第128話 ツチとおなじ

 アメ・・・・よ 

 ツチの・・・・

 ひのかくりよ 

 ・・・・くりよに行きかう

 みつ・・・・イ 

 おおき ちいさき うぶたまの かみ・・・・を ちゆりほゆり 

 守りさたし

 うぐもりはなれ

 よりあいの三津のけ

 ・・・・

 ソラつ火のけ

 奇しきみつのヒカリを 

 ・・・・

 あまつくし

 しずめことによりて 

 しずめまつらん

 さきみたま くしみたま

 ・・・・

 ソラつひこ 

 ・・・・ヒカリ 

 アメのほのけ

 ツチのほのけ 

 ふるべ ゆらゆらと


 日のいっさい射しこまず、灯りひとつない、切り裂かれた肉体の内部の如き洞穴のなかにいて。なま温かく金気臭い体液が噴きだし飛びちり、おのが身にかかり濡らしてゆく。襲いかかってくるモノに対し、死にもの狂いになってふり下ろしふり下ろし、突きたて突きたて、ひき裂いてゆき。小刀をもった手、腕、胴、顔面、脚にもかすかに粘りのある液体を浴び。うごかなくなったそれは。体毛の豊富でさまで大きくもないそのムクロは。・・・・クヌギの実を砕き煎じたものを鉄媒染で発色させた染料、くろつるばみ色のあたり一帯充ち満ちて。文目もわかぬ晦冥のうちに漬かりて、幾たりかの人らの声、うごめく気配を感じ。混沌きわまる黒洞々たる濁りのなかで、よく不自由もなく言行のかなうものだと、いずこかに暢気に感心している自分がある。いったいここは何処で、いかなことが起きているのか、おのが置かれた状況自体混濁して何ひとつつかめずに、混乱し怯えるなかにあって。叫ぼうにも思うように声の出せず。口中にある布のカタマリで妨げられ。猿ぐつわを嚙ませられているのだと気がついたときようよう、手足を縛られ自由を奪われていて、目かくしをされていることに思いの至る。混乱したなかにあって、おのがしたことを今からされるのだろうかと思いうかぶ。縛めから逃れようとも搔き喚こうと無駄な努力をしながらも、それならそれで構わないのかもしれない、ともうっすら思わないではない。望まないではない。ただ単に、おのれのした行為が返ってくるだけのことではないか。ともがらでありはらからであり、わが一部と言っても過言でない存在を、この手にかけたのだから。あのときに、共に死していて正常、生き永らえているほうが異常。異形のものと化した自分が、ようようアメツチのコトワリのなかに回帰する、というだけのことだろう。それにしてもこの誦する文句、声色をいずこかで耳にしたことのあるような。はたして、何時、いかなるところにであったものか。


 アメのお・・・・

 ツチのめ・・・・

 ・・・・の さきみたま

 ・・・・め の さきみたま 

 おおもとの みたまのかみ

 おおもとの ・・・・はしらのかみ

 火のけ 水のけ

 カゼのむた 

 アメのかくりよ 

 ツチのかくりよ

 ひのかくりよ 

 つきのかくりよに行きかう

 ・・・・マシイ 

 おおき ちいさき うぶたまの かみのおきてを ちゆりほゆり 

 ・・・・

 うぐもりはなれ

 よりあいの・・・・


 数十人いるのであろうか。咒をくり返しくり返し途切れることなく斉唱のつづけられているなか、老婆らしい者とその配下であるらしい中年男の話し声。男は辺りをはばかってか相手にへりくだってか低めたもの言いであったが、老婆はわざとのようにかん高い耳障りな声を張り上げて語り。もしかすると耳が遠くなっている、ということもあるのかもしれぬ。

ーースナザワさま。ホンマにそんなんしてもええもんでしょうか。

ーーふん。コンナンもカンナンもギンナンもないわい。ナニ怖じけづいておる。あの方からよきようにと言われておるわ。ほんまに、そんなんやとわての後目はつがれへんでぇ、メメ。

