はどこに?」
私の言葉を聞いた看護師...いや人生で二人目に出会った魔法使いは、にっこりと意味深に笑って一枚の紙きれを渡してきた。
「その住所に行ってください。あなたの望んだ人はそこにいます」
それだけいって魔力持ちの看護師さんは部屋から出て行ってしまった。
一人取り残された私は、持ってきてもらった病院食を食べながら、念願が叶いかけている事実を何とか飲み込もうとするも、その事実がもたらす幸せは私が許容できる範疇を大きく逸脱しているようで、ぼーっとしている内にご飯を食べ終えてしまった。
ベットに寝転んでこれから身の振り方を考えようとするも、堪らず笑みがこぼれ落ちてしまう。
(こんなに幸せなことってないよ...)
衝撃で一瞬意識が鮮明になったとはいえ体調はまだ万全じゃない。
体を完全に治して、この幸せも全部飲み込むことができたなら、その時は精一杯の感謝をもって彼に会いに行こう。
全身を使っても抱えきれない幸せをこれでもかとかんばせに乗せて、眠気がいつぶりかの安眠を誘うのに今日のところは身を任せようと思う。
「私はもう大丈夫。だから...待っててね?」
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