第101話 かごめかごめ

「・・・・いずれにもせと、こうして無事に」

 男わらべがつぶやくように言い。錆利休のいろの香が四畳半ほどの室内に漂い、壁に戸に床に、寝床にも染みいっていて。寝床の足もとの方向の先にある隅に、飾り気のない簡素でちいさな香炉があり、そのうちに焚かれてある沈香。数週間前より絶え間なく焚かれてあるのだそうな。これは他人のものを奪うなぞ不当な真似をし手にいれしものにあらず、商いでもとめたものであるとのよしで、病床にありしものがいくらかでも気を安らげ和らげできればという気づかいによるものらしい。病によるもののみならず、住み家とせしところを襲撃され、幸い直接的に身体における被害はまぬがれたものの、避難のためやむを得ずとはいえ洞窟内での寝起きをさせられたこと、そのうちでもなかんずく精神的負担となるものがいくつも強く重なったことが引き金となったらしく、一時昏睡状態に陥ったりしたことがあっての、ささやかな、いわば治療行為のひとつである(その気味のつよいものである)ようで。横たわってある男わらべ、トリはいまは小康状態をとりもどし、相変わらず瘦せて青白い顔をしてはいるものの、上半身をおこし、ぱっちり両目をあける素振りで微笑んでみなに顔をむけ、ことにリウとシュガに繁く心の眼をむけている気色。そして開口一番、何ごとか口ごもると、誰にともなくつぶやくように言ったもので。リウとシュガに対して言っているものととるのがごく自然な成り行きではあったが、それは自分自身のこと、報告というのか感嘆でもあるのかもしれず。ふたりに注目しているものは、トリに限らず、ハナ、ツキ、カゼ、そしてタマ。その室内にいる全ての者らでもあり。もっとも、やはり肉眼において見るということと、心眼で見るということの違いがあってか、タマひとりはちらちら頻りにリウの手ぬぐいのまかれた頚に視線が集まりがちで。爪が喰いこんだ部分からだろう血が出ていて、とはいえ噴きだすほどではなくにじみ出たものが固まっている状態で、タマは愕き不審をもちながら、なんでこんなとここんなん(赤黒く痣ができるほどに)なってるん、と訊きながら頚全体を清潔な布を塗らして拭き清めると、オトギリソウやらヨモギやらスカカズラやらゲンノショウコ等で作ったという生薬を塗り、手ぬぐいを巻いてくれたもので。さすがに塗ったそばからみるみるうちに癒えてゆく、ということはないにしろ傷口に沁みることなくすっとひんやり心地よく、草の香りのたち、爽やかで。草原のなかにいて、若草いろの風に吹かれているかのような思いの去来し。草むらにしゃがみ込み、手当たり次第にむしったりしていた幼きころの記憶が幽かによみがえったものか。

「それにしても、おかしらさん、えらい軽うならはったなぁ。別人みたいや。そうおもわへん?」

「そやねん。リウにいさんに会えるのも、おどろき、モモのき、サンショのき、やけど、なんやらずいぶん雰囲気ちゃうくて、一瞬だれかわからんかったし、なぁ」

 ツキが肯きながらふたりの女わらべにふると、ハナとカゼも首を縦に振りあい、

「えらいええ塩梅やね、どないしたんやろ」

「憑きものが落ちたみたいに言うけど、特大の憑きものがごっそり落ちたみたいなかんじするわ」

 タマはリウの頚だとか、他に怪我だったりがないかを主に気をとられていてシュガをろくすっぽ見ていず、改めて眺めいり、

「そうなん。そう言われればそうなんかな。なんか雰囲気がかるく明るくなったかんじはするかなぁ」

 そう言いながらも、胡散臭いものを見るような面つき。トリらの言うことが妥当か否かでなく、リウの傷にはシュガがすくなからず関わっているのではないか、シュガがやったのではないかとすら直感していたからなようで。さりながら、リウとシュガを見るとゆめさら険悪な気配は見てとれず、むしろ和やかで睦まじく、つよく太くつながりができているように見え。目を見交わしたり、触れあったりしているわけでもなかったものの。それはそれで苛立つ部分がなくはなく、いや、先にそれがあるために邪推がはたらいてしまっているものだろうかと確信をもてず揺らいでしまうのだったが。


