●特殊技能試験(ヒツジ雲使いとの相性)
さて、第58期【ラピス・レイヤー】入団試験も大詰めに入った。
ヒツジ雲使いバラライカ トップ6
1:特級=ミーメ
2:1級=マーサ
3:1級=オーデュライ
4:2級=ベルポック
5:2級=ウルウル
6:2級=グラマン
メゾンドの手元の画面に、6名のヒツジ雲使いのリストが表示された。
「まあ、人選に問題はないわね。どれも実力者だわ」
バールが隣から覗き込み、口を挟んだ。
「娘のミーメは私情が入るから除外するとして、他の5名はモアモア婆さんのお墨付きだ。選出に問題はねえはずだ」
「そうね。何でも天候魔導師のゲオルグのチェックも、入ってるらしいわよ」
最終試験の試験官ペイトリオのアナウンスが始まった。
「受験者のみなさ〜〜〜ん。いよいよ実技試験ラスト科目をはじめます。
今まで同様にブイによるランダム攻撃は踏襲されます。でも難易度は10倍に跳ね上がっていますよ。そこで、自ら相手となるヒツジ雲使いと手を組んで、あらゆる攻撃を回避または相殺してほしいのです。ヒツジ雲使いはこちらで6名選出してます。いずれもバラライカの⌒⌒⌒⌒vvvv⌒る使い手です。では、試験スタート!!」
受験生達の乗るエアロバイクは、すでに試験会場空域でクリア・スクランブルに入っていた。そこへヒツジ雲使い達がランダムになだれ込んだ。
「さあ、あたし達も行くわよ」
パフに跨ったミーメの掛け声で、6人の使い手もソレゾレに手懐けたヒツジ雲に乗って試験空間に参入した。
ブイによる放射線攻撃が一斉に始まると、等間隔で編成を組んでいた受験者達も、各々バラバラになり戦闘態勢に入った。
「いい。いつも通りに上から見渡すわよ」
{うん。じゃあ、高度3000m辺りまで上昇するよ}
ミーメはパフに直接そう指示を出し、その他のヒツジ雲達には角笛の音色で、上空に誘った。
ミ〜ミ〜ミメメメメ♪♪♪♪♪♪
ミーメの従えるヒツジ雲は、この時点では2〜30匹の小規模な群れだった。前日同様カンムリ椰子の仮設スタンドには、審査員が勢揃いしている。フェルト帽を被ったモアモアは、今日は一段と楽しそうにニコニコ、ワクワクしている。
『ほう、まずは少数精鋭で上から俯瞰観察かい……。なかなか基本に忠実じゃ。出だしの位置取りにも満足そうじゃな』
試験科目が製雲魔導師としての専門分野であることもあったが、
何よりミーメが誰を選ぶのか、興味津々だったのである。
公正な審査員としては、少しばかり難がある。
自前のオペラグラスを構え、ミーメとパフの姿だけを追いかけていた。まぁ、もう一人我が娘を思う審査委員長も同様だったが……。
これにはメゾンドも、苦笑いを浮かべお手上げの様子。
自分だけはシッカリ評価を下さなければ。と、気を引き締めていた。
試験官であるペイトリオも、今回は自分のライバル ミーメには違う意味で注目していた。なぜなら今まで彼女の独特な判断に、翻弄される事が度々あったからだ。ペイトリオは、その特製の是非を見極めようとしていた。
{ねえ、ミーちゃん。あの子スゴい大群連れてるね}
「ホントね。ベルポックだわ……。100匹はいるわ。でも試験範囲の空域は、それほど広くないから、あれじゃ機動力に難がありそうね。それに、あの子……大技(オオワザ)好きだから心配だわ」
ミーメの心配が、その眼下で正に起ころうとしていた。
ベルポックは、自分のヒツジ雲達を堆く積み上げ始めた。
「あっ! 大変……。あの子【積乱】使うみたいよ。100匹の規模でやったら滑空エリアが足りなくなる。ダメ、ダメ。止めに行かなきゃ」
パフに乗ったミーメは、ベルポックの元へ急降下した。
