第121話 雨のなか

 アセビ、ヒカサキ、ムクゲ、ニチニチソウ。繁茂したとりどりな藪が、おののくようにざわざわと震え。ニチニチソウの花のけざやかな群れと、ムクゲの花のやさしい点々とがゆれなびき。チョウだとかガが大量に群がり飛び(そういう場面を目撃したことのなく、あるものか分からぬけれど)鱗粉が濃厚に舞い流れるように彩りがあたりを染めているようにも見えて。清流にはこばれる染め糸のいろだとか、紅い花びらのようにも。然り、染めているのかもしれない。翳りだしたあたりを少しでも明るませようとしてなのか。穹窿がみるみるうちに厚くおもたげな黒雲におおわれてゆき。硬く伸びた穂のほどけ広がったススキのひと群れが、老婆が乱ぐい歯をむき出しにし咆えたけり、黄ばんだ白のおどろ髪をふり乱すが如く荒れなびき。

「なんやろ、さっきまでめっさお日さんさんさんで、きゅーやなく、くもひとつないくらいやったのになぁ」

 むかい風のなか、顔のあたりに腕をあげて抗いながら進むタマに言われ。風圧によろめきそうになりながらも耐えて歩んでいたリウは、なんとも応えられずにいて。好天だったろうか。すくなくともうす暗くはなく、風もこう強くはなかったような気のされ。確かそうなはず、と遠い過去の出来事であったようにおぼろにしか思いだせず、それは記憶力の急激な低下、ということではなく思いだそうという気持自体が湧いてこず、のみならず歩む足にもたしかな力が込められず、なけなしの力をつかっているために返事だとか回想(すぐさっきのことではあるが)にまでは回りきらずに機能不全している状態でいて。さりながら強風のなか、タマ自身必死に近くいたため訝るようす(余裕)もなさそうで。

「ほんとうに、急になんだろうね」

 睡りから目覚めたてに似た具合で、やはりどこかで正常な認識はできているらしく同感できてもいて、思いだしたようにかろうじてそう応えたものの、返事にしてはあまりに遅く、力ないか細いものでもあったため、さらにつよまる風にかき消され。セヒョは付いてくるつもりであったが、話があるとトリに引き止められたもので。正常に認識できているところでは、タマに、そして、トリやハナやカゼやツキに訊いたり確認したいことがいくつかあったのだったが。たわいのないところでは、タマがゲンタとおハツについて不快感を示していたが、なにかあったのか、ということ。そしてこれは主に、トリとハナとカゼとツキに求める答えであったが、イルカという女わらべに覚えがないか、ということ。そしてまた、タマにのみ問うこととして、トリとハナとカゼとツキの肉体的成長があまり見うけられないという印象のこと。タマは見ちがえるほどすんなりと肢体が伸びゆきしているというのに。いや、タマが異例として伸びゆきしているために、共にならび見ると変化の度合いが分かり難いというだけのことであるのか。ただし、そういう問いも片隅で滞っているばかりで、出でてゆくことのなく。押しこめてある、というのか、どんより垂れこめ頭、のみならず四肢全体に纏わりつきのしかかっているものが、思いも考えも手足も停滞させている気配のあって。タマと会った刹那からそれは胸に生じ、徐々に濃く厚くおもく広がりゆき。

ーーおるはおったんやけどなぁ。せんないことやけど、もう少しはよう会いにきてもろたら、よかったかもしれんなぁ

ーーおカシラさんに会うんやったら、もうひとあし早くこられていたらよかったんやけどなぁ

 タマとトリの言った共通する文句。つまり、手遅れということなのだろうか、訊きたかったのだが口にできず。口にしてしまえば、その瞬間氷結してゆくように事実と化して動かしがたいものとなり、亀裂がはいり崩壊してゆきそうな恐れにとらわれてもいて。そう深刻なようすではなく見うけられたし、ハナとカゼとツキもそうであればあのように常と変わらず朗らかでいはしないだろうし、また、現実そうであればまっ先に教えてくれるのではと冷静に判断できている部分はあったのだが、その部分は大きくなくて、立ちこめる影におおわれ曇りもして。あえて明るく、動揺させまいといたわり振るまってくれていたのではないか、とも思われもしなくはなく。それならそれで、はっきり告げてもらった方がよいのだが。いや、やはりそれは耐えられないだろうか、どうだろう。吾のことなのに、吾のことだからなのか、分からない。もし、もし、あり得ない(あってほしくない)けれども、万が一そういう状態だったとしたら、今からいずこへと誘われているのだろうか。まさか、いや。・・・・

