第94話 花の影。
申しわけなさそうに会釈しながらも、気をゆるめずに険しくしていた面つきが、リウを認めた途端、ぱッと明るみ、ゆるみ。お人好しで、子どもっぽいくらいの素直な素が覗き見え。
「どないして、ここに」
「まぁまぁ、それよりお手前のことをはなしてもろてもかましまへんやろかァ。呼んでもないのに、えらい賑やかに来てくれはったさかいになァ」
ミズクミが声を荒げるでなく、さりながら静かに威厳を感じさせて遮り。スケはリウの傍から離れ、ミズクミの片わきに膝を立てて屈み。もう一方にはカクがいて。睨むでもなく威嚇するでもなかったが、二人はセヒョの一挙手一投足に注意をはらい、いつでも向かっていける臨戦態勢をとり。目には見えぬもののおのおのの纏い、放ちするものが探りあいなのか牽制しあっているのか、二手の間に異なるものが衝突している気配をリウには感ぜられ。ゆるめるもすぐに表情を引き締めたセヒョは、三人の方をむき、
「セヒョ言います。見たとおり経となえてあ・・・・」
「あ、アー。このニセボウズゥ。オメエは賊の一味ずらァー。人のことスモウだかカドウだかサドウだかブドウだかゲドだかセンキだか言いくさりやがってェー。盗っ人たけだけしいってのは、オメエのことずらァー」
ミワアキが鎌首もたげツバを飛ばし喚くも、誰からも目すらむけられることはなく、
「ほゥほゥ。ほんまなんやろかァ。ほななお人がなんで、また」
そう言うミズクミには驚いたようすは気ぶりもなく、スケにもカクにもなんの表情の変化も見受けられず。どっしりと床を踏みしめる巨躰といい、強い眼光といい、セヒョはどう見ても単なる托鉢僧ととれない姿格好であったせいか。
「そりゃはっきりすっぱり言えにャーだよなァー。盗んだり殺したりオカしたりするようなヤツらの一味ずらァー。ほんととんでもにャーヤツらずらよォー」
「黙らっしゃいッ」
ミズクミが一喝し、さりとてセヒョから目をはずさぬまま、
「口を閉じておけへんようなら、すぐにでもここからご遠慮ねがいまひょかァ」
そう言うや否や、脇についていたカクが一人、腰をあげようとするも、察した年増は白壁のごとき顔面をこわばらせ、うなだれるように肯き。ミズクミの一喝でリウもと胸を突かれたが、セヒョははッと何ごとかに気のついたものらしく、膝をおり威儀を正して胡座をかき。失礼した、と言うように三人にむかい軽くツムリを下げ。スケ、カクの姿勢は変わらぬものの、緊張感が幾分ゆるんだようにリウは感じ。ミズクミは茶をすすり、さりとてセヒョには手配するでなく、茶碗を両手でささえながら話を促す、
「で、つづき、よろしいやろかァ」
「・・・・たしかに、シナノにねじろを置く、このバ、いや年増の言うような仲間のなかにいたことは間違いありまへん。そやけど、いまはちゃいます。というんは、なにも足洗ったとか足ぬけした、というんちゃうくて、消されたんですわァ」
セヒョが真っすぐ、不躾なほどに率直にミズクミを見据えて言い。一方、ミワアキが居心地わるそうに襟元をいじったりそわそわしだし。
「ほぉ。けされたァ・・・・」
初老の男は茶托に椀をもどすと、何のことだろうと問うように厳ついボウズ見やり。本当に見当がつかぬのか、つかぬふりをしているのか判然としない面つき。大年増の挙動不審なさまにも気がついているのかつかぬでいるのか、中央の主も両脇のふたりも一切目をむけることのなく。リウは先ほどうずくまりかけたときにミズクミから少し離れた位置にくることなっていて、そこから室内の五人をそれぞれ眺めていたのだったが、ふと廊下に目をやってかるく息を呑み。リョウヤがたっている姿を認めて。ミワアキが引っ立てられるようにここに連れてこられたときに、付いてきたものだろうか。うつむき、ために表情はよく見てとれないものの、暗く強ばっているのは分かり。この場から離したほうがよい、離したいと思う。階下に連れてゆこうか、杞憂であり余計なお節介でしかないかもしれないし、それでなくとも今は動きづらい雰囲気があり、逡巡す。
いちょう にしきぎ さざんかに
しいのき ごようまつ むくのき
なつめのき やなぎ くりのき とう
スダレのむこうから、マリつきをしているのか、オジャミ(おてだま)をしているのか、数え唄をうたうわらべの声。リョウヤもまだまだあのように、あどけなく無心に遊んでいられる時期だろうに。そうはいっても、リョウヤのような境遇の子は他にも少なくなく存在していて、さらに過酷な境遇な子もざらだろう。いま唄っているわらべとて、はたしてどれだけ恵まれた環境にいるものかどうか。この辺りのわらべであれば、なおのこと、子どもらしくのびのびと育てられているものは、希であろうし。
