第122話 結い結われ

 北へ逃げるおなごがたった一人で。髪を短かく切りほっかむりをした男装。その手ぬぐいもキモノも黒や茶のくすみくたびれたもので、よくよく見なければ、よもやうら若く、朝つゆに濡れるスズランーー耀うつゆだとか、なみだを思わせる花びらのーーのように楚々とした涼やかな麗しさをもったものだとは見ぬけなかったことだろう。いや、よくよく見ても、かもしれぬ。手や鼻や首、外気のふれる、つまりひと目にふれる部分には炭をなすりつけて、ぬめるような滑らかで艶のある肌を隠しもしていたものだったものだから。見る人が見れば、その凜としたたたずまいから並みの者ではないと分かったことだろうが、見る人というものはさまで多くはないし、そういうものがそう気やすく声をかけてゆくものでもなく。そういうものであっても、薄汚れたものの強い意思の宿ったまなざしから若人とは思ってもおとめとまでは気づくものはさらに稀であったろう。寝起きする場所には不自由したものの見とがめられたり、追いはぎやその他もろもろの危険に遭うことなく、比較的順調に北のほうへと足を運べていて。ときに荷馬車に乗せてもらったりしながら。揺るぎない確信をもった足どりではあったが、ツテも当ても、これといって目的地も定めず、ただひたすら北へと進み。定めようにも繋がりのない未知の場にむかっているわけで、なんの繋がり、しがらみのない場を求めてのことであったから当然といえば当然のことであり。

 不安も後悔も砂のひと粒ほどもなく。じぶん自身が決めたことであったから。さりとて後ろ髪ひかれる思いがひと筋とはいえなくはなく。それは母や父や祖母や大伯父など親族だけにでなく。親族になったやもしれぬ人にも。ふた親をはじめ一家眷属から物言いがつき反対されることは目に見えていて、実際匂わせたとき、それはおなごにとってはそのつもりであったが、周りからしたら告白に等しいもので、父親は激昂し、月が欠けきったところから満ちきったところまでとおなじくらいの期間を外に出ることを禁じられたこともあり。それもあって意地になった部分もあるのかもしれない。おなごはものともせず貫こうとすればそうできるだけの胆力を備え、いざとなれば一族のなかでの実力者であり隠然たる発言権をもつ大伯父が味方してくれると予測してはいたが、いかんせんその相手となる者が控え目にすぎ、それは立場上そうしつけられ身についたものであり詮ないことではあるものの。おなごは、その若人の心根のこまやかさ、あたたかさに惹かれたもので、そしてそれは一方的なものでなかったからこそ、結びあわさることとなったわけで。さりながら、身分不相応からためらう若人のために出奔したのでもなく。ある意味、若人とのことが関わっていたわけではあったが。ために不安や後悔はなく、ひと筋の未練があるばかりであったが、それは自分ひとりにおけるものでは。身に宿りし生命のことを思えば案じられ気がもまれして。この生命のためにこうすることを決めたわけであったが、はたしてその決意がよかったのか、そうでないのか。いや、良し悪しなどどうでもよいのだ、無事に水に洗われ、日の光を浴びさせられるだろうか、吾ひとりで。

