忘却の破壊獣ブッコロー

サボテンマン

破壊のブッコロー

 ブッコローは国を滅ぼした。


 蔦谷帝国、そしてビレバン共和国は滅び、残された最後の砦は独立国家ユウリンチーのみとなった。しかし、ユウリンチーもまた虫の息となっていた。すでにブッコローの下部であるハヤタカに国王は殺され、国としての機能は失われていた。


 人々が希望を失い、滅亡に身を委ねようとしているなか、ユウリンチーの王妃であったイク・ワタナベとわずかな仲間だけは抵抗を続けていた。


 ユウリンチーに伝わる伝説の神を蘇らせることができれば、破壊獣ブッコローに対抗することができる。


 わずかな希望にすがるイクは、国の伝説的英雄であるザキ・オカと共に伝承にまつわる情報を集める旅にでた。


 険しい旅立った。手がかりもない中で、イクとザキは広大な大地からわずかな希望を拾うために歩いた。いくつもの困難が立ちはだかった。ザキがいなければとっくにイクは暴漢に殺されていただろう。そして、ついに大地の果てに、伝説の神を知る部族の長に出会った。


 マ・ニタと名乗るその男は、昔話を語るようにイクに一族に伝わる伝承を教えた。


 伝承を聞いたイクは、ついに伝説の神にまつわる手がかりにたどりついた。


「信仰が足りないんだわ」


「信仰?」ザキはまだ要領を得ない。


「そう、かつてこの国にはサクーサカと呼ばれた民族が伝説の神を奉っていた」しかし、時が経つにつれサクーサカは数を減らし、やがて滅びた。


「そして、サクーサカの滅びと同時に神も姿を消してしまったということなのね」


 マ・ニタはうなずいた。「故に、神はもうこの国を身限ったのかもしれない」


「じゃあ、わたしたちの旅は無駄だったというの」希望を失ったザキは、膝から崩れかけた。


「いいえ、諦めるのはまだ早いわ」イクはいっそう希望の炎を燃やしていた。「再び信仰を取り戻すの。そうすれば、神はまたわたしたちの前に現れてくれるかもしれない」


 イクはどうすれば信仰を蘇らせることができるのかマ・ニタに尋ねた。


 マ・ニタはしばらく唸ってから口を開いた「皆が神の名を呼ぶことができれば、あるいは目を覚ますことがあるやもしれん」


 イクには、神の名前を伝える、ただそれだけのことが、容易いことだとは思えなかった。平和だったかつてのユウリンチーであれば容易だった。しかし、無法地帯となったいまでは、国中に散らばってしまった人々に伝えることが、簡単にできることだろうか。


 イクは考えた。希望を失った人々が、再び自分の足で立ち上がり、集まってくれる方法はないのか。

「わたしなら、人々の希望になれる」ザキは覚悟を決めた表情で名乗りでた。「わたしがブッコローを倒すと宣言すれば、またユウリンチーの人たちを集めることができるかもしれない」


 ザキの言うとおり、国の英雄であるザキが名乗り出れば集まる可能性はある。「でも、危険すぎる」

 仮に集められたとして、万が一ブッコローが現れてしまったとき、ザキは本当にブッコロー戦わないといけなくなる。それはつまり、最期の戦いになることを意味している。


 ほかに方法があると説得するイクを諭すようにザキはイクを抱き締めた。「わたしは国王を守ることができなかったことを今でも悔いている。だから、どうか最後までユウリンチーのために戦わせて欲しいの」


 イクは泣いた。きっとザキは折れない。だから、イクは泣いて決意を受け止めるしかできなかった。


 *


 準備が必要だとイクとザキは再び旅にでた。自分にもできることがあるかもしれないとマ・ニタも同行することになった。


 三人はブッコローに対抗するための伝説の武器、ガラスの剣を探す旅にでた。しかし、あくまで伝説の武器は口実で、本当の目的は、道中に出会う人たちへザキがついにブッコローと対峙することを告げてまわることだった。