ーーそうやなく、そんなんしたら壊れてまうんやないかなぁて。

ーーほんまアホやなぁ。こやつはあのワザを耐えてたやろがい。

ーー蠱毒の数倍、いいえ、数十倍の・・・・を身にやどせる、やどして生きているのはありえへんことですけど。

ーーさすがとしかいいよがあらへんわ。

ーーやはりまちがいなく、アメの神の・・・・

ーーそやろなぁ。ツチの神の、もすでに、ザンネンながらあらわれておるみたいやし。

ーーでも、そやかというて。

ーーでもやない。だから、や。なみのもんやったら数滴でヨミのくにゆきのとこ、沼ひとつふたつ分なみなみとそそがれてぴんぴんしとるようなもん、そのまんまにしとけるもんかどうか、なんぼ・・・・でもわかるおもうけどなぁ。

ーーそれは分かりますけども、はむかうようなことなったら、おさえがきかななる。

ーーおさえはきくやろけどな。だれにむこていうとるんやろなぁ。

ーーこら、えらいすんまへん。堪忍しておくれやす。おさえはきくにしても、なかなか骨おることになりそうですし。それにしても、殺ぐまでしてもうたら。

ーーこれくらいのタマシイやったらすこし殺いだくらいでなんともあらへんやろ。シキガミいうて、タマシイを分離させて飛ばしたりもするからなぁ。

ーーそやけど、分離と、殺がれるはだいぶ。

ーーちゃうけどなぁ。たいてい玉の緒は切れてまうやろ。で、きれたかてどうってことないやろ。使いやすいのになるか、ただのムクロになってヤマイヌだのカラスだのの腹におさまるか、それだけのこと。

ーー死のうが生きようがどちらでもええ、と。

ーーあの方がなぁて、いうた気するけどなぁ。ようきいとかなあかん。よきようにと仰せつかったて。

 男の息をのむ気配がして、対話の絶えて。身は綱でしばりつけられ、内は咒と煙で巻かれ縛りあげられているらしい。思うこと、めぐらすこと、按じること、等内面のはたらきの自由もきかぬようになっていて。煙には、とりどりな香の入り混じり。米、ジンコウ、白檀、チョウジ、欝金、リュウノウではないか。そしてそのうちでもつよく主張しているのは別にあり、これはおそらく、ケシの実。視界を奪われ心身を押さえつけられていてその分を補おうとはたらくのだろうか、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、が鋭敏になっているような気のされる。躰に喰いこむ繩、目と口をふさぐ布はどうも通常の材質それらではないらしく。電流をはらんでいるかの如く、かすかに肌を刺すに似た痺れを覚えていて。材質がなにか特殊、というのではなく、どうもそれらは一様におなじ染色をされたものらしく、その色素のはたらきであるらしい。あまたの花びらから抽出されたもの。いつ、どこであったか、目にしたことのあるらしい花々。大地に力強く根をはり、天を掴むかの如くたかく枝をのばす巨木。つややかな葉を繁らせ、さりながら葉が目にはいらぬほどの爛漫と咲きほこる花々。モクレンのようには花房のそうおおきくなく、びっしりひしめきあっているわけでもなかったったものの、うたかたの如く繊細でやわらかな花弁のひとつびとつが、淡い光をやどし。ホタルの光よりもかそけく。紫の。それは花粉でもあるのだろうか、黄金いろの砂子をうっすらこぼしていて。耳にとらえ得ぬほどの、ちいさな鈴をならすに似た音をかなでながら、馥郁たる薫りをともない。汚泥につかった身が、清流に洗われ、清められてゆくような心地。


 ふるべ ゆらゆらと

 ひとふたみよ

 いつむゆななや

 ここのたり

 ももち よろつに


ーー頭巾をおろし、自分のツラをおおうのを忘れるでないぞ。

 耀う紫の花々の香、いろ、音のかき乱されて消え、突如胸のあたりを鷲づかみにされる。真中を押しひろげられて。そうするのは手ではないし、道具でもない。肉体に対しおこなわれていることでもなく。霊体に加えられている力、ということなのか。亀裂のはいり裂かれ、外皮が開かれてゆく。肉の体ではないため激痛がおきたり体液が噴きだしてゆくことはないものの、本来切れたり開いたりするところでないためであろう、とてつもない違和感のなか。