 都ではモミジがまだ青々した時節であったが、すでに早、色づきはじめた土地にまで足を踏みいれていて。その時分には塵芥とアカで全身うす汚れ、肉も削げおちてきていたため装わずとも人の好んで寄ってくるような心配はなくなってはいたものの、隠しようのないほどせり出しはじめていた腹部。躰はおもく、怠くはあったが、健やかにカタチを成しのびゆく生命に悦びを日々感じつつ。同時にかたまり増しつつある責任感から、これからいかにして生活を成り立たせてゆくかという思いもつよまってきていて、それは憂いにすらなりかけることも時にあり。この子のため、とすべてふり捨てツチの神の導き、加護があると信じながらも、揺れさざめいてしまう。利発で向こうっ気がつよいとはいえ、わらべからようよう抜けでたくらいの年端で、ゆくゆくは一族の後継として下にも置かぬあつかいをされて育ったわけであるからやむを得ぬこと。さりながら大丈夫だという確信、信念がやはりあり。それは代々うけ継がれてきた信仰もあるものの、みごもったと感じたたまゆらの間に受けた啓示ーー然り、啓示としか言いようのない白光にきらめく光景がイナビカリの発する瞬間に見え、というのか感じて受けとり。そして覚る。天授とともに排斥されしツチの女神リル。この身に宿りしものが、女神リルの力をこのうつし世に表出させるはたらきをもつ存在なのだと。可愛がってくれた大伯父からよく聞かされたもので、間もなくわれらが仕えし神に近いものがこの世に現れるであろう、もしやするとそなたの娘か息子かもしれぬなとからかうように言われたりしたものだったが、口調は軽口ながら予見していてのものであったのかもしれぬ、とも思いなされもして。天長、祭司長側が嗅ぎつけ、粛清に乗りだしたことを知って、なお。芽のうちに潰しておきたい、可能であれば芽の出ぬうちに、ということ、それだけ彼らにとって脅威な存在となる恐れを抱いたということで間違いなさそうだが、そこには天授側からすれば再興の旗印とされることもふくまれていると考えられ、身に宿しものに体質マリヤは同族をより危惧したわけであり。

 時おり疑問に思うことがあり、それはツチの神に近いものが現れるのであれば、アメの神に近いものも現れるであろうということで。天長、祭司長の粛清の対象はその子もふくまれてあるのかもしれない。ただし天長の世継ぎとして誕生するかもしれぬわけで、であれば何もツチの神に近いものが現れてもいたずらに騒ぐ必要などさらさらないと思われ、いや、世継ぎとして出ることなどないという確証があってのことか、アメの神に近いものが出現すること自体知らずただただ脅威になるものが現れるらしいとしか受けとれずに恐慌状態に陥っているのか、マリヤには皆目見当もつかないことではあったが。彼らか、何ものかの手にかかってしまう蓋然性がありはしたものの、そのアメの子も無事に産まれ育ちゆくのだろうと直感され。この子とおなじく。

 そして導かれたのだろうか、裏手にちいさいながらもカミユイの木のたつ家とゆき会い、そこにいたのは心根のあたたかな誠実な若人で。朴訥であまりに誠実であったため、祖父母も両親もなくした後遊びもせず(できず)ひとりでいたなか、ゆき倒れに近い状態で引きとられた格好で。よこしまなことを一切せずに献身的に看病されて。マリヤが痩せ衰えうす汚かったということもあるかもしれぬが、そうでなくとも同意がないことはせぬ人であるし、あってもしり込みするような奥手なやさしいさを、マリヤは相手のまなざしだとかゴツゴツした硬くおおきな手から感じとることのかない。その貧しい家の一員となることを、マリヤから申しで。慣れぬ環境、生活のなか出産し、家事労働をしてゆくなか、この子はいずれ、アメの子と引き合い、めぐりあい、結びつくのだろうと感じることの多々あり。女神リルの使いである白蛇からもそう暗示を受けもしていて。そしてマリヤのなかに大伯父からきかされた話や、白蛇からうける映像や音声、それまでに日々うけ感じていたもの、その地に流れる風や水、人のかもすくうき、それらが縦に横にゆきかい、芽がのびゆき葉をなし、つぼみをなし、花ひらき、つぼみ実をなすが如く無何有に楽の音の降りゆきこと葉のつむがれ織りなされてゆき。

 リウ。・・・・


 ごっちゃなわらす、玉もてではる


 ひんのわらすはくれえ玉


 すいのわらすはしれえ玉


 玉こばはこぶはおっがねぇ


 おっがねぇかみくだきもするニジの神


 はこぶはアメとツチとのゆうとこさ



 かっちゃのリルのふところさ


 ひとつにすべってツチならす


 サッコラサー


 サッコラサー


「シュガ」

 通じないのかもしれないと思いながらも呼びかけて。顔面が迫りくる。咬み裂かれ、砕かれるのだろうか。相手のにとっては無意味な声を発する口を始末するために。いや、のど笛を狙ってなのか。恐怖など微塵もない、と言えばうそになるが、そうであるならそれを受けとり、受けいれようと、目を閉じずに待ちうける。そして咬みつかれ砕かれ、吾がいのちの流れ落ちようとも、ほかの生命に手をかけさせるような真似はさせない。絶対に。数多の傷から噴きだし飛び散り落つる血液、八百万のケモノどもの断末魔。豪雨と雷鳴による轟音のなか、リウは閑かな気持で、透明なみなもへシュガを映しだすように眺めていて。シュガのくちびるが開き、犬歯の冴え冴えとひかり。

