第102話 都の水

 ゴマギ、ヤマアジサイ、ハマクサギ、ケンポナシ、フサザクラ、サイカチ、ヌマスギ、カツラ、ヒルギ・・・・とりどりな樹木の梢をわたる若葉いろの風。木洩れ日。セミの声はなく、遠くからカッコウの声のして。せせらぎのふちの、流れのゆるやかなところにはミツガシワのしろい花やコウホネの黄いろの花のほころびて。そのわきで運ばれてゆく木の葉や花弁や虫の死骸や。時折カワセミが燦めきながら突き破りする内には、アユや微生物やらの息づき。突き破られながらも、みなもは瞬く間に何ごともなかったかのように間断なく流れゆく。菫青石いろや翡翠いろに変転しつつ。その飛沫が、飛沫ととらえ得ぬほどの細やかな粒子となってか、風にうるおいと涼味のおび。たずねいるみやまの奥の里ぞもと吾がすみなれしみやこなりけり。リウは川べりの岩に腰をおろし、目を伏せていて。まつげを微細にゆらしゆくそよ風。閉じはせず、水の方をむいてはいたものの、かといって水の流れに注意をむけていたわけでもなく。さりながら眺めてはいて、朦朧としていたわけでもなく、ただ目下にある川にばかり視覚や聴覚、意識をむけていたわけではないということで。腰から脚にかけてふれる岩、鳥や虫の音、水や土や大気やおのれの躰や。それらは別たれたものであるようでいて、それはあくまでも個としてしか認識し得ない人間の内部での切り取り、分断でしかなく、ひとつの、ひとつのということ自体愚かしい、森羅万象は区切りも別もない営み、であり循環。見方をかえれば、愚かしさ、卑小さすべて包み込む、それも紛れもない一部であり。ゆきすぎる虻。葉陰にとまる蛾のヒメシャク、アオシャク。毛虫、青虫。地中に棲む、モグラやらミミズやら。見えず聞こえず触れえずするような微細なものまで、おのが身と地つづきに感ぜられ。いや、おのが身の内におこることと感ぜられ、おのというものが薄らいでゆくようで。身内のひとかけらであるものが傍にいて、それに手という部分にふれられて。

 ふれられたときに、手という認識がうまれ、相手の手が重ねられていることを知り、そばに人がいたことが記憶が甦るように気づかされ、いまの自分というもの、自分のおかれた状況が現れていでて。潜っていた水中からあがったおりにするように、リウは深く息をつき。ひと呼吸終えるまえに気をとり直し(もどし、か)、となりをむいて、あッと思わず声をもらしそうになり。漏れでたのはため息のようなかすかな声ばかりで。シュガの双眸と合い、交わる目線。どれくらい、もの思いにふける、もしくはぼんやりしていると思われるであろう状態に自分はあったのだろうか、と。シュガは、淡くもの問いたげなようすで、

「昨日からさまざまあって、くたびれているのかもしれぬな。・・・・聞いていなかったろう」

 攻める調子のゆめさらなく微笑みながらではあったものの、どうやら何か話しかけられていたらしいと気がつき慌てて思い出そうとするも、確かに聞いていないといえるさまであったことには違いなく。正確にいえば聞いていなかったわけではなく、彼の話すことのみならず、すべての音を、ことを区別することなく受けいれしていたわけではあったが。そういう状態であったことをリウははや半ば失念し、また仮に覚えていたとして伝わるよう言語化することはかなわなかったろうが。思い出しようがなく、謝ると、ふれられた手を握られ、

「届かなかったのなら、届くまで投げればいいだけのこと」

 そうだろ、と目で言い笑いかけられて。肯き、自分がでになぜか泪ぐんでしまい、そんな自分に戸惑い羞じらいうつむき。肯きながらも、すべて丸々肯定したわけではなく。吾に届かないことなど決してない、君の投げたものが。そう言いたかったが、口に出すことあたわず。実際覚えていなかったわけだし、それに言わなくてもそれは届いている(伝わっている)のではとも思われて。せせらぎの傍からアオジの地鳴きらしい音。いや、アオジのものより水気をたっぷりふくみ、より高く、といって耳に障るようでなくまろやかに染みるような鳴き声。水際からであり、カジカガエルにちがいなく。