ーーこれはッ。

 男がかすれた叫び声をあげ、

ーーうろたえるでないわッ、これしきのことで。

 老婆が叱責し、

ーーまぁしゃあないわな。これだけデカくて強いヒカリのタマシイはまずお目にかからへんからなぁ。頭巾ごしでこのまぶしさやから。

ーーこの頭巾も・・・・でなければ。

ーーカミユイで染めたもんやから、それでも直視できるが、ちゃうかったら目(心眼)つぶれてまうわな。

ーー失礼ながら半信半疑やったけど、まちがいなく、こんひとは、アメの神の・・・・

ーー頭巾もやけど、こやつを縛ってるもんもカミユイ染めやなないとあかんいうてたの、わかったやろ。カミユイ染めはいまや希少やからそんなんでつこたるはおかしい、いうてるやつおったし、メメ、おまえもそう思ってたやろしなぁ。

ーー・・・・それは。まさかこんなもんがおるとは。

ーーまぁええがな。それよりこんなん無駄ばなししとらんと、はよすませてしまわな。まわりのもんらが耐えられへんようなってまう。屏風たてて、体中かくして離れてるとはいえな。わてらかて、なんとか見られてるだけで、これに間近で当てられつづけてたらわてらのタマシイがやられてまうからな。ちゃっちゃと済ませてまうで。

 先ほどは外皮が切り裂かれてゆく感覚であったが、いまおきているのは内皮を切りひらかれてゆく感覚。肉体のそれとは明らかにことなるものの、囲炉裏で熱された火箸を押しつけられでもしているような痛みのおこり。それは加えられているものではなく、なかから溢れだしてくるもの。活火山に無理やり穴をあけて、湧きだし流れでる赤くとけた岩石流。ふたりの動揺がつたわってきて。老婆は中年男を叱咤して、ふたりして何ごとか声高に叫びたて、突きたててくる。ずぶりと喰いこみ、ずぶずぶ刺しこまれ、ずずッと刺し傷をひろげてゆかれ。心身ともに拘束されながらもタマシイを殺がれる苦、辛に必死になっても搔こうとし、声をかぎりに喚こうとす。断末魔はあげられず。そぎ落とされた一部分は、逃れようとしてか赫きながら飛びたとうとし、捕らえられ。

ーーはよう、あのカゴへ。

 老婆の金切り声とともに、燃えあがる鳥はひとつところに収監され、そぎ落とし抜きとられた者は異常な衝撃で混沌として気が遠くなってゆく。突きとばされくだりゆく奈落の途中で、欠けた部分にうごめく魑魅魍魎がとりついてゆくのを感じ。土砂まじりの泥にうもれゆくなか、心なしか、だれかの呼びかけてくる声のして。はじめて聞くような、それでいて懐かしい声。そのもののなのだろうか、手の見えて。救いだそうと、差しのばしてくれているのだろうか。つかもうとするが、届かずにきえて。マボロシで見た花びらのような紫にそまった、指さき。縋りつこうとする願い、望みだけをのこし。それもまた有象無象の織りなす無明のうちに呑まれ。


 アメのかくりよ

 ツチのかくりよ


「どないしたん。えらいうなされてたけど」

 濃霧から抜けだしたかのように目を醒ましたリウは、わきにいて上から気づかわしげなまなざしを落としてくるセヒョの姿を認め。厚みのある肩幅のひろい、ボウズ頭の厳つい容貌にふつりあいなあどけないくらいに無垢なる表情、双眸を見せていて。赤子のようですらある。もとより、いつでも、だれにでも見せる一面ではゆめさらないものであったが。一瞬の間におかれている状況をつかめず、ひと呼吸おくなかで睡りにつく前にあった出来事が速やかに立ちあがりきて記憶をつなぎ合わせてゆく。

