●第58期【ラピスレイヤー】入隊試験
ガロンが受ける【ラピス・レイヤー】入団試験の受験要領説明会が
前日に開かれる。入団希望者達は10名一組のグループに分けられた。
ガロンはグループ5。受験番号ごとのシンプルな組分けだ。
受験番号58だったので、このグループ5に振り分けられた。
No,5というプレートの掲げられたロッカールームに案内され、入団要項の書類に目を通し、必要事項を記入してゆく。
第58期:入団試験規約
受験No.58
氏 名 ガロン・ファイバード
年 齢 パーミル年:16才
出 身 地 ベイクライト村
勤 務 地 ロージイ機械工場(カラクリの都)
系統種族 シビル種(ハイシビルとのハーフ)
入団志望動機
故郷の村が度重なるクラック被害によって壊滅状態に陥りました。
シビル種である自分はその村唯一の生き残りです。
あのひどい災害を是非ともくい止めたく、志願しました。
最前線で活躍する【ラピス・レイヤー】こそが、
実害を受けた自分の天職であると感じました。
PS.機械屋の都で修行を重ね、そこで開発した最新型の視界補助器具
【レイ・ガード】の着装許可をお願いします。
すこし図々しいとは思ったが、ガロンは【レイ・ガード】の使用許可を追伸にしたためた。結果入団試験管理本部より使用許可が下り、結果めでたく【レイ・ガード】を装着して試験に挑むこととなった。
実際の試験は2/14〜16の3日間だ。
その初日の試験開始1時間前に試験内容の簡単なレクチャーが行われるため、ガロン達入団希望者は早目に試験会場のあるバラライカの【ラピス・レイヤー】本部に乗り込んだ。
重厚なチタン合金の外壁を鈍く輝かせる巨大なビルだ。
二本のラピスティックがクロスに描かれた象徴的な団旗が屋上にはためいている。
ラピスティックとは、その先端にピュアラピスの結晶を埋め込んだ槍で、【ラピス・レイヤー】が実践で使用する唯一の武器だ。純正ラピスの結晶には、宇宙線を破壊・拡散する力があり、使い方次第で宇宙線の進路をコントロールすることができる。だが、抹消する事はできなかった。
そこで宇宙線を餌にするヒツジ雲との連携が必要になる。
つまりは、そのヒツジ雲を操る使い手(ミーメのような)とのコンビネーションこそが【ラピス・レイヤー】に求められる本質的なスキルなのた。
現在ここに集うガロン達は、そんなことはまだ知るよしもなかった。
どうやら10名づつのチームに分かれ、それぞれのチームごとにロッカールームが用意されていた。5番目のチームのガロンは他の9名と一緒に、大きく5とだけ記された赤い扉を開け中に入る。
ロッカールームには実際に使用する10台のエアロバイクが並んでいた。
各自そのバイク横に整列させれられ、教官からの説明がはじまった。
試験日程と、エアロバイクの操縦についての基礎知識が示される。むろんガロンのようにこの狭き門の入団試験に挑もうという猛者達にとっては、バイクなど幼少の頃から慣れ親しみ、なかにはジャンキーな族に手を染めるものすらいるくらだ。
受験番号はランダムに振り分けられている。
第58期生の試験に、同じ58番の受験番号は何か運命めいたものを感じて、ガロンは配布された自分の受験番号の入ったマグネットゼッケンに見入っていた。
スキンヘッドにタンクトップの筋骨隆々の男が、突然話しかけてきた。
「よお。兄ちゃん。イカしたメットだぁねぇ。オレぁNo,57。お隣さんでぇ……。
スタート気張るぜぇ、よ・ろ・し・く」
男は目の前に親指を立て。ポーズを決めた。
うわぁ。何だ、このヤバそうなラップ野郎』
内心そう思い、関わりたくなかった。
ガロンはムリヤリ笑顔を作ると親指を立てて返し、無言でお茶を濁した。
57番は、フンッ◎と、鼻息を荒げて他のヤツを相手にし始めた。
ホッと胸を撫でおろし、他にくせ者がいないか探した。
同じチームとはいえ、ここは試験会場だ。
みんな【ラピス・レイヤー】を目指すライバル同士なので、とてもチームメイトなどと呼べるような、生ぬるい雰囲気にはならなかった。
獲物を狙うハンターのように、ほとんどの者がギラギラした視線を周囲に向けている。
と、ガロンの目に物静かな女が目に止まった。
腰までありそうな長いストレートヘアー。
その髪は、かなり深い紫紺色。細身の身体にフィットした銀色のライダースーツを着込んでいる。
『ハイ・シビルか?』なぜそう連想したのか……。
それには理由があった。
自分が唯一敬愛した、今は亡き母の姿に重なったからだ。
その母はシビルのなかでも、さらに希少種【ハイ・シビル】だった。
彼女はエアロバイクのノーズに腰掛け、長い足を組んでいる。
その隙間から53番のマグネットゼッケンが確認できた。
ともかくダントツで気になる存在だ。
「諸君! そろそろ出番だ。番号順に私に着いてきなさい」
担当教官が全員に号令を掛けた。
すると、部屋の奥の壁が突如解放し、試験会場となる外気が目に飛び込んできた。
教官自らバイクに乗り、ロッカールームから受験生たちを先導した。
「……っと。こりゃいけねえ。モード変更だ」
ガロンはいきなり現れた外気に、あわてて【レイ・ガード】を放射線感知モードに切り替えた。スカイブルーだった大気はノイズ混じりの褐色へと一遍する。
ガロン達の駆るエアロバイクは、いよいよ第一次試験のスタートに向け横一線に危険な大気中へ飛び出した。
他のロッカールームのゲートも同時に解放され、総勢100名の受験者達試験会場の中央に設営された、審査員席の前に奇麗に整列した。