 ユウリンチーの英雄ザキの蜂起はじわじわとユウリンチーの大地へ広がり、やがて国境を越えて蔦谷帝国やビレバン共和国にまで知れ渡った。


 ザキは人々の希望の象徴となっていた。


「あとは、ガラスの剣さえ見つかれば完璧なのだけど」ザキはなかば諦めていた。もともと手がかりすらなかったのだから真剣に探すほうが馬鹿らしい。

「いや、手がかりならある」マ・ニタは重い口を開いた。


 マ・ニタはイクとザキの覚悟を見ていた。本当に人々を動かすだけの力があるのか。「きみたちは想像以上だった。ふたりになら、伝説の武器を預けてもよさそうだ」


 満月の夜を待て。マ・ニタはガラスの剣のありかを伝えた。「月の光に照らされたとき、ガラスの剣はその姿を表すのだ」


 そして満月の夜、三人はじっとその時を待った。雲に覆われていた月が、雲を切り裂くように目映い光で大地を照らす。


「どこにも、ないわ」イクは目を凝らしたがそれらしきものはいっこうに見当たらない。


「いいえ、イク。わたしには見えるわ」


 ザキは光の指す場所へ導かれるように歩いた。イクには闇雲に歩いているようにしか見えなかったが、ザキには見えていた。


「これが、ガラスの剣」ザキが地面から拾い上げると確かに月の光でキラキラと照らされるものが見えた。それでも、イクにはその実態をとらえることはできない。


「わたしには光って見える。わたしの手に、伝説の武器が見えるわ」


 ザキついにブッコローと対峙する手段を得た。つまり、戦いが始まることを意味していた。


 *


 ザキがブッコローを仕留めるために立ち上がる。キャッチーなニュースは瞬く間に大地の端から端まで伝わった。


 集まりに集まった人々は群となり、ザキが指定した場所へ集まった。


「懐かしい光景ね」ザキは、隣に立つイクと想いにふけった。かつて、ユウリンチーが栄えていたころには、毎年全国民を集めてパレードを開いてた。


「わたしには、ありふれた日常だけがあればよかった」イクは国民へ声を届ける堂々とした父の姿を回想していた。「わたしに、声を届けるだけの力はあるのかな」


 自信を持ちなさいとザキは、イクの縮こまった肩にそっと手をおいた。「あの人たちを集めたのは、紛れもなく、イク、あなたよ」


 ザキは振り替えることなく歓声のなかに足を踏み入れた。満を持してのザキの登場に、集まった世界中の人たちが沸き上がった。


 イクは踏み出すことができなかった。人々が求めているものは力のある英雄だ。なにもできないくせに諦めの悪いだけのわたしは、だれからも必要とされていない。


「イクさん、あなたがいたから、わたしたちは立ち上がることができた」


 イクが振り替えるとマ・ニタが立っていた。


「我が部族も逃げない。あなたたちと共に戦う」


「どうして」


「あなただけだった。ブッコローを前にして、どんなに怖くても、圧倒されても、イクさんだけは逃げ出すことなく正面から向き合っていた」だから、わたしたちはついていく。


 マ・ニタは、イクの背中を押した。「さあ、みんなが待っていますよ」


 イクは導かれるまま観衆の前に姿を表した。より高鳴る歓声、人々はこぞってイクの名を呼んだ。人々が求めていたのは、武力だろうか。伝説だろうか。いや、恐怖に立ち向かう象徴を求めていた。


「みなさんに、聞いて欲しいことがあります」イクは静まりかえる観衆にユウリンチーに伝わる伝承を話した。どれだけ響いたのかわからないが、イクが話終えてもだれひとりとして声をあげるものはいなかった。