「ベル!! 【積乱】は止めて!! ここは狭すぎる」
「なによ! ミーメ。ベルの勝手でしょ? 試験中なのにクチはさまないで。ベルだって評価がされてんのよ!」
舌ったらずに言い返す。
きかん気の彼女が、素直に言うことを聞くはずなかった。
目の前でヒツジ雲はどんどん積み上がり、立派な積乱雲へと変貌し始めた。
その近くの空域では受験機2機が、浮遊ブイからの放射線攻撃を受け、防御に手一杯になっていた。
4番ガロンと8番セイラだ。
その2機を確認するとミーメは額に手を当てた。
「あの2機が巻き込まれるわ! パフ、こうなったら強硬手段よ! あたし達で何とかしましょ」
ミ〜メミ〜メ♪ ミ〜〜〜メ♪ メメメ♪♪♪♪♪♪
ミ〜メは角笛で自分の仲間を呼び寄せた。
パフを先頭に20匹ほどのミーメの雲達は、矢印の形になって積乱雲に風穴を空けた。
「何すんのよ!! ミーメ」
怒ったベルポックが拳を振り上げる。
「あんたが言うこと聞かないからよ、すぐそばに2機いるのよ。
注意しなさい! ヤルなら30匹位に抑えるべきだわ。状況判断があたし達使い手の本分でしょ!! それにこの試験空域は、あんたの【積乱】使うには狭すぎるわ。そもそも拡散型の技は抑えが難しいのよ。100匹も集めたら有効空域を突き抜けちゃう。評価の対象にすらならないわ」
ミーメの実力行使と厳しい言葉に、勝ち気のベルポックもシュンとなった。その間にパフ達矢印は、彼女のヒツジ雲を取り込んで遠くに吐き出す【強制帰還】という作業を繰り返していた。
ベルポックも残った30匹で、渋々【積乱】をやり直しはじめた。
突然自分の視野の左半分を雲に覆われ、ガロンはビクッとエアロバイクを反転させた。その雲の隙間から、ターコイズブルーの放牧着を纏った少女がニコッと微笑み顔を覗かせた。
「こっちは。ベルが塞いだ。もう攻撃させないわ。……あ、わたし雲使いのベルポック。よろしくね」
突然の挨拶に、ガロンは一瞬言葉を失い固まった。
度肝を抜かれたガロンとは対照的に、身体の小さなセイラは、これまたコンパクトなエアロバイクで、雲の隙間を何事も無かったように通り抜けて行ってしまった。
一方ガロンもベルポックのお陰で、左半分の攻撃を除外できたので、だいぶ楽になった。
さっきまで四方八方に狂気じみた連続攻撃を受けて、実際避けるだけで精一杯だった。
ガロンはターコイズブルーの娘に、親指を立て礼を言った。
「サンキュー! 助かったぜ。……これで反撃出来るよ」
「どう、いたしまして」娘はニコッと口角を上げて笑った。
『ほら……あたしだって、役に立ってるのよ』
ベルは内心でsぷ思い、過ぎ去る矢印に向かってペロッと舌を出した。
〈右40°と28°及び上空30mのブイより、3ヶ所同時攻撃確認。29m
降下で安全圏へ回避可能。もしくは°右40°を迎撃突破ラピス的中確率36%〉
突然【レイ・ガード】からの危険報告がガロンの耳に響いた。
『くっ、逃げてばかり要られねえ……真っ向勝負だ』
ガロンは右40°にラピスティックの照準を合わせ発射!
シュン⌒⌒⌒⌒⌒⌒○
目標に向かって紫の閃光が光る。
ブイの下部を掠めるように光線が流れた。
〈シューティング誤差、0.03mm。目標破壊に失敗〉
「くっそ! 解ってるって。いちいちうるせえぞ」
ガロンは【レイ・ガード】の的確過ぎる報告に苛立ち、ヘルメットを叩いた。
射撃をミスった為ブイはグラリと揺れただけで、破壊されなかった。
第2波が襲ってくる。
ピィ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!