「・・・・申し訳ないが、また龍女にいってもらう」

 こうべを傾けた姿勢のままさらに落とすように首を縦にふってからはっと思いあたり、おもてを上げて、

「まえシキガミだとか、タマシイを切りわけて付けてくれていたらしいけれど、もうそんなことしなくていいからね。大丈夫だから」

 話しの中途で口を挟んでしまったことに今さらながら気がつき、また、厚意を踏みにじっているように取られるのではないかと焦りが生じ、

「あ、あの、べつに迷惑だとかそういうわけではなくて。助けようとしてやってくれたはずだし、助けられたと思うけど。自分の身は自分で、守れる、かどうか・・・・守ることにするから、大丈夫だから。自分に負担をかけるようなことはして欲しくない」

 慌てて言い、やはり喉が本調子にもどっていないため掠れて詰まり、咳こんでしまい。たなごころを背に当てられて撫でられて。手のこうから外されたこともあり、両手で口を覆い咳を抑えながら見やると、心配そうではあっても不快そうな色の見えずーー内心のところはどうかはともかくーー、いくらか胸をなでおろし。落ちついてきたときに、シュガが口をひらき、

「そうだな。もうしない。する必要もなさそうではあるしな」

 全身の波立ちがおさまっていたもののたなごころは背をながれ続け、

「つよいからな。ことによると、吾よりもずっと」

 揶揄われているのだろうかとリウは刹那思うも、相手の顔には笑みこそあれ、おどけた色の微塵もなく真剣なまなざしをして、

「だが、約束して欲しい。もう無茶なことは決してせぬと」

 彼の籠もっていた洞穴にはいっていったことを主に念頭においての発言であると、すぐに察し。命令口調だとか高圧的な気ぶりはゆめさらなく、むしろ哀願するような調子ですらあったが、リウは即答できず。肯いて安心させてやるべきだろう、させてあげたいという思いが衝きあげてはくる。さりながらもやはり、

「約束は、できない。大事な人が危険にさらされていることを知ったとき、自分の身の安全だけをはかるだとか。そんなこと・・・・。無茶なことをするな、というなら、させたくないなら、無茶なことをさせないようにして・・・・」

 と、言い終えるまえにがばと顔面を覆われ途切れ。ためらいながらつかえつつ、吾ながらたどたどしい言い方だと思いながらも必死になって言い。生意気だとか不快にさせるのではーー不快くらいならまだしも傷つけてしまうのではないかと恐れを抱きつつのなか。聞いていられないとぶたれのか、はがい締めにされたのか。視界を塞がれたなか、ぼう然とし硬直するも、どこも痛くも苦しくも、かゆくもなく。顔に押しつけられている木綿の布地。布越しにつたわってくる体温、鼓動。匂い。

「ほんとは、あんなとこ行かせたくない。一緒にいたいんだ」

 背にまわしたシュガの腕に、指に力がはいり、締めつけられ。喉から出る声、同時にふれている躰をとおした声が身内に響き染みいり。かすかに驚きながらも、判っていたことのような、いや、内心望んでいたことであるからそれがあたかも現実であるかのように思いなされて自然なことに思われもしたのか、もしくは囚われていた彼を助けにいったときのことを思い出してか、既視感というのか懐かしさもあり。はるか彼方にもこのようなことが、ひとつであったことがあり、ようよう会えたような感覚もあり。なかんずく胸のうち震え、彼の背に手をまわし、こと葉もなく肯いてみせ。離れたくない。いずこへも往きたくない。居場所は、ここでしかないはずだから。・・・・

 ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。清らかな水草をゆらし、白金いろに光る小魚をはぐくみ、おもてでは草の葉の舟をはこび。空や日や、草や木や花の影、ふたりの人影もうつし。とどまりたることなく流しゆくそこには、優しさや慈しみ、請い求めながらも離れねばならぬ切なさもあるのかもしれず。さりながらそれは、留まっていては得られぬもののため。ふたりの望むかたちになるための必要不可欠な道程。いかに別れようとも、ひとつ処にゆきつく。そう信じて。清澄で豊かな水のはたらきに見守られながら、ひとつになっていた人影が、ふたつに割れて。われても末に。一方は緑濃い山にのこり、一方は乾いた里におり。

「ほんまに、ええ思ってるお人が、いたはるんかッ」

 乾き土ぼこりのあがりやすい往来に立ち、弁じたてている者がひとり。頭がながくどこかヒョウタンを思わせる形状の造作で、手足がひょろひょろ長く細い。その手足をしきりに動かし、薄い眼をぎらぎら光らせ、ツバを吐き散らし力説しているさまは、海にいるというタコというものがかくやと思わされもして。名指しは避けながらも、今の天長や祭司長にまつりごとを任せていてはたしてよいものだろうか、というもので。過激発言を堂々とするため興味を集めるのだろう、人だかりがしていて。いつ検非違使が現れるか知れず、そうなったらただでは済まないだろうが、あらかたがすぐに逃げられるよう気を配りながらではあって。上手く離れたらば自らの身の危険は避けられ、どうやっても避けられぬものが一人あるという状況は、もしかしたら弁じたてている内容よりも嗜虐的嗜好を刺激されて人を惹きつけるものなのやもしれぬ。

「北では饑饉がおこり、南では内乱がおきてるいう。天災はまつりごとを行うのんが過ちだいうてるってことやないかッ。天災だけやないし、このおひざ元でもやんな。なんや知らんけど、自分らの都合のわるい子らを始末しとるやんなァ。自分らではやらんで、賊にやらせて。自分らは関係ないて。関係ないなんて、下々までだれもおもわへん。いわれへんだけや。で、あのお偉い方々のとこには夜な夜なヌエっちゅうけったいなバケモン出て、悩ませてるらしいやん。ほんまに偉い、天を統べるのんの子孫で地を統べるよういわれたアラヒト神なら、そんなんチョチョイノチョイなはずやないけぇ。なんでなんも手出しできんくて、寝られへんねん。アホとしかいわれへんわ。バケの皮がはがれた、うんにゃ、聖なる皮がはがれて、なんやらでくの坊が現れたってかんじやなぁ」

 ヒョウタンはさらに種々言い立ててから、

「それでもそれなりな生活はできてるやんな。それはな、あの追放された清い方が祭司をとりおこなってくれてるからやそうやでェ」

「それは、天礼さんのことかいな」

 人の群のなかから声があがり、

「そや。追いだされても、怨むことなく民草をおもい、平安を祈っててくれてるらしいわ。そやから、まぁあてら都にいるもんも楽やないけど、それなりにやってゆけてるっちゅうわけや」

「それってあなたの感想ですよね。それとも天礼さんの身内なんか」

 半畳を入れるものがあり、一部笑いがおこるも、

「ちゃうに決まっとるがな。このツラがそんな高貴にみえるんか。なら、わてが言うてることおかしい思うんか、なぁ、みんなちゃうと思うんか。そうやって揚げ足とりばかりして、なにがおもしろいっちゅうねん。なにになるっちゅうねん。やり込めてやった、てじぶんが気持ようなりたいだけやろ、そんときだけな。みんなのこと、うんにゃ、じぶんのこと、じぶんの周りのことだけでいい、チャチャいれて悦にいってないでこれからのこと考えてゆかんへんか」