「うん、なんでもない。なにかへんな夢でもみていたのかもしれない。おぼえていないけれど」

 セヒョから訊かれたのは、悪夢でも見たのかという、すくなくとも限定されたものではなく、それに気がつきつつ、あえて夢のことと捉えたかのように応え。実際に夢を見聞していた覚えはあった(むしろ睡りのなかで夢のなかった憶えがないくらいであった)が、いかなるものか雲散霧消してとらえどころのなくなっていて。それはこの場にいたる経緯を思いだしたからで、うなされていたとするなら目を閉じて見、聞きしたことがらにではなく、そのうつつでのことに対するものであろうから。

「ほうか、そんならええけどな。あんばいでも悪いんかな、おもったりしてな」

 にかッと皓い歯を見せ、喰いさがることのなくあっさり目線をはずし立ってゆく大きな背を、リウは起きあがりながら眺めていてかるく罪悪感のようなものを覚え。別段ごまかさなければならぬ内容でもないはずなのだが、何ゆえに吾は正直に語れなかったものだろうか。漆塗りのこっくりとした風あいの乱れ箱に用意されてあるキモノに手をかけながら。うちを紫、外に白をあわせてあり。薄手ながらすこしまえであれば二枚重ねなど暑くてたまらなかったろうに、袖をとおしてもさまで苦にならず、むしろちょうどよいくらい。雲に濾された朝の陽のおぼろに照らすなか、静かに屋根を、葉を、土を小雨の降りかかるなかにあってはなおのこと。やわらげられている地で鳴くカワズのうたうもひっそりとしたもので。雨だれの時おりしたたりて。セヒョの立ち去ったほうを見やり、スダレを眺めてそっとため息をつき。なぜ、シュガと出てゆこうと決めた矢先に。

「・・・・無事で、いてくれるとよいのだけれど。いや、無事でいるはず、いるべきだ、ぜったい」

 スケに対する自分の思いを修正しつつ、ささめく声で独りごつ。修正するところ、ゆらぎに若干の後ろめたさのはたらいていて、それによって引き出されるように浮かびあがる思いつきのあって。ひょっとすると、吾とシュガの逃走に手を貸そうとしたために拐かされたのだろうか、と。まさか、そんなことが。前日に腹をくくり、具体的な話のされる当日、というのはあまりに的確に先手をうたれたように思われるが、たまさかに重なっただけのこと、だろう。もし仮に先制されたのだとしたら、それはだれの仕業であるのか。天礼か、もしくは天長と祭司長か、いずれかの手によるものでしかあり得ないだろうが、いや、ほかに可能性はないものだろうか。彼らが計画を知り得たとして、はたして阻止するような真似をするだろうか。むしろ厳重に結界をはられ見張りもいるなかにいられるよりも、そこから抜けだしてくれた方が感知しやすく、よって追跡しやすくなり、捕らまえやすくなるわけで、飛んで火にいると好都合な状況になるわけで。なかんずく、厳重に結界がはられてあり霊的な力では感知し難い、どころかまずかなわぬようになっているわけであり、すくなくともあの屋敷内でのやりとりを外部から見聞できぬわけであり。そうなると。いや、まさか。やはり偶々あの折りにあったことで、共にいたカクも襲われ、負傷しつつからくも逃れられたというのだし。顔面のところどころ青く、黒く腫れあがり、唇の端に裂傷、片足を引きずるさまを見てもいて。なにを考えようとしているのか、吾は。混乱してか。確かに、思いの乱れているのは事実で。