「来た!! やべ、狙うために接近したから、至近距離だ」
【レイ・ガード】の判断を待つまでもなく、今度は躱わせそうもない。
瞬間眼を閉じ奥歯を食いしばった。
ブワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ
という風音とともに上昇気流が巻き起こり、ガロンはエアロバイクごと一気に800mは上昇した。
突然の急上昇に、押し潰されそうなGに耐えながら、眼下を確認。
そこにはNo.7のプレートを付けたバイクが背面飛行していた。
Vサインを送るチーダイが、操縦席から顔を出した。
「今のヤバかったある。あと0.5秒で空中分解……です」
「あ…っ、チーダイ。君が助けてくれたのかい?」
「背面でホバリングブースターぶつけてみたある。何か自力回避が難しそうとお見受けしました。んで、お節介ゴメン……です」
「すげぇ。発想。だが、助かったぜ。サンキュ!」
ガロンもVサインを返した。
チーダイは離れ業じみたアクロバット飛行で、著しい数の放射線攻撃を交わしながら、そのまま北東方向へ飛んでいった。
その飛行技術には、誰もが感心してみとれてしまう。
ガロンも「あいつ……。あの状態でよくおいらを助ける余裕あったなぁ」と、首を傾げるしまつだ。
審査員席でも、チーダイのフライトテクニックには注目が集まっていた。
[A1]パイロットのビーストでさえ、「俺にゃ、ムリだわ」と呆れていい放つほどだ。
もう一人そのチーダイの飛行を、面白がって見てたヒツジ雲使いがいた。
スルスルッと近付いて、声を掛ける。
「ねえ、ねえ。君! すごいねっ。〈先見眼〉の使い手なの?」
「えっ」と振り向くチーダイ。
「あたし、オーテュライ。よろピ〜ク!」
チーダイの視線の先にその空よりも青いマントを翻し、手を振る少女がいた。その手には2m程もありそうな、長い角笛を握っている。
「面白そうだから、少しあなたと一緒に飛んでみるから。よろピ〜ク!」
上下左右からランダムに放射線攻撃を受けながら、
『変なの着いてきたある。ど……する』
ところがオーテュライも、流石に1級の腕前を持つヒツジ雲使いだ。
チーダイの変則的な飛行に難なく着いて行った。
「ほう、チーダイにオーテュライか。面白いコンビだな」
バールの感想にメゾンドも同意した。
「そうね、もうちょっと意地悪しちゃったら、どうなるかしら? ほらあなたのブイのプログラム。ここをこうして」
「おい! 勝手にイジるな」
そう言うバールを無視して、メゾンドは彼の目の前のコンソールに勝手にプログラム変更を上書きした。
プログラム変更によって、チーダイとオーテュライの下に突如20機程のブイが出現した。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
一斉に、数10発の放射線ビームが2人を襲った。
あらゆる方向から、光の線が集まって行く。
遠目には、まるで花火を逆再生するように見える。
「げっ!!!」
これには流石のチーダイも、ただ固まった。
「任せて! よろピ〜ク!」
オーテュライはそれだけ言うと、長い角笛を構えた。
パ〜〜〜〜〜〜〜〜リラ♪
パ〜〜〜〜〜〜〜〜リラ♪ パ〜〜〜〜〜〜〜〜リラ♪
直径4m程の白い渦雲が、チーダイの周囲に幾つも現れた。
それぞれが意志を持った盾のように、あらゆる方向から降り注ぐ放射線からチーダイを守った。
上空で見ていたミーメもオーテュライの笛の音に気付いた。
「あの音、オーテュライの【笠】だわ。あれなら大抵の物は防げるね」
{うん。あの術はスピードのあるヒツジ雲しか使わないから、空気シャワーだって、全部防げちゃうんだよね}
パフもその技のすごさを知っていた。
「ホントね、ベルポックの雑な【積乱】より、オーテュライの【笠】の方がよっぽど実用的だわ」
ミーメの言う通り、チーダイに降り注ぐ射撃ラインを、円形に高速回転する【笠】が悉く防いでいた。
チュ〜〜〜ン! シュバン★ チュ〜〜〜ン! シュバン★
目前で次々と弾き返される放射線に、目を見張るチーダイ。
「オーテュライ? だっけ……すごいある。攻撃の道筋、読めるあるか」
シュバン★ シュバン★ シュバン★
と攻撃を迎え撃ちながら、オーテュライが答えた。