試験日程2月14日〜16日(予備日:17日)
★第一次試験 フライトテクニックテスト
(担当教官:特殊部隊[A1]パイロット・ビースト)
★第二次試験 シューティングテスト
(担当教官:特殊部隊[A1]遊撃手・サーベント)
★第三次試験 コズミック・レイ耐性テスト
(担当教官:通信機関長・マックス)
★特殊技能試験 ヒツジ雲使いとの連携テスト
(担当雲使い:上級雲使い・ペイトリオ)
★最終試験 面 接
(担当教官:総司令官&[A1]部団長・バール)
●特別審査員:
・製雲魔導師モアモア
・製雲工場長バビルザック
・科学技術省名誉顧問メゾンド
・天候魔導師ゲオルグ
●審査委員長:
・ラピスレイヤー騎士団 総司令官&[A1]部団長・バール
「おい! どんな感じだ。今年の新人は」
モニタに映し出された履歴リストをチェックしていたマックスの背後から、神興味津々でバールが覗き込んだ。
「あっ。司令官。まあまあってとこですかね。
ただ今年は例年に比べると個性派揃いって感じです。
目に留まった数人のエントリー表を、顔写真入りで
プリントアウトしときました。ご覧ください」
そう言うとマックスは、総司令官デスクの方を指差した。
きれいに整理された紫檀材仕上げのデスクに、数枚のプリントが乗っている。
バールはマックスにOKサインを見せ、それを手に取った。
「なに……なに
エントリーNo.89=ホーライ山のチーダイ。ほう…南方の出身か。
次はエントリーNo.77=カルス島のマッカラン。
そして、エントリーNo.22=ビルド村のカルパス。
……と、最後は、
エントリーNo.58=カラクリの都より参加のガロンか。
どいつも中々の面構えだ。参考までに覚えておこう。
ところで、マックス! 今日の段取りはどうなってる」
忙しなく試験準備に追われるマックスは、一瞬動きを止めてバールの向かって報告した。
「はい! 本日、初日の予定は一次・二次を行います。
両方の総合点の高い順に、参加総数100名を20名に絞り込みます」
「となると、まずはフライトからか。教官はビーストか。
スタートまでまだ2時間程あるな。オレは審査員の先生方に挨拶に行ってくる。後は頼んだぞ」
そう言い残しバールは、カンムリ椰子の天辺に設置された審査員席へ向かった。
審査員達を宇宙線のリスクから保護するため、ラピスガラス製の卵形ドームが、スタンド席全体をすっぽり取り囲んでいる。
それでもニュートロンの侵入は防げないので、東西南北の4ヶ所に迎撃用のシューティングシートが設置されていた。
4つのシートには、特殊部隊の精鋭シューターが陣取っている。
この徹底した警戒態勢は、バールの抜かりない性格を物語ってた。
バールは境目の分からないシームレスハッチから、卵内に侵入した。
4名の特別審査員と順に握手を交わし、会釈を済ますと中央の審査委員長席に着いた。
一番手前の席に、大きなフェルトの帽子を深々と被ったモアモアが鎮座している。モアモアは試験開始前だというのに、そわそわと落ち着きのない様子。
幅広の帽子の鍔をクルリと折り返して、なにやら空に視線を泳がす。
『おっ! 来おった、来おった……』
まだ、かなり遠くの空だが、数匹のひつじ雲を発見した。
『ミーメのやつ…もう少し近づかなきゃ…なんも見えんぞ』
おーばぁばにはパフ1匹と言われたが、
他に3匹計4匹連れて行くことにした。
今朝起きてミーメが見上げた空があまりの快晴だったためだ。
雲一つ無い青空に、たった1匹のヒツジ雲が空に浮いてる様子は、
どう考えても逆に目立つ。
ミーメはそう判断して、パフの他に3匹の兄弟も連れて行く事にしたのだった。
卵形の透明ドームの前には、エアロバイク(ラピス・レイヤー仕様)に跨がった受験者達が10列×10列の隊列を組んで、静かに浮遊していた。隊列の先頭で通信機関長のマックスが隊列を乱す者がいないよう、厳しい目で見張っている。
キィ〜〜〜〜〜〜ン!! というハウリング音が鳴り響いた。
バールが席を立ち上がり、装着したインカムのスイッチを入れたせいだ。
ラピス・レイヤー総司令官の入団試験開始の挨拶が始まった。
“これより、第58期ラピス・レイヤー入団試験を開催する。
承知の通り我々の職場は、この星の未来を左右する戦いの最前線である。いつ命を落とすやも知れん厳しい戦場だ。
にも関わらず、今回も全世界より大勢の団員希望の通知を受けた。
その総数5000名を上回る。
今回も合格率0.5%という狭き門だが【ラピス・レイヤー】は常に優秀な戦闘員を祈念してやまない。
希望者多数の為、不本意ではあるが、書類選考により実践試験資格者を100名に絞らせてもらった。こちらの試験管の人員の都合もあり誠に申し訳ない。”
「えっ? オレ知らなかった。既に50分の1じゃねえか」
「どうやら、落ちたヤツの所にゃ不採用通知が送られたみてえだ」
2名の受験者が接近してそう耳打ちした。
とたん、
「こら! 私語は慎め! 隊列を乱すんじゃねえ! 減点の対象になるぞ」
マックスの罵声が飛んだ。
怒鳴られた2名はシュンと耳を垂れ、整列し直した。
一方上空で少しずつ試験空域に接近するミーメ。
揮いに掛けられたとはいえ、100機ものラピス・レイヤー純正バイクを見る事など、この入団試験以外にはそうそう有るもんじゃなかった。
「すごいね、パフ。100機も居たら探せないかも」
{でも、ミィちゃん。あの子変わった頭してたから、きっと見つかるよ}
