●ハウラー・ナックスの正体

バタム∴∴

と自室のドアを開け、セルバムがリビングに現れた。

「おい! お前ら、どうやらグラマンの話……。なかなか信憑性がありそうだぜ!」

作業台の前で2人並んで是空の構えに入ってた、ガロンとチーダイはカッと目を開き、背後のセルバムに振り返って、「何だって!!」と同時に声を上げた。

「本部に今日のレポートをパソコンで送ったついでに、【ラピス・レイヤー】近況トピックスをスクロールしてたらよ……。《ハウラー・ナックスFDに遭遇》って項目見つけてな。ほれ、その記事プリントアウトしてきたから読んでみ」

セルバムは2人の目の前に、そう言って一枚のプリントを差し出した。

カシャっと、紙の音をさせチーダイが受け取った。

脇からのぞき込むガロン。

「何々…………フレアドラグーン実在の可能性、あるか」

まず表題を読み上げる……そして記事へと続けた。

「,5,17.am1:00 ハウラー・ナックス率いるチーム58-Szは、ミッション389遂行中、高度80,000ftにてフレアドラグーンと思われる紅竜現象(現在確認捜査中)に遭遇。ハウラー・ナックスは“母親テンカンプスが恒星メガで戦ってたっていう、フレアドラグーンの形状に酷似していた”と証言した。この発言でハウラーの母親が、伝説のイカロス・ファストであったのでは? との憶測もされている。…………高度8万フィートって言ったら大気圏外ある」

チーダイの最後の言葉にガロンが反応した。

「大気圏外イコール勤務テリトリー外だよな、あいつ速すぎるからオーバーランしちまったのか」顎に手をやりセルバムが唸った。

「う〜〜〜〜ん。あの男勝りのこったから、オレは圏外など気にも止めずに追走したと見るな」それももっともな意見だ。

ただ現時点で確認調査中である以上、この事案については想像の域を出なかった。

「ハイ・シビルは無茶するあるな」

「おいらも同感だ」とガロンが続けた。

「ハウラーのヤツ確かに放射線防御力は抜群だが、どうも過信してる節があるぜ」

セルバムは2人の後ろに回り、肩を組んで言った。

「ま、今は本部も調査中だ。オレ達にゃ今出来ることをやるっきゃねえぞ。仮にフレアドラグーンと戦うことになったと想定して、少しゃ戦力になるよう日々精進するっきゃねえ」

チームリーダーらしい発言に、2人は力強く頷いて再び是空の構えに入った。

「おい、おい、それ何の訓練だ? さっきもやってたが……」

しかたないなぁ、と面倒臭そうにチーダイは眼を開いて、宝来拳法の由来からの下りをセルバムの為にもう一度説明した。


やっと理解したセルバムを加え、

作業台の前に3人並んでチーム58-aは眼を閉じた。

本部では切迫した状況で部隊が緊急編成され、大気圏外への調査が始まっている、というのにチーム58-a……こんなマイペースでいいのか?

ガロンのラピスティックは未だ調整不能のまま、作業台に横たわったままだった。


第58期【ラピス・レイヤー】入団者の中で、最も異彩を放つハウラー・ナックス。

同期の入団者は元より、団のトップ隊員や後輩達の中でも様々な噂が囁かれていた。それというのも、彼女の素性が何一つ証されていない為だった。体力・体質・遺伝子等の多角的メディカルチェックの結果、唯一純正のハイ・シビル種である事が実証された。