 そう弁舌が巧みというわけでもなさそうではあったが熱意によるものだろうか、反発する声、嘲弄する声に怯むわけでなく突き放すこともせず臆せず取り込んでゆき、厚みを増し勢いを増ししていっている風情。セヒョと共に都におりたリウは、返辞をするため直に水戸やへゆくこととし。途中、人ごみを目にして、セヒョも関心をしめし、しばし見物人に混じりしていたもので。セヒョは虚無僧のいでたちで笠をかぶっていたため表情はかくれてはいたものの、苦笑していて。よくある、大言壮語をはく手あい。こういう手あいは、しょっ引かれたら泣きをいれ許しをこい、萎れおとなしくなるのが常であったが、ただそれは呑み屋でのくだを巻いての放言であることがほとんどであり、酔っぱらっているようすもなくましてや昼日中に人の繁く往き来する場所で、という者は希ではあったが。身分の後ろ盾があるような身なりでなく、集まる常人(町人)とかわらぬようにしか見えぬし、腕っぷしに自信があるようにもとても見えず、腕っぷしとは関わりなく内面が剛ということもあろうけれども、どうもそうとも取れぬところがいささか不可解ではあり。風癲であろうか。

 リウはセヒョと異なる見方で、異常性を感じることのなく、かの人自身の思いなり考えなりを訴えているようにはとても思えなくて。どう見ても、お膳立てされた舞台で、用意されたセリフを精いっぱい発している演者にしか見えず。発している文句と、その人のたたずまいの間に、乖離があるような気がされてならなくて。巧みにノリされて切れ目のない自分のものと見せてはいるものの。ためにリウは、なんのために演じているのだろうと、そちらが不思議になり見ていたもので。そしてその印象は、見聞したもののみにあらず、シュガから聞かされた話も影響しているようで。要は、天長と祭司長ではなく天礼にまつりごとを任せるべきだと訴えているわけだが、はたして天礼に代えたところでどうなのだろうか、と。

「行こか。こんなんくだらんもんにいつまでもかかずらわってたら日くれてまう」

 セヒョに肩を叩かれ促されてきびすを返し、その向きをかえる間にしろい花弁のつらなりが視界をよぎり。道の辺にてっぺんまで咲かせてすっくと立つ、タチアオイの花。日をはね返しのび開く花々。喧噪から離れ、清廉に、誇りかに立つ姿。惹かれ、しっかり向かいて見ようとしたとき、

「きゃッ」

 と声のあがり、左のわき腹のあたりを打たれ。衝撃にうッと声をもらしてしまい、よろめき。出しぬけのことに、疼みというより愕きでぼう然自失。セヒョに押さえられ倒れずにすみはしたものの。一体、なにが。見やると、小柄なわかい女人。いや、わかいというより幼いくらいの人で。なにやら様子がおかしく。

「すんません、えらいすんません」

 しきりに頭を下げてくるのだが、その仕種がどこか不自然で。両目にあたるところを布で覆ってあることに気がつき目を見はるも、杖をついていることから得心のゆく。

「大丈夫ですよ。あなたこそ、お怪我などありませんか」

 小柄な上、小作りで、手脚が細くはかなげで。

「へぇ、おおきに。おつかいの帰りやったんですけど、説法聞こえて気をとられてしまったさかい・・・・」

 注意散漫になってしまい打つかってしまった、ということらしい。杖をもたない片手に、風呂敷包みをかかえていて。通常であってもよそ見をしていたりして誤り当たってしまうということはあり得ることで、かつ人集りがしていることは分かっていたろうし、もしかするとリウが動きださなければなんでもなかったのかもしれない。間合いが悪かったといえるし、相手ばかりに責任がある筋合いのものではなさそうで、いやことによるとこちらにより非があるようにも思われてきてリウは気の毒にもなり、送りましょうかと申しでると、

「へぇ、おおきに。慣れてますさかい、平気です」

 かるく頭を下げ、杖の先で地面を探りつつ、意外にはやい歩調であゆみ去ってゆき。その後ろ姿を眺めやり。いずこかで小女として使われているようすであったが、わらべと言っても無理のない年齢で、ハナ、ツキ、カゼと変わらないくらいではないだろうか、そして同じくままならぬものを抱えてのことで。そうでなくとも下働きは楽ではなかろうに。胸を締めつけられるような思いをするなか、またぞろセヒョに促されて進みはじめ、