「そうかな? あのヘルメットでしょ。確かに目印にはなるわね。でも、もう少しだけ近くに行ってみよか。そーっとね。風に吹かれてる感じでよ。ピフもペフもポフも着いてきてね」
4匹のヒツジ雲とミーメは、徐々に試験会場に接近していった。
さすがのミーメも、今日は隠密行動ということで、いつもの赤い放牧着は封印し、白い麻のワンピで地味目にコーデ。
もちろん巨大な角笛も置いてきた。
その姿でパフの背中にに埋もれるように乗っかっていた。
これなら国民的アイドルのミーメも、外からは全く見つからない。
いっぽう審査員席で、唯一ヒツジ雲に注目しているモアモアばあさんは、貴婦人よろしく、スティック付きのオペラグラスを覗き込んでいた。
「おや。ミーメお嬢さん、今日は白無垢かい。ちょっと気が早いのぉ」
カモフラージュの衣装を勝手に勘違いしている。
そんな老魔導師の戯言には、誰も耳を傾けてはいなかった。
目前では、第一次試験:フライトテクニックテストが始まっていた。
空中に浮かんだマーカーに規制されたコースを、10名一組で競うタイムトライアルだ。
10機のバイクが激しいバトルを繰り広げている。
ラピス・レイヤー仕様のエアロバイクは、排気量1000ゲルムを誇るハイパーエンジンを搭載したモンスターマシンだ。
それが10台も一斉にバトルするのだから、そのエンジン音の凄まじさと言ったら、隣人との会話も不可能にするほどである。
ゼッケン1〜10までの一群が目前を通過すると、暫く耳が聞こえないほど鼓膜を振動させる。
ガロンは、隊列を組み出番を待つ受験生の中にいた。
耳を塞ぎながらも彼がこの第一組で注目したのは、ゼッケン6番を着けたピンクのモヒカンヘルメットに全身タトゥーの女だった。
ウイリーまがいのスタートダッシュを決めたかと思うと、全てのコーナーでドリフトをかましインを取りにゆく。
『あの6番、ジャンキーだ。あいつの組じゃなくて……良かったぜ』と、
ガロンは内心安堵する。
その遙か上空で……。
{ミィちゃん。う・る・さ・い・よ〜〜}末っ子のポフがだだをこね始めた。
「しょうがないわよ。あの大群だよ。耳塞いどくしかないよ」
試験会場のレースに釘付けのまま、ミーメは振り向きもせずに言った。
パフはポフを抱えるようにして、優しく耳を塞いであげた。
審査員席のモアモアばあさんは、審査などそっちのけでミーメの様子を観察していた。
「あらあら、あの子ったら結構集中して観戦してるようじゃ……。
感心、感心」
第1組が、けたたましい騒音を上げ団子状体でゴールした。
「1組の試験はこれにて終了。元の位置へ戻り隊列を組め。次、第2組11番から20番までの受験者はスタートラインへ集合せよ。尚、事前説明でも言ったが、このレースは勝ち負けではない。あくまで空中姿勢とマシンコントロールの腕を観るものだからな。あまり熱くなるなよ!」
第一次試験の試験管ビーストの指示が飛んだ。
180°ターンすると今度は審査員席に向かって発した。
「各界の審査員の先生方。お手元のチェックシートに採点の記入を宜しくお願い申し上げます」
ビーストは敬礼すると、第2組の受験者10名をスタート地点へ誘導した。
{ねえ、ねえ。次の組が始まるよ}と、パフ。
「11番から20番か。この中にも居ないみたいね。でも、おーばぁばの先観鏡は、あくまで参考よ。あたしはあたしの相性で探すんだから」
オペラグラスを覗いていたモアモアは、ミーメの心中まで覗いていた。
『あの子ったら……。少ししょぼくれちょるみたいじゃな。まあ、今の組は大したことなかったものなぁ、しかたあんめい。気を取り直して次に期待じゃ』
こうして第1組〜第4組までがテストフライトを終了し、とうとう第5組エントリーナンバー58番のガロンの組の順番が来た。
上空の雲で歓喜の声があがった。……だれも気付かなかったが。
「あの子! だよね。あのメカっぽいヘルメット」
{そうなの、ミィちゃん。あの子が、ばあばの鏡に映ってたの?}
パフはそう問いかけに、ミーメは黙ったままうなずき、そして言った。
「いよいよスタートするよ。……どんな走りするのかなぁ」
なんだかんだ言って、興味津々なミーメ。
雲の上から注がれる熱い視線など、知るよしもなく、ガロンはスタート前の張りつめた空気の中で、自らの集中力をリミットまで高めていた。
『親方……。この【レイ・ガード】の実力。見せつけてやるっす』
ガロンは心中密かに意を決した。
ゴーグルのダイアルをLAYモードに切り替える。
視界には、直ぐさまうっとうしい量のコズミックレイが可視化された。
同時に《シビル・バリア》が起動し全身を見えない膜が包み込む。
と、ガロンのシビルの毛皮が、その紫紺の色合いが深みを増し、
いよいよ戦闘態勢に入った。
1kmほど遠くには、赤い針のようなニュートロンが数本確認できる。
『あいつにだけは、要注意だな。いくらバリア張ってても直撃はまずいからな』
当然卵ドームで警戒している4名の迎撃班も、そのニュートロンは確認できていた。ただ現在の距離を安全圏と判断し、今の所は迎え撃つ素振りは見せていなかった。しかしクラック直下のこのエリアは、気体の半分が放射線という劣悪の環境には他ならない。
ガロン達10台のエアロバイクは、1000ゲルムのエンジンを一斉に点火し、スタートラインに並んだ。
ドクン√ドクン√ドクン√
と心拍数が跳ね上がる。
担当教官ビーストのスタートの合図を待つ。
「ようし! 全員準備はいいな。よーい。スタート★★」
ギュオ〜〜〜〜〜ン!!
