●第三次試験(コズミック・レイ耐性テスト)
第58期【ラピス・レイヤー】入団者を決定する試験も、いよいよ佳境に入った。ガロン達8名は試験領空内をホバリングしていた。
〈では、これよりランダムに宇宙線攻撃を仕掛ける。各自回避するなり、
ラピスティックで迎撃するなり、自由に対応したまえ〉
試験管からの指令がインカムから流れた。
「いよいよね。楽しみだわ」メゾンドは興味津々でそう呟いた。
「ふん。オレが考えた攻撃プログラムだぜ。そう簡単にはいかねえぞ。
まぁ、見物っちゃ見物だがな」バール団長は不適な表情を見せた。
〈GO!!〉と、試験管からスタートの合図が出された。
各自空中浮遊姿勢のまま、警戒態勢を取った。
ガロンも直ぐさま【レイガード】視野を展開。何の予兆も無く、あらぬ方向から宇宙線の束が降って沸いては、襲いかかる。
開始早々、No,1のセルバムとNo.7マッカランが2発づつ、もろに食らってバランスを崩した。
「ちくしょ〜! 前後から同時じゃ躱せねえ」
マッカランはそう叫びながら、錐揉みを始める機体をどうにか立て直した。が、右主翼にダメージを受けた模様。
一方セルバムは、レイビームが身体を直撃したため、気を失っている。
緑の大地に向かって、急降下している。
〈No,1。墜落だ!!〉試験管がレスキューに向かった。
レスキューバイクは、【ラピス・レイヤー】が実戦でも救助に使用するハイスペックで、エアロバイクの倍の速度を出せるモンスターマシンだ。
ガロンの鼻先を掠め、白い光の帯になって落下するセルバムを救出した。
まさに一瞬の救出劇だった。
セルバムは一時意識を失ったが、救護班の手当で直ぐに回復し、試験空域に戻って来た。
ガロンの【レイガード】が同時に3カ所の宇宙線発生を感知した。
「うっ! 真上と斜め後方、もう1つは真正面だな」
一番近いのは下方のヤツだ。ガロンは斜めに上昇しながら、遭遇時間をかせぐ、さらに真正面の宇宙線に向かいラピスティックを構えた。
「こいつは狙いやすいぜ」
パープルのラピスビームを掃射。
シュバ〜〜〜〜〜ン!
ジジッと火花を残して、正面の放射線は塵になって消滅した。
尚も上下からレイビームが迫る。
さらに加速上昇しながら、上から迫る一発に直接ラピスティックの結晶を突き当て貫いた。
ジジッ ジジジッッ
凄まじい量の火花が、ガロンのエアロバイクを包み込むほどに巻き上がった。肉眼では全く見えなくなるような閃光の中、【レイガード】のLAYモードは宇宙線の希薄なゾーンを見極めていた。
加えて《シビルバリア》の効果が全身を保護し、どうにか放射線を突破した。
〈マックス機関長! こちらサーベント。南西18°の方角よりニュートロン発生。クラス3規模…巨大です、迎撃しますが残留分子の消去は不可能。
援護頼みます〉
〈マックス了解した。即時に援護処理手配する〉
マックスは審査員席の中央で戦況を見つめるバールに近づき、なにやら小声で相談した。
「団長。昨日もそうですが、この空域の自然発生的な放射線対応は、試験科目に含まれません。アクシデントです。特例としてミーメちゃんの出動許可を願います」
バールはウ〜〜〜ム。と腕組みをした。
そして同じ審査員席で観覧する娘にチラッと目配せし、
「しかたねえな。どうせどっかにパフも来てるんだろ。あくまで特例だぞ」「承知しました」マックスは短く答えるとニッと歯を出して笑った。
ミーメに歩み寄り指示をだした。
「ミーメちゃん。お父さんの許可が降りたよ。南西18°だ。頼んだね」
「え〜〜〜っ! やった〜ぁ。出動していいのね」
ミーメは隣のモアモアにウインクすると、角笛を抱えて大気中に飛び出した。今日は赤い放牧着を纏っている。
「ふふっ。こうなること予測しとったな」
老魔導師はウインクを返した。
「パフ! 行くわよ」
審査員席の緊急ゲートから飛び降りた、パフはミーメを空中でポワンと受け止め現場へ急行する。
{ミーちゃん、出られて良かったね。ボクもお腹空いてたから嬉しいな}
〈マックスよりサーベントへ。ミーメを現場援護へ向かわせた。迎撃後、残留放射線量を報告せよ〉〈ラジャー〉
シュワ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!