 かごめかごめ 籠のなかのとぉりぃは


 いつもかつもお鳴きゃぁる   


 八日の晩に つるつるつっぺぇつた


 ・・・・・・


 戸外から、わらべらの戯れ唄う声のして。

「数日、寝こんでたやん。じぶんではひと晩くらいのかんじするんやけどな。そんときやけによう、鮮明にみた夢あってな。妹おった言うたことあるけど、その妹がようけ出てきたわ。別れたときより、大きゅうなってたな。生きてたら、あれくらいになってるんかな。なんやら、寂しそうで、哀しそうで、辛そうやったわ。浮かばれてへんのやろかな、て」

 トリはうつむき、かけ布団をつかみ。

「そんなことないんちゃう」

「そやで、悔やんだりしてないおもうわ」

「聡い子やったんやろ。未練のこしたりしなかったおもうわ」

 ハナ、ツキ、トリが口々に言い、それは多分に励ましや慰めで、言い方をかえれば気休めではあったが、そんななか、

「・・・・もしかしたら、実際にうつし世に生きているのかもしれないしね」

 とリウは発言し。掠れながらも、発声にはそう不自由のない状態。そう感じて、というわけでなく、同じく励ましたり慰めたりしようと思わなくもなかったものの、空々しくなくそうすることのなんとも難い内容であると口をつぐむことを択んだはずであったのだが。それが吾知らず、口を突いてでたものであり。ために吾ながらはっとして訝り、慌ててトリを見やると、気をわるくしたようすもなさそうでほっとして。それにしても、なぜそんな、思ってもいない、軽率な、不謹慎にすらなってしまいそうことを言ってしまったものか。


 ・・・・・・


 ひと山 ふた山 み山 越えて


 ヤイトを すえて やれ 熱つ や


 なべの なべの そこぬけ そこぬけたらどんかちこ そこいれてたもれ


「そうかもしれんね。ただ、それはそれで、夢んなかの気もちでいるんやったら、切ないな」

「ごめんね・・・・」

 リウに謝られ、トリはツムリを左右に振ってみせ、

「生きてくれてたら、もちろんうれしいんよ。ただな、辛い目にあってなければええなおもって」

「生きているのが仕合わせ、っていちがいには言いきれんしな。むしろ生きてるほうが。てか、生きてることが・・・・かもしらんしな」

 タマがトリの言を引き取り、言い。むしろ生きていない方が果報であるかもしれないと暗にふくんでいるように感ぜられもして、だとすれば黯然とさせらる部分もありはしたが、それに対する感情はともかくーー感情、ここでの自分のそれは感傷にすぎないのかもしれないーー、うつし世では紛れもない事実であるのだろう。それをまだわらべといえる齢のタマらは知っていて、年上である吾は知らず分からずに。赤面しそうになるリウ。

「・・・・たしかに、もしかって思わなくもないんよな」

 妹が生きている可能性があるのではないかとトリは、希望としてでなく感じているようすで。祭司長の手によるもので視界を奪われ、能力の発達した一部の選りすぐりの他はおしなべて生きたまま風葬の地であるところに捨ておかれ、そこから拾いあげられたのが、トリでありハナでありカゼでありツキであったが、トリは妹と一緒でなかったのだろうか。もし一緒であれば、もろともに連れていったろうと思われるのだが。さりとて、この場でそれをトリとシュガに問うのはあまりに無神経な気のされ、さすがに控え。


 かごめかごめ 籠のなかのとぉりぃは


 いつもかつもお鳴きゃぁる


 ・・・・・・


「ヒロミも、かごめかごめが好きやってんで。あ、ヒロミて妹の名やねん。かごのなかには、なに入ってるおもう、ってよく聞いたりしてきたもんで。ヒロミになに入ってるおもう、て聞いたら、どえらいもんやとおもうって笑ったりしとったなぁ。どえらいもんか。どえらいもんかもしれんな・・・・」