「・・・・う、か・・・・」

 ぽつりとこぼれ落ちる声。攻撃的なほえ声、うなり声ではなく、ハクモクレンの葉がひとひら舞いおりてくるようにそっと穏やかに、こと葉の葉脈を成していることの理解でき。聞きとれぬながらも。双眸に理性の光が見えもして。ふっと力の抜け、後頭部からカイガラ骨のあたりが床に落ちつく。その反応から打撃にそなえ構えていたものだと、自身が緊張していたことに気のつき。なにを言おうとしているのか、まなざしで問いかける。

「リウか。リウなんだな」

 返事をしようにもリウは声を出せぬ状態でーーなにも喉もとを押さえつけられたというのでなく、むしろ肩にあてられた手の力のゆるみ、下半身から足を除けられていたくらいでありーー、いや、出しはしたがささめきほどしかかなわなかったため、肯くしぐさをし。実際のところ、後頭部をすこし浮かせてもどすというだけの動きにしかならなかったのだが。肩のあたりから緊張がぬけたとたん、胸のあたりがゆるんで、あたたかな清水が滾々と湧きだし、せり上がってきていたために。眼界をくもらせ揺らし、あふれ出しコメカミを濡らしつたいゆく。

「あ、すまん。痛くしたかッ」

 咄嗟に離れようとする腕に手をかけ引きとめて、首を左右にふって見せ。その拍子に、花びらのうえを転がりおちる朝露の如くきらめきながら水の玉がいくつもいくつもころがり落ちて、床に散り。うれしく悦びのゆえ。またぞろ乗っとられていたわけでないこと、なかんずく生存していたことに。何ゆえに吾は彼の腕にすがるように触れていて、おもてを隠さず背けもせずに泣き顔をさらしているのだろう。ふと目が醒めたように冷静になりおのれを見るも、実際のところ冷静でないことはそんな自分を瞬時に把握できぬことが証明していて。ひたすら離れてほしくなく、そばにいて触れ、触れられていることに安らぎを覚え。安らぎ、のみならず滾るものもあって。すがりつく手に重みのかかり。吾知らず引きよせていて。訝られる気色を読んで、自分がでになにをしようとしているのか分からないものの止めようとはせずに。とめどなくあふれだし上りゆくあたたかな泉。渾々沌々たる思いの渦にのまれるように。それは外部のなにかにそうされているのだろうか。いや、おのが内から湧きしもの。おのが求めるものだ、と認める。スダレを巻いたヒモを解いたように抵抗のなく倒れきて。

ーーいったい、どうしたんだ。

 イナズマが絶えたのか遠のいたのか、雨の勢いがゆるやかになったものか、問う声のけざやかに聞こえ。静謐な空間のなかにいて。それはもしかすると喉をとおし発声されたものではなく、思いを直に渡されうけとったものかもしれない。声帯が泉水にひたされて発することのあたわぬリウは、今にも覆いかぶさるようにしてあるものにしがみつき、ゆかないで、と胸のうちで訴える。何をしたいのか、どうしたいのかおのがことであるのにすっきりしたカタチに纏められなかったが、それだけ強い思い、衝動ということでもあり。目睫の間にありながら、腕を突っぱらせ密着させない姿勢をたもつシュガからためらいが伝わってきて、