というゲルムエンジン独特の甲高い呻りを上げ、横一線に発進した。
ガロンは【レイ・ガード】の視野で、放射線の希薄なゾーンを的確に選択して効率のいいスタートダッシュを決めた。
{わぁ〜〜〜〜。あの子飛び出したぁ}
歓喜の声を上げたパフ。
ミーメは、その様子を食い入るように見つめ、ただ小さく頷いた。
『う〜む。あの子の被りモノ……。ありゃ〜ぁ見えとるな』
モアモアは一瞬で【レイ・ガード】の機能を見抜いた。
フルスロットルで尚も加速するため、ガロンは低く前傾姿勢をとって、エアロバイクに身を伏せた。
こうすることで、空気抵抗はもとより放射線も回避できる。
ガガガッ≠≠≠≠ ガガッ≠
突然左後方からナンバー57がフレームを擦り付けてきた。
火花を散らしガロンはバランスを崩す。
「くっ! 何しやがんだ!! あのラップ野郎か」
叫んで振り向くと、スキンヘッドでタンクトップの厳つい乗り手がニヤリを微笑んだ。ガロンは急ブレーキを掛けてやり過ごした。
57番は勝ち誇るように「ほっほ〜〜〜〜っ」と雄叫びを上げて追い越していった。
ガロンにしては冷静な判断だった。
この一次試験は、形式こそレースのスタイルだが、評価のポイントはスピードではなく、異常大気中でのマシンコントロールにある。
その時だった。
ガロンの左後方の上空に深紅のニュートロンが発生した。
360°全面展開視野を実現した【レイ・ガード】に死角はない。
ガロンはひらりとバイクを寝かし、間一髪回避した。
その数秒後迎撃班のビームが炸裂し、ニュートロンが飛散すると、やっと審査員席から“ウオ〜〜〜〜〜ッ”という歓声があがった。
「すごい! どうして今の解ったんだろ? ねぇ、パフ」
ミーメは目を見張って呟いた。
{フクロウの眼がついてんのかも…ね}
「え〜〜っ。それはありえないよ。あの子どう見たってバリバリの(シビル種)だよ。未来予知って言ったら【メイシ族】の純血遺伝でしか開眼しないのよ。あたしは、あのヘルメットに秘密があるんだと思うな〜。あ〜おおばぁばなら、もっと詳しく解ってるんだろうなぁ」
そこそこミーメの洞察力は鋭かった。
もちろん審査員席の老魔導師は、とっくに見破っていたし、更に細かい分析を始めていた。
「ミーメもどうやら気付いたようじゃな。
じゃが、あやつの経歴からすると……。ヒントはカラクリの工場勤め。
ひょっとするとあの天才職人が開発に成功しよったんじゃなかろうか。よくよくあの子を観察せにゃぁ……。まだ推測の域をでんからな」
やはり、ミーメより一歩先へ解釈を進めていた。
当のガロンは
『やっべっ、今のはギリギリだったな。こいつ被ってなきゃお陀仏だったぜ。助かったぜ親方』と、
横に傾いたバイクを立て直しながら、額の汗を拭った。
少なくともこの時点で、ガロンの走りに注目していた者があと2名いた。
総司令官バールと科学技術省のメゾンドだ。
「おい。見たか、今の」と、
バールは隣に座るメゾンドに確認した。
「ええ。あの58番でしょ。確か新開発のヘッドギアを持ち込んできた子」彼女はそう答えると腕組みをして考え込んだ。
「確かカラクリの都で機械屋やってたわね」
「そうだ。……てことは」
2人は目を見合わせると、呼吸を揃えて同じ言葉を発した。
「「ロージイ」」
「あの爺さん。やりやがったな。おい、もしそうなら あのヘッドギアしゃれにならんぜ。本物だ!!」
2人は周囲をはばからず、パチン★とハイタッチを交わした。
南西の迎撃シートのシューターから、通信機関長マックスへノイズ混じりの緊急無線が入った。
ジジジッ********ジジジッ********こちら南西シューター“サーベント”より、ジジッ********北緯40西経70高度8000に、ジジジッ********放射線嵐の予兆を確認ジッ********試験コースにジッ***2分後に***
〈サーベント! こちらマックス。迎撃は不可能か? オーバー〉
ジジッ********広範囲のジッ****めジッ******撃********不能ジ*****
「くそ! 嵐の影響か。無線がダメだ。安全のため試験は一端中止だな」
マックスは無線のチャンネルを切り替え、バールに繋いだ。
〈こちらマックス。総司令、応答願います〉
〈バールだ。どうしたマックス〉
〈サーベントより緊急無線。2分後、放射線嵐が試験コースを襲う模様。なお広範囲のため迎撃不能とのこと。オーバー〉
《総司令官バールより、現在受験中の第5班全員に告ぐ。現在南西上空より放射線嵐の発生を確認した。迎撃は不能、試験続行も困難であるため各自回避行動を取り、最短距離のロッカーゲートへ避難せよ》
バールの緊迫した指令が、スピーカーから試験会場全域に響いた。
「あら、ら。大変じゃな。けんど、面白いハプニングじゃ……。58番がどうするか注目せにゃ……」
老魔導士はのんきにオペラグラスを覗き込んだ。
ガロンは総司令官の警告をインカムで受信すると、すぐに南西の空を確認した。明らかに銅色に変色が始まっている。