「なんもいそがんでええけど、腹がすくとくよくしたりイライラしたりしがちやし、あさげとって。すこし庭をあるいたりしてみたらどないかな」

 湯気のたつ膳をはこんできたセヒョに、かるい調子でなんでもないことのように言われ。ほんのささやかなことを気にしすぎている、とでも言うかの具合に。もとよりそう見做しているわけでなく、励まそうと彼なりの、不器用な気づかいによるものであり、リウは察せていたため肯くも、やはりなかなか箸のすすまず。スケは無事であるのだろうか、等で。ゆうべキライから告げられた後、コヅキらの呼びだしで単身水戸やへと駕籠ではこばれてゆき、そのまま水戸やのはなれに住することに決せられ。天長と祭司長という可能性もなきにしもあらずだが、十中八九、天礼のしわざだろう。そうなるとリウの居場所を特定されている蓋然性が高まるわけで、ほかに別業がないではないが水戸やの関わりのものと知られてしまっているからには、つながりを辿れば居どころなどすぐにあたりがつくわけであり、それであれば本拠であるここからはなれずにいた方が良策ではないか、と話のまとまり。スケとカクが襲撃に遭い、ふたりとも連れさられそうになったのは、余計なことはしてくれるなという牽制であり、人質ということなのではないか。おかしな真似をしたら、分かっているだろうな、ということ。とにかく今は迂闊なうごきはとれない。おとなしく様子見するほかない、という話で。リウは気にかかりしも、口にできぬもののあって。複数あり、かつそれを訊いては、人品を疑うことになるのでは、そして無礼にあたり不興をかうことになるのではとためらわれたため。スケを助けだそうとするのか、ということと、いざとなったときに、シュガを引き渡したりしないのか、ということを。いや、幾らなんでもそんな非道なことは、すまい。杞憂でしかないこと。何ゆえにそういう非情な決断をするかもしれないと想定してしまうのか、吾は。そういう自分自身が、賤しいということに他ならないのではないか。昨日のきょうで落ちついて考えられない状態で、寝起きでまだぼんやりしていてもいて、セヒョの言うように腹中になにもはいっていないせいもあって、悪いように悪いように、恐れる方向に思いが傾いてゆくのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。いずれにせよ、不安になったり思いまどったりしたところで好転したりするものでもないわけで。

「そうだね。すこしでもツチにふれたりしたほうが、落ちつくだろうし」

 リウはセヒョに笑いかけてこたえ、庭におり。すでにやんでいた小雨は、ぬれた葉や花弁に精妙な光をおびさせていて。臥していた時分には爛漫と宙を彩っていたキョウチクトウの花はすくなくなり、ザクロの朱の花はきえ、サルスベリの花々はいまも咲きほこり。地に点々あでやかな灯りをともしていたアヤメ、カキツバタの姿はなくなっていて、キキョウ、フジバカマ、オミナエシ、ナデシコらが代わって色をさしていて、松葉ボタン、百日草は健在。石垣をはう青蔦もあったが、勢いはおさまっているようで。しゃがみ込み、ナデシコを眺めていて、思いは昨夜までいた屋敷内へとむかいゆく。高いところから低いところへと流れゆくようになだらかに。慌ただしいなかであったため、だれにも告げられずに出ることとなってしまい。都合よくニジが現れるものでもなく、縁の下をのぞいたりして呼びかけ、キライには水や食べるものを置いといてやってくれと頼みはしたものだったが。タマ、ハナ、トリ、カゼ、ツキにも。結局わらべらとはひと度も顔をあわせられなかったし。トリと交信を幾たびかはかってみたものの、室内それぞれにも入念に結界が施されてあるらしく遮断され。ただし、わらべらが屋敷内にいることは感じられてはいて。そして当然のようにシュガに告げてゆくことのかなわず。キライかだれかが、説明したろうが。狙いはリウひとりだろう、ということで、リウのみが移動し、シュガらは止めおかれ。用がないから、と追いやったりしないだけで御の字か。わらべらは水戸や(天授)に微塵もかかわりのないものらであり、シュガはかかわりがあるが芳しくない意味でであるし、吾が頼んだからこそ引き受けてもらえているわけだから。