 ・・・・・


・・・・ つるつるつっぺぇつた


 そこで不意に歌声がとまり、かん高い声の応酬がはじまり、ひとりの泣き声が響いてきて。


 なーかした なかした おーかしらに いぅたーろ


 あいつが足ふんだからやろ。わざとやないやん、それでなんでカミ引っぱらなあかんねん。聞こえよがしの喚き泣く声は耳朶を刺して来、キーキーギャンギャンいがみ合うものではあるものの、いとけない声でがんぜないやりとりであるせいか微笑ましくも聞きなせ。幼きものどもがたわいないことで騒いでいられるのもそれだけ、この場が平穏であるという証左であって。砦から家屋は、さまで破壊等はなかったため、襲撃後間もなくみなもどり、ここでの生活を再開したものらしい。ただし、砦の出入り口である木戸は常に締め切ることとなっていて、シュガがリウを伴い来たったときも、合図の文句とくちぶえをあげるまで、容易に戸を上げることのなく。声だけで分かりそうなものであったが、それではならぬと頭領であるシュガがそうとり決めたものらしい。かつ、常時ではないが、ハナ、カゼ、ツキの三人娘があたう限りそばにいて、戸の外にいる者が怪しいものでないことを確認させるようにもして、洗濯などで出ることを禁じはしないものの、その場合は必ず最低三人で往き来することと定められ。今のところはそれで問題なくまわっているらしい。不便さに対する不平はなく、仮にあったとしてしばらくは口にできはしないだろう。頭領の親しいふたりが亡くなり、女房連のまとめ役であるおハツのつれ合いが大けがを負ったことから、おハツが積極的なこともあって。

「・・・・で、リウはもどってくるんかな」

 不意にタマが切り出す。リウと、主にシュガにこうべを向けて、睨むに近いつよいまなざし。シュガの眉毛があがり、眸子があがり。不機嫌そうでなくにこやかで、さりとて我関せず焉というような素振りでもなかったものの、ぼんやりと考えごとをしているようにも思考を停止させているようにも見えていたもので。この室内に入ってからというもの。躰というか、心に大きな変化があってのものででもあろうか、緊張がほどけ、半ば無意識的にそういう自分に馴染もうと集中している過程であったのかもしれなくて。

「もどる、か」

 シュガがひとりごつようにぽつりと言い。思いもかけぬことを出し抜けに問われて、咄嗟に応えられぬ体。そう見えなくもなかったが、確かに心ここにあらずであった部分は否めないにしろ、そういう疑問がもたれるのは決して不自然なことではなく、実際前々からタマからシュガは訊かれていたことでもあり、応えられることがなにもない、という方が異様ではあって。感触としては、その問いの中身ではなく、まずは問いかけのこと葉の意味、もしくは前提から見直すべきものがある、といった気ぶりも見えなくもなく。案じているらしくあったが、それはいずこから語り出したら伝わりよいものか、という点においてのようで。タマは急かすでなく待ち。

「腰をおるようでかんにんやけど、だれだか来よったようやで、おかしらさん」

 トリが言いだし、この家屋に訪れてきたものがあっるのか。おとなう声だとか、叩く音がしたろうか、と戸の方をむいたのはリウとタマばかり。先にその場の景況を感じとったのはタマで、おなじい反応をしていたリウに顔をむけ、目で知らせ。どうやらここに訪問者があったという謂ではないようだと。タマより遅れてだが、リウも覚り肯き。

「なんやらカッカしてはるな。えらい力のある人みたいやけど、危険はなそうかなぁ。ツキちゃん、ハナちゃん、カゼちゃんはどない見る?」

「そやね。怒ってるみたいなかんじやけど、物騒な濁ったものはなさそうやね」

 ハナが言うと、カゼとツキもふんふんと同意して。では、いずこに、何ものがとリウは男わらべを見。目にはさやかに見えねども、風の音にぞというようなしろものでは少なくもなさそうで、人であるらしいとは判断がつくが。勘違いという可能性もなきにしもあらずではあるが、トリにおいてそれはかなり低いものでありそうであるし、でまかせを言うということはさらにあり得ないことで、疑いはゆめさらもたず。さりとていくらトリを見ても、女わらべたちを見ても当然といえば当然だが何も読みとれず。シュガはといえば、汲みとれたかどうかまでは不鮮明ではあったが、何かしら感じとりはしていた気配があり、耳を澄ますような、いくらか厳しく締まる色が表れていて。

