●チーダイの能力

3人のヒツジ雲使いとの会食は、チーム58-aにとってとても有意義なものとなった。

「オレは今のミーティング、レポートにまとめて本部に送っとく」

会食の後片付けを終え、セルバムはそう言って自室に籠もった。

チーダイは流しで残りの洗い物をしている。

ダイニングテーブルを作業台仕様に戻して、ガロンはラピスティックの調整を再開した。

「洗い物終わったら、さっきの話聞かせてくれ」

キッチンのチーダイに声を掛けると、ガロンはラジオペンチを手にした。


ガロンは初めて会った時から、チーダイには不思議な能力があると思っていた。特にこれから起きる事を事前に予測する力は、ズバ抜けていた。もはや勘が鋭いとかいう次元を逸脱していた。それに先日のミッションでも重なったニュートロンを見事に見抜いた。ヤツとおいらの視点が違ったためだ……。

最初はそう思っていたが、それだけでは無い。

どうやら洞察力に決定的な違いがある。

負けず嫌いのおいらとしては、どうしてもその理由が知りたかった。


一時して食器を片付けたチーダイが、ギギッと椅子を引きガロンの隣に腰を下ろした。

隣に座ったチーダイの気配に、ガロンは作業に集中しながら言った。

「なあ、結晶体の歪みって……。どうゆう事だ?」

「そのヘッド。つまりラピスラズリ自体の透過精度の問題ある」

「透過精度?」

「ワタシ達【ラピス・レイヤー】に標準装備される武器。全て本部の兵器開発部から支給される……から、精度は基準値をクリアしてるはずある」

「なら、問題無いはずだろ」

「そうとも言い切れない、ある」

無いのかあるのか解りづらいチーダイの言い回しに、つっこむ余裕も無く

「何で、おまえに解るんだよ」

「ワタシの故郷ホーライ山。北部の雪深い地方ある。少し北上すれば【モーグル族】のテリトリー、(グレイト・クレバス)ある」

「(グレイト・クレバス)って言ったら、何でもラピスラズリの99%を生産してる鉱物発掘都市だよな」

「そこまで知ってるなら、話は早いある。ワタシの師範そこの出身ある。鉱物のこと師匠に学んだある」

「おう! そうなのか。おいらの親方、ロージイちゅう爺さんも新素材を手に入れるって、何度も行ってたぜ」

「ロージイ親方ですか。きっとアナタの親方なら、その結晶の声を聞けるあるね」

「はぁ? 結晶の声だぁ………。石が喋るんか」

ガロンは驚いて眼を見開いた。

かまわずチーダイは話を続けた。

「【モーグル族】であるワタシの師範は、当たり前の能力として授かってるある」

「どんな力なんだ?」

「〈気の眼〉と呼ばれる、事物を一瞬にして見抜く力ある。

ワタシも少しだけその力、師範から享受したある」

「〈気の眼〉…………か? で、その眼で石の声を聞くと、おいらのこの結晶が“問題あり”って言ってんのか?」

「そ、ある。中心核に0.5ミクロンのズレがある。そのせいで発光した時にビームがブレるある」

「じゃあ、アダプターにゃ何も問題ねえのか」

チーダイはただ頷いた。

「結晶自体の問題なら、機械職人のおいらにゃ直しようがねえ……お手上げだ」

ガロンはラジオペンチを放り投げ、文字通り両手を挙げた。

しばらく考えてから、チーダイは口を開いた。

「結局、機械的なトラブルで無い以上……確かに調整はムリある。純正の結晶に付け替えない限り、誤差はどうしても防げないある。あとはアナタ自身がズレを承知で扱うしかないある」

