金の肉 銀の肉
長島芳明
金の肉 銀の肉
湖に神様がいた。
ある日、湖の底で昼寝をしていたら、上から斧が落ちてきた。それで目が覚め、手元にあった斧を持って湖面に出た。
湖面に出ると、一人の木こりがいて驚いていた。
「ご安心を。私はこの湖の神様です。どうやら斧を落としたようですね」
「は、はい」
「ではどうぞ」
「私の斧はその金の斧ではございません」
よく見ると、手にしていたのは金の斧であった。
「失礼」
寝ぼけていたので、間違えてしまったようだ。
神様は慌てて湖の底に戻った。慌てて戻ったせいか、湖の底はにごってしまい視界が悪くなってしまった。神様は手探りで斧を見つけ、湖面に上がった。
「この斧ですね」
「違います。そんな上等な銀の斧ではございません。私が落としたのはごく普通の鉄の斧です」
「そうですか」
神様は顔が赤くなる前に湖の底に戻った。
まいったな。神様が二度も間違えをするなんて、これは一種の恥だ。あの木こりが村に帰ったら笑い話にされてしまうぞ。
そこで一計を案じ、鉄の斧を見つけると金の斧と銀の斧を手にして湖面に上がった。
「それです。私が落とした斧はそれです」
神様は無理に笑顔を作った。
「あなたは正直ですね。私はその正直さに感銘を受けました。だからこの金の斧と銀の斧を差し上げましょう」
「本当ですか!?」
「ええ。湖の神はそういうものです」
先祖代々に伝わる斧だが、ここは湖の神の名誉を重んじることにした。
しばらくしたら、また昼寝中に斧が落ちてきた。
おっちょこちょいの木こりがいるものだ、と思いながら落ちてきた斧を手にして湖面に上がった。すると、満面の笑みを浮かべた木こりがいた。
うん。私って優しいな。こうして二度も木こりの斧を拾ってあげるなんて。
神様は得意気な顔になって口を開いた。
「あなたが落としたのは、この鉄の斧ですね」
「いえ、違います。私が落としたのは金の斧です」
「分かりました」
神様は湖の底に戻って金の斧を探した。しかしいくら探しても見つからない。グルグルと湖の底を回っているので、余計に濁って視界が悪くなる。まさに悪循環。
中々見つからないので、神様は焦り、苛立ち始めた。
このまま見つからなければ、湖の神として沽券に関わる。しかし先祖代々に伝わる斧はいない。手元にあるのは普通の斧。
うーむ。見つかりませんでした、では恥ずかしいな。そうだな。神話には不条理に神々の物語がよく伝わっているから、ここは木こりに涙を呑んでもらおう。
神様は意を決めて湖面に上がった。
「湖をいくら探しても金の斧は見つかりませんでした」
そして眉間にしわを寄せ、大声で叫んだ。「あなたは嘘を吐きましたね。罰としてこの斧を没収します」
そして木こりの反応を見ずに、素早く湖の底に戻った。
しかし悩んでしまった。名を惜しむばかりにあのような言動をしたが、逆に名が下がったかもしれない。木こりは生活道具である金の斧を失い、途方にくれているかもしれない。
悩めば悩むほど、湖は濁り出して環境が悪くなってきた。彼の思念は湖環境に直結する。このままでは、魚が住みにくい湖になってしまう。
それこそ名が惜しまれる。
そこで知り合いの神に鉄を黄金や銀に変える技術を教えてもらった。
よし。これで次が起きても大丈夫だ。
しばらくし、またしても昼寝中に斧が落ちてきた。湖の斧を落とすのが流行っているのか? と思いながら湖面に上がった。
「あなたは斧を落としましたね」
「いえ。私は落としていません。たまたま通りかかっただけです」
と木こりは早口で言うと、足早にその場を去っていった。神様は疑問に思ったが湖面に映った自分の姿を見て納得した。
斧が額に刺さっていた。
うーむ。以前、怖い神様として振舞ったから逃げてしまったようだ。次はどのように振舞えばいいのだろう。
そうして悩んでいたら湖が濁ってしまい、魚達が文句を言ってきた。湖の神様は気分転換を考え、近くの川で生活することにした。
そして川の神に事情を話し、橋の下で昼寝をすることにした。いくら悩んでも疲れるばかりで、眠って気持ちを晴らしたほうがいいだろう。
うつらうつらと眠っていたら、またしても額に物が落ちてきて目が覚めた。
水辺に何か落とすのが流行なのか? と戸惑った。しかし気持ち新たに、手にした技術を発揮することにした。技術は使ってこそ発揮されるもの。神の威厳を取り戻すため丁度いい。
落ちてきた物を神の威力で二つにし、金と銀に変えて上がった。
「あなたが落とした肉は金の肉ですか。それとも銀の肉ですか?」
「いえ、違います。私が落としたのは普通の生肉です」
「あなたは正直ですね。私はその正直さに感銘を受けました。だからこの金の肉と銀の肉を差し上げましょう」
よし。これで自信がついたぞ。
湖の神様は相手が喜ぶ顔を見ずに川底に戻った。
さっと現れてさっと消えるのが神様らしいだろう。そう、ひそかに微笑んだ。そして昼寝を再開した。
一方、橋の上では金の肉と銀の肉を目の前にした犬がいた。犬は二つを目の前にして困惑してしまった。
ああ。橋の下にいる犬が、俺と同じような美味しそうな生肉をくわえていたから、驚かして奪い取ろうと思ったのに、妙な奴が現れて肉の形をした金属を置いていきやがった。これは食えない。せっかく拾った肉を……。
そして嘆きの遠吠えをしていたら、
「おお。こんなところに金と銀がある」
湖に斧を落としてこれからの生活に困っていた木こりがそれを見つけた。木こりはその出来事に感激し、幸運を運んでくれた犬を飼うことにした。
そして犬にたっぷりの生肉をくれた。
金の肉 銀の肉 長島芳明 @gunmaNovelist
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