 しろムクゲの揺すぶられて悲鳴をあげ。セミやチョウやトンボやアリやカマキリや鳥たちは、どこかに避難できているのだろうか。ニジも。息をするのも困難なくらいの烈風になぶられながら、ぼんやりと思い。なにものにも侵されぬ静謐な、無風の空間が存在していて。揺るぎなく透徹した目で見、波紋ひとつ立てず蒼穹だとかまわりにあるものをありのままに映しだす湖面の如き心。いかに雲がゆき過ぎようと、草花が散ろうとただ、ひたすら閑かに映しだし。疾風にあっても凪いだまま受け流し。移りゆく景色、事象、目にうつるものうつらぬもの、森羅万象が鳥影のようにすべりゆくばかり。何ものにも影響をうけぬ箇所。さりながらそこはあたかも、深山の鬱蒼たる草木をかき分けかき分けしてゆかねば辿りつけぬほどの奥にある。奥にあり、見方をかえればそこを雑多なものが埋めているということでもあり、みずからでも気づかぬほどうっすりその存在が感ぜられるばかりのところで、要するに全体で見ればざわつき騒がしくさざめいていたところが大半を占めていたということで。ために今見えている光景が、外部で起こっていることでなく内部で起こっていることのような気もされていて、いや、そも別のものではないのかもしれないとすら思え。こちら側が勝手に線引きし、区切りというものをでっち上げているだけで。

「・・・ぐ、やで・・・・」

 不意に左手くびにぬるりとなま温かいなま魚の腹のような感触があたり、愕きはね飛ばしそうになって辛くも堪えて見ると、タマの手に掴まれていて。タマだとかまわりにあるものが目路にはいりながらも、眼球の表面にうつっていただけで認識できていず付いてゆこうと意思もぬけてぼんやりと行く先でない方へむかいそうになっていて、直すため手を引かれたのだろうか。耳を聾さんばかりの風の巻きおこす轟音により、タマからなにか言われているらしいが、それがなにか聞きとることのあたわず。そちらではない、しっかり付いてきて、とでも叱りつけられているのだろうか。聞こえないと素振りで知らせ、耳を近づけると、

「もうすぐ、そばやで」

 目的地が間近ということを教えてくれていたものらしく。分かった、と肯きを返事とかえて、タマの指ししめした方に目をむけてから、一体なんだろうと小首をかしげさせられて。頭上はるか上から鈍くとよもす、重たき球体をころがしたるが如き音。今のところはかすかな音量ではあったが、躰の内側にまで反響するような震えを感じ。あれは、クイだろうか、棒きれだろうか。吹きつけてくるもののため、手を顔のまえに位置させて細めた目で、前方に見えてくるものを眺めやっていて。点々と土まんじゅうがあり、その上に突きたてられし長細き棒、いや、板。板、板、板。それらが何であるかしるく認識するまえに、動悸のはじまり。あそこに広がるのは。・・・・幼きみぎり、母に抱かれて父とともに行った場所。ヤマザクラが満開で、空いろにとき色と萌葱いろの雲のかかり。ウグイスの啼き、風爽やかで。香のけむりのなかを進んでゆく。お祭りのように賑やかに人びとがいて、ただし着飾ったり唄ったり踊ったりするもののなく、お供えものをして手をあわせて。おのおのの家に、かつていた者を偲んで。然り、塚。どうして塚へむかっているのだろう。ふる里の思い出のところと異なり、人っこひとりいず、荒涼たる雰囲気で。あそこが目的地だというのだろうか、まさか。まさか、と否定しながら、片手で胸もとあたりの布をぎゅッと握りしめる。そんなわけがない。そんなわけがないとして、仮にもしそうだとしたら。・・・・先ほどより大きくなる雷鳴。穹窿はドブネズミいろ一色に埋まり、うごめき。どれかひとつにシュガが。めまいを覚えよろめきながら塚のほうへと歩みよってゆき。と、肩を叩かれ、