ふ〜〜〜〜っ

と、息を吐き

「結局おいらの腕次第ってか」と言い捨てた。

「さし当たって今は、微妙なズレは勘で補うしかないあるね」

「それにしても、おまえの師範てのは何者なんだい。〈気の眼〉だっけ、その技の達人なんだろ」

チーダイは胸の前で腕組みをすると、壁1面が完全にガラス張りになった窓を見上げ、何かを思い出すように語りはじめた。

窓の外はすっかり日も暮れ、深い藍色の夜空には数千の星が瞬いていた。

「あれは、アタシ4歳の誕生日ある。ホーライ村の子供達はその歳になると、学問と体術を身につける為寺子屋に通い始めるある。そこで師範に付くある。ワタシの師範ダイダロス言う。そのダイダロス師範は、隣町(グレイト・クレバス)の出身で【モーグル族】だったある。元来【モーグル族】は全盲で生まれるある。そもそも視覚という概念すらないある。代わりに〈気の眼〉の力を授かってるある。この能力は視覚を補って余りある。【モーグル族】が発掘屋として優れているのも、この〈気の眼〉の力が鉱物探索に最適だったからある。師範は宝来拳法の達人で特に〈気の眼〉の能力に磨きを掛け修練してたある」

瞳孔を開いたまま聞き入っていたガロンは、そこでブルッと頭を振って聞き返した。

「チーダイ。それじゃおまえはその宝来拳法……、ってのの使い手なのか? だから気配消して近付いたり、人の動き予測したり、重なったニュートロンを見抜いたり、それって〈気の眼〉って言う力なのか? おいらのラピスティックの結晶の歪みも、その〈気の眼〉で感じたんだな」

「だいたい、そ、ある」

チーダイはあっさり頷いて見せた。

「【モーグル族】の〈気の眼〉か……。きっとおいらの親方も知ってるな。あんだけ(グレイト・クレバス)に通ってたんだ。ひょっとしたら使ってたのか? 盲目にしちゃ周りの事が、解りすぎる感じあったし」


ホーライ山の中腹に、宝来拳法の総本山があった。

チーダイの師範ベンガッサも、そこで拳法を指南する一人だ。

他に5名いる師範代の中でも、ただ一人【モーグル族】であるダイダロスは奇異な存在ではあったが、異端視されていた訳ではなかった。

そもそもホーライ村は、隣国(グレイト・クレバス)との付き合いは古く【モーグル族】との交流も深かった。鉱石の輸入先としての濃密な国交を通し歴史的にも切り離せぬ関係にあった。

視覚を持たぬモーグルという種族は、その代償として気配を察知する鋭い感性に溢れていた。その能力の一つが〈気の眼〉と称される“石の声を聴く力”であった。

チーダイはベンガッサ師範から厳しい修行を受け、伝承された数々の能力を教えた。

「それならこのラピスラズリの結晶の歪みを見抜けて当然っす」

「そ、ある。実際は見てはいないあるけどね。〈気の眼〉で感じ取ったある」

「〈気の眼〉か、すげえな。おいらでも出来るようになるっすか? ま、ムリだよな。おまえだって厳しい修行の末に体得したんだろ」

ガロンは両手の平を上げて、肩を竦めた。

チーダイはニコッと微笑み返した。

「そ、でもないある。あなたシューターあるし、職人ある。だから日頃からかなり集中力使ってるある。〈気の眼〉は言い換えれば、極限の集中の技ある。だから、あなた拾得しやすいと思うある」

「な、こと言って、乗せるんじゃないっす」ガロンは照れ隠しに頭を掻いた。

真顔でチーダイは続けた。

「ま、コツは2〜3ある。第一に視覚の封印。第二に集中の持続。第三に深腹呼吸ある。まずはこの三位一体の是空の境地を拾得する事ある。あとはそれを何時でも自在に発現できれば〈気の眼〉完成ある。な、簡単ある」

チーダイは両手の平を上に向けて重ね、親指を立てて三角形を作った。

その手をへその前で組むと、腹に力を入れてフ〜〜〜〜ッと息を吸い込み

眼を閉じて視覚を封印した。


「これが、〈気の眼〉の基本ポーズ“是空”の構えある。やってみる、ある」ガロンは言われるままに、見様見真似で同じ構えを取った。


「そ、眼を閉じて深〜〜〜〜〜く息を吸って……。両眼の間にもう一つ眼がある感じで、あとは高レベル集中の継続ある。これ基本ある。常に練習してれば、視覚に頼らず事物を察知する技〈気の眼〉拾得できるはず。あなた物造りの時の槌振りや、狙撃の時の集中力を思い出し、いつでも発揮できるよう訓練する。そすれば〈気の眼〉一歩近付くある」

