まずは設定開示から行こうか

 吾輩は社畜である。名前は田中広大たなかこうだい。さらに言ってしまえば年齢は29歳と11ヶ月。さらにさらに言ってしまえば俺は建築会社の営業事務についている。正直もう辞めたい。


 この現状が嫌すぎて思わず、夏目漱石の一文を引用してしまった。

 この一文って主人公の紹介するのにやっぱ便利だよな……(作者の声)。


 今まさに電車に乗っている人もいるのだろうが、安心して欲しい。

 俺もまさにその一人である。


 朝五時に起きて準備をして電車に乗り込み、人の波に流されそうになりながら会社へと向かっていく。

 特に目標があるわけでは無いのに、上司からの叱責が嫌で振られた仕事をただ淡々とこなす毎日。


 能動的に生きることを止め、他人からの指示に従い何も考えずに受動的にただ生きている。

 そんな生き方をしてきたからか、今日に至るまで。

 29歳と11か月の時を過ごすまで。

 

 俺に恋人というものが出来ることはなかった――。

 

 まぁ、当たり前といえばそうなのだろう。

 平均よりも少し低い身長。具体的に言えば某ストリーマーに人権が無いと言われるくらいの身長。

 幸い昔から食が細かったこともあり、腹は出ていない。

 どっちかと言うと腹よりも肋骨の方が出ていた。

 

 たいして良くない顔面は碌に手入れもされていない。

 そのせいで髭は中途半端に伸び、顔の至る所に産毛が生えていた。

 眉毛は床屋に行くとき以外剃ったことも無いので、濃くつながってしまっていた。

 極めつけは目だ。

 毎日3時間ほどしか寝てないせいか、濃いクマがこびり付いてしまっている。

 さらには常に閉じようとする瞼のせいで目つきも人殺しのようになっていた。

 これでは眉目秀麗では無く、眉目醜霊といったところか。


 そんな人間がファッションに気を遣うわけも無く、香水なんてものは無縁の代物だった。

 決して体臭は強くない……と信じたい。(だって毎日お風呂入ってるし)

 でも混雑する電車の中で俺の隣が開いていても、いつも座ってくるのはおじさんだけ。

 女性。特に若い女性が俺の隣に座ってきたことは皆無といってもいい……orz。

 

 やっぱり俺が臭いってこt……いや、これから先は危ないからやめておこう。


 いつも思う。

 今週の休みこそは美容院に行って服屋に行って、デパートとかに行ってメンズ化粧品? を見ようって。

 でも一度もそんなこと出来たことが無い。

 週末はスマホと自分の息子を交互に可愛がっている。するといつの間にか終わってしまっている。

 え? 子供なんていたのかって? 男なら自分の身体の中心にいるじゃないか。

 むすこ。じゅにあ。じゃくそん。etc……。


 だって休みの日に外出んの怠くね? やっぱそうだよな。

 出来れば平日も外になんか出ないで、あったかいお布団に包まれながら息子と一緒に遊んでいたい。


 現実から一生懸命に目を背けていたというのに、機械的な車内アナウンスのせいで俺は現実の引き戻されてしまう。

 現実に引き戻されたかと思ったら、次の瞬間には押し寄せる人の波の押されて駅のホームにたどり着いてしまう。


 グッバイホーム。グッモーニンホーム。


 願わくばICカードの不具合で止められて、午前中休めないかなとわずかの願いを込めて改札を通る。

 俺の願いは聞き入れられず、すんなりと地獄へ続く門が開かれてしまった。

 

 

 

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