サーベントのラピスティックが発光音を響かせニュートロンを破壊した。
一瞬、真昼の太陽よりも明るい光が辺りに拡散した。
「パフ。すごいご馳走よ。沢山あるから、みんなも呼ぼうね」
ミーメメ♪♪メーーメ♪ミーミーメメメ♪
ミーメの角笛が高らかに鳴り響き、パフの兄弟を初めとするヒツジ雲が空一面に湧き出るように出現した。
ミーミーメメメ♪♪メメミ〜〜〜ッ♪
ミーメの奏でる角笛の音色に合わせ、ヒツジ雲達は何も無かった空間に現れた。そして、大蛇の用にくねりながら南西18°地点へ到着。
鎌首を持ち上げ、未だに明滅する放射線の粒子をカプリと丸飲みした。
恐ろしい放射線をぺロリとたいらげ、美しい水色の気体(オゾン)を吐き出す。放射線を咀嚼してオゾンへと変貌させる。これがヒツジ雲の浄化能力だ。だが、その能力をどれほど発揮させるかは、ヒツジ雲使いの手腕しだいだった。
その一部始終を審査員席で観ていたバビルザックは、
「さすがはミーメ……見事な雲使いじゃ。あの色は相当純度の高いオゾンじゃわい」感心して思わずそう漏らした。
正にヒツジ雲の工場長らしい感想だ。
試験空域では、8名の受験者達が多角的に襲いかかる宇宙線の脅威と戦っていた。ニュートロンも数回に渡って発生したが、それはサーベントを含む4名の凄腕狙撃手が難なく迎撃した。大量に発生した放射線もパフ達ヒツジ雲がきれいにたいらげた。
No,3ボカボッカとNo,7マッカランは計4回づつ宇宙線に削られ、およそ450シーベルトの汚染に倒れ医務室にかつぎ込まれ、もう飛行空域に姿はなかった。一発も食らう事なく無傷なのは、No,4ガロンとNo,8のセイラだけだ。No,7のチーダイは2、3発被弾していたが、持ち前のタフネスでどうにか持ちこたえていた。
何より特筆すべきはのは、何発打たれても全く意に介せず飛行を続けるNo,5ハウラー・ナックスだ。これには審査員も注目している。
「彼女……。やっぱり、ハイ・シビルじゃないかしら?」
とメゾンドに言わしめたほどだ。
たしかに8名の受験者中、無傷なのはハウラーだけだった。
シビルバリアにガードされたガロンでさえ、左頬にチリチリと放射線の痺れを感じていた。
〈ラスト10分〉と、試験管からのメッセージが流れた。
バール団長の考案した、ランダム放射線発射システムは、試験終盤になり、尋常ではないほど破壊力に拍車がかかった。
ガロンは同時に10発の発射を確認した。もはや【レイガード】の音声指示も追いつかない程だ。
「ちっくしょ〜〜っ。これじゃ分かった所でどうしようもねえっ!」
多少は身体とバイクを掠めていったが、6発目までは機体を操作しどうにか躱した。
しかし、その視野に残りの4発が更に加速して至近距離に現れた。
【レイガード】の予測がどんなに正確で早くても、肝心のガロンの身体能力がその機能に追いついていなかった。
『万事休す』
もはや闇雲にラピスティックを振り回す。
その時だった。
紫紺の影が目前を通過した。
バジャジャジジジッという空気摩擦の音。
放射線はその影にブロックされ、白色閃光の粒子に砕けた。
視野の端にNo.5の機体が一瞬見えた。
『ハウラー・ナックス…か?』
〈最大放射線量4000。シビル・バリアの耐性限界をオーバーします〉
【レイガード】が危機的状態を知らせる。
同時にビ〜〜〜〜〜〜〜プ ビ〜〜〜〜〜〜〜プ
と大げさなアラート音がガロンの鼓膜を揺さぶった。
放射線との直接クラッシュは避けられたものの、大気中の微粒子は生命維持の限界を超えていた。
『ダメだ!放射線密度が濃すぎる。どこかに抜けられそうな隙間はねえのか?』辺りを隈無く観察する。
だがLAYモードの視界は、濃密な放射線ノイズで埋め尽くされている。
その時だった、突然頭上に白い固まりが現れた。
{メ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ}
ヒツジ雲の大群だ。さらにその先頭で、赤い放牧着を纏った少女が大きな角笛を吹き鳴らし先導している。
ヒツジ雲の通った後には一筋の水色の道。
放射線に取り込まれたガロンの視界に、脱出の糸口が見えた。
〈北北西21°脱出可能濃度を確認〉
『判ってるよ! 見えてるから』
ご丁寧な【レイガード】のメッセージにいらつきながら、
ガロンはアクセル全開でエアロ・バイクをそのルートへ乗せた。
シビル・バリアの耐性限界を気にしながら、ヒツジ雲が造ってくれたオゾンの脱出ルートをなぞって飛行した。
