●機械屋(カラクリ)の都
みわたす限りの赤い砂丘が幾重にもつらなる。
砂が赤味を帯びているのは、大量の鉄分を含んでいるからであった。
太古からこの広大な赤い砂漠のエリアが、猫から進化した《シャムル族》のテリトリーであった。
磁気を帯びた砂は互いに干渉し合い、複雑な流れを作っていた。
いたる所で渦を巻いたり時折天高く噴出している。
有機的なうねりの狭間には幾本もの電波塔が突き出していた。
まるで逆さに埋め込まれたネジのようだ。
その中でも一際高くそびえ立つネジには、
【ロージイの工場】と鉄板を溶接して造られた重厚な看板が掲げられている。赤く錆び付いてはいるが、無骨な金属の塔は大気中の粉塵を見下ろすように、淀んだ天を貫いていた。
腕利の老職人ロージイがこの地に工房を構え、もう60年になる。
【ラスト・クラック】以降、ここの住人は一様に遮光器土偶のような防護服をまとい暮している。
石化チタニウム製の金属を不自由に着込み、降り注ぐ宇宙線から身を守るためだ。
動くたびにギーチ〻ギーチ〻と間接を軋ませる音が、昼夜を問わずひびき渡たる。
よそ者には耳障りなこの音も、長年ここ(カラクリ)で暮らす機械屋達にとっては、命を守ってくれる尊い生活音であった。
例外に漏れずロージイもギーチ〻ギーチ〻と全身を軋ませ買出しから帰って来た。
「おい! ガロン。今戻ったぞ、どこじゃ、おるなら返事をせえ」
工房の奥から元気な声が答えた。
「親方! おかえりなさい。たった今UVレンズの研磨を終えた所っす」
乱雑に入組んだ室内の歯車を避けながら、ガロンと呼ばれた青年が現れた。
ロージイは土偶の頭をぐるりと廻し、ネジ式のロックを外し脱却する。
フゥ○ と一息つき
「全く、コイツは不細工じゃ。ワシならもっとムニャ…ムニャ…」
ガチャガチャと防護服と脱ぐ音が邪魔をして、文句の最後のほうはハッキリとは聞き取れなかった。
「親方。それなら完成間近じゃないっすか!
この【ロージイの工場】創設以来の大傑作【レイガード】」
フンッと老職人は鼻をならし
「間近ちゅうても、肝心のレイ・スコープの調整と、機密試験がまだじゃからなぁ。わからんぞ、案外苦労するやもしれん」と返した。
「大丈夫っすよ。親方の腕ならチャッチャッと……」
「ばかもん! 研究開発は忍耐と努力の積重ねなんじゃ。最後まで手を抜くなと何度も言うとろうが。特にこいつぁ安全性と耐久性を極限まで高めにゃならんのじゃ。
まったくお前さんは安易なんじゃよ。
そもそも職人気質ちゅうもんはじゃ……」
お決まりの長説教が始まったので、ガロンは耳を寝かせ工房の奥へそっと退散した。
その10日後、
最終検査と実験を重ねた末、【レイガード】はついに完成した。
自らテストを志願したガロンは、身をもってその高い性能に驚いた。
そして、何より親方ロージイの熟練した技術力と職人魂を、再認識することとなった。
ガロンはあの宙の裂目【ラスト・クラック】が憎かった。
彼の故郷(ベイクライト村)は、ここ(カラクリ)からは北東へ70km程の距離にあった。
まさにクラックの直下だ。宇宙線で滅んだ多くの村の一つで、彼はその村の最後の生残りだった。
《シャムル族》の中でも希少種である〈シビル種〉の毛皮が、偶然彼の命を救ったのだ。
『いつの日か、あの宙を修復し宇宙線の恐怖に怯えぬ、明るい青空を取戻してやる』
そんな強い決意を心に忍ばせていた。
流浪の旅の末、5年前この機械屋の町(カラクリ)に辿り着いた。
その後、ロージイと出会い、【レイガード】の開発に携わってきたのだ。
おのずと最前線でクラックと戦う防衛騎士団【ラピスレイヤー】の噂を聴くにつけ、ガロンの興味の方向は定まっていった。
ロージイもまた、憎っくきクラックという点では、ガロンに共感していた。
なぜならクラックの放射線で、自分も視力を失った被害者だったからである。
そのため視力補助器具【レイガード】の開発に従事してきたのだった。
【レイガード】自体、古典的で動きづらい石化チタニウム製防護服を、
可動性に優れた軽いものに改善しよう、という思いで始めた研究だった。