「あなたが読んでるのよ、あたし…それに合わせてるだけ。あなたの予測力こそスゴイわ。【メイシ族】の〈先見眼〉か、【モーグル族】の〈気の眼〉かと思っちゃった。でもあなた〈シビル種〉でしょ? ってことは【シャムル族】なのに…………」
シュバン★ シュババン★ シュバン★
圧倒的な連続攻撃と防御で、2人の周囲は閃光で真っ白になっていた。
そのため試験管達も、閃光シールド(サングラス)を掛けなければ、何も見えない程だった。
上空で見守っていたガロンも、【レイ・ガード】を露出調整していた。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
頭上から2発、襲撃だ。
1発目を右に反転しギリギリで躱し、2発目をラピスティックで迎撃した。あまりに派手なチーダイの戦闘に見取れて、一瞬油断した。
「あっぶね〜っ! 集中、集中」
ガロンは自分を戒めた。
「いま、ボ〜〜〜〜ッとしてたでしょ。危なっかしいなぁ」
声のする方へ振り向くと、すぐ横に赤い放牧着のヒツジ雲使いの姿があった。
「あっ。君は三次試験で助けてくれた……。確かミーメ」
「あら、覚えててくれたの? 嬉しいわ」
パフに跨がったミーメは、プカプカと空中に浮かびながら笑顔で答えた。
「おや、おや。お嬢はやっと連れ合いの所に到着かい。ここからは目が離せんの………」
カンムリ椰子の天辺の審査員席では、オペラグラスを覗き込む製雲魔導師が、そんな独り言を洩らした。
直ぐ側に居ながら、メゾンドはその言葉が聞き取れないほど興奮していた。
「団長! やっぱやるわね、あのNo.7チーダイって子。オーテュライの【笠】も相変わらずの出来だけど……。フルコンボで最大出力の放射線ラッシュ設定したのに、全部避けちゃったわ! あ〜〜〜〜楽しかった」
「ったく、むちゃくちゃするなぁ。試すにしても少々やりすぎだぞ」
バールが窘めたが、聞く耳を持たない。
メゾンドは彼の察知能力に心酔した様子で、拍手喝采を送っている。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
相変わらず、多方面からの放射線に見舞われながら、苦戦するガロン。
不確定乱数設定されたプログラムは、【レイ・ガード】の解析システムでも先読みは困難だった。
〈シビルバリア耐性20%低下、リカバリーまで25秒……。全方位より攻撃予測不能〉
「ちっ! この役立たずが。予測するために被ってんだぜ。それがムリなんじゃ、単なるヘルメットだぜ。や、ごつい分それ以下じゃ」
ガロンは【レイ・ガード】の分析機能を遮断した。
「ガロンそうよ。それに頼っちゃダメ! シビルでしょ、毛皮で感じるのよ」
併走していたミーメは、背後に回り込みながら言った。
{ミーちゃん。後ろから20発位、来るよ}
「解ってる。だから後ろに廻ったのよ」
{じゃ、パックンしても……いいの?}
パフはヨダレを垂らして、舌なめずりしてる。
「う〜〜ん。ちょっと多いけど皆で分けなさいよ」
ヒツジ雲は羊飼いの指示がなければ、何も出来ない。
ミーメの許しを得て、パフは大喜びで大きな口を開けた。
※【パックン】
特級ヒツジ雲使い“ミーメ”の放射線浄化技。ヒツジ雲の体内に放射線を取り込み、瞬時にオゾンへと変換する高難易度の技。放射線をその場でオゾンに変える理想的な技である。その反面、放射線量がヒツジ雲の体積を越えると、浄化飽和状態に陥りオゾン爆発を誘発してしまう。という大きなリスクを伴うため、放射線量とヒツジ雲に出現数のバランスを推し量る絶妙な技術が必要だった。ゆえに上級者にしか扱えないA級難度の技である。
バババババッ!! と後方のブイから一斉掃射を受ける。
「何っ! 後ろか?」ガロンは度肝を抜かれた。
「大丈夫。あたしに任せて」
ミーメは間髪入れずに指示を出した。
「パフ! 食べてっ」ミーメの指示が飛んだ。
パフを筆頭に特に食いしん坊の10数匹のヒツジ雲達が、迫り来る放射線の連射に対して一斉に口を開けて構えた。
パクッ!∝ パクッ!∝ パクッ!∝ パクッ!∝
シュン バフン バクバク
見る見るうちに、放射線はオゾンへと姿を変えてゆく。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