「そっちやないでえッ」

 声を張り上げるタマ。ここでなければ、では何処にいるというのか。そして何処にいないというのか。はたして会えるのだろうか。ぴたりと脚のとまり。往きたくない。引き返したい。待ちうけている現実とむき合うことに、墨の液をぶちまけたように不安と恐れがあふれて、前身に行きわたり動きを鈍らせて、足がすくむ。こわい、怖い。強風になぶられ、ムラサキに稲光がし、雷鳴のとどろき。地がとけて天もとけ、崩れさってゆく、ような不安定さに襲われて、しゃがみ込んでしまいそうになり。ゆくな、と止められているのではないか。もし、万が一のことがあったら、耐えられない。目をつむり。漆黒の闇のなかへもぐり込んでゆく。カッチャ(母さん)。どうしたらいいんだろう。どうしたらいいの、また大切なひとが。

ーー聞きなさい。

 いずかたよりか声のして。くっきり明瞭に聞こえ、コヅキの語るものだと分かり、そばに来てというのではないとすぐに覚り。

ーーどんな結果であれ、しずかに、くもりなきまなこで見さだめる。それしかない。

 どんな。でもそれがもし・・・・であれば耐えられません。そう胸のうちで応えると、

ーーいずれか分からぬものを、望まぬ予測を立てていたずらに怯えるだけ、ましてや逃げだすことが賢明であろうか。なにかにつながるとでもいうのか。まずは、そこへ赴き、得手勝手に決めつけるのではなく、そのときの結果、そこで生まれた感情を見つめればよいだけのこと。

 でも。・・・・

ーーその恐れることを信じているのか。望んでいるのか。無事な状態に会えるよりも。

 いいえ、なんでそんなわけが、といささか憤慨し反駁しようとして気のつく。芳しくない方向に予想をつよく振っているということは、あって欲しいことよりもそちらを信じ、望み願っているということに、かたちの上ではそうなってしまうのだろう、と。そのとき、あたたかなものが胸のうちに流れこんできて、黄金いろに輝きを放ち前身隅々までひろがり染みゆく。そして母のあやす優しい唄声のして。


 ごっちゃなわらす、玉もてではる


 ひんのわらすはくれえ玉


 すいのわらすはしれえ玉


 玉こばはこぶはおっがねぇ


 おっがねぇかみくだきもするニジの神


 はこぶはアメとツチとのゆうとこさ



 かっちゃのリルのふところさ


 ひとつにすべってツチならす


 サッコラサー


 サッコラサー


 唄声とともに、澄んだ龍笛のしらべがして。シュガの奏でし笛の音。目を開くまえから、背を叩かれていることに心づいていて。母のあやす手ではなく、幼いくらいに若い女人のやわらかな手。間近にいるタマと目をあわせ、もう大丈夫と目でうけ合って、力強く歩きはじめて。きっと会えると思う。そしてどんな状態であったとしても、受け入れられるし、受けいれたい。なにも迷うことなどない。無垢なる赤子のようにいればよいだけではないだろうか。こころ持ちのかわったせいか、天候に脅かされているような気にはならなくなり、むしろさばさば心地よくすら感ぜられてきていて。塚のある場所のすぐそばに陋屋が見え。烈風に揺さぶられている。ここではないか、とリウが思うと、はたせるかなタマからそこに誘われ。戸を引いてうちにはいり。暗がりのなか、ほんのりカビくささの漂い。

「うちはここでいったん戻るわ。みんなのようす見たいし、着いたでて報告しとかなあかんしな。なんもないとおもうけど、なんかあったら呼んでくれたらええし。ほら、トリちゃんとなら離れててもはなしできるんやろ。いそがな雨ふりそうやし、ほななッ」

