●霞山連山の魔導士専門学校

惑星パーミルの中央には

地表をぎゅっと摘み寄せたような連合山脈があった。

霞山連山と呼ばれる山脈は、南北に数100kmに亘り連なっている。

裾野は果てしない樹海に没し、他者を寄付けない絶縁体となっていた。


その樹海の只中。

一際巨大なシュポラスという古代樹が頭を覗かせていた。

樹齢およそ1億年は経とうか……。

天空から見下ろせば、その枝葉の広がりは悠に数10キロはある。


古から、この星の歴史を読み解き導いて来たフクロウ……、

いや正確にはフクロウに似た知的生命体【メイシ族】。

複雑に絡まるツルと枝の間に、その学び舎があった。

編みこまれた幾つものツルが見える……。

そのツルは木々の隙間にビッシリと張り巡らされ、縦横無尽に縄梯子で繋がれていた。

勤勉なメイシ族の学ぶ魔導士専門学校【ファーラウ・ユニバシティ】だ。


ここでは日夜、この世の成り立ちや、宙(そら)の起源について、研究が進められている。

宇宙起源の中でも重要視されている、[惑星寿命論]の権威で学長でもある

サイバミン教授の授業が今日も開講されていた。


「であるから、じゃな。このテラ(地球)という星は、我々の暮らす惑星パーミルに非常に酷似しちょる…ホウ」

黒板をチョークでカンカンとつつき、年老いた教授は教壇から、頭だけを270°回転して振り返り、生徒達を一瞥した。

「教授! 結局その星の生命は、なぜ滅んでしまったのですか?」

教室の一番前で、かじり付くように授業を受けていた漆黒の羽毛をした1羽の生徒が首を90°傾げて質問した。

学級長のベルだ。

「ホウ ホウ」

教授は2度うなづき、今度は生徒全員を見据えるように身体の向きを対峙させた。

「第一に生態系の頂点に立つ(人間)の責任は大きい。本来なら率先してバランスを保たなければならないところを、自ら自然破壊を招いたんじゃからな…ホウ」

今度は後ろの方の席から声が上がった。

「じゃあ。その(人間)ってのが自滅の道を選んだわけ?」

ピンクの羽に覆われた女生徒が質問した。

「まぁ……その通りじゃ。自業自得ってことじゃな、ホウ」

ピンクの女子はなおも質問を続けた。

「教授、それが解ってたなら、どうして(人間)は阻止できなかったのですか?」

「ホウ……。なかなか鋭い質問だな。君は何科の何と言う生徒じゃ」

翼を挙げ起立し、その子は答えた。

「はい、未来予知科のモモと言います」

「ホウ。未来予知科のモモ……。担当は、確かヴェルサーデン博士じゃったかな」 「はい! そうです」

教授は赤いチョークを取り上げ、黒板に一文を書き加えた。


D・E・T・H……という4文字のアルファベットを綴りながら

「D=出来の悪い

E=エリート意識は

T=時として

H=本質を見失う……。

つまり、生態系の破壊〈死〉を招く……そう覚えておくと良かろう」

と、解説した。


……教室の一角から声が上がった。

「教授! ライフ・リーダーの重要性と責任については理解しました。

ですから、そろそろ本題に入ってもらえませんか?

今日の講義テーマは[“ラスト・クラック”の正体と今後の対策]についての考察のはずですが……」

黄金の羽毛に黒い斑紋様の入った特徴的な翼を大きく広げ、一羽の生徒が開口した。

黒ぶちメガネを掛けた、このクラス一の秀才カルタスだ。

授業中ズッとフリクションペンをクルクルと廻し、熟考していたが……。

とうとうしびれを切らせた様子だ。

ピクピクと左目の角膜を振るわせているのが、なによりの証拠だ。

そんなカルタスの発言に、サイバミンが返した。

「ホウ……。すまん。のっけから脱線しとったな……。きみの言う通り本題に入るとするか」

深紅の翼を翻し、老教授は再び黒板に向かった。

「これが、恒星メガ」と言いながら、赤いチョークで円を一つ描いた。

その円を囲むように楕円形の軌道を書き加え、その線上に小さな円を書いた。

「そして、これ。メガを廻る軌道上に我々の星。つまり惑星パーミルがあるわけじゃが……。  本日のテーマ“ラスト・クラック”を引き起こした元凶はこの恒星メガのフレア暴走に起因している。諸君も衆知のことと思うが、我々の惑星パーミルは、その起源よりメガの恩恵を受け発展してきた。生命の誕生は基より、その発達・進化・発展もメガの活動無くしては叶わぬことじゃった。そして更にはこの星を保護するオゾンのベールとの絶妙な関係(バランス)の上に成り立って来た」