【レイガード】の優れた所は幾つもあるが、まず第一に空気中の危険因子を可視化し、装着者の視力をもサポートできること。残念ながらロージイのような全盲者には効果はないが、視力さえ残っていれば、その感覚をおよそ10倍にまで増幅できる。要するにものすごく目が良く見えるようになるわけだ。
重量も半分以下に軽量化されていた。
遮光器土偶のような重いヘルメットに比べると、着用者の負担はずっと少なくてすむ。まさにいい事ずくめのハイスペックである。
そんなある日ロージイは、おいらに相談を持ちかけた。
何でも《シビル種》だけが生まれ持つ、放射線耐性の要素を付加させたいって事だった。
「なんすかそれ。おいらに協力できることなんですか? 確かにおいらシビルだけど……」
ロージイは疑心難儀なおいらの頭を掴むと、
「いてっ!! なにするんすか!」いきなり頭の毛を毟るという暴挙にでた。
「ああ、これじゃ。これ、これ。これを拝借するぞよ」
「って。抜いちまったもんは返せませんよ」
おいらは頭を押さえて言い返した。
言葉では「すまん。すまん」と言うものの、老職人はあきらかに満面の笑みを浮かべ、喜んでいる。
工場の奥にある自分の研究室にこもって、3日3晩がすぎ……。
4日目の早朝。
「やったぞ! 遂にできた。これこそがワシの求めていた【レイガード】の完成形じゃ」
バタンと大きな音を立て、研究室から勢いよく跳びだすと、
傍らのソファーで眠っていたおいらに正確に飛びついてきた。
いつも思うことだが、全盲のはずのロージイには、確実においらが見えるみたいだ。長い付き合いとはいえ、おいらには不思議だった。
「ほら、これじゃ」
盲目の白い瞳を輝かせ、両手で大事そうに抱えた【レイガード】を差し出した。
こもる4日前となんら変わっていない。そう見えた。
「親方。いったい…どこがどう変わったんすか?」
頭を傾げるのを無視し、ロージイはそれをおいらの頭に被せた。
途端。頭上にポチッとスイッチが当たり、何かが作動した。
ヴォ〜〜〜〜ン
という冷蔵庫の待機音に似た振動が、全身を覆った。
次の瞬間、自分の体毛の色が何段階か深い紫色に変色した。
「親方。何すか…これ? また勝手に…おいらで試さないで下さいよぅ∝」ビビッて声が裏返えし、問いただしても、
慌てるおいらを、ただ満足げに眺めていた。
「教えてくださいよ。こいつはどう進化したんですぅ〜」
情けない口調で弱音を吐くと、
「まぁ、あれじゃ……。名付けて《シビル・バリア》。どうじゃいい感じじゃろ」とんちんかんな返答が返ってくる。
これは、うちの親方の自己陶酔型トランス状態。
毎度のことだが、大発明をすると悦に入りかなり思考が浮つく癖があった。
こうなっては、論理的思考に戻るまで、手の打ちようがなかった。
小一時間ロージイのハイトランス状態が続き、その言葉の中から、おいらは理解できる情報を拾い集めた。
「どうやら、シビル種であるおいらの体毛から、放射線耐性遺伝子を抽出し、そいつを【レイガード】の裏側にコーティングしたみたいだ。
さらに有機アメーバジェルと融合させることで、対象者の身体表面を自動的に算出して、その体を隙間なく覆い尽くすバリア状の薄い膜を形成する。たぶん、だいたいだがそんな事言ってる」
こんな苦労はいつもの事だった。
やっと正気に戻ったロージイは、盲た瞼をポリポリと掻きながら、ぼやいた。
「もう5年ばかし前に、こいつが完成しとりゃあ……。
ワシにもおまえさんの勇姿が拝めたかもしれんなぁ」
天井から無造作に垂れ下がる鎖をジャラジャラと揺らし、下から白濁した瞳が覗き込んだ。
新たにバリア機能が付加され、さらなる進化を遂げた【レイガード】。
親方はその装着感を興味津々で訪ねてくる。
「どうじゃ、どんな感じじゃ?」
「確かにすげえ! フィット感は申し分ないっす……。おまけにこの軽さ。金属とは思えねぇ」
「ふん、そりゃそうじゃい。今じゃ希少価値のハイチタン合金じゃからな。1gで1000ダリルはする高級素材じゃぞぉ」
ジーーーー チッ チッ と、金属の摩擦音をたて、おいらはゴーグルの露出膜スリットを調節した。
猫族特有の瞬膜の反応にシンクロして作動する優れものだ。
親方は自慢げに鼻を鳴らし、やっとまともに解説を始めた。