このニュースは【ラピス・レイヤー】内部に止まらず、《シャムル族》全体に驚愕と歓喜を与える事となった。

なぜなら、ハイ・シビル自体が種として100年前のイカロス・ファスト世代を最後に、絶滅したと言われていたからである。

『まさか、生き残りがいたとは?』

という猜疑の思いに駆られる者も、少なからずいた。


これには、ガロンも驚いた。

なにを隠そう彼自身もハウラー同様、ハイ・シビルの母をもつハーフだったからだ。

残念ながら男に生まれたため、ハイ・シビルの遺伝子は受け継がなかった

のだが。どこか他人事ではない親近感を覚えたのも確かだった。

「だが、テンカンプスという名前がイカロス・ファストの記録に無いとなると、証言の信憑性にも影を落とすあるね」

チーダイの意見ももっともだ。

だがその答えを求めるならば、おそらくこの惑星上最長の寿命を持つ《メイシ族》にしか回答できないであろう。


イカロス・ファストの輝かしい功績は、【ラピス・レイヤー】本部(旧イカロス・ファスト本部)の玄関前で微笑む9人の女神達の彫像に、象徴として残されているだけだった。

深い青紫のラピスラズリで造られた群像の足下には、それぞれの名前が記されていた。

総部隊長メルトサーチを中心に、シュナイダー、キャンベル、ベルトリカ、カンナ、ジル、マイヤー、チャーミ、伽藍(ガラン)…………。

現在このトップ9名の氏名しか解らない始末だ。

そこには、確かにテンカンプスの名は無かった。

ただ、全盛期のイカロス・ファストには総勢300名の隊員がいたという。

その中には、テンカンプスという隊員がいた可能性は充分にある。

記録にこそ残っていないが、《シャムル族》全てが憧れたイカロス・ファストの記憶は、この惑星パーミルを救った英雄として心に根強く刻まれていた。


【ラピス・レイヤー】本部も連邦宇宙局も、度重なるクラックによって過去のデータを全て消失しており、ハウラーの素性を確定する術は無かった。ハウラー・ナックスが事実ハイ・シビルの最後の生存者であるなら、

当局も世論も、その事実(ルーツ)を探りたいと考えた。

そこでハウラー調査本部を編成し、近々メイシ族とのコンタクトを計画していた。

〓英雄最後の血統は、果たして明かされるのであろうか〓

などと、記者クラブは派手に取り上げていた。

興味本意の世論は俗っぽい捉え方に傾倒していたが、調査本部の真相究明の大義名分は、あくまでハウラー・ナックスの言動の真を問う事により、フレアドラグーン証言の確証を得ることであった。

仮に大気圏外とはいえ、この惑星に接近した空域でのフレアドラグーン出現が真実であるとしたら、防衛戦略上の大問題であった。


そんな訳で、今夜も「酔舞猫」でバールはストレスを撒き散らしていた。

カウンターチェアをキーキー鳴らし落ち着きのない子供のようだ。

隣のメゾンドに向かってハウラーに関する新聞記事を、ドンと叩きつけた。紙面にはあの文字〓英雄最後の血統は、果たして明かされるのであろうか〓が踊っていた。

「だからよう。どうしてマスコミっちゅうのは、どいつもこいつも興味本位なんだ!」

バールの息巻いたアルコールの飛沫が、メゾンドの眼鏡に掛かった。

落ち着いて眼鏡を外し、拭き取りながら返した。

「しょうがないわ、新聞記者は売れる記事を書くのが仕事なのよ。それに、あのハイ・シビルが生きていたなんて……素敵じゃない」

持っていたロックグラスをガシャンと置き、バールは言い返す。

「何だ、じゃあその内…グラビア特集:ハウラー魅惑の紫体…なんて事になるかもな!」

バールのこの的外れなセクハラ意見はともかく、FDの驚異に対抗する防衛の要である【ラピス・レイヤー】。その最高指揮官の苛立ちは本物だった。

一刻も早くハウラー・ナックスの素性を証さなければならなかった。

入団試験の当時ハウラーの経歴の不備に目を瞑り、実力本位で彼女に採用の決断をしたのは自分だった。

そんな心中を察し、メゾンドは柔らかい口調で話した。

「彼女の採用の判断は正しいし、結論は採用審査員全員の判断。あなた一人の責任じゃないわ。それに実際彼女のスキルは抜群なのよ。今はなるべく周りの雑音を遮断して、調査本部の成果を待ちましょうよ」

バールは少し気を落ち着かせた。

「調査本部は《メイシ族》に手助けを申し出たそうだな。我が《シャムル族》も追いつめられたもんだ。まぁ、あのフクロウちゃん達は頭が良いから、何でも覚えてるんだろうがな」