「お迎えがきはったようやでぇ」

 トリがそう言うやいなや、戸が叩かれ、シュガを呼ぶ声がして。シュガが立ってゆくと、出入り口を守る一人の男であり、耳打ちされ、すこし座を外すと言って男を連れだち出てゆく。反射的について行こうとしたリウを、ここに居たほうがええやろね、万が一ということもあるさかいとトリは止め、それはシュガも同意見であるらしく、すぐもどるとだけ言い残し。騒然とした気、とまではゆかぬが、緊張感が外から漏れいってきていて、そのためだろうか、先ほどまでかしましく聞こえていた小さき子らの声は止んでいて、充ちるは蝉の声ばかり。なに者が来たのだろうか。まさか、また襲撃か。そう掠め、それはこの一帯にいるみなに去来するものではあろう。それを察したものか、トリはかるく笑い声をあげ、

「心配いらへん。けんのんな人やないみたいやし」

「ほんまな、つよそうやけど」

「ひとりみたいやし」

「トリちゃんが言うのは間違いないからな」

 ハナ、ツキ、カゼはころころと笑いだし。タマも合わせて笑おうとしながら、気持ちが切り替えられないようす。

「ところで、リウにいさんはどないしはるつもりなん。さっき、タマちゃんいうてたこと」

 トリがさらっと言いだし。ちょっともう、横にならせてもらうわ、と上半身をおとし何気ないことであるかのような素振りで、リウの気がすこし軽くなり、

「正直、さっき言われるまで思いもしなかったし、出ることになって割りきれない思いがしたこともあったけど。吾のためにしてくれたことで、今はよかったとおもっていて。まだどうするとはっきり決められないけど、ともかく世話になっていた店にもどるつもり。・・・・たしかに居心地のよいところではないけれど。返辞もしなければならないし」

 どこまで話してよいものかいささか逡巡しながらも、隠しだてすることでもなかろうし、しなければならぬ人はいないと心づき、ありていに説明し。母が水戸やの主のひとり娘であり、来ないかと誘われていること。水戸やとは、天授の血を脈々と受け継ぐ一族が世を忍ぶ姿であること。誘いは断るつもりでいることを。ざわめき、ちょっとした騒ぎのわきおこることを覚悟しての発言ではあったが、あなやと言うものもなく。さりながら冷静に、平然と受けとめられたというのでもないらしく、ツキがすすり泣きはじめ。

「ツキちゃん、どないしたん」

 ハナとカゼとが両わきから肩にふれ、手を握りして。

「ほんま、なんやろね。じぶんでもなんでか、分からへんのやけど。びっくりはびっくりなんやけど、なんやら、そんなに意外でもなくてな。なんかぴたりとはまるかんじやねん。にいさんのなか、いうんかうしろいうんか、途方もなく大きいもんあるなおもてたから」

「そやね。納得やわ。えらい強力やけど、ぜんぶ受けとめてくれるようなな。そして、あん人らのに負けへんだけのもの」

「やっと現れた、ていうんがあるんやろね。天礼さんらもがんばってはるみたいやけど」

 カゼとハナが、ツキのこと葉に言い添えてゆき。自分のことを言われながらも、リウはぴんと来ず、話しているのは他人のことであるように聞きなされて。一国を統べるものどもに対する者、というのはあまりにも恐れ多くて、というようには実は感想をもたずにいて、対するだとか張り合うだとかそういうとらえ方がしっくり来なかったものであり。リウの感じるところの神なる存在においては。

「タマちゃん、聞いたやろ。にいさんは、使命というんかやるべきことを持ってはって。なにより、自分のおもいをしっかり持ったはる。そないに、気ぃもむことないんやで」

 トリがタマの方へ鼻をむけて言うと、そやなとタマが淋しげにつぶやき。ああそうか、とリウはようよう心づく。ここを離れることになってから記憶にあるタマは不機嫌そうな姿しかなかったが、それは心配し、寂しがってくれていたからだったのだと。ありがとう、と肩を抱きしめようとするも、軽く叩くだけでよす。会わずにいたのはひと月ほどでしかないが、顎や肩のあたりに女人らしいふくよかな線があらわれはじめていて。伸びやかに成長してきた、と感慨をもち。

「そやね、もどるもなにも、ここはな。うちも出ようおもってるねん。嫌やからというようなことやなくな。オナゴやし、盗っ人せんでもおられるやろし、町とどっちがましかといえば、町とも言いきれん、というか町のほうが酷いとはおもうけどな」