「こりゃあ……結構広いな。もう始まってるぜ。あと20秒くれぇしか猶予はねえぞ。とすると……3番のゲートが最短か。フルスロットルでギリのタイミングだ」いち早くそう判断し、エアロバイクをスクリューの用に回転させ、加速飛行に入った。
自分の現在位置と遭遇までのシミュレーションを、瞬時に行い行動に移した。こういった緊急事態に於いては、早急な判断力が試される。
対応としては、まずまずのスピードだった。
「おや。早いね、もう決めたのかい。優秀じゃないかい」
モアモアは感心していた。
パフに隠れて見守るミーメは、
「大変だわ。助けてあげなきゃ……」と、
ヒツジ雲使いの条件反射で、いつものように角笛を構えようとして
「あっ! 今日は持って来なかったんだわ」
{ミイちゃん。きょうは無理だね}パフは諦めムードだ。
螺旋回転をするガロンは自分の真下に、もう一機カゲのように追尾するバイクを感知した。高速回転をしていたため、肉眼では見えない。
その存在に気付いたのも【レイ・ガード】の全面視野の機能のおかげだ。
『誰だ? あっ、あの52番か』
激しい宇宙線ノイズのせいで、機体ナンバーまでは見えなかったが、ロッカールームで気になっていたあの女だ。
紫紺のロングヘアとタイトなライダースーツ……間違いない。
突然ガロンのインカムが、ダイレクト通信を受信した。
「ヨロシク! あたし52番ハウラー・ナックス。ナンバー58の坊や、切れた走りね。
結構ヤバい空模様だから、あなたの空路トレースさせてもらうわ」
何とちゃっかりした、そして一方的なメッセージだ。
ガロンは応答しようとしたが、目前に迫り来る宇宙線の回避作業に切迫していたため、スルーするしかなかった。
ピピッというシグナルを発し、【レイ・ガード】の視野に宇宙線との距離が3.05kmとグリーンの文字で表示され、〈接触まで20sec.〉と電子音声が補足した。
『20秒か……。』
瞬時に、つま先でギアを弾き上げ2ndにシフトダウン。
エンジンブレーキが掛かり、急減速。
エアロバイクはノーズを下げ降下進路を取った。
52番もピタリと追尾していた。
『くっ! これじゃ3番ゲートまでは辿り着けねえな』
内心そう判断したが、決して諦めたわけではなかった。
「どうしよう。あの子ヤバそう……。パフ? 少し助けてあげようか」
{いいよ。…ちょうど、お腹空いてるし、ちょっとなら食べれるよ}
ミーメはパフ達を引き連れ、現場に急降下した。
ガロンのバイクは落下速度が加算され、むしろスピードアップしていた。
〈現在高度3000フィート。地表激突まで40sec.〉
『よっしゃ! さっきよりゃマシだ』ガロンの思考に余裕が感じられた。
……単なる時間稼ぎでは無いのであろうか?
明らかにピンチな状況を、唯一余裕で観戦するばあちゃん。
「ありゃま、お嬢ちゃん。パフまで連れてっちゃったわぃ。
こりゃぁ、父ちゃんにばれるぞよ。ウッヒッヒッ」
モアモアにとっちゃ、とても楽しい展開になってきたようだ。
〈宇宙線、濃度異常。ニュートロン発生の危険。回避不能!!〉
「何だ! 今度は?」ガロンは【レイ・ガード】の声に反応した。もちろん返事はない。ただ、同時にサーベントだけが反射的にラピスレイヤーの槍先を向けていた。流石、この辺りがNo1シューターたる由縁だ。
紫紺の光線が発射され、目前で再生されたニュートロンは破壊された。
『ふぅ◎ 助かったぜ。今のは避けられなかった』
だが、依然高濃度の宇宙線に取り囲まれていた。
【レイ・ガード】の視野で、ガスの希薄な空間を巧みに選び飛行した。
さらにシビルバリアに守られ、身体への影響も最小限に抑えている。
だが、それももう限界に近付いていた。
振り返らずとも、広角270°を誇る【レイ・ガード】の視野には、タンデム飛行でピタリと追走する52番の機影がちらちらと映る。
『しつこい、姉さんだなぁ』
と、その隣にヒツジ雲が見えた。
『何だ……。いつの間に』
{ミィちゃん! もっとちゃんと潜ってて。彼に気付かれちゃうよ。それに、お父さんにだって、見つかっちゃダメなんでしょ}
「は〜〜い。分かったわよ。だったらパフだって、もうちょっと膨らんであたしを隠してよ」いかにも、お嬢様な反論を返すミーメ。
パフはしぶしぶ雲を盛り上げてその姿を覆い隠した。
そしてクンと加速し、全速力のガロンを容易に抜き去った。
「うわぁ! 何のつもりだこのヒツジ雲 」そう叫ぶガロンは、思わずのけぞってバランスを崩しかけた……。
が、咄嗟に左エンジンの出力を上げて持ちこたえた。
一方ガロンの前に出たパフは、さっそく宇宙線の粒子をパクパク食べ始めた。
{いっただきま〜〜〜〜す}
パフの通った後には、クリアな空間が一本の道筋となり3番ゲートへ続いている。
「助かった。何だか分からねえが、おかげでこの嵐から抜けられそうだぜ」
〈No.3 Gate 帰還確率73%に上昇〉
【レイ・ガード】が、ゲート帰還への可能性を算出した。
ガロンは磁気をおび、まとわり付く残留放射線粒子を振り払うため、レフトブーストをOFF。急速な左回転の螺旋飛行に転じた。