「あら、そんな言い方すると民族差別って叩かれるわよ」

「大丈夫さ! ここはオレの隠れ家だぜ。なっマスタ」

話を振られたオッドアイのマスタは、拭いていたグラスの汚れを確認しながら「勿論でございます。お客様、盗聴器など仕掛けてございませんよ」とカウンター越しに囁き、ニッと歯を出し意味深な笑みを浮かべた。


翌日の事だった。

二日酔いのバールは、けたたましい電話のベルで目覚めた。

リ〜〜〜〜〜〜ン㊨㊨㊨

リ〜〜〜〜〜〜ン㊨㊨㊨

リ〜〜〜〜〜〜ン㊨㊨㊨

とにかく呼び出し音を止めたかったバールは霞んだ思考のまま、3回で枕元の電話に出た。

受話器の向こうから、ウッドベースの弦を爪弾くような低音が響いた。

「宇宙連邦局、局長のベンゼルだ。バール君、早朝から済まんが至急そちらで対策会議を開いてほしい」

バールは朦朧とした頭をむりやり起動させ、答えた。

「例の件ですか? 調査本部から何か動きでも……」

「ああ、ハウラーの素性なんだが、調査を依頼していた天候魔導師ゲオルグから新情報が入った」

「ゲオルグに依頼していたのですか? 彼…は、確か《メイシ族》。58期の審査にも協力して頂いた。ハウラー・ナックスとも実際に面識がある」

「そのゲオルグから昨晩、究めて興味深い念視映像が送られて来た。このデータは極秘だから、君のプライベートホルダに電子メールで直接送信しておいた。彼女の素性に関する重要な証拠になるだろう。速やかに別途保存し、送信データは消去してほしい。君の判断で構わない、信用できる主要メンバーを召集し、ともかく目を通して早急に検証してほしい」

「検証……ですか?」

「頼んだぞ。ゲオルグの回想念視能力には、定評がある。一両日中に【ラピス・レイヤー】としての検証結果を出し、返答を聞かせてくれ」

「は、はい。判りました」

チャン、と受話器を置いた。


バールは急いで自分の書斎へ行き、パソコンを立ち上げ受信メール一覧を表示した。


>パパへ。今日58-aチームで夕食会開きました。チーダイに貰ったオゾンキャンディーのお土産は、パフが全部食べちゃった。┃21:20ミーメ>


>バールへ。ハウラーの件は冷静に判断してね。責任感じるのは判るけど、あなた一人で抱え込む問題じゃないから……┃24:40メゾンド>


(秘)>バール総司令官殿。ゲオルグ重要機密データ(■■)←極秘データの為、別メディアに保存後消去すべし。┃03:15宇宙連邦局ベンゼル>


画面をスクロールさせると、直ぐに発見した。

『おっ! これだな。画像データだな……おい、4ギガもあるぞ重てーな。こりゃ外付けに逃がすか……』

バールはマウスを操作し、画像データを外付けハードディスクへ移し、オリジナルをゴミ箱へ捨て消去した。

『これで、よし。さてと、対策会議の面子だが……どうするかな』

しばし考え込んだ。


外部スタッフからメゾンドとモアモア。それに雲使いのペイトリオ。

うちの本部からは、マックスとビーストてとこか…………。

『事案は極秘か、情報漏洩のリスクを減らすためには、最低限の人材でやる必要があるな』

バールはこの5名に、緊急対策会議の招集を一斉メール送信した。


≫調査本部が捜査を依頼していたゲオルグより、重要機密データを念視映像にて入手。データが4ギガもあり、オレもまだ見ていない。手間の簡略化と漏洩防止のため、本日12:00より【ラピス・レイヤー】本部の司令室にて、少人数で緊急対策会を開く。参加メンバーはメゾンド、モアモア、ペイトリオ、マックス、ビーストとオレを含む以下の6名で行う。以上。


●【ラピス・レイヤー】総司令官バール

●製雲魔導師モアモア

●科学技術省名誉顧問メゾンド

●上級雲使いペイトリオ

●【ラピス・レイヤー】通信機関長マックス

●【ラピス・レイヤー】[A1]パイロット・ビースト


尚このメールは既読後速やかに消去すべし。┃09:40バール≫


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