「ちょっとした用があってお頭としたがう数人でこっちにある山まで。そんなかにオレもいてたわけですけどォ、その目的は首尾よくゆかず。とりま皆で帰ったら、ねじろがなくなってたんですわ」
えッとリウは弾かれたようにセヒョの顔を見。太い眉の下にある、ぎらぎらと底光りする大きな目。そこに写し出された惨状がちらつき現れいできそうでもあり。モミジらがシラギ山の地に来ている間に、モミジらの拠点、そしてそこにいた人らの大方だろうが壊滅せられた、というのか。そしてモミジらにおびき寄せられシュガが不在のところを襲撃されて。こちらの方は犠牲者が何名かあったものの、甚大な被害は人にも場所にもあまりなく済んだとはいえ。偶然に偶然の重なっただけのこと、なのだろうか。
「で、シラギ山のとこから、引きこみ言うんか、引き出し言うんか、手引きしたんは、このアマなんですわ」
セヒョはミズクミらの方から顔も目もそらさず、ミワアキをあごで指ししめしさえせずに言い。ミズクミらも年増には相変わらず目をむけることさえない。すぐそこにいて間違いようのない、ということもあろうが、強烈に貶み目をむける価値すらないと言わんばかりの気色が四人からするのを、雹あられに打たれているようにぴしぴしとリウは肌に感じ。程度の差こそあれ、張本人であるミワアキは当然感じていることだろう、厚く塗りこめたおしろいと紅で顔色は分からぬものの、口も指さきもわなわなと震えていて。ひょとすると、いや、多分誤りなく、セヒョのいたところのみならずシュガのところの襲撃も彼女の手引きによるものだろう。吾が拐かされるとき、呼びにきたのはリョウヤで。はたして何のために。誰の指図で。それを白状させにセヒョは上京してきてここまで来、これからここで泥を吐かせることになるのだろう。憎むべき相手。そうではあったが、必死にうろたえる様を見せまいとしつつ、ひとり明らかに狼狽しているさまを眼にしていると、哀れというようなとおどおしいものでなく、自分がその立場であるかのように胸苦しくなってきて。都に来ることになり、奉公先の屋敷ではそれが日常であったからだろうか。ふっとあることに思い当たり、そうなのかもしれないと腑に落ちたような気のされて。
シュガが吾を下山させこちらに寄こしたのは、そうなることを恐れての選択だったのかもしれない。吾がためにシュガが砦から離れ、その隙を狙うようにして、いや確実に狙ってだろう、あったことで。望んだわけでも能動的な行動でもなかったわけであるし、シュガの不在であればその直前までそういう状態であったわけだし、他にもあったはずなのだが。仮にアタマではそう理解できていたとしても、腹の底まで落としこむことは、そう容易ではないだろうことは察するに難くなく。実際自分があそこにいて、誰かがいなくなった時にそれが起こったのならば、そのいなくなった者に対し、少なくとも複雑な思いを抱くようになりそうではあるし。ましてや身内を傷つけられたりしたら、なおさら。忸怩たる思いに手のひらに爪をくい込ませつつ、ほっと安堵感もあって、そんな自分に戸惑いして。安堵感など不謹慎ではないのかと案じたからだったが、それでもやはり、足手まといだから追いだされたわけではないのかもしれない、と思えて幾分気がかるくなったし、その気づかいがうれしくもあり。離れるさい、うとうとしい態度をとられじまいでそれも痞えになっていたものだったため。目もとが熱くなってきたため、リウ指で抑え。そうはいってもミワアキを庇う気にはなれず、真相を知りたい気もちのありはしたものの、それよりも気にかかることのあり。無力で傍観することしかできぬ身で、身内が糾弾される姿を見ているのは自分がされているより辛かろう。リョウヤを、この場から離してやりたくて。
「ふんふん、さよかァ。こん人が知りたい言わはるのは無理からぬことやないかなァ。シラギ山の方にいたはったんよなァ。わてらにもまんざら関わりなさそうでもなし、正味、先ほどもお手数おかけしたわけでなァ、どういうことか聞かせてくれへんもんやろかァ」
もの言いはやわらかながら、有無を言わせぬ響きをもたせ、冷えた目をむけたミズクミ。カクが起ちあがり、ミワアキに掴みかかるのかと一瞬思うもさにあらず。室内の四隅にまた香炉を配置してゆき。
「あのッ・・・・」
リウは気力をふり絞って切りだし、
「下で待たせてもらって、かまわないでしょうか」
言い終えるとかるくめまいがし。視線が集まり、刺されでもしているかのように身が縮むような思いがしたがーー実際のところそれをあらわにするなしないかの差があるのみで、皆それぞれの濃淡で呆気にとられていたわけだがーー、断られる前にと、
「まだいとけないので、退屈だと思うので。仲がよかったから、久しぶりに会えたのではなしをしたりしたいですし」
「・・・・そら、ま、かましまへんけどォ」
リウも聞きたいのではないか、少なからず関わり合いがあるわけで、という文句を言外に受けとり、確かに聞きたくはあったが、それよりも優先すべきものが確実にあり。また、帰られる(逃げられる)可能性を思われてもいそうであったが。わてが付き添いますんで、とスケが茣蓙に手をかけ起ちあがり、それが後押しとなり。スケがリウとリョウヤをともない、きざはしを降りて、先ほどまでミワアキとリョウヤのいた席まで導く。そこは土間に卓と椅子がならぶところで、手酌をするもの酌みかわすもの、茶をすするもの、田楽などかるいものを頬ばるものなどで割あいににぎわっていて。今さっきまでいた空間と同じ家屋のうちにあるとはちょっと信じられないほどで、リウはうっすら立ちくらみを覚えたほどで。場の高低の差によるものではなく、そこに在る人によるものだろうとはおぼろ気ながらに感じていて。ふくよかな身体の肩怒らせるわけでも、にこやかな眉をつり上げるでもないながらも威儀堂々たる身で、それでいてどこか剣呑ささえ感じさせるミズクミ。あの人が祖父だという者、天授の血統のなかで、はたして自分はやってゆけるものだろうか。然り、直感としても自身の出自だと話されたことは事実だろうと受けいれられてはいたもので。向背いずれをとるにしろ、まずはシュガに会いたかった。相談して決める、ということでもなく、ただ会いたくて。大きな選択があらわれ、その一方はシュガから大幅に外れてゆくものになりそうで、それをよく考えるまでもなく感じとっての、無意識に心のはたらきでもあるらしく。
・・・・橋で
坊さんかんざし買うを見た
ハア、ヨサコイヨサコイ
・・・・見せましょ
うら戸を閉めて
闇にほのめく月の
ハア、ヨサコイヨサコイ
言うたちいかんちゃ
おらんくの池にゃ
潮吹くウオが泳ぎより
ハア、ヨサコイヨサコイ
旅の者らしいおのこ三人が、椀を箸でうったりして酔いどれに唄ったりしていて。一人は酔いつぶれたようで、卓上に頭をのせ、笑い声をあげていて。
「あの、オレ・・・・」
椀と干菓子ののった皿の二組あった卓につくと、リョウヤがためらいがちに顔をあげたので、
「気にしなくていいから。どうしようもないことはあるものだし」
リウは視線を受けとめ、罪悪感などもたなくても良いとうなづいて見せ。スケは店の者をよび、卓上のものを片づけさせ、新たに茶などを頼んでいて。どうしようもないことはあるもので、とリウは都に来るまでの話をする。はたして自分に、他の道を選べたものだろうか、いや、選べたにしろそうはならなかったし、そもそもなんの意思もなくなっていたもので。なにも思えず、思わず、ただただ流されてゆき。むしろそれでよかったのかもしれない。なまじ抗う心もちがあったら、きっと苦しかったろうし。
「で、どない返事しはるんかな」
語り終えるのを待ち、静かに聞いていたスケに、問われ、
「お断りするつもりです。少なくとも、すぐというわけにはゆきませんので。今お世話になっているところに無駄でとはゆきませんし、そこにゆくよう手配してくれた人に、・・・・はなしをしたいですし。それに」
と、リウは口ごもり、
「それにィ?」
とスケに促され、
「もしかしたら純粋に身内を受け入れようとしてのことかもしれませんが、なんだか。なんだか、張りあって盛り上げようとしている感じがされて。その相手の方々のなさっていることで、ひどいことをされているようですが、しようとしていることは同じようなもののような気がしてならなくて。そういうことを、吾はしたくなくて」
茶や、甘い香りの菓子ヤックァが運ばれてきてならべられているのに目をむけながら、懸命に話し。普段から自身の思いを口にすることはまずなかったため、初めての場所に一人きりで来たような心細さというのか気恥ずかしさを覚えつつ。さりながら、もっと弱い立場で年下の者がそばにいて、それくらい思いきれなければ庇うこともできないという思いがあって。ふふッと小さな笑い声が聞こえ、リウが顔をあげ、スケに目をむけるまでのたまゆらの間、ふっと可憐な花の映像がよぎり。像をしかとつかめぬまま目