「ほんまお人よしやなぁ」

 と笑われて。呆れが幾分ないことはなさそうであったが、慈しむような愛おしむような気配がつよく。その反応にリウはさまで気にとめず、まぁと曖昧に応えながら、まだ胸にのこった像を見つめていて。気にかかる、というものであったが、それはいとけなく、かつ枷を負う身で、ということももちろんあるにはあったが、そればかりでなくて。その場では気にならなかったものの、離れてみて印象を改めて見たとき、なにか引っかかるものがあって。見覚えも聞き覚えもあるはずのない、面識のない者であったことは明らかではあるものの、いずこかで見かけたような、その声を聞いたような気のされてならず。そう感じていることが、不可解でもあり。何かと、誰かと勘違いしているのだろうか。とりとめもなく既視感をもつことがあるが、そういうたぐいの意味のないことでもあるのか。夢の中ででも見聞したものであるのか。両方ともあり得そうなことではあり。


 いちじく にんじん さんしょに しいたけ

 ごぼうに むかご なすびに やまいも

 きゅうりに とうなす


 姿は見えぬが、こんな日の照りつけるなか毱つきをしているわらべがいるらしい。それも二人はいるらしく。暢気に楽しくしていられるのは何よりのことで、暑さにも負けず遊べる元気も好ましいところだが、大丈夫だろうかとすこし案じつつ、大股のセヒョについて足早にゆく。アブラゼミが鳴きしきり、瘦せたイヌが蹌踉とさまよい、大気がゆれ、逃げ水が現れては消え現れては消え。タチバナの樹を過ぎて角をまがったとき、リウははっとして足がすくみそうになり、歩がゆるみ。大きな門構えの店が見えてきて。人の出入りの繁く、休むことなくなびきつづけるのれん。それは紫紺であり、水戸やという文字が染めぬかれてあり。返事をするため、と都におりるにあたり勇をふるってまっ先にむかい来たったわけで、オオダナということも承知していたはずであったが、実際にその店構えの豪勢さ、にぎにぎしさを前にして怯んでしまい。断るだとかなんとか、それ以前に自分のような田舎ものの、奴隷ともなり下働きをしていたような者が足を踏みいれてもよいものだろうか、と。全くの人違いでしかなく、すぐに気づかれて追いだされるのが関の山ではないだろうか。もしくはあれは夢のなかの出来事でうつつではないのに、うつつであると吾が思いちがいしたものであろうか、そうかもしれぬ。日に熱せられたせいもあろうか、朦朧としてリウは立ちつくす。どうしてここはこう空気がうすいのだろうか、と思う。川も流れてはいるが人工的で生気がうすく、地はかわき水気のうすく。水が欲しい、と声にならぬつぶやき。ゴマギ、ヤマアジサイ、ハマクサギ、ケンポナシ、フサザクラ、サイカチ、ヌマスギ、カツラ、ヒルギ。あざやかな翠のいろ豊かに。とりどりな樹木の梢をわたる若葉いろの風。木洩れ日。セミの声のなく、遠くからカッコウの声のして。せせらぎのふちの、流れのゆるやかなところにはミツガシワのしろい花やコウホネの黄いろの花のほころびて。そのわきで運ばれてゆくとりどり。時折カワセミが燦めきながら突き破りする内には、アユや微生物やらの銀いろに息づき。突き破られながらも、みなもは瞬く間に何ごともなかったかのように間断なく流れゆき。菫青石いろや翡翠いろに変転しつつ。その飛沫が、飛沫ととらえ得ぬほどの細やかな粒子となってか、風にうるおいと涼味のおび。たずねいるみやまの奥の里ぞもと吾がすみなれしみやこなりけり。みなもに映るふたりの影。吾は、とはなす静かな声。清冽な水の流れ。樹木のつらなり。木漏れ日と、みなもの返す日光が、ほほ笑み、真摯なまなざしの若人のひたいや頬や眸子をきらめかせ。いまは遠く離れてしまっている人。呼びかけながら、気の遠くなりゆき、そのなかで見えるものを振りはらおうとして、リウはその場にくずおれる。切れ切れに見えるは闇、ゆらぐ火、誦する声。シュガ、シュガ・・・・


 いちじく にんじん さんしょに しいたけ

 ごぼうに むかご なすびに やまいも

 きゅうりに とうなす

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