 じっとりしめったやわらかな土にふれ。セヒョに言ったてまえ、ということもないものの、そぞろに自分で口にしたことの浮かび、先ほどの自分に気づかされ、うながされたような格好で。ふィリリリリと鳥のさえずりにもどこか似た音のふってきて。クサヒバリだろう。ふれたところから浄化されてゆく、だとか、一気に気が霽れてゆく、というような劇的な変化を、実感されることのなかったものの、けば立っていた胸のうちが、すこしずつすこしずつ均されてゆくような心地のされて。懐かしさ、というのだろうか。悲しさのあり、それでいてうれしさのあり。寂しさのあり、それでいてにぎやかさのあり。さまざまなものの入り混じった豊穣なものの、徐々に染みこむように感ぜられ。生きものの排泄物だとか死骸によってできあがるものが土であり。いわば死そのもののはずが、生命をうみ出し、育み、生かす。死であり、生であり。決して対立するものでも相反するものでもなく、ともにあるもの。おなじもの、とも言い得るのではないか。そんなことをリウは、考えたり思ったりというあらわな意識にあげることなく、ひとえに感じていて。さりとて達観しているわけでもなく、平静になっているわけでもなく。とりどりに起きるものを、てのひら当たる土砂となったものから受けとり、それはみずからの内におこりゆくものでもあると内観されてもゆき。形状が異なるだけで、おなじもの。いや、異なるというのは、吾という人の意識、思いが別けているだけのことで、なにも変わらない。吾、というひとつぶ。ひとしずく。巡りゆき、還りゆくものの、ひとつの過程でしかない。おおいなる循環のなかで。その循環というはたらき、そのなかに、いや、そのものが神という。

「雨・・・・」

 ふいに手のこうにしずくの当たり、目をあげると黒雲のなくそよ風のふき。うごいた拍子にぽたぽたとまたぞろこぼれ落ちてくるもののあって。自分がでに気のつかぬうちに、涙があふれ出していて。何によるものであるのか掴めぬものの、それは土のようにとりどりなもので構成されているもので、掴み得ぬものだととらえることはかない。せつなく、愛おしく。こんなときに、であるのかもしれないが、こんなときだからこそ、でもあるのかもしれない。こんなとき、どんなとき、でもなく、常にあるものではあり。

「会いたい・・・・」

 と叫びだしたい思いで、つぶやく。何ゆえにこう離れることになってしまうのだろう。一緒にいられないのだろう。彼もまた、思ってくれているというのに。妨げるものは天礼の側のものなのだろうか。それでいて、天礼がなければ、もしかすると存在していなかったのかもしれぬのだ、シュガは。意識にのぼせると、止めどなくあふれ出してきて。土を見つめながら、それでも声を殺しつつ震えていると、

「どないした」

 深々とした響きの男声とともに、背におおきな手ののせられ。たまゆらの間、父親かと思い、そんなわけがなく、セヒョだと気のつき。袖を目にあてて、ふり返らずに、

「なんでもない」

 と、絞りだすように濡れくぐもった声でこたえると、

「なんでもなくないやんか」

 とすこし苛立ちのふくまれたもの言いをされたかと思うと、背後から抱きあげられ、軀をまわされて太い腕のなかにおさめられ。厚い胸に顔をあてられ。草いきれを思わせる体臭。オバナとオギのたなびく野原を、抱えられ、ときに肩車されて分けいってゆく光景のよみがえり。あれがオバナ、あれがオギだと教えられるもその違いがよくわからずに。ひと茎ずつ折りとりわたされて、手にとり見るも、それでもよく見分けがつけられず。からから気持のよい笑い声をあげた壮年の男は、区別がつかなくてもなにも困らないしな、という意味のことを北の地の方言で言い。区別しなければならないことでもない。おなじ草にはかわらぬしな、とつづけたもので。

「どうせ、あいつのことおもってたんやろ」

 力強いが、うなじと背にあてられた厳つい手は締めつけてくるでなく、そっと添えられていて。そういうところにも父を連想させられ、なんの警戒心もわかず。心根の澄み、あたたかな人であることは承知してもいて。

「オレやとあかんか。やつみたいに、おまえをひとりで泣かせるようなまねはせえへん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る