その様子は、ミーメの操る雲達の一員になったみたいだ。
その水色のゾーンには、もう一粒の放射線粒子も検出されない。
さっきまであれほどうるさくアラート音を発していた【レイ・ガード】が、ピタリと口を噤んでいる。
皮膚に感じていたピリピリする刺激も、今は無い。
ガロンは一瞬垣間見た赤い放牧着の少女を探した。
しかし、目の前には水色のミルキーウェイが、ただ連なっているだけだ。
これが初めて(正確には2回目だが)ヒツジ雲使いの実力を実感した体験だった。
審査員席のモアモアは、その様子を全て見守っていた。
『お嬢のやつ。結構本気出しおって……。じゃが、相性は良さそうじゃ。
フライトコースを邪魔することもなく。息もピッタリじゃった」
老魔導師はこっそり、小さく拍手した』
放射線のせいでチカチカする網膜の刺激に耐え、タイトなうえ蛇行する水色の進行ルートを巧みなアクセルワークで、どうにかトレースしていた。
「おじょうず……ね。その調子なら後10秒で危険ゾーンは突破できるよ」
突然頭上からの呼び掛けに、ガロンは驚いて上を見上げた。
あの赤い放牧着の少女が、ヒツジ雲に跨がって手を振っている。
少女は話を続けた。
「あなたガロンね。あたしはミーメ。宜しく」
ミ〜〜〜〜メメメ♪ という角笛の音を残し、少女はビュンと加速して視界から消えた。
『何だ! いきなり。礼も言えなかった』
一瞬の事だった。だが角笛の美しい音色だけが、強く印象に残った。
ミーメは審査員席の戻ると、老魔導師にペロッと舌を出した。
「うまくやりおったな。これであの坊主も安全圏に離脱できるじゃろ……第一印象はまずまずじゃな」モアモアはそう言ってミーメの頭を撫でた。
ミーメは照れて、いったん目を伏せた。そして、そーっと横目で親父のほうを覗くと、こっちに向かって親指を立ててニッと笑っている。
ピンポ〜〜〜〜〜ン
とチャイムが鳴り第三次試験の終了を知らせた。
同時に審査員席の上部に設置されたワイドモニタに、各受験者の被爆データが映し出された。
No,1ゼルバム:520シーベルト(耐性42%)
No,2エックス:1230シーベルト(耐性18%)
No,3ボカボッカ:865シーベルト(耐性34%)
No,4ガロン:120シーベルト(耐性89%)
No,5ハウラー・ナックス:2800シーベルト(耐性100%)
No,6マッカラン:760シーベルト(耐性48%)
No,7チーダイ:320シーベルト(耐性68%)
No,8セイラ:16シーベルト(耐性96%)
モニターの数字に審査員からどよめきが起こった。
原因はハウラー・ナックスの耐性100%という数字に対してだった。
「あの子、ハイ・シビルね。間違いないわ……。2800も被爆していて、耐性100は普通じゃない」
メゾンドは自分の予想が確定に変わり、そうはっきりと口にした。
隣でバール団長も腕組みをして頷いた。
待つこと20分ほどで、各審査員の採点表の集計がまとまった。
その順位が発表される模様だ。
審査員達は元より、受験当事者も空中でエアロバイクをホバリングさせながら、固唾をのんで見守った。
〈今からこれまで行ってきた、3つの試験科目の総合順位を発表する。例年通り、ここでの失格者は出さない。ただし、最後の特別技能試験との総合点で評価は決定する。下位の者はより一層の奮起を期待する〉
バールが頷き、合図を送るとモニタに順位が映し出された。
1位:チーダイ……………………総合得点298ポイント
2位:ハウラー・ナックス………… 総合得点276ポイント
3位:ガロン………………………総合得点254ポイント
4位:セイラ………………………総合得点243ポイント
5位:マッカラン………………… 総合得点212ポイント
6位:ボカボッカ………………… 総合得点203ポイント
7位:エックス……………………総合得点196ポイント
8位:セルバム……………………総合得点175ポイント
会場全体が、発表の結果に一喜一憂していた。
審査員達もそれぞれ意見交換している。
残すところ最後の試験科目。
いよいよヒツジ雲使いとの連携技術が問われる特別技能試験だ。
2時間後の最終試験スタートに備え、受験者達はピットに戻り、最後の調整に入った。
ピット内の空調は、自動的に放射線除去を行う優れモノだった。
汚染された彼らの身体はわずか数分で、見事にクリーンナップされた。
ガンガンガン!