「教授! フレアの暴走はなぜ起こったのですか?」

黒ぶちメガネの奥の虹彩を見開き、カルタスが疑問を投げかけた。

「ホウ……。 きみの思考は結論を急いでおるようじゃ。

物事を正確に推理するには、順序と整理が肝心じゃ。

 それを怠るとあらぬ暗礁に乗り上げるぞ。メガ同様、暴走はいかん」

サイバミンは、そう嗜めるとマイペースで続けた。

「その昔。メガは自然恒星じゃった。……それが今を遡る2000年前にファルム流星群との衝突を起こし、その体積の3割を失った。

メガの質量は70%まで減少し、この星は長期の氷河期に襲われる。

その結果、多種多様の固有種の絶滅。……という暗い歴史を刻むこととなる。これが世に言う〈白魔時代〉じゃ。……この過酷な自然状況はおよそ半世紀に渡って続いたとされる。さて、そこで質問じゃ、この瀕死の恒星メガを救ったのは何じゃ。 解る者はおるか?」

講義に聞き入るおよそ50羽近い生徒の間に、意見交換のざわめきが起こった。

意を決した一羽の白いふくろうが挙手した。

「ホウ。 翼を挙げたからには、自信があるのじゃろう。そこのきみ、名乗ってから答えなさい」

サイバミンは指示棒でその白いふくろうを指した。

「はい! 自分は 広域意思伝達先攻のファミーユと申します。 自分の見聞力の限りでは、おそらく恒星メガ再建計画(ミッション:イカロス)を推進した財団と、その特殊実働部隊……たしか、“イカロス・ファスト”というチームの功績によるものかと……。何せ情報源がセピア(古い)なものでこれ以上の詳細には及びませんでした」

ファミーユは答えの最後に、そう言い訳を付け加えた。

呼応するようにサイバミンは解説を続けた。

「特殊実働部隊“イカロス・ファスト”は、メガ再構築に40年という歳月を費やした。さらに母体である財団は凡そ5000億ダリルもの工費を掛ける大事業じゃった。結果、どうにか現在のようなメガの状態にまで復旧させることに成功した。

一拍おいた処ですかさずカルタスが質問を浴びせた。

「そもそもメガ再建工事は些細な誤りもない完璧なものだったのですか? “イカロス・ファスト”に何らかの施行ミスや不手際は無かったのですか?」

「ホウ……。 鋭いのカルタス……。 実際、当時はそんな疑念を抱く者が多くいたようじゃ。民間団体によって何度も現地の再調査が行われたようじゃ。財団に保管されておった工事記録にも細部に渡り調査のメスが入った。むろん“イカロス・ファスト”の工事責任者の事情聴取も執拗に実施された。じゃが結果は(白)じゃった。

結論として“イカロス・ファスト”に意図的な手抜き工事は認められなかったのじゃ。まあ、イカロス側の言い分としちゃ『そもそも、我が母星パーミルの生命維持、強いては存続が掛かった運命的な一大事業に、全身全霊で挑むのは至極当然である』……と、な。 結局調査結果として発表されたのは、【ファルム流星群との衝突を起因とするメガ自体の自然活動(フレア)の突発的な暴走】ということじゃった」

モモが口走った。

「え〜〜〜〜っ。 それじゃ、カミナリや嵐や台風なんかの天災といっしょってこと?」

「ホウ、そうじゃな。最終的には過去に類を見ない宇宙規模的な大災害という判断が下された」

モモはサイバミンのその返答に、納得のいかない表情でつぶやく。

「でも、ファルム流星群の接近は予見できていた……はずです」

他にも数羽それに同調する声が上がる。

「そうだ、そうだ、オレたちは先見眼を使えるんだぞ」

そう言ってモモを後押ししたのは、この教室で一番体の大きな白黒斑のゴンズだった。

コホン* と一つ咳払いをして教授は続けた。

「確かに、我々の先祖は先見眼により、この大災害を予見できていた。

じゃが、知っておる事と対策を練り未然に防ぐ事とは大いに異なる。

そもそも天災であるとすれば、予知していたとしても防衛する事は不可能じゃ。せいぜい己の身を守るくらいが関の山じゃろうて……」


「あ〜〜〜ぁ。……何だか虚しくなっちゃう」

モモは自分の専攻である未来予知科のプライドを打ちのめされた気がした。

落胆したモモを励ますように、ふっくらとした羽毛をさらに膨らませ、

ゴンズは再びフォローした。

「そもそも、ボクたち《メイシ族》は実践向きじゃぁないよ。

そのあたりは《シャムル族》の中でも奇跡の毛皮に守られた〈シビル種〉に任せときゃいいんだ。

メガ再建部隊のイカロスにしたって、今現在最前線でクラックと戦ってる【ラピスレイヤー】だってシビルだろ」

「あの、猫から進化した一族ね。確かにあの種族の運動能力は、この惑星じゃ、トップだわ」納得した様子でモモは大きくうなずいた。

フクロウ達の論議の矛先は〈シビル種〉に傾倒していった。

それを受け、いよいよこの物語の主人公である〈シビル種〉の一匹の少年に話を移そう。


ザワザワ、バサササ、ザワザワ。


50羽に達する生徒達の意思が教室中に膨張し渦巻きはじめた。

これは元来、千里眼(テレフォン)による意思疎通を日常とする

《メイシ族》らしい情景であった。

講義の最後は、こういった思念によるフリーディスカッションのスタイルに落ち着くのは、毎度の事だった。

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