●マーサの事情聴取
マーサに対する取り調べは、とうとう20回を数えた。
当人はうんざり、げんなりだったが…………。
案件は(フレアドラグーンという凶悪宇宙生命体の存在)という、惑星パーミルの存亡に関わる重大事件であった。
いちヒツジ雲使いが、宇宙規模の大問題(それも極秘事項)に関わっているもんだから、そのストレスは尋常ではなかった。
極秘裏に開かれた対策会議。
その概略はモアモアから説明され、ハウラー・ナックスがハイ・シビルである事は確定した。そして、その母は元イカロス・ファスト主要メンバーのマイヤー隊長であった。想いを巡らせるうちにマーサは、ある可能性に気がついた。
軍に隔離されハウラー本人に確証は取れていなかったが、マーサはその可能性に自信を持っていた。
『あの日……自分の目の前で忽然と姿を消した。見間違いなんかじゃない……きっとお母さんの遺伝だ。ハイ・シビルだけが持つというサブセンス……それを受け継いだ。彼女の母がマイヤー隊長なら、きっとそうだ。マイヤー隊長のサブセンス……いったいどんな能力だったんだろう』
以前にも述べたが、イカロス・ファストに関する全ての情報は、
度重なる《クラック》のために消失しており、一片も残っていなかった。
このマーサの推測に答えられるのは、現時点でハウラー本人以外にはいないのだ。
昨日バベルのお見舞いに静養牧場へ出かけた。
牧場の帰りにミーメを見かけ、その悩みを打ち明けた。
ミーメの答えはシンプルだった。
「そういうなら“お〜ばぁば”に相談よ。困った時のモアモア頼み」
「ミーメったら。あなたは何でもお婆ちゃんなのね」
「お〜ばぁばは、魔法使いみたいに不思議な道具を沢山持ってるから……きっと解決してくれるよ。マーサひとりで行きたくないなら、あたし一緒に付き合ってあげる」
……という訳で、わたしはミーメと連れ立って、赤い屋根のサイロに向かっていた。
ミーメはいつも通りにパフに、わたしは静養中のバベルの弟バビルに乗っている。
ミーメがサイロの天窓から、いつもの様に覗き込むとピンクの尖り帽子が見えた。
「お〜ばぁば!“モアモア相談室”開いて〜〜。今日はマーサがお話聞いて欲しいんだって〜〜」
ピンクの帽子をピクッと傾げると、モアモアは窓を見た。
「ありゃ〜、何じゃミーメ。相談主はマーサなんじゃろ? なしておまえさんが付いて来るんじゃ」
窓越しにペロッと舌を出して、ミーメはきゃっきゃとふざけた。
その後ろのマーサは、対照的に深刻な表情だ。
「まぁ、付いて来ちゃったもんは仕方あんめ〜。2人共入りんしゃい」
モアモアは手元のレバーをグインと引き下ろし、天窓を開けた。
2人の小娘と2匹のヒツジ雲は、仲良く降りて来た。
「ミーメ何じゃその“モアモア相談室”てのは? そんなもんはお〜ばぁばは聞いた覚えありゃせんぞ」
「へへん、だ。いいのよ。この赤い屋根のサイロに相談に行くことを、あたし達雲使いの間では、そう呼んでるの」
ミーメの一方的な物言いに呆れた。
「勝手じゃなあ」と、ぼやくモアモア。
「まぁ、いいからいいから」
そう言うとまるで自分の家のような振る舞いで、ミーメはソファの埃をパンパンと払いマーサを腰掛けさせた。
強引なミーメにドギマギしながら、マーサは2人分の長い水色のソファの真ん中に腰を下ろした。ミーメはその肘掛けに、ちょこんとお尻を乗せた。
モアモアもしぶしぶマーサの正面に対座した。
「さぁ、モアモア相談室じゃ…。何なりと申されよ。だいたいの所察しは付くがな」
マーサは目の前のお婆ちゃんの、深い皺に覆われた優しいつぶらな瞳を見つめた。
それだけで、なんだかホッとする。小さな頃からズッと世話になってきた、娘達みんなのお婆ちゃんの目だ。
「あのう。この前オジャマした時は例の会議の前だったから……。状況は随分変わったんです。事情聴取でもさらに細かくしつこく聞かれるしぃ……」
「ハウラー・ナックスの事じゃな」モアモアは言い当てた。
コクリと首を縦に振ってマーサは疲れた表情を見せた。
「彼女、ハイ・シビルだった……。でも、そこまではだいたい予想してたんだけど……」マーサが言葉に詰まると、隣のミーメが口を挟んだ。
「それもよりによって、お母さんがあのイカロス・ファストのマイヤ=隊長だったなんて、ビックリよね」
ミーメは目を丸く身開いた。
「いいから、おまえさんは黙っとれ。相談者はマーサ……なんじゃろ」
モアモアはマーサの言葉を待った。
眉間に縦皺を刻み、マーサは意を決して言った。
「あの日。消えたんです……ハウラー」
「で…………」とモアモアは促した。
「ですから、ハイ・シビルのサブセンスなんじゃないのかって。……これ、わたしの推測でしかないんです、けど」
「けど…………」
「本人は隔離されてて、直接確かめる事できないし……」
「ふむふむ。それを確かめたいんじゃな」
モアモアの含み笑いで、マーサの表情が少しだけ明るくなった。
「確かめること、って、できりんですか?」
ひと息間を空けて、モアモアは席を立った。
視線を奥座敷の方へ向けた。
『あ、あの時と同じだ……。もしかして、お〜ばぁば あの鏡使うのかなぁ。でもあれ何だっけ、たしか先視鏡(せんしきょう)。あれは未来を覗く道具だったはず』
ミーメの頭の中が勝手な想像で溢れかえった。
モアモアはマーサを奥座敷へ案内すると、『やっぱり』とミーメが思う。
その鏡の前の黄色いキノコの椅子は座らせた。
「お〜ばぁば! やっぱり先視鏡つかうのぉ〜。それって未来を観るヤツだよ
ねぇ。ハウラーのお母さん調べるなら、過去だよ」
偉そうに鏡の説明をするミーメ。
モアモアは半笑いでミーメの説明を修正した。
「今、ミーメが言った通り、この鏡は先視鏡と言って未来予想をする魔道具じゃ。
じゃが、それだけじゃないんじゃよ……」
そう言うとモアモアは、自分の身の丈ほどの大鏡の縁を掴むと、グルンと回した。
すると裏にも鏡が……。
表面は銀色だったが、この裏面は真鍮のような黄金色だった。
これは知らなかった、という顔でミーメも温順しく聴き入った。
「裏側は、後視鏡(こうしきょう)と言って、過去を覗くことができるんじゃ。
それじゃ、早速イカロス・ファストの活躍した時代を覗いてみようかの」
モアモアはそう言うと呪文を唱えた。
キリキリカイコ、キリキリカイコ、カイコカイコキィ〜〜〜〜〜リキリ
「何だ。呪文は一緒なんだぁ」ミーメは少しがっかりした。
モアモアはミーメを睨みつけ「そんなに何種類も覚えられんのじゃ。魔力は鏡が持っとる……じゃから、この呪文はその力を解放する合図なのじゃ。じゃから一緒で構わんのじゃよ。わしら魔道士は、おまえさん達を楽しませるために、わざわざ呪文をとなとるんじゃないんじゃ」
シュンとするミーメ。
目をランランと輝かせ鏡を見つめるマーサ。
対照的な2人だった。
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