正反対な君が良い
夢喰
正反対な君が良い
俺の友人は俺とは正反対の人間だった。
好きなアニメも映画も配信者でさえもまるで違う。俺はモテなかったけど、友人は同性からも異性からもモテた。無邪気で明るい友人と、素っ気なくて内気な自分はとてもじゃないけど同じ人間とは思えなかった。
それでも、なぜか二人でいると居心地が良かった。価値観はまるで違うはずなのに、他の誰よりも相性が良かった。
だから、今日も俺たちは二人で旅行に来ていた。江ノ島シーキャンドルの足下、瓶ビールを片手に夕陽を眺めるのは最高の気分だ。もうすぐ午後五時になる。ライトアップの時間が刻一刻と迫っていた。その瞬間を心待ちにしながら俺は友人に話しかけた。
「なぁ、昼間に話したこと覚えてるか?」
「え?なんか話してたっけ?」
キョトンとした顔でこちらを見つめる。その顔はほのかに赤く染まっていた。山に沈んでいく夕陽のせいか、今飲んでいる瓶ビールのせいだろう。
「ほら、人が好きで旅行に行くか。場所が好きで行くかってやつ」
「あー、あれね。お前の言ってること全然分かんなかったやつか。人が好きで行くとかないだろ普通」
まるで当然のことだとでも言うように話す友人が信じられなかった。やっぱりこいつとはとことん価値観が違うなと思う。
「いや、あるだろ。一緒に行く人によって楽しさ変わるじゃん」
「そうか?別にあんま変わらなくね?好きな場所行けたら一人でも楽しいじゃん」
「楽しくねぇわ」
思わず、食い気味に返答すると、友人は不服そうに唇を尖らせた。
「絶対楽しいって。だって、一人でいろんなとこ回れるじゃん。別に興味ないとこ連れて行かれてもつまんねぇだけだし」
「いや、そんなことないって。仲良かったら自分が興味なくても楽しいっていうか。その人と一緒にいるとどこでも楽しいみたいなさ」
「いや、わかんねぇわ。マジで。興味なかったら楽しくないぞ普通」
友人は心底わからないようで首を傾げている。結局、俺たちはいつもと同じ結論に至り、飽きるほど口にした言葉を声に出した。
「やっぱ、合わねぇな」
「うん、合わねぇわ」
不思議な沈黙が俺たちの間に落ちる。すると、すぐにそれをかき消すような笑い声が聞こえてきた。
隣を見ると友人が笑みをこぼしていた。「いつもこうだよな」とおかしく笑う友人に釣られて俺も笑ってしまう。
アルコールで酔った頭はそんなどうでも良いことが面白くてたまらなかった。
すると、雑踏が色めきだった声を上げた。灯台を見上げて思わず声が漏れる。
「おー、すげぇな」
「な、来るタイミング神すぎたわ」
電飾に着飾られた灯台はこれでもかと言うほど存在をアピールしていた。次々と色を変えていく人口の光は夕焼けとは別のベクトルで美しかった。その美しさに見惚れていると視界がぼやけてきた。
「あー酔ってきたわ」
「早くね。てか、お前飲むの早いってそれ酒弱いやつの飲み方じゃねぇから」
「いや、なんか飲んじゃうんよね笑」
つまみの唐揚げを口に入れながら、灯台を見上げる。耳にイヤホンを差し込み、ショパンのノクターンを流した。酔ってぐちゃぐちゃの脳内に煌びやかな旋律が流れ込み、ふわふわとした多幸感が満ち溢れてくる。
眠ったらすぐに忘れてしまうだろう、この幸せなひと時に今は浸っていたかった。
「じゃあ、俺も食べ終わったし、そろそろ帰るか」
「おけ」
二人揃って席を立ち、ゴミ箱を探した。すると、友人の歓声が聞こえた。
「おおー、なぁ、あれやばくね!?」
視線の先を見つめると、ネオンに照らされた幻想的な森が佇んでいた。
「すげぇ、めっちゃ綺麗」
「帰り、二人であそこくぐろうぜ」
指差す先には紫色のイルミネーションでライトアップされたアーチがあった。下を通り抜けているのは明らかにカップルばかりだ。こんな場所を男二人で通るなんて馬鹿げてる。でも、どうやら酔いは人を馬鹿にさせるみたいだ。
「良いね」
首を縦に振り、あっさりと友人の提案をのむ。俺もあの下をくぐりたい気分だった。カップルがなんだ。別にそんなの関係ない。
「じゃあ、行くか」
「うん」
次はどこに行こうか?こことか良いんじゃね?そんな会話をしながら、俺はショパンの音色に耳を傾ける。
そして、密かに想っていたことをポツリと心の中で呟いた。
『お前と一緒だからこんなに楽しいんだよ』って。
正反対な君が良い 夢喰 @natsunotsuna
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