思いつかない男

雲条翔

第1話 何も思いつかない男

 彼は、「お題」について、悩んでいた。


「1回目は本屋、2回目はぬいぐるみ……3回目は、ぐちゃぐちゃ、だと!? 名詞ですらない、擬音! オノマトペとかいうやつ! 漠然としすぎていて、具体性がない……どうしろというのだ!」


 パソコンのキーボードを前にして、何も浮かんでこない。


「締め切りは今日の11時59分! あと1時間を切っているというのに! 困ったな、うーん……」


 思案した末、思いついたのは、ダジャレだった。


 たとえば、インドあたりに架空の都市・グチャグという地名があって、そこで作られている特別なお茶が……グチャグのお茶、「グチャグ茶」。


 いかん。つまらん。


 他にないか、アイデアは。


 ……こういうのはどうだろう。


 千利休が、愚かな者を懲らしめるため、あえて苦く、まずいだけのお茶を開発した。舌に走る苦痛は、拷問の道具として使われ……「愚者具茶」とか。


 これでは「ぐちゃぐちゃ」ではなく「ぐしゃぐちゃ」になってしまうか。

 うーむ、むずかしい。

 それに、「お茶ネタ」はさっきも使ったし。


 人のセリフに使ってみようか。


 舌ったらずな幼女が出てきて、そいつが、実は殺し屋なのだ。


 刃物を使って、ターゲットを

「グザグサ刺します」

 と言うつもりが、

「ぐちゃぐちゃしゃしましゅ」

 と言ってしまう、とか?


 ……かわいいだけじゃねえか。これもボツだな。


 セリフという方向性で発展させて、変わった口調のキャラの口癖にしてみるというのはどうか? 

 個性が際立つに違いない。


「キテレツ、いつも発明ぐちゃぐちゃね~。ワガハイ、コロッケ食べたいぐちゃぐちゃ」


 これじゃ、コロ助の「ナリ」を「ぐちゃぐちゃ」に変換しただけじゃねーか! 


 あと、「ワガハイ、コロッケ食べたいぐちゃぐちゃ」だと、既に食べて咀嚼しながら喋ってるっぽく聞こえるし! 

 食べ物を口に入れてモグモグしながら話すのは、マナーとしていけません! 


 方向転換して、いっそのこと、「そういう人名」ということにしてしまったらどうだろう。

 謎めいたタイトルの作品に惹かれ、中身を見てみたら「そういう名前の主人公でした」というパターンは、いくつも前例がある。


 場面は、制服姿の女子高生が、自宅の玄関を開けて、元気いっぱいに登校するシーンのモノローグから。


「わたし、十六歳の女子高生、倶茶虞(ぐちゃぐ)ちゃ子! みんなからは、ぐちゃぐちゃって呼ばれてるの! 可愛いでしょ? 自分でも気に入ってるんだ!」


 気に入るなー!


「倶茶虞ちゃ子」という名前はさすがにムリがありすぎる……ギャグマンガの出オチキャラ以外に考えられん。


 いや、待てよ? 

 日本だから、人名に違和感があるのかも。

 外国ではどうだ?


 韓国を舞台にしてみよう。

 キレイな若い女性が街中でひとり佇んでいて、そこにモノローグが……。


「私の名前はグ・チャグチャ。社長令嬢として生まれた私には、生まれつき決められた許婚がいるの。彼の名前はグ・チョグチョ。家柄もルックスも申し分ない。しかし、彼との結婚式の準備中に、ブライダルショップで働いていた青年、グ・チュグチュと出会い、彼と恋に落ちてしまった……。そして、海外留学から帰ってきた幼馴染、生意気なビ・シャビシャがいきなり私に求婚!? クールな許婚のグ・チョグチョ、純朴で一途なグ・チュグチュ、ワイルドでワガママなビ・シャビシャ、三人の美青年との恋愛模様、私、どうなるの? 来週から始まる『グ・チャグチャの恋』、おたのしみに!」


 なんで新番組予告風になってしまったー!?


 それに、韓国とはいえ、こんな人名はヘンすぎるだろ……。


 こうなったら苦肉の策だ。今までに出したアイデアをひとつにまとめてみようか。


 巨大なピラミッドだって、材料でいうなら石の積み重ねにすぎない。

 塵も積もれば山となる。

 ひとつひとつは小さくとも、大きな何かを形作ることはあるはずだ……。

 やってみよう!


 朝、女子高生の登校シーンのモノローグから……。


「わたし、十六歳の女子高生、倶茶虞ちゃ子! みんなからは、ぐちゃぐちゃって呼ばれてるの! 可愛いでしょ? 自分でも気に入ってるんだ! あ、いけない! 朝といえばこれよね! お父さんがインドのグチャグで買ってきてくれたおみやげのお茶、グチャグ茶! ごくごく。げほっ」


 一気に飲み干したちゃ子、むせる。


「よく見たらこれ、千利休が、愚かな者を懲らしめるために開発した、苦くてまずいだけのお茶、愚者具茶じゃないのー! おえー吐きそう! 最悪ぐちゃぐちゃ。はっ! わたしの語尾がぐちゃぐちゃになってるぐちゃぐちゃ。これも愚者具茶の副作用ぐちゃぐちゃかー!」


 そこに突然やってくる、殺し屋の幼女。


「あなたを刃物でぐちゃぐちゃしゃしましゅ(訳:あなたを刃物でグサグサ刺します)」


 可愛い。でもグサグサ。


 血まみれで倒れた女子高生は、転生して、社長令嬢に……。


「私の名前はグ・チャグチャ。前世で色々あったような気がするけど前向きに社長令嬢として生きることにした私には、生まれつき決められた許婚がいるの。彼の名前はグ・チョグチョ……他にもイケメンが出てくるけど途中はバッサリ省略ー! 来週から始まる『グ・チャグチャの恋』、おたのしみに!」


 カオスすぎるわー!


「こんなのまとめられるかー! あーもう、考えすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ!」


 あっ!


 彼は、これまでの経緯を文章として記し、なんとか短編に仕上げた。



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思いつかない男 雲条翔 @Unjosyow

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