二章
出会い
「ごめんくださーい」
風邪を気合いと点滴(一対九)で直した私は、病院から飛び出すなり紙に書いてある住所に突撃した。
意識が醒めてまず驚いたのが魔法使いの多さだ。
魔力検知には数えきれないほどの魔力が反応しているし、それらすべてが人間の持つものだった。
ここまででも旅をしていたころの私ならばひっくり返っているところだが、驚くべきことに、この町は魔力検知の反応しない場所には人がいないのだ。
何を意味するかなど簡単なことだろう。
―この町は全員が魔法使いである。
あれだけ探し回って見つからなくて絶望までしたというのに、なんだったのかと聞きたくなるような状況に内心複雑だったものの、まぁ悪い事でもないしいいかと切り替えるまでそう時間はかからなかった。
何せその状況はかつて自分が望んだ事そのままであったし、そんな場所に連れて来てくれた王子様につながる道も一枚の紙きれによって担保されている。
むしろ何を不満に思えというのか。
ドアの前で待っていると「はーい」という少し気だるげな声が返ってくる。
彼についてだが、王子様王子様と繰り返すもののそのような事を求めるつもりは一切ない。
ただの好奇心と、貰った恩を返したいと思っているだけだ。
命を救ってもらったのにこれ以上何か求めるのは違うだろう。むしろ大恩を返すべく、役に立てることは無いかと聞きに行くのだ。
それに運命的な出会いだからと言って、その人の人柄も知らずに好きになってしまうほどちょろくもなければ安直でもない。
キィとドアが控えめに開かれる。
「どちら様で...?」
「あの、先日森で助けていただいた者です。マリエルと言います。えっと、住所の書かれた紙を置いていかれたのでそれを見てここにきました」
「あぁ、来たか」
待ちに待った王子様は何というか、”勿体ない”という印象を受ける出で立ちで私を迎えた。
珍しく一分のムラもない漆黒の髪に、切れ長でやや鋭い目元、女性が見たらもれなく羨むような染み一つない白皙を持ち、確実に超ド級のイケメンに分類されそうなところを、ところどころで遊んでいる寝ぐせと目元の隈、機嫌の悪そうな口元がすべてをぶち壊していて、総評としては勿体ないになってしまっている。
ただその中でも光を失わないものが一つ。それは眠そうに私を映している瞳だ。
私の持つどのような言葉を使ってもこの瞳の色とその美しさを表現することはできないと思わされる。色自体は髪と同じく黒...なんだろう。ただそこに強制的に青を滲ませたような。黒に何色を混ぜても黒になるはずなのに、瞳に混ぜられた青は漆黒の中にいても”青色”という輝きを失わずにそこに存在している。だからと言って青が極限まで黒に近づいたいたものではないのだ。あくまで先にあるのは黒であって青はその上から混ざっている。...やはり言葉を尽くしてもこれを表現するのは難しい。
ここまではあくまで外見の話だ。
私は彼の”声”を聴いた瞬間から動悸が露骨に早くなっていた。
なんとか表面には出さないように気を付けていると、彼は少し眠たそうに口を開く。
「あー、お互いに話したいことあるだろうし場所変えてゆっくり話すか。家上げるわけにもいかないし、近場にカフェあるからそこでどうだ?」
「分かりました。ひとまずここで待ってればいいですか?」
「いや、身支度したり色々準備するから先に行って待っててくれ。左に進んでいったら大通りにぶつかるから、渡って右にちょっと行くと左手に”オズ”って店があるからそこで待ってろ」
そう言うなり彼は玄関の靴入れらしき箱の上に散乱していた硬貨をいくらか渡してくる。
「あの...これは...?」
「オズは喫茶店なんだが、ケーキも取り扱っててな。ショーケースの中から選んでジジィに言うとその場で切り分けてくれるんだ。ただそれ先払いだから俺が着いてからじゃ遅いと思って」
「いえ、悪いですよ。私も持ち合わせはありますし」