 ほなな、て。返事を待たずに走り去るタマを見おくり、ひとり置きざりにされぼう然と立ちつくし。愁嘆場に居あわせたくなくて避難したのだろうか、と邪推がにじみ出してくるも即うち消し。しいてそうする部分もあったが、そうしやすくさせるだけ朗らかな口調とようすでもあって。駆けてゆくさまも。まるで、ごゆっくりとでも言うかのように。邪魔者は席をはずすので、という具合に。ゆえに余計奇妙な思いにとらわれもするのだったが。戸だの壁だのが叩きつけてくる風にがたぴしと揺れ、すき間から吹きこみ音を立てているほかには、もの音らしいものひとつなく。ヤモリや、ガや、ネズミなどが潜んでいそうではあるものの。突如として訪れた空白の時間に、室内にむかいぽかんと宙に目をおいていたリウは、打ちつけたべつの轟音に胸を突かれ、はっと辺りを見まわしふり返り。大量のこの実が落ちてきたような、大粒のヒョウがふってきたような、それらが屋根にあたっている音に似ている、然り、主に屋根あたっているらしいと躰のむきを変えている最中に心づいてはいて。天より噴きだした水の渦、と思いあたったときに瀧の如く降りしきり地面を連打する豪雨を目撃して。幾重にも連なる極厚のノレン、いや、ぶ厚い壁。水流により成せる。タマは濡れずに無事にもどれたろうか。ともかくもあの子はもうここにいないわけで、このあばら屋に半ば閉じこめられような状況で。人としては吾ひとり。いや、ひとりではなく、なかにシュガがいるとのことだったが。怯む思いはまだあったものの、呼びかけながらあがり框に足をのせてゆき。雨音で届かないだろうと、さらに大きな声をあげ、

「・・・・あの、大丈夫、ですか」

 さりながらそれはリウの感覚での大きさであり、さまで大きいとも言えず、ためにであろうかいらえに反応のなく。もしかしたらあったのかもしれぬが、やはりこちらにも届かぬだけであるのか。無言で、無断に乗りこんでゆくような後ろめたさも抱えつつ戸をあけてゆくと、むかいの壁のそばを見て、胸のあたりを絞られるような感覚が走り。燈もなくしるく見えはしなかったものの、人が横たわっていることは分かり。先ほどまでの不安や恐れや怯みはなんだったのだろうか。なにか考えたり思ったりする間もなく、馳せよっていて。

 くたくたくたと膝からくずおれるようにしゃがみ込んでしまう。しろ無垢の布が顔の上にかけられ、茣蓙の上に横たえられていて、微動だにせぬ肢体。両手はわきに配置せられていて。左手に巻きつけられてある布。負傷したものらしい。負傷した箇所はべつにもあるのかもしれぬが、見える部分では左手のほかに布をまかれてはなく、朱く滲みでているところもなく。左手にも。出血がとまっている、傷が塞がっているのでなくて、もう出血すらしないような状態であるということなのだろうか。屋根や壁を叩き潰しにかかってきているような豪雨と、アメツチを切り裂くような雷鳴とのとよもし。イナズマがはしるたび、顔面や左手の布が暗がりのなかに浮かびあがり。あたかも動いているようにさえ見え。リウは震えながらも再度、シュガの頭に目をやり。もしかしたら、面貌に酷い損傷を負っているのだろうか。かけられた布をとり、見ようか、いや見たいという気の湧き。いま気のついたことだったが、白布がかけられているのは鼻梁までで、鼻腔や口が露出されていて。あたかも息を妨げないようにしたかのように。しっかり被せなかったか、すき間風ででもそうなってしまったのかもしれぬが。