とピット内に金属の打撃音が響いた。
音のする方を見ると、マッカランが排気ブーストを力任せに整形している。ガロンは気になって声を掛けた。機会屋の性根がうずいたのだろう。
「どうしたんだ? 故障か」
マッカランは手を止め、首に掛けたタオルで汗を拭いながら振り向いて答えた。「ああ、ちょっとムチャしちまって、排気効率がだだ下がりよ」
「オレで良かったら、ちょっと見てやるよ」
ガロンは自分のツールボックスを持って来て、幾つかの工具を取り出しマシンの調子を伺った。
「よし、一回エンジン蒸かしてくれ」
キュルルルル〜〜〜〜ン、ブオン、ブオン。
「こりゃー、排気より吸気口だな」
そう言うとガロンは機体の前に回り込み、仰向けに潜り込んだ。
小型のスパナと、バールを器用に使い2、3のパーツを交換した。
今度はガロン自身が右ハンドルのスロットルを回した。
ブロォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
ブロォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
ブロブロブロォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
エアロバイク特有の、腹に響く重低音が響いた。
「OK、回復したぜ。原因は吸気口の目詰まりだ。フィルタを新品に交換しといたから、もう問題ねえ。次の試験ガンバろうぜ」
ガロンはそう言うと、人差し指でクルリとスパナを廻して微笑んだ。
「おう! さすが機会屋だ手慣れたもんだな、恩にきるぜ……。次が最後だ、お互い悔いのないチャレンジを」
マッカランは微笑み返した。
いよいよラストの特別技能試験が開始された。
試験方式は8名が一斉に飛び回り、放射線発射装置の攻撃に対処する形式で3次と同様だった。
ただし今回は、ヒツジ雲使いがそれをランダムにサポートに入る。
その時のコンビネーションを採点するものだ。
試験管として選出されたヒツジ雲使いは、このバラライカ屈指のトップ5で、それに特別参加のミーメを加えた6名だ。
ビィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!
長いブザー音と同時に〈スタート〉という試験管の号令が掛かった。
8機のエアロバイクが一斉にピットから飛び立った。
各機とも適度な距離を取り、浮遊停止状態を保ちながら360°警戒態勢に入った。これまで3つの試験を経験してきた結果、受験生達が自ら学んだ空域編成だ。
「ほう、もうクリア・スクランブル編成を組んどるじゃないか。関心、関心」
バール団長の言葉にメゾンドが続けた。
「クリア・スクランブルは基本だもの。この子達クラスなら、自発的にこうなるわよ。味方のブラインドが一番危険だって、もう悟ったのね」
※クリア・スクランブル編成とは、互いの警戒域を邪魔しないように疎らに配列することで、効率よく監視体制を取れる編成方法。【ラピス・レイヤー】でも常時使用されている基本の警戒編成だ。
メゾンドは胸ポケットから自分のハンディモニタを取り出し、今日の試験に選出されたヒツジ雲使いのリストを呼び出した。
手帳サイズのコンパクト画面に、バラライカトップ6のプロフィールが現れた。
その画面を眺めながら呟いた。
「結局……、この子達がどのタイミングで誰と組むのか……、 そこが興味の焦点ね」バールも短く「だな」と返した。
「でも、あなたとあの魔導師には、公正な判断は難しそうね」
メゾンドは視界の端で、ミーメにエールを送るモアモアをチラッと捉えて言った。これにはバールもただ苦笑いを浮かべた。
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