「ガキと話するってんのに会計分けるバカどこにいんだよ。気にしなくていいから行け。俺もすぐ行くから」
「は、はぁ」
どうやら、というかまたもやいい人と出会ったらしい。
と言っても、彼がとてもいい人だという事は声を聴いた時から分かってはいたので驚きはない。
私はばくばくと五月蠅い心臓を窘めながら言われた通りに道を歩いた。
しばらく行ったところで大通りが見える。
大通りというだけあって道も広ければ人も多い。
馬車も結構な数行き来してるので周りに気を張りながら道を渡って右に行く。
少し歩いた所でこじんまりとした喫茶店然とした建物が左手に見えた。
ドアには木製のドアプレートがかけられており、そこには年季を感じさせる字で「オズ」と書いてあった。
同じく木製のドアを開けると「いらっしゃい」としゃがれた声が聞こえる。彼の言う「ジジィ」とはこの声の主の事だろうか。
「ひとりかい?」
「いえ、少ししたらもう一人来ます」
「二人だね。窓際に二人席がいくつかあるから好きなとこに座っておくれ」
ニコっと人好きしそうな笑みを浮かべながら丁寧に腰を折ってお辞儀した後、ケーキの入ったショーケースの横からその内側に入った。
そこで彼に言われたことを思い出して「あの」と再度おじいさんに声をかける。
「このショーケースの中のケーキって注文できるんですか?」
「もちろんできるよ。ただ先にお代頂いてるんだけどお嬢さん持ち合わせはあるかい?」
「はい。お小遣い頂きましたので」
どうやらおじいさんは最初から私が自分で会計するとは思っていなかったようで先払いの件を話して持ち合わせを聞いてきた。
...そんなに子供っぽく見えるんだろうか。いや、見えるか。というか事実か。
大丈夫だというとおじいさんはにっこり笑って「好きなのを選びなさい?どれもおいしいよ」と下のショーケースを指すので、私もそれに倣ってどれにしようかと中のケーキをまじまじと見る。
個人的にはショートケーキが好きだが、喫茶店で食べるチョコレートケーキはコーヒーに合うように作られているせいか普通の店とはまた違った良さがあって捨てがたい。この端っこにあるバスクチーズケーキも一度存在を耳にしてからずっと食べたかったものだし、いかにも卵たっぷりですと言わんばかりのロールケーキはさぞおいしいだろう。いよいよどうしよかとうんうん唸っていると、それを見ていたおじいさんが愉快そうに笑った。
「はっはっは。まぁまぁ。今回選んだのがおいしかったら、また来て他のも食べればいいじゃない」
「むむ...そ、そうですネ。ちなみにおじいさんのおすすめは?」
おじいさんのいう事はごもっともなのだが、いかにまた来れるからと言っても一回一回後悔しない選択をしたいところである。女の子はカロリーに敏感なのだ。
「うーん。今の時期だとちょうどイチゴが旬だしショートケーキはどうかな?いつにも増して甘くておいしいと思うよ?」
「それで!!」
旬と。
旬は本当に侮ってはいけない。今まで本領発揮できずにいた食材が自分のステージに立った時の本気度合いは目を見張るものがあるのだ。
半ば食い気味に答えた私におじいさんはまた笑って目の前でケーキを切り分けた。
ナイフがホイップに触れると微かにシュワッという音が聞こえたのでクリームは軽めなんだろう。もったりとした濃厚なクリームも好きではあるのだが、個人的には軽めでいくらでも食べれてしまいそうなクリームが好みだ。
好みド直球のケーキを前にまだかまだかとおじいさんの少し緩慢な動作を見ていると、切り終えたケーキを器に乗せてこちらに差し出してくる。
料金を支払って受け取るとおじいさんは笑いながら言った。
「席にはメニューが置いてあるから美味しそうなものがあったら呼んでね」
「わかりました」
「ところで、お嬢さんコーヒーは飲めるのかい?」
「よく飲みます。朝に出てくることが多かったので。本格的なものこそ飲んだ事はないですけどそれでも美味しいなと思いますよ?」