その飛行を影のように正確にトレースし、52番ハウラー・ナックスも追尾している。
2機を牽引するように飛行するヒツジ雲(パフ)も、相当なスピードに達していた。
その様子に、審査員席のバールとメゾンドも釘付けになっている。
ゴクリと固唾を飲み込み、独りメゾンドが呟く
「あれ。パフかしら?」
結構小声だったにも関わらず、隣のバールは耳聡かった。
「なにぃ! パフ? ミーメも一緒か!!」
メゾンドに唾が掛かるほどの野太い声で吠える。
メゾンドは、耳を寝かせ眉間にしわを寄せて答えた。
「ええ……。あの飛び方パフっぽいのよね。単独で飛んでるし、あと小さいの3匹連れてるのも怪しいわ……。兄弟だとしたら絶対パフよ。でもミーメちゃんは見えないわ」
「そ、そうか。なら良し」
バールは胸を撫でながら何度も頷いた。
パフに潜っていたおかげで、見つからなかった。
「あたしゃ。隠れとるの知ってるぞぇ」
魔導師は、同じ審査員席で一人ほくそ笑んでいた。
当のミーメは、
「パフ、スピード落とさないで。それと、なるべく食べこぼさないでね」
パフの雲に紛れながら、ミーメはヒツジ雲使いらしい巧みな指示でパフを誘導していた。
パフもそれに答えてゲート3への最短ルートを飛行した。
結果的に第一次試験5組は、突発性の宇宙線嵐に見舞われ、無事ゲートへ避難できたのはガロンと、それをぴたりと追走していた女、52番ハウラー・ナックスのただ2名だった。
このグループの残りの8名は、特殊部隊のレスキュージェットに保護されリタイアという評価を下された。中には納得のいかない受験生もいて、当然再試験の要望が出されたが、バール団長の判断はNOだった。
曰く「不慮の事態への判断力こそ我が団の必須条件である。厳しいが帰還成功者の2名以外は不合格と判断せざるおえない」
一次試験は続行されたが、その後は目立った天候異常は発生せず、無難に終了した。
「5組は、ちょっとアンラッキーね。結局一次試験通過者は7名に絞られたわ」メゾンドは、そう感想を漏らした。
だが、バールは表情を引き締めたまま答える。
「所詮、オレ達の現場は一寸先は闇だ。むしろあの嵐を回避したテクニックを、オレは評価するぞ」
席を4つ程とばした、特別審査員席のモアモアはその会話を盗み聞きして
『あたしゃ、そんな評価はできないね。何しろパフに助けてもらっとるじゃろうが……。あんたは気付かなかったようじゃが』
ガロンを無事に3番ゲートまで導いた雲は、何事も無かったように定位置に戻り2次試験の始まりを待っていた。
試験空域では試験管達によって、シューティングテストの的がランダムに配置されていった。この的は確変データを元に瞬時にワープする。
そのため、事前に出現を読み取ることはできない。
的は直径20cm程の黄色いバルーン型で、中には放射線が混入されていた。
当然使用されるのは【ラピス・レイヤー】専用の迎撃槍(ラピスティック)
放射線を感知する特性を持つ高純度ラピスをその槍先に装填した、言わずと知れた迎撃部隊の誇る最新ウェポンだ。
バールは機関長マックスから手渡された、一次試験通過者の8名のリストに目を通した。
①第一班●ゼルバム:ゲイトリオ渓谷出身
②第二班●エックス:ビルド村出身
③第四班●ボカボッカ:ピレリ村出身
④第五班●ガロン:カラクリ村出身
⑤第五班●ハウラー・ナックス:出身地不明
⑥第七班●マッカラン:カルス島出身
⑦第八版●チーダイ:ホーライ山出身
⑧第九班●セイラ:ニッケル妖精洞出身
ラインナップを確認し、
「おい! マックス。お前の読み、7割がた的中じゃねえか」
マックスは自慢げに笑みを浮かべ、親指を立て言い返す。
「オレの選択眼も、捨てたもんじゃねぇだろ。今後も人事権はオレに任せとけ。……だが、まだ一次を通過しただけだ。何名に絞り込まれるか、我が団の選別は入団率0.5%の厳しさだからな」
最後は機関長らしい鋭い眼光を覗かせた。
そのやり取りに、メゾンドが口を挟んだ。
「そうね、次の二次試験が問題だわ。ラピスティックの精度が肝心だもの。私は、そこに評価基準のウエイトを置いてる。何より【ラピス・レイヤー】の存在意義は宇宙線の完全制覇ですから」
審査員席がそんなやり取りをしているうちに、二次試験の準備が整ったようだ。
〈バール団長。準備完了しました〉と、試験管から無線が入った。
それぞれラピスティックを装備した受験者8名は、
既にエアロバイクに乗り、スタンバイしている。
この段階で8名に残った受験者達は、1〜8の新しいナンバーに付け替え、全車アイドリング状態でスタートの時を待つ。
〈全員。準備はいいか!?〉緊張の高まる中、試験管の放送が流れた。
〈よーい。スタート!!〉
ブロロロロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ム
バウンΘΘΘバウンΘΘΘ
キュルルルル∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝ゥン
それぞれにカスタマイズされたエンジン音を轟かせ
無軌道な8本の矢は、試験会場の空に放たれた。
一次試験とは異なり二次は、マシン操作よりもシューティングの精度を観るためのテストだ。そのせいか先程のような激しいバトルは起きなかった。8機のエアロバイクは、程良い距離を保ち自由に滑空しているように見えた。
ワープにより、いつターゲットのバルーンが出現しても見逃さないよう、
全機ただひたすら、何もない空間に神経を集中させていた。
ガロンもまた、270°に及ぶ【レイ・ガード】の広角視野全域を凝視している。
その刹那。シュン=シュン=シュンと同時に3カ所に的が現れた。
右舷60°と左舷下方27°の2つを同時に射抜いた。
パシュ〜〜〜ン。パシュ〜〜〜ン。と心地よい破裂音をさせてヒット。
「くっ! 3つ同時は無理か」唇を噛むガロン。
だがその隙に上部90°のバルーンは他の誰かに射落とされた。
目視していただけに悔しそうだ。
さすがにこのレベルの試験を受けている連中だけに、それなりの腕を持っていて当然だ。ただガロンには、3つ目を誰に打ち抜かれたのかまでは、把握できなかった。
それを把握していたの者が、この会場に2人いた。
一人はシューティングの名手で試験管を勤めるサーベント。
そしてもう一人はヒツジ雲に隠れているお嬢様。
「ねぇ。今の3つ同時に射けたよねぇ」
{でも、ミィちゃん。あの3つ目射った子もスゴ腕だよ。確かNo7の子。早かったもん}
ミーメは少し残念そうに、頬を膨らませて言い返す。
「早打ちガンマンってか?」と悪態をつきながらペロッと舌を出す。
この時ミーメはガロンに肩入れしている事に、まだ気付いていなかった。
ただその様子にほくそ笑む老婆は「おや、おや。あたしの先視鏡の予想通りになってきたわぃ」と、先を見通していた。
会場空域ではランダムに出現する的に、8機のエアロバイクが入り乱れ、
どこに注目すれば良いのか分からない有様だった。
だが、その道の強者揃いである特別審査員席の審査員達は、各担当分野ごとに戦況を分析していた。
このシューティング試験の試験管サーベントは、当然受験生達の射撃の正確さや、判断スピードをチェックしてた。
ところが雲使いのペイトリオは、少々変わった見方をしているようだ。
狙撃の正確さよりも、むしろその後の飛散した放射線からの回避ルートの選択や、次の行動に移る為の空中姿勢などだ。
そのペイトリオが注目していたのは、No.8のセイラだった。
無骨な体格が主流のシビル族らしからぬ、スレンダーな見た目。
しかしながら体感バランスは素晴らしかった。
「あの8番。ニッケル妖精洞出身のセイラだったかしら」
そう言って手元のプロフィールを見直したほどだ。
一見フワフワと拙いその飛行は、放射線を巧みに交わしているからだ。
「妖精洞窟の出だけあって、ピクシーフライでも伝授されているのかしら? 最終面接まで残るようなら、その辺の事情を知りたいわ」
ヒツジ雲使いのペイトリオは、このNo.8が気になっているようだ。
機関長マックスのお気に入りは、No.1ゼルバムだった。
シューティング成功率でいったら、普通の出来だったが、何より他の7機との間の取り方が上手い。
「ヤツなら、1編隊任せても難なくこなせそうだ。きっと連携させたら化けるぞ」と、高い期待値を評価点に加えていた。
シューティングという基本的な判断基準はあるものの、このように審査員個々の視点の相違があるため、毎回審査は難航し合格率を下げていた。
雲間の見学者は審査資格すら無いので除外するとして。
老魔導師モアモアにしても、ミーメとガロンしか観ていないので、公明正大な審査という観点から、評価自体受け入れられるかは微妙なところだ。
第二次試験を終えた段階で、審査員会合が行われ、大いに討論が行われたが、結局全員一致でもう少し8名の力を審査したいということになった。つまり現状の合格者8名は、そのまま明日以降の試験への受験資格を手にした。
こうして1日目の試験項目は全員合格(仮)という形で終了した。
いよいよ明日は第三次試験と特殊技能試験を向かえる。
審査員のみならず受験者達の思惑と期待が、大きく空に渦巻いていた。
そして、試験は明日へと続く。
1日目の試験を無事通過したガロン達8名は、明日に向け団員宿舎に案内された。案内とは言っても、初日にガロン達が訪れたラピス・レイヤー本部の別棟として隣接している。本部同様チタン合金の冷たい外観の建造物で、その円筒形の建物はフロアごとに本部棟と、クリスタルパイプの連絡通路で繋がれていた。
バラライカの丘陵地帯を抜けた郊外の一等地。冷淡な質感のビルだが、全方位が見渡せるように各所に巨大な窓がついている。
防射線素材のラピスガラスの窓は、淡い紫色の光を湛えていた。
いかにも空の見張り番である、【ラピス・レイヤー】の任務を彷彿とさせる造りだ。
試験会場からここまで、空路10分ほどの行程。
8名は試験で使ったエアロバイクに乗り帰ってきた。
試験の緊張からか編隊を崩すこともなく、それぞれ行儀よくエンジン音だけを響かせての帰還となった。
