約束
束白心吏
約束
「おはよー(あー眠いなぁ)」
名前も知らないクラスメイトの挨拶が耳朶を打つと共に、いらない副音声が脳内に響く。
朝の教室。俺は机にうつ伏し、寝ているフリをしながらSHRが始まるのを待つ。
なお俺以外にも寝たフリをしてる奴はおり……
「(あー初日から失敗したぁ……なんで風邪引くかな俺)」
「(眠い! けどうるせぇ! 今日はサボろうかな。初日だけど)」
……前者はともかく、後者はフリじゃあないか。
まあどうであれ俺の他にも寝たフリ――中には喧騒を物ともせず爆睡する猛者もいる――をして退屈な朝の時間を過ごす。なお友人はいない。新学期からこの近辺に越してきた影響で、知り合いこそあれど会話するほどの仲の良い奴は片手の指で事足りるくらいなのだ。
「おはよー。遅かったね(まあいつものことだけど)」
「あはは。実は寝坊しちゃってさー(喋るのだっる……)」
「昨日もそうだったじゃん!(反省の色皆無か)」
ただまあ、こうして内心を聞いていると、別に会話しなくてよくね? とも思ってしまう。いや、普通に良い奴らではあると思うけど。ディスってないし。表面上は和気藹々としてるし。
そうして他人の会話を盗み聞きしながらぼうっとしてること暫し。もう数分で始業のチャイムが鳴るかという頃に、俺の名前を呟きながら近づいてくる奴がいた。
「お、おはよう
「……おはよ。
首をだけ動かし、視線を向けて挨拶を返す。すると心なしか暗くなっていた表情に活力が戻り、「うん! おはよ!」と元気にまた挨拶してきた。
俺は上体を起こして伸びをする。正直、小笹が来ても起きる気はなかったのだが、どうしても言いたいことが出来たために振り返る。
「小笹が名字で呼んだの、何気に初か?」
「え」
実は俺と小笹は同じ小学校に通っていた時期がある。まあほんの短い期間の話なのだが、その時に珍しくも仲良くなった俺と小笹は、別れるときにある《約束》をしていたのだ。
忘れていたかと思ったが……俺が挨拶しただけで上機嫌になってることや、振り返った時に目があったのを見るに、可能性は低そうなので取り敢えず聞いてみたはいいものの反応がわからん。心の声もあたふたしてるようで――いや少したてなおした。
「だって……ほら、そのー(数年前の話だしすぐに下の名前で呼んだらはしたない子って思われそうじゃん! 長い間離れてたわけだし、リスタートの感覚なんだけど……それに悟君、私の名前を相変わらず呼んでくれてないし)」
うん。まあ気持ちはわからんでもない。会うのは本当にあれ以来だし、無意識に壁作ってしまうのは俺も同じだ。まあそれを一方的に知れてる時点で、俺結構なズルしてるわけだけど。これ罪悪感あるよなぁ。
「
「え?(さっき名前で呼ばれた? 嘘?)」
「嘘じゃないっての」
じゃあ夢? と目を点にした小笹は面白いくらいに思考が加速していく。それを聞いてみると、まだ現実を疑うような言葉であったり、昨日から夢を見てると思って「夢なら覚めないで!」と強く願う言葉も聞こえ、突飛なものでは「私、何か拾い食いしちゃった?」という言葉さえあった。そこまでグチャグチャしていると一周回って面白くなり、もとより反応を面白がってた俺は遂に吹いた。
さすがにそこで笑われるのは想定外――「あ、いつもの悟君だ」という謎の理解力が働いてはいるが――だと、夢とは思えないのだろう。あと願望が駄々洩れてしてんの勘弁。それと違うから現実って判断も謎だな。面白いからいいけど。
そういえば――俺がどうして小笹に近づいたのか思い出す。
この辺りの小学校に転校してきて、偶々隣の席になって、今でこそ想像のつかないくらい静かで落ち着くから……思えば結構最低な理由だな。まあそれがここまで静かだった女の子を変えることになるとは夢にも思わなかったけど。
あと、理由としては――
「(嬉しいなぁ嬉しいなあ……長年の夢、遂に叶ったなぁ……)」
小笹、全く人の悪態つかないんだよな。
約束 束白心吏 @ShiYu050766
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