「初期装着でピントさえ合わせりゃ、後は紫外線じゃろうが宇宙線じゃろうが放射線じゃろうが、みんなシャットアウトじゃ。さらに《シビル・バリア》の働きで全身が防護される。何より凄いのは、このバリアはニュートロンも防げる強靭さがあることじゃ。安心せい、これでおまえさんは自由に外出できるってぇ寸法さ!」
「ま…おいらのプルシアン・ブルーの毛皮に、この《シビル・バリア》の防御力が加算されりゃ、確かに無敵かもな」
「じゃが、パラライカの丘までは、百里を越す道程じゃ……。
随分と長旅じゃぞ。道中くれぐれも気をつけるんじゃな」
バタム! と乱暴に閉じられた鉄扉に押され舞い上がる粉塵に、
弟子の旅立ちを察知した。
そして、鎖の隙間から小さく手を振る。
ディープパープルに輝く優美な毛並みを翻し、勇ましく去って行ったガロンの映像をロージイは瞼の裏に思い描いていた。
高台に位置するロージイの工場を背に、眼下には赤錆色の広大な砂丘が広がる。
【レイガード】で抜群の視力を得たガロンは、あまりにも鮮明な世界に見惚れ、息を呑んだ。
ガロンは左手でゴーグルのフレームのスイッチを摘み、試しにLAYモードに切り替えてみた。
カチッ★………。
……とたん、目前に無数の金色のノイズが走った。
『うわっ!! 見ずれぇ。そうかこれが空気シャワーだな………。
しかしこんなもん裸眼で見ちまったら、即効お陀仏だぜ。
コイツのお陰で安全は保障済み……とはいえ、どうも視界が鬱陶しくてしかたねえ。じいさんには感謝するが、このモードは必要な時だけにするべきだな』
ガロンは【レイガード】の性能に感心しつつも、結局ノーマルモードに戻した。
目前の宙を左右に引き裂く、紫紺の亀裂を見つめた。
明るい青空を引っ掻いたような傷が、紫紺の裂け目となり南北に走る。
『ラスト・クラック……』その名称がガロンの脳裏に鮮明に浮かび上がった。
宇宙には様々な危険物質が存在する。
その脅威からこの世を護ってきた、オゾンというベール………。
それがおよそ1世紀程の間に合計4度破られた。
3度目までは小さな綻び程度だった。
だが丁度5年前、
その3つの綻びが巨大な亀裂となり繋がってしまった。
その4度目の大亀裂を称し〔ラスト・クラック〕と呼んだ。
呼び名にラストと付けられたのは、もうこれで終わってほしいという
生存者達の拙なる想いが込められていた。
こうしてガロンの旅は始まった。
まず最初の目的地のは、南西の遊牧国家パラライカだ。
その国はクラックのすぐ脇に位置していた。
そして、あの恐ろしいクラックと戦う【ラピスレイヤー】と呼ばれる騎士団があるらしく。
彼らは、最前線で宇宙線の拡張を食い止めようと日夜奮闘していた。
ガロンの暮す北方の辺境の村にまで、その勇ましい噂は事あるごとに流れてきた。
ガロンはその部隊に特別な興味を抱いていた。
理由の一つは、その特徴的な部隊編成だった。
何でも隊員が全員、自分と同じ《シビル種》なのだ。
やはり放射線耐性のある、この毛皮が有効なのだろうか……。
そして最も興味があったのは、【ラピスティック】という彼らの使う武器だった。一本槍のような形状で、先端にはラピスラズリの結晶が装着されていた。その結晶体から発射されるプラズマには《コズミック・レイ》を迎撃し分解する威力があった。
クラック対策として有効な武器【ラピスティック】と、
親方の発明した視覚サポート・ヘッドギア【レイガード】。
これが揃えば、長年に亘って修復不可能と考えられていたクラック。
あの宙の裂目を攻略できるはず……。
そんな熱い野望を抱いていた。
その気持が昂ぶった挙句に、ガロンはとうとうその入団試験の申込みを投函した。
『あこがれの【ラピスレイヤー】新人入団試験まであと3日か…。
試験基準の第一条件の(シビル種であること)は、問題なし!
あとは、親方の大発明。この【レイガード】を手土産にすりゃあ、楽勝、楽勝、100%いけるはずだ』
この時点で楽天家の上に脳天気なガロンは、
合格率0.5%という超難関の入団試験を、舐めきっていた。
ヒゲをピント立て、
南西のパラライカを目指し赤茶色の砂丘を駆け下りた。
突然、強い向かい風が吹き抜け砂粒を飛ばした。
まるでこれから巻き起こる困難を予兆するかのように、
ピシッ*ピシッ*とゴーグルに当たり撥ねる。
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