「そうだね。自分がいいと思い、決めたようにしてゆけるのが、いいね」

 リウは賛成しながらも、土と垢まみれだった痩せっぽちだったタマを思いだし、すこし切なくなり。自分の娘でも妹でもなく、ことさら世話を焼いたわけでもなかったが、あたかもわが子の旅立ちを見守る心境とはかくもあろうか、という思いになり。間違いなく喜ばしいことではあるのだが。また、そうすぐすぐにでもなかろうけれども。いや、光陰矢の如し、か。

 アブラゼミの輪唱のなか、ちちちッと地鳴きがして。セキレイだろうか。どうもアオジのように思われ。暗緑色の葉陰のこずえにとまり、小さなくちばしを開き、青漆いろの上部と、若菜いろの腹部をふるわせ。窓にかけられたスダレ越しにながれ込む、そよ風。山気であろうか、涼をはこび。申しあわせたように沈黙し、室内には静けさが波紋のようにひろがりゆき。と、遠くからざわめきの起こり、さざ波が来たるが如くうち寄せてきて。声やもの音というより、かき乱すような騒然とした雰囲気。さまで烈しいものではないものの、今のところは。

「大入道ちゃうか」

「そやな。でも、まっ昼間から出るんかいな」

 遠巻きに見ているらしいわらべらのはなし声。タマが見にゆこうとしてか起ちあがり、その気配を読んでだろうトリが、

「見にいかんでも、おかしらさんが連れて、すぐにここに来はるわ」

「そやね。やっぱり来たの一人みたいやけど、えらいようさん集まってきて」

 ツキが引きとり、微苦笑して言い。集まるのは問題ないとして、殺気すら感じるけんのんな気がおきていて、

「油断ならへんな」

「ドスもっとるけど、あまえはどないや」

 低い壮年のものらの、過剰に警戒し言いかわす声が漏れ聞こえてもきていて。それだけ深い傷痕をのこし、未だ癒えていないということでもあろう、その点を理解しつつリウは不安を覚えてならず。危害を加える恐れのないものまで叩きのめすのではないか、叩きのめすで済むのだろうかとすら思わせられるとげとげしい人心の織りなす空気に。一触即発、とまで張りつめ高まっては、現状していないものの。トリらを見やると、笑ったりしてことさら気にする素振りはないようすであるため、心配することもないということだろうか。

「なにー、入道やてー。ワシの仲間かいなー。ナンマイダー、シンマイダー。ナンマイダー、ハクマイダー。ナンマイダー、コクマイダー・・・・」

 とみに素っ頓狂に明るい声があがり、ツキ、ハナ、カゼがくすくす笑いだし。知人である痴人とリウは気のつき。

「だれぞ来たかと思えば・・・・相変わらずでかい図体してからに。うつわは、ワシのほうがはるかにドデカイけどなぁ。ああ、案じることない。見てくれはトラとかシシみたいやけど、気のええやつや。裏も表もない・・・・」

「裏も表もなかったら空っぽやないけぇ」

 サンキュウの説明に、突っ込みがあり、湧く笑い。笑いといっても失笑や苦笑もあるようではあったが、立ちこめる不穏な空気が目にみえて緩み、毛羽立ちが穏やかになっているのが室内にいるリウにも感ぜられ。

「空っぽのなにがわるいんじゃ。・・・・色にのみそめし心のくやしきをむなしと説けるのりのうれしさ、いうてな」

 老僧は飄々と言ってのけると、


 仏説阿呆陀羅経ぉー、そら阿呆陀羅経

 如是我聞んー、ならぬ尿意ガマン

 ガマンしすぎじゃもれるでな、そらもれるでな

 有漏路より無漏路へ帰るひと休み

 ふた休みも、み休みも

 草まくらで手まくらだ

 いたこ和尚がぁ唱えあげるで諸芸の一座のお定まり

 芝居で三番叟か相撲なら 千鳥かさいもんなればぁ

 でれんのれんの法螺貝しらべか、ホラ吹きか

 浪花節なら入れごと枕か 阿呆陀羅経というゥやつは、そら はげた木魚を横ちょにかかえて朝から晩まで

 ・・・・・・


 歌い踊りはじめ、わらべらも和して手をあげ足をあげ、合唱し。調子のいい大人のなかにも踊りの輪にはいってゆくものがいると見え、そのまま遠ざかってゆき。わらわらより集まってきていた者どもも、散ってゆき。