放射線ビームが追加掃射された。
{ミィちゃん。やばいよもう食べきれない}
「分かってるわよ! 今追加召集するとこよ」
ミ〜ミ〜メメメ♪♪ ミ〜メメメ♪♪ ミ〜メ♪♪
ミーメが角笛を高らかに響かせると、
モク○モク○モク○ と増援のヒツジ雲が12匹、パフを囲むように現れた。
{パフ! 次の攻撃は僕たちに任せて。君は消化に専念しな}
新しく表れたヒツジ雲達にそう言われ、パフは満腹のお腹を苦しそうに抱えて前線を引いた。
それを庇うように新しいヒツジ雲達は、最前列で口を開いた。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
パクッ!∝ パクッ!∝ パクッ!∝
「間に合った、これで放射線量は相殺できるわ。パフ達の第一陣は消化にあと2分……。その間もう一度攻撃を受けなきゃ、このままの頭数で対処できる」
納得しながらもガロンは質問した。
「だけど、また追加攻撃が来たら?」
「あ〜〜〜ん。だ・か・ら。そん時はまた呼ぶわ! パパのプログラムはしつこいし、特に試験用にランダム設定してる筈だから、読めないわ」
「えっ! パパって? もしかして君ってバール団長の?」
「ええ、そうよ。過保護でうるさいから困ってるの。でも今日は公の試験だし、ある程度自由にやらせてもらうわ」
ガロンは「へっ!」と言ったまま、口をポカンと開け固まった。
「おやおや、お嬢ったら〈パックン〉使っとるわい。なら、もう心配あらんな。少しは他の空でも見ようかいな、一応審査員じゃし……」
モアモアは初めてミーメ以外に注目しようと、目を逸らした。
そしてバリバリと雷鳴を響かせている、北の空の一角に注目した。
「何じゃ。騒がしいのぉ……。黄色い放牧着に、2股別れの雷竜の角笛 ……てことは、グラマンじゃな。あの放電音は、もしや【イカズチ】かい、組んどるレイヤーは? っと、No,2じゃからカルパスかいな。あのじゃじゃ馬の相手はしんどいぞえ。クラスでも一番の好戦タイプじゃ」
「だから! あたしに任せなさい。もっと離れて、巻き添え喰らっても知らないからね」
「えっ! だ、だけど、どのくらい離れればいいのか……」
「もうっ! 対象ブイから半径20mっ! その中に居たら、あんたも丸焦げだよ」
バリバリ∇∇∇ バリバリ∇∇∇ バリバリ∇∇∇ バリ∇
グラマンの召還した[黒ヒツジ雲]達が、その眼を金色に光らせて一斉に放電を始めた。
その黒い身体から発せられた細かい電磁波が、広範囲に飛散した。
周囲のブイが5機巻き込まれ、一瞬で機能停止。
「あんにゃろ! 一機作んのにどんだけ苦労したと思ってんだっ。ブイ本体への攻撃は御法度だと、あれほど言ったのに」
マックスが握り拳を振り上げ声を荒げる。
通信機関長である彼は、同時に兵器開発にも一枚噛んでおり、この放射線掃射ブイも彼の開発の成果だった。
ポンと肩を叩き、バールがなだめる。
「まあ、多めに見てやれや。試験とはいえ真剣勝負の戦場だ。あいつらだって現場処理に必死なんだよ。見てりゃ、グラマンのヤツも加減はしてる。破壊じゃなく麻痺に留めてるぜ」
「……………………」
マックスは不満顔のまま黙った。
{ミィちゃん。消化したから、また食べれるよ}
パフがプワプワと最前列に顔を出した。
「いいわ。じゃ、お腹一杯の子と変わってあげて」
ミーメは巧みにヒツジ雲達を操りながら、放射線からガロンを保守している。とはいえガロンも、ラピスティックでの迎撃は怠っていなかった。
モアモアの予想通り、この組は完璧なコンビネーションを完成しつつあった。
そして、魔導師はオペラグラスを左にパーンさせた。
今度は南南西の空を見ている。
その空を、紫紺の筋が青空を切り裂くように滑空していた。
ハウラー・ナックスだ。
追走するのマーサは黒い放牧着を羽撃かせ、まるで魔女のようだ。
漆黒の角笛を、
ボッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ボゥ
ボッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ボゥ
と低音域の不協和音を吹き鳴らした。