「しっかりしろ」

 リウはこぶしを握りしめ、みずからを小声で叱り、奮いたたせ。面相に傷があるかどうかより、生命のともしびが消えているのか灯っているかを明らかにすることこそ、まっ先にすべきことではないか。右のてのひらを、シュガの口もとへおそるおそる近寄せてゆき、あッと動転し叫んでしまう。手くびに咬みつかれた痛みに引きもどそうとするなかで、床から頭が上がっていないこと、掴んできているものは手であることを見てとり。さりとてそれで安堵できるわけもなく、混乱しながらとにかく逃げだそうと藻搔くなか、顔に布をかけられた者がそのまま起き上がってきて、くみ伏せられて。のし掛かられて両肩、下半身を押さえつけられ身動きがとれなくさせられ。布がおちた面ざしは、紛れもなくシュガだと分かる面貌で。細かな傷はわからぬが、大きな損傷はなさそうで。さりながら、はたしてこの人はシュガで間違いないのだろうか。肉体、ではなく、中身が。有象無象の憎悪、悲憤、殺意、等々の禍々しい怨念の容れ物にされていた時期が永くあったわけで、またぞろ、と恐怖がよぎり。あのとき、洞穴のなか、彼を認めたときには躰の浮き押し上げられていて。シュガのゆん手ひとつで頚を鷲づかみにされ、狩った獲物を誇示するかのように軽々と。なにがあったのか咄嗟には判断できず呆然としながらも、喉に喰い込んでくる指を外そうともかぎながら状況をつかみゆき、離すよう声をもらす。シュガの形をした者は、力をゆるめることのなく、うなり声しか出すことのなく。リウは発声がまともにできなくはあったが、聞こえないわけがなく、なにを言わんとしているのか伝わらぬわけのなく。・・・・前回はどうやったものか吾ながらつかめぬものの、それらを吾が解放し得たものらしいが、ふたたびかなうものだろうか。そも、彼の思い、こころ、タマシイは残っているのだろうか。残ってなくて動かすものがなくなれば、ただ朽ちてツチに還るだけのものになってしまうだけではないのか。そうであるのなら、何も止めるようなことをしなくても良いのでは。そう思うと同時に、少なくとも四肢はシュガであるものに殺められるのであれば、それはそれで本望なのではないかとむしろ手にかかりたいと望む気持に傾きながらも、いや違うと思いなおし。みずからの息の根を惜しむ気はさらさらなけれども、躰をつかわれているだけにしろ、いや、だからこそでもある、他を害することに使わせたくない。断じて。今まで散々つかわれてきたではないか。意思だとかタマシイを持ちながら。そしてタマシイを損ない、苦しみながら。なんの存在にそうさせられてきたのか。稲光が射し、閃きあらわれたシュガの面貌を認めるやいなや、うちにもイナヅマが走るが如く、けざやかに照らし出され見えてきたもののあるような気のされ。彼をよいようにつかっていた大元にいるのは天礼。そしてここ最近の世を騒がせているあらかたの糸をひいているものも、また。その主要なはたらきのなかにイルカという女人もいて。さらにまたシュガを利用としようとしているのだろうか。させるわけにゆかぬ。でも、どうしたら良いのだろう。相手の昏い眸子を見つめて。うちなる閑かな間が、染みとおるように広がってゆき、躰から力を抜いてゆく。どうしてやろうとか、こうしてやろうとか、そういうものはいらないのではないか。ただひたすら、見えてくるものを、ありのままに認めてゆくだけで。先ほどコヅキからの念で告げられたものが勘違いでなければ、いや、勘違いというのか幻聴であったとしても、見さだめてゆけば佳いだけなのではないだろうか。吾にあたうことと言えば、それくらいであろうし。 瀑布に、ナルカミの咆哮し。ムクゲ、ニチニチソウの花を散らし、騒々しく荒れくるうなかにあって、無風で凪いで水底までくっきり見えるほど澄みわたる心境。仮にいかなる目に遭わされようと、形骸だけであろうとシュガであることには変わらず、シュガにであればなにをされてもゆるせ、受けいれられるし、受けいれたい。そして諸共に吾がうちに封じよう。とこ世で待っているだろうから。

「シュガ・・・・」

 リウはささやき、呼びかけて。目のまえにいるものに対してなのか、ここにはいない者に対してなのか、ともかくもたったひとりの、かけがえのない人にむけて。

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