ーーよいのか。

 そなたを損なってしまうかもしれぬ、という恐れ、怯えの含まれたもの思いを聞きとり。それはつい先ごろまで彼のなかに巣くわせられていた有象無象の魑魅魍魎の猛毒が接触相手を害してしまう危険性が高かったから、ということもあるらしかったが、そもそも彼のタマシイの力が強すぎて相手に異常をきたさせてしまうことを忠告されたことがあったようで、また、感覚的にも自覚があるからであるらしいことを、彼のためらいのなかからリウは感じとれ。そのため常にだれとも一線をひき、深い接触はしないできていたらしいことをも。傷ましくはあったが、一方うれしさも滲み、大丈夫安心してと包みこむ。こころ持ちで。そして腕を広げ脊梁に手をまわし。

ーーずっと、会いたかった・・・・

 答えになっていないようなものを胸のうちでつぶやくと、力の入っていた彼の腕、脚がほどけてのしかかって来られ熱い重みをうけながら、それはなにも彼と出会って育まれていったものだけでなく、この肉をまとい誕生するよりさらに遡ったところものだという直感のしていて。いや、直感というのか、いと懐かしく。布をとおした熱と鼓動と、肌と肌と、髪と、息と、しがみつきしがみつかれる腕と脚と。重なり合う感触に、いと懐かしきもののあり。それは表層にあるものではなしに、奥に秘められてあるもの。地中深くにある水源。ふたりはそれを無意識下で知っていて、無我夢中でツチを取りのけてゆく。知っている、それが求め、到れるという証しでもあり。塵芥死骸あらゆる層のなかをぬけ、それらを身におび通したなかで醸造された白蓮の如く澄みわたる水。互いを潤し潤わせする生命の水。シュガに残るためらいをリウは引きこみ、みずから彼のうちの焰に身をとうじる。紫にそまった指さきが、暗がりのなか花びらが舞うようにひらめき。

 掘りあてたものは熱い水。湯気をあげて噴きだす飛沫は、はてしなく砕けた翡翠の粒子の如くきらきらしく散りゆきつづけ。温水の奔流がとかし、ほぐし、拓きゆく景色。そら色のした玉塵におおわれた光景で、目に痛いほど煌々と陽をかえし、あたかも日輪のうえにいるような、いや、そのなかにいて包まれているような思いのする。降りてくるやわらかき結晶体。蒼穹を見あげると、純白の雲がところどころにうっすりかかるばかりで灰のかかったもののなく。風花であろうか。それにしてははらはらと幾重にもゆらめき降りてきていて。可憐なシマエナガの羽根だろうか。それにしてはあまりに多く、さえずりもないようだけれども、とふり仰ぐと、張りめぐらされた枝が見え、ハクモクレンの花が爛漫と咲きみだれていて。盛りのすぎたものがつぎの段階へすすむために、衣にあたる花弁をつぎつぎに脱ぎすててゆく。然り、花脣がふっていたもので。それでいて触れるとうたかたの如く、ふっと手ごたえなく散り失せ。澄んだかそけき音をたてて。これは一体なんなのだろう。雪のようであり花びらのようであり、雪でもなく花びらでもなく。そのゆらめく欠けらのひとひらひとひらも陽光をかえし、眼底も躰のすみずみまで隈なく白光に照らしだされ何も見えなくなりそうで、平衡感覚がゆらぎはじめたこともあってまぶたを閉じて。てのひらを上にむけたまま。心なしか、手のうえにかすかに積もりゆく感覚。そっとうす目を開けると、紫にひかるものの見え。指のさきなのか。いや、それにしては範囲がひろく。艶やかな紫の花のかけらで。降りかかり頬や頸すじをやさしく撫でゆくものも。はっとしてふり仰げば、黄金いろにきらきらしく照らし耀う紫の雲のたなびきて。燦々と咲きほこるカミユイの花々の下にて。なめらかな肌の巨木。張りだした箇所もあり、地中深くまでのびた根から吸いあげるとともに伝わり漲るものは、ツチの神のいつくしみ包みこむ思い、願い。姿は見えぬが、さまざまな生きものの気配があちらこちらからして。さえずり、鳴き声、はばたき、もぐったり探ったり打ったりする音。とりどりのもの音を背景に、絃のはじかれ、笛のふかれる妙音のして。馨しい風にくるまれ、恍惚として眺めひたっていると、切り裂かれるような痛みが躰を突き抜ける。この樹、神の気の権化は切り斃されたのだと覚り。それではこれは往事のようすなのであろうか、それともうつし世ではとり去られながらも、この世界ではまだ存在しているということなのか。分からない。太くなめらかな幹に手をあてこうべを預け、突きあげほろほろとあふれ出てくる涙で濡らす。草木に塩けをふくんだ水はいけないだろうか、いや、うつし世のものでなく、吾のものもマボロシであるのかもしれず平気だろうか。そう幽かに思いながらも、流れるままにまかせていて。