その音に乗って、身体を細長く変体させたヒツジ雲が現れた。
姿はまるで白龍のようだ。優美なでスマートな飛行姿はヒツジ雲というより、飛行機雲のようだ。
ハウラー・ナックスは高速飛行を慣行していた。
速度は凡そ秒速約30万キロメートル。まさかの光速領域だ。
マーサはその横にキレイに並んだ。
白龍となった数10匹を束ね操り、螺旋軌道を描きながら併走していた。
No.5ハウラーとマーサは、一本の筋にしか見えない。
「早すぎて見えんぞえ…………。こりゃ、ゆっくりにせんと」
モアモアはオペラグラスのリューズを、マイナス10倍スロー再生に合わせた。画像はだんだんスローになり見やすくなった。
「よし、そうじゃ。これで見える」
モアモアの視界に写る映像には、紫紺のラインとなり飛行するハウラーと、その周囲をクルクル回るように白いラインが取り巻いている。
白龍の束の隙間で、角笛を吹きながら雲を操る黒い魔女マーサの姿も確認できた。
「ほう。あのスピードで雲の道筋を操っとるんかい? なかなかじゃ」
一方メゾンドとバールの2人もモニタをスロー再生して、ちょうどその場面を見ていた。
「ねえ。ブイの放射線の射撃速度は?」
メゾンドの問いに、バールが即答する。
「そうだなデフォルト設定で、初速マッハ2だ。ハウラーが光速域に入ったとしても、迎撃から逃れることはできんぞ」
ニタリと含み笑いをすると、バールはコンソールのダイヤルをカチカチッ
と回した。
「これなら逃げられんぞ」
「あら、あなたも意地悪ねぇ。マッハ4に上げたの?」
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
現場ではもの凄いスピードの放射線が、そこらじゅうから襲いかかった。
チュ〜〜〜ン! チュ〜〜〜ン!
数10発の光の帯がハウラーに向かってくる。
マーサの白龍はその全てを、難なく弾き返した。
ハウラー・ナックスは、あまりの高速で飛行していたため、
周りで防御するヒツジ雲使いに、この時点で初めて気がついた。
ハウラーはバイザーに指を二本当てて、敬礼した。
その様子を見ていたメゾンドは
「あら? あの敬礼は……。イカロス・ファストみたいね」
という感想を述べた。
「うむ、確かに。ますますハイ・シビルである可能性が濃厚だな。そういや、入団希望願書の出生項目はブランクだったぜ。記入義務のある項目じゃなかったから、そのまま受け取ったんだが……」
バールも同調した。
さて、空のあちこちでは、ヒツジ雲使いとレイヤー候補生達の戦いは続いている。審査員たちも、それぞれに視野を張り、評価・採点を行っていた。
※【積乱】
上級ヒツジ雲使い“ベルポック”の得意技。ヒツジ雲を堆く積み上げ広範囲の防御壁を形成する。通常100〜400匹の大量のヒツジ雲を操る為、難易度の高い高等技術である。
長所:一方向からの放射線を完全にシャットアウトできるの。
そのため【ラピス・レイヤー】は警戒範囲を半分に軽減でき、攻撃に専念し易い。
短所:壁となるヒツジ雲も完全防御ではなく、ニュートロン等の強力な攻撃は透過してしまう。仮に突き破られれば、背後からの攻撃に無防備であるため、その回避は極めて困難になるリスクが生じる。
※【笠】
上級ヒツジ雲使い“オーテュライ”の防御術。数10匹のヒツジ雲を平たく円形に、盾のように配置して直線的な放射線ビームを弾き返す術。反応速度が速く多角的なビーム放射にも瞬時に対応できる。拡散・集中という加減もでき、放射の度合いにより防御強度も調整できる。
【積乱】が広範囲一面防御壁なのに対し、こちらは多角的小型防御盾である。したがって最大強度に密度を高めれば、ニュートロンも跳ね返すことが可能。
※【イカズチ】
好戦的ヒツジ雲使い“グラマン”の秘技。[黒ヒツジ雲]という亜種を召還して行う技。その特性である放電性を利用し、対象を電撃で破壊もしくは一時的に麻痺させる過激な攻撃。黒ヒツジの召還量によって技の威力は増減する。放電範囲に存在する全ての物に影響を及ぼすため、効果範囲からの待避は必須。怠ると巻き添えをくらう。
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