 ただ、拍手が沸き上がるように鳴り響く。


「伝わったわよ」ザキの声は万雷の拍手のなかでもはっきりと聞こえた。


 やることはやった。あとは伝承を信じるのみ。とイクが思った矢先、空には暗雲が立ち込め、拍手は空気に染み込むように聞こえなくなった。


「くる」空を見上げるザキは、ガラスの剣に手を掛けた。「ここからは、わたしの仕事よ」


 あれは。観衆のひとりが声をあげた。


 暗雲から吹き出すように飛び出してきた黒い影の群、そしてその群を率いる真っ黒な鳥。


「トリと、ハヤタカよ」


 ブッコローの恐ろしさは、その単体としての破壊力に加えて大量の僕がついていることだった。空から降り注ぐ大量の敵を前に大国はなす術もなくやぶれていた。


「ごめんなさい、手加減できないの」ザキはガラスの剣を天高く掲げた。「ガラスよ、輝きなさい」


 暗雲を断ち切るように一筋の光が差し込んだ。光は天とガラスの剣とを繋ぐ線になった。


 一方でトリとハヤタカは、集まった群衆を目掛けてけたたましい鳴き声をあげた。彼らの目的は蹂躙、根絶やしにする標的が一ヶ所集まってくれた好機を見逃すはずがない。


「ザキ、みんなが」

「大丈夫よ、イク、落ち着いて」

「でも」

「この剣は、蓄光なのよ」


 ザキがガラスの剣を振り下ろす。


 トリとハヤタカの鼓膜を揺さぶる声が一瞬止んだ。かと思えば、次の瞬間には断末魔の悲鳴になっていた。


 ガラスの剣が光の早さでトリとハヤタカを切り裂いたのだと気づくまで時間がかかった。羽ばたきを失ったトリたちが、黒い影のまま敵の撃破を喜ぶ歓声のなかに降り注ぐ。


「ザキ、やったわ」


「まだよ」


 暗雲の中から再びトリが吹き出した。


「ブッコローがいるがぎり、ハヤタカも、トリも、消えることはない。わたしは、時間を稼ぐから、あとは頼んだわよ」


 ザキは再びガラスの剣に光をため始めた。すると、トリたちは狙いを観衆から、ザキに変更した。


 ザキは、初めから囮になるつもりだったのだ。


 ザキを救いたいイクは、少しでもはやく伝承の神に呼び掛けたかった。しかし、まだ肝心のブッコローが姿を表していない。


「はやく、はやく」まさか自分の国を破壊した存在を待ち望むことになるとは。しかし、イクはブッコローに対して感謝をしつつあった。


 ブッコローが現れるまで、3つの国は互いにいがみ合っていた。戦争にまで発展はしないものの、相手の些細な失敗の揚げ足取りに夢中になり、互いに信じることを見失っていた。


「ブッコロー、あなたのおかげで、みんながひとつになれたんだよ」


 暗雲の中から巨大な怪鳥が姿を表す。真っ黒な雲とは対照的に鮮やかな虹色の羽をした姿は神々しさすらあった。


「ありがとう、ブッコロー。会いたかったよ」


 ついに姿を表した破壊獣ブッコロー、その巨大な姿は見るものすべてから抵抗する気力を奪った。


「ダメ、諦めないで」


 イクは勇気があればだれでも戦えることを身をもって知っていた。「忘れないで。わたしたちには、伝説の神様がついてるの」


 しかし、ブッコローが人々に植え付けた恐怖は、一筋の光程度で押さえつけられるものではなかった。神にすがることを忘れ、いっそブッコローにその身を捧げようとしてるかのようだった。


「どうして。ここまでなの」


「イク、あなたは諦めてはいけない」


 マ・ニタは落ち着いていた。「わたしは、イクが世界を救ってくれると知っている」


 イクは期待の重さに嘆いた。「ごめんなさい。わたしでは、力になれなかった」


 マ・ニタは優しく微笑んだ。「大丈夫。わたしがそうだったように」


 マ・ニタはゆっくりと大地におりるブッコローを見つめた。「彼もまた、この世界の神であった」続けてマ・ニタは忘れられた伝承を語った。ブッコローがかつて世界を見守る神であったこと、そして人々が憎しみのなかで信仰を忘れたことをきっかけに、破壊神として目覚めたこと。


 イクは不思議と驚かなかった。思い出したわけではないけれど、どこかブッコローに抱いていた優しい気持ちはまだ残っていたのかもしれない。


「だからといっと、破壊を受け入れるわけにはいなかない」


「そう、だから、わたしがいま立っている」


 マ・ニタは大きく息を吸うと、みるみる身体が大きく膨らんできた。「イク、あなたはわたしが人間として接した最後の人だ。どうか、わたしのことを忘れないで欲しい」


 忘れられることは、寂しいことだから。


「マ・ニタさん!」


 イクが見上げるそこには、巨大な蟹の姿になったマ・ニタがそびえていた。ゆっくり足を動かして、ブッコローに立ち向かう。


 マ・ニタは、ブッコローの足止めをしてくれたんだ。イクは失った仲間を嘆いている暇はなかった。


 突如現れた巨大生物がブッコローに立ち向かう。予想外の幸運に群衆の恐怖が和らいだ。その刹那、鋭い光が闇を切り裂いた。


「イク、いまよ」


 ザキの声に反応したイクは身を乗り出して群衆に訴え掛けた。「みんな、いまこそ、わたしたちの神様の名前を呼んで」


 示し会わせたわけでもなく、その場に居合わせたすべの人の呼吸が揃った。決して言い慣れてはいないはずなのに、喉から滑り落ちるように滑らかにその名を呼べる気がした。


「わたしたちの神様、その名は」


 ヴィンセント


 大地がゆれ、暗雲は割れた。割れた雲の隙間から、光に導かれるように神は姿を表した。


 真っ白い肌と対照的に真っ黒なハット姿の神は、人々を祝福した。そして、巨大な蟹となったマニタをバラバラにしたブッコローを見つけると、大きな口をあけて笑みを浮かべた。


 懐かしい再会を喜んでいるかのようだった。と、イクは記憶している。


 ヴィンセントが姿を表してからは、あっという間だった。ブッコローや、ハヤタカ、トリは瞬く間に塵となり、光の中に消えてしまった。


 群衆がヴィンセントを崇め、歓喜にわいた。

 恐怖の対象はいなくなった。我々は勝利したのだ。


 いや、本当にそうだろうか。イクはブッコローと戦った意味を考えていた。


 そうか。わたしたちは、忘れてはいけないんだ。ブッコローのことも、ヴィンセントのことも、マ・ニタや散っていった仲間のことも。


 イクはその命が尽きるまで、ブッコローとの戦いを語り継いだ。しかしそれは決して悲観的な物語ではない。


 この世界はふたりの神や、多くの命によって守られているのだ。そんな、神話だった。







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