宿舎ビルは12階建てで、ガロン達はそれぞれ1フロアごとに振り分けられた。ガロンはNo.4だったので、4Fに案内された。
フロア内には、バス・トイレはもちろんトレーニングルームや加圧室、ウォーターベッドやジャグジーまで完備されていて、申し分のない充実した環境だ。
明日の試験に向け作戦を練るもの、精神を集中させコンセントレーションするもの、ヒツジ雲の生態について予習するもの、ピットでエアロバイクをチューンナップするもの、ラピスティックを手入れするもの。
様々な景色が各フロアに見られた。
ガロンは部屋に着くなり、目に入ったウォーターベッドに倒れ込み、そのまま爆睡していた。
バール団長以下試験官達は、最上階の協議室に集まっていた。
今日の結果について、その詳細に渡る分析と意見交換がなされていた。
バール団長の仕切で、ミーティングが開始された。
「例年通り我が【ラピス・レイヤー】入団試験は、多数の受験生を同時に試験するスタイル取っている。その理由は幾つかあるが、団の連携を重視する我々としては、このメリットを優先せざるを得ないところだ。そのせいで、皆さんに負担を掛けてていることも承知している。
細部の確認のため、こうして試験後にお集まりいただいておる訳だ。
では、本日の試験を記録したVTRを見ながらの検証会を始めよう」
ヴォ〜〜ムという音をたて、協議室の巨大モニターに最初に映し出されたのは、一次試験5組が宇宙嵐に見舞われたシーンだ。
そう、ガロンとそれを追走するハウラー・ナックスが3番ゲートへ緊急避難する所だ。
「このガロン君が装着しているのが、事前に使用許可を申請してきた ……う〜んと、何だっけ」製雲工場長のバビルザックが言葉に詰まると、すかさずメゾンドが補足した「確か、申請書には【レイ・ガード】と記されてましたわ。彼の地元は職人の都(カラクリ)ですから、その性能は信頼できそうですよ」
それをある程度見抜いていたサーベントは「見た感じ軽量で使い易そうだな。オレも試してみたいよ。うちの純正メットより放射線耐性も良さそうだし、あくまで性能テストを行った結果次第だが、オレは正規整備として考えても………」
「メカにはにうるさいお前がそこまで言うなら、うちの設備部に念入りにチェックさせるとするか」実はバールも興味を示していた。
モニターには、ガロンを追いかける紫の影が映っている。
「あの長い髪の色。私はハイ・シビルだと思うな」
メゾンドは試験申し込みの履歴写真を見た時から、そう睨んでいた。
もちろん受験資格であるシビル種であるのは間違いなかったが、ハイ・シビルとなると、さらにその上級種であり現存すら疑われている。
マックスが顎に手をやり、思考を整理しながら話した。
「明日は、ちょうどオレが担当するコズミック・レイの耐性テストだ。現時点で合格者全員のメディカルチェックは進行中だが……。もし仮にハウラー・ナックスがハイ・シビルなら、今夜中にでも明らかな数値が出るはずだ。しかし、伝説の古代種だとしたら、それこそ驚きだぜ」
バールが話に割って入る。
「マックス。医療部の検査結果も大事だが、オレたちは実戦部隊の選別をしてるんだ。今は、明日の試験に集中してくれ。いらぬ憶測は判断を狂わすぞ。まぁ、本当にハイ・シビルの生き残りだとしたらニュートロンだって跳ね返すはずだ、お前は明日の試験結果に期待してりゃいいんだ」
『おやおや、今の映像でその前を行くパフには気付かんのかい?
そもそもあの2名だけが3番ゲートまで辿り着けたのは、そのお陰じゃというのにのぉ。ミーメまで隠れとった訳じゃから、実際バールが知ったら取り乱したじゃろうて……。あたしゃ、ばれるの少しばかり期待しとったんじゃがな』ふっ、ふっ、ふっ
モアモアは思い巡らせていたが、最後は笑いを少々漏らしてしまった。
「どうしした、ばあさん。何が可笑しい?」
マックスに気付かれたが、目線を上に反らしてごまかす。
なんだかんだ、ああだこうだ、すったもんだ、しながら
試験映像を細部まで観察した。結局5名の試験管と4名の特別審査員による討論は数時間にも及んだ。今日合格した8名の受験者達の、長所や短所、特質した能力などについて、納得いくまで意見交換が行われた。
最後にバールは
「それでは、皆さんの採点表を回収します。調査部の方で集計し、明日以降の受験者の評価の参考とさせていだだく。本日の検証会はこれにて終了する。明日も引き続き厳しい審査をお願いする」と締めた。
受験者達は今日はこの宿舎で一泊し、明日に備えていた。
一方バール団長以下、試験管や審査員達は三々五々散会し、それぞれ帰路に着いた。
『しっかし……バールのやつ、本当に気付いとらんかったなぁ。以外と節穴じゃ。じゃが、お嬢はバレたと思っとるかもしれん。きっとまだ心臓バクバクしとるんじゃなかろうか』
魔導師モアモアは、宿直室へ自家用ヒツジ雲に乗り引き上げた。
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