眼を点にして、チーダイの説明を聞き終わった。

フッと、短く息を吐き

「おい、おい。それの何処が“簡単ある”だよ。あんな高度な集中力出しっぱなしで、それをキープだと……ムリムリムリ。それにおまえが、そんな構えしてるの見たこと無いっす」

息と一緒に吐き捨てるように言った。

「わたし奥義修得してる。だから、今は基本の構え必要ないある。視覚常用者は“是空”の極意に入りづらいあるから、この構え初心者用に発案された。大丈夫あなた素質あるある。それに“是空”は慣れある。コツさえ掴めば、構え必要なくなる。そのうちスッと入れるようになる、見ずに感じることある」


ウ〜〜〜〜〜ム。

腕を組み唸るガロン。

「まあ、やってみるすか? 修得できるかは解らないっす………けど」

確かに狙撃手であるガロンにとって、〈気の眼〉の修得を果たせれば今より確実にシューティングの腕前は上がるだろう。

もともと射撃の腕は秀でていたので、それに予測や読みの力が備われば、かなりのスキルアップに繋がる筈だ。

「ところでチーダイよ。この結晶は〈気の眼〉でみると、どう見えるんす?」

「結晶体の核に00.3micro/mmの不純物を感じる……ある。〈気の眼〉の技術の中でもマイクロアナリシスという技ある。モーグル達は、“石の声を聴く”という言い方するある。彼らの得意技あるよ。埋蔵された鉱物の発掘に欠かせない能力ある。

【モーグル族】達が優秀な発掘屋として他民族よりも秀でている理由あるね」

「00.3micro/mm? そんな細かい話か。で、シューティングにブレが出るってか?」

「そ、ある。ラピスティックの結晶基準値は00.8mm以内あるから、一応規格はクリアしてる。けど、【モーグル族】の常識じゃ00,01mm以下で、初めて純正(ピュア)と判断される。ガロンの射的精度が繊細あるから、その微細な不純物の混在がブレとして感じるある」

「じゃあ、繊細じゃねえヤツには、おいらが感じる違和感は解んねえのか」

「ま、そあるね。でも、それじゃシューターとしては失格ある。ニュートロンの核を撃ち抜くためには、絶対の精度が要求される。針の穴通すくらいの……。まして相手は高速を越えるスピードある。まがりなりにも、それに当てる集中力と動態視力は、ハンパないある。ま、それが備わっての【ラピス・レイヤー】あるけど」

「だけど、動態視力ったら、結局視力っす? 〈気の眼〉はどうなったんす」

「う〜〜ん。難しい感覚あるけど、ワタシのイメージでは、あくまで主体は

〈気の眼〉で、視覚は補助的な役割……9対1位のバランスある。

アナタも〈気の眼〉出来るようになれば、わかるね」

しばらく感心して考え込んでいたが、ガロンは静かに話し始めた。

「だがよう、チーダイ。おまえ凄げえっす……。まるで【モーグル族】っす。まあ環境が違うっちゃ、それまでっすが。羨ましいっす。バール団長に、この宝来拳法を【ラピス・レイヤー】の基本科目に加えてほしいっす。グラマンも言ってたが、

ハウラーの話が本当なら、おいら達も相当スキルアップしねえと……」


「FDフレアドラグーンあるか?

確かにその存在が事実なら今の【ラピス・レイヤー】じゃ太刀打ちできないあるね」

「だよな。伝説のイカロス・ファストでさえ苦戦した相手っす。

あぁ、てことは…おいらは今は〈気の眼〉の練習っす」

そう言ってガロンは、眼を閉じ是空の構えに入った。

あれだけ悩んでいたラピスティックの結晶体の歪みの事など、頭の中から吹き消えてしまっていた。


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