「来はったわ」

 カゼが言を発した瞬間、戸の開く音がし。先に起ったタマに続いてリウも出てゆくと、入ってきたのはシュガと大入道と称されるのも肯ける巨躯の僧のいでたちをしたもの。造作も仁王像を思わせる厳めしい様相で圧が強く、これでは警戒されてもやむを得まい。たとい襲撃がなかったとしても。その威容といって差し支えない姿に、刹那リウは怯むも、あッと心づき。同じく相手もリウを認めるやいなや、

「なんや、ここにおったんや」

 硬い表情がほどけ、目が細まり口の両端のあがり。底意のない、いとけないようにまで見える真っさらな笑い顔。セヒョの存在をすっかり失念していたことに、今さらながら心づいて。馬車でもって近くまで連れてきてくれて、置き去りにする格好で。慌てて、ごめんなさいと消えいりそうな声で謝り。

「忘れてたんやろ。大変やったんやで。じいさんばあさんはなかなか上がってくれへんし、まぁあれは未練やなく呪術で縛られてた口やけどな。そんでなんとかかんとか引導わたせた思ったら、駒がおびえてうごかんようなってな。なだめて、休ませて、ようよう今さっき着いたとこでな」

 そう言うもの言いには攻める響きのなく、おどけた調子すらあり、

「ああ、ええてええて、気にせんで。えらいしんどかったけどな・・・・て、まぁしんどかったはしんどかったけど、こやつと会えて、無事やったんやから」

 こやつ、と言うとき、ぎょろりとシュガを睨む素振りをしてみせ、戯れにわざとらしく大袈裟にしてみせていたが、半ば本気の真剣な、射すくめようとする気味も見え。みなの集まる一室にはいる間の数秒で、リウはセヒョの世話になりここに来られたことを、ざっと話し。

「オレも、訊きたいことあるからついでやな・・・・ッ」

 室内に足を踏み入れた途端、セヒョのうごきが固まり。トリらのさまを見ての反応らしく、祭司長かと忌々しそうに吐き出すように言うと、頓着なく蒲団の足もとの香炉のそばに腰をおろしどっかり胡座をかくと、

「セヒョいうもんじゃ。よろしゅう」

 ツムリを下げ。ハナ、カゼ、ツキはやはり分かるものらしく、三人それぞれ笑顔のまま頷くようにお辞儀をし。

「お客さん来たはるのに寝たままですんませんな」

 トリが失礼を詫び、

「いや、ええねん。しんどそうやし。わるいんなら、ここに連れてきたやつなんやから」

 それを聞くとトリは吹きだし、笑いだし。ひとしきり笑うと、それは咳き込みに移行し。腹を抱えて大きく揺れる背をハナが撫ぜ、落ちついてきたところでタマが上半身をおこしてやり、椀にくんできた水で喉をしめらせて。一連の出来事を、セヒョは目をまるくして眺めいて。

「すんませんな、驚かせてしもて。なんや、ずいぶんわかりやすい、正直なひとやな、おもて」

 咳き込みで掠れた声ながら、笑みは消えることのなく。

「そうやろか」

 セヒョがいささか困惑気味に言うと、

「そやでぇ」

 ツキが揶揄うように言い、ハナとカゼとともに肯きあい。くみしやすさを見いだしたようで。外観としては巨人と小人くらいの違いのあるなかのことで、滑稽味の漂い。セヒョは気勢をそがれた格好で。リウがくんできた水を呑みほし。

「おかしらさんに話しあるんやろ。それやったら、このあたりやったら、ここが一等安全やから。聞き耳立ててるもんおったら、うちら分かるし。・・・・それはどっか遠くからのものでもな。そして、そういうもんがあっても、聞かせないようできるからな」

 トリが言い、ツキ、ハナ、カゼがセヒョの方をむき。セヒョははっとし、腹を決めたようすでシュガと向きあい、

「オレら・・・・オレのかつていた、おまえらがしてるようなことと同じことしてる集まりは、天礼さんの再興のためにはたらいていた。で、祭司長の手によるものらしいやつらに壊滅させられた。おまえは祭司長の都合のいいようなはたらきをし、させてたやんな。はっきり聞くわ。おまえは、祭司長のイヌなんか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る