「そうゆうことならうちのもぜひ飲んでいってよ。自分で言うのもなんだけど、ここらへんじゃ一番だって評判なんだよ?」
「そうなんですか。楽しみです」
俄然楽しみになってきて「失礼しますね」と告げて速足で席を探した。
朝の時間帯は過ぎているものの昼にはまだ早いというような中途半端な時間にもかかわらず、席には人がちらほらいる。
窓際の端っこの席が空いていたのでそこに座ってケーキを置いた。
コーヒーが来てから食べ始めるか、先に食べてしまうかで少し悩んで、待ちきれないので注文するだけして食べてしまうことにした。
メニューを開くとコーヒーはもちろん、軽食やケーキ以外のデザートもあるようだ。
手早く決めて机端の呼び鈴を鳴らすとおじいさんがやってきた。どうやらこの店はおじいさん一人で経営しているようだ。
ウィンナーコーヒーを頼むとおじいさんはニコリと笑って下がっていった。
さてケーキを食べようとフォークを持ったところで、ドアにつけられた鈴が控えめになった。
見てみれば彼が来たようだ。
如何にも魔法使いというような真っ黒のローブに身を包んでいて、さっき見た時よりは幾分かキッチリした印象を受けるが髪が若干は跳ねているせいで最初のイメージは拭えない。
「ジジィ、こんぐらいのガキが来なかったか」
「ラズじゃないか、珍しい。お嬢さんなら窓際の席にいるよ。家族が後から来るのかと思えばお前さんのツレか。...なぁ、可愛いとは思うけど未成年じゃないのか...?」
「アホか!そんなんじゃねーよ!てかなんでこの状況でそうなんだよ!」
「はっはっは、なに最近顔を見せないからからかっただけだ。...いろいろあるんだろう?」
「まぁそんなとこだ、もう行くぞ」
このぐらい、と彼が示した身長は六つか七つぐらいの子供の身長で突っ込みたくなるのだがいかんせん距離が遠い。
彼はラズというらしい。
少し離れたところからこっそり見ていると、気づいたらしい彼、ラズさんはこちらに歩いてくる。
「待たせたな。まぁ食べながらしゃべるのも...な。先に食ってくれ。美味いぞ」
「わかりました。いただきます」
机に置かれたケーキを見てラズさんが言う。
人を待たせながら食べるというのも少しだけ罪悪感があるものの、直々に許可も下りたし、私としても食べながら話すというのは食べ物にも話し相手にも失礼に当たるため、避けたかったのでここはお言葉に甘えることにする。
フォークをもって一口大に切り分けると、シュワッという音が聞こえてきていよいよ我慢できずに口に放り込んだ。
案の定クリームは軽めで、甘さは抑えられている。これはコーヒーを飲んだ時に味の差異で苦くなりすぎないためのものな気がするが、旬が来てとことん甘くなったイチゴとマッチしていて物足りなさを完全に払拭している。
はっきり言って絶品だった。今まで食べてきたものの中でこれが一番おいしいと胸を張って言える程に。
夢中になって食べ勧めるとケーキはあっとゆうまに消えてしまったらしい。
人前で夢中で食べていたことを思い出して、少し頬を赤らめながらラズさんを伺うと、微笑ましそうな目でこちらを見ているのでたまったものではない。
「あの、忘れてください...」
「まぁそうなるのもわかる。俺も初めて食った時はぶっとんだ」
羞恥心を飲み込もうにも中々うまくいかず苦心しているとおじいさんがコーヒーを持ってきた。
「失礼しますね、ウィンナーコーヒーです」
「ありがとうございます」
「ジジィ、いつものくれ」
「はいはい、わかりましたよ」
ラズさんは入れ違いで飲み物を注文したらしい。”いつもの”で通るのはラズさんが常連だという証拠だろう。おじいさんも慣れた様子なのでなおさら。
「それで...ええっと」
「まぁお互い話したい事聞きたい事あると思うんだが、まず聞いてもいいか?」
「な、なんでしょう」
「魔法を使えるんだな?」
こうしてラズさんによる
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