「どうした。痛むのか」

 戸をひき、扉を排し、二重に開けてゆく抵抗感をへて覚醒してゆくさ中、うって変わってうす暗く、湿りけをおびうっすりカビ臭い空気、沈んでもの音のしないところにいることを感じ呑みこんでゆき。そして横たえられた幹のうえに肌をあてている自分を見いだす。巨木というほどではなく、腕がまわるほどの若木。なめらかで、軟らかさぬくもりがあり、麝香を思わせる匂いをさせて、鼓動をうち。そして、いまの声は。・・・・うすく目を開いて、濡らしたシュガの胸にひたいや鼻をこすりつけるようにして首をちいさく左右にふってみせ、

「ごめんなさい」

 と濡らしてしまったことを謝し、

「いや」

 かまわない、と後頭部からうなじの辺りを熱い指でほぐされるように撫でられて。雷鳴はとうになく、いつの間にかやんだのか、弱まったのか雨音は絶え間歇的に雨だれが地をうがつ音ばかり。屋根のしたいるらしく涼やかな音をたてるカネタタキ。確かに痛みがある部分があり、肉体としては快さよりも苦痛のほうが大きかったのだが、みずからが望み求めたものであり、さなかには心、タマシイが悦びにふるえ、事後のいまは満たされていて。胸に耳をあて、巡りゆく流れを聞きながら、外界では雲居にかよい路ができ、陽光が射しだしたことを感じとられる。天からのきざはしにも見える光の束。ツクツクボウシなどの虫の音が湧きはじめ、にぎやかにカワズが鳴きかわしはじめ。

「あの、ひとりで来たわけではなくて。はなしをしたりもしたいので・・・・」

 安らかにまどろみのなかに運ばれてゆきそうになり、ゆきたくもありながらも、状況を思いおこし、踏みとどまり。何時タマか、もしかしたらセヒョが踏みこんでくるやもしれぬのだし。ゆめさらあくどいことをしているつもりはなく、やましくて隠したいという気はさらにさらさらないものの、羞じらいというものよりも、大切なものをむやみやたらと他人目に晒したくない、秘蔵したいという思いのつよく。たがために身を離れることのかなったのかもしれないほどに。リウ自身聞きたいこと、話したいことのあるような気のされて。どうして解散をすることにしたのか。そのまっただ中はどうであったのか。これといって大きな傷は見うけられないが、何か損傷はないのか。みなはどうなったのか(これはあまり関心がなかったが)。それらは雑談にちかい表層部で、ほんとうに聞かせてもらいたいのは、彼が天礼に何をされ、何をさせられていたのかであり、天礼はなにを求めてうごいているのか、具体的なことで。さりとてセヒョやタマたち、天授の者らが知りたいことも混じっているわけだから、何もふたりきりの今ここで問うこともなさそうで、なにも言う必要のなく、こうして目を見交わしているだけでよいような気のされて。いや、それだけで良いではなく、それだけが良いのかもしれない。結び結ばれしているときが本来の姿、であるように思われもしていて。それは吾ひとりでないと、確信のかなう彼の双眸の色つや。惜しみつつ離されて、ふたりともにそれなりに身支度ができたとき、木戸になにかの当たる音が数回。かるくたたいてのもの、訪いきたるものがあるらしいと察して。タマかセヒョが来たのだろうと、リウは起ちあがり戸にむかうと、

「ごめんやすぅ」

 聞きおぼえのない、しわがれた声のして。

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