●製雲魔導士モアモア

ミーメが操れるヒツジ雲は、現在1,400頭を越えていた。

実際1,000頭を越すヒツジ雲をコントロール束ねるヒツジ雲使いは、

このパラライカに僅かに10数名しかいなかった。

そのためミーメのようなトップヒツジ雲使いは、国民みんなの憧れだった。

子供達に[将来なりたいもの]と聴けば、口を揃えて雲使いと答える。


この国の中心に、赤いドーム状の屋根をした大きなサイロがある。

ここはシープクラウドガーデンSCG(ヒツジ雲の園)と呼ばれ、

雲使いを目指す子供たちの、教育・訓練をするガーデンとして設立された。

遡ると第一次クラック発生当時からの歴史を持つ名門で、ミーメもここの卒業生だった。有名アイドル卒業生として、構内にはラピス鉱石で彫られた彫像が設置されているほどだ。

SCGは、ヒツジ雲の製造から育成・放牧までを一貫して学べる国営スクールだった。

その規模は幼年組からハイスクールまで合わせると、生徒数6,000名を越える大所帯に成長していた。


正門からSCGを望むと、その背後にもう一つ巨大な建造物が目に入る。

ギザギザの屋根をした銀色の工場で、その屋根には太い排気ダクト何本もが宙に向かって突き出していた。

この工場こそ、ヒツジ雲を製造する科学工場だ。

今では、ここもまたSCGの管轄として吸収合併されていたが、

その生立ちを語ろうとすれば、この国がまだ遊牧国家として栄えていた時代にまで、記憶を探らなくてはならない。


歴史全てを語れる者はただ独り、当時の工場長[製雲魔導師モアモア]を措いて他にはいなかった。

モアモアは、現在200才を越す超高齢の魔女だ。

当然その実績と長期に亘る経験値から、SCGの理事も設立当初から掛け持ちしている。


赤い屋根のサイロの最上階にモアモアの宿直室があった。

その観音開きの窓を開け放つと、宙に向かって叫んだ。

「ミーメ! ミーメ! おったら今すぐ降りとくれ。話があるんじゃわ」

少し間をおいて、彼方から角笛の音色が風に乗って届いた。


ミ−メメ♪ ミー♪ ミー♪ メメミーメ♪


音の方角から白い固まりが近づいてくる。まぎれもなくミーメの操るヒツジ雲の大群だ。

魔導士モアモアは、それを簡単に見抜いた。

だが、知らない者が見たら巨大な白い竜にしか見えないだろう。

白い竜は、どんどん接近し、窓の上数10メートルの空中にトグロを巻くような形で停止した。

「な〜〜〜にぃ! お〜ばぁば。急ぐの〜」

真っ白な竜の渦の真ん中から、ピョコンと赤い放牧着を覗かせた。

「ああ、そんなとこさおらんと、降りて来んしゃい。お〜ばぁばは、あんまり大きな声が出せんのじゃわ。近くで話させとくれ」

「は〜〜〜〜い」

元気いっぱいの返事をすると。

フワン○○○ と一匹のヒツジ雲にまたがり上空から舞い降りてきた。

ミーメはピョンとヒツジの背から、開いた窓の中へ飛び降りた。

乗ってきたヒツジ雲に

「パフ! みんなと一緒にお家に戻っててね。何か用事があったらまた呼ぶから」

といって東の空域を指差した。

「元気そうじゃなぁ。ミーメもパフも。それにしても、あの小さかったパフを随分と立派に育てたなぁ。お〜ばぁば、びっくりしたぞぇ。

たしか6つの年少さんの頃に初めて世話した子じゃろ」

モアモアは感慨深く何度もうなずいた。

「ねぇ、ねぇ、お〜ばぁば。なあに? お話しって」

家路に向かうパフ達を、懐かしそうに見送っていたモアモアは、

曲がった腰たたきながらミーメに向き直った。

「そうじゃ、話というのはおまえさんの父さんのことじゃ」

ミーメも担いでいた角笛を床に下ろしながら、耳を傾けた。

「えっ! パパの?」

シワシワの唇を一舐めして

「あぁ、バールの所の入隊試験が明日から始まる。しっとろ?」

伺うと、ミーメはコクリとうなづいた。

それを確認すると、本来の魔導士の風格を漂わせ、しわがれた声で話を続けた。

「どんな才能が集まるかは、まだ解らんのじゃが……。ばぁばと一緒に見学に行ってみんか? どうも、おまえさんに連れ合う【ラピスレイヤー】が見つかりそうなんじゃよ」

ミーメは驚きの表情で、目をまんまるに開いて答えた。

「え〜〜。なんでぇ、お〜ばぁば。あたし、パパに会いたくな〜い、 すぐ怒るんだもん。それに、あたしなんかが行ったら目立っちゃって、試験のじゃましちゃう」

少し目を伏せミーメは肩を落とした。


その肩に、しわくちゃの右手を優しくポンと乗せ、下から覗き込むように諭した。

「じゃがなぁ……。見えたんじゃよ連れ合いの姿が……」

「えっ! もしかして…お〜ばぁばの先視鏡(さきみかがみ)※に映ったの?」


※先視鏡とは魔導士界に古から伝承されてきた、先見力を宿した魔道具の一つ。

その予知能力はおよそ数日先までと限られているものの、的中率は完璧で外れることはない。


心配要らないといった素振りで、うなづきながら魔導士は話を続けた。

「どうやらお見通しのようじゃ…な。幼い頃からカンの鋭い子じゃったが、そこまで言い当てられては、余計な算段は抜きにしようかの」

「ねぇ、ね。どんな相手が映ったの?」

急に興味津々で身を乗り出すミーメ。

「おや、現金な子じゃ。さっきまであんなに嫌がっとったくせに……」

モアモアは先視鏡のある奥座敷へ視線を送り、ミーメを案内した。

ミーメは鏡の前の黄色いキノコの椅子に、チョコンと腰掛け自分の背丈の二倍ほどもある、銀色の鏡に向かった。

「ねぇねぇ、早くぅ〜。早く見せて〜〜〜」

モアモアは曾孫をあやすような、優しい笑みを浮かべた。

そして自分も鏡に向合い、両手の平をかざして瞳を閉じた。


キリキリカイコ、キリキリカイコ、カイコカイコキィーーーーリキリ


普段のしゃがれた声とは正反対の、甲高い声で先視鏡の呪文を唱えた。

プフッゝゝゝとミーメは、吹き出してしまった。

ミーメにとってこの呪文だけは、何度聞いても可笑しくてしかたなかった。

フッと銀の鏡は一瞬ムラサキに陰った、ゆっくりと霧が晴れるように何かを映し始める。

目を凝らし、ミーメは鏡にへばりついた。

「そぉ〜〜ら。よおく、ご覧。そろそろじゃ」

ごくりと唾を飲み込み、鏡面に集中した。

「アッ! この宙を飛んでる子? 遠くてよく見えな〜い」

モアモアはニッと口角を上げ、

「よ〜し。見える所まで接近じゃ」

手の平を大きく開くと、画面を掴んで自分の胸元に引き寄せる動作をした。

その動きに合わせ、画面はクンッとクローズアップされた。

明るい日差しを受け、毛皮がムラサキにきらめいた。

「パパと同じ、この子(シビル種)だね。じゃあ、明日の試験受けにきたのね。でも、何だろこの子の被ってるヘッドギア。こんなの見たことないよ【ラピスレイヤー】のヘルメットとは違う」

その不思議なヘッドギアを被った少年は、変則的な飛行をしばらく続けスッと画面からフェードアウトした。

「どうじゃ。いい飛びっぷりじゃろ? お〜ばぁばは、この子ならおまえさんにピッタリと思ったんじゃ」

見合いを勧める世話焼き婆さんみたいな台詞に、少し照れながらミーメの様子をうかがった。

「今の一瞬じゃあ、わかんないよぉ」

「じゃろ。じゃから明日試験を見学に行こうって、言ったんじゃよ」

さすがに年の功の誘導は鮮やかだった。老魔導士の老獪な策略にはまり、ミーメはまんまと誘いに乗ってしまう。

「……でも、やっぱり目立っちゃまずいよねぇ」

「それならパフに潜って隠れとったらええ。ヒツジ雲一匹飛んでたって、誰も気にせんじゃろ」

「お〜ばぁばは?」

「あたしゃぁ、招待されとるから、ほれ、招待席からゆったり見物じゃ」

「え〜〜〜っ! ずるぅ〜〜い」

ミーメはすねて、ホッペをプクッと膨らませた。

「お〜ばぁばは、父さんに審査員を頼まれてしもうたんじゃ。しかたないじゃろうて。それに、おまえさんはパパに見つかりたくないんじゃろ。ならば、パフに隠れとるしかなかろうが」

う〜〜〜〜ん。と唸り声を上げたものの、しぶしぶ状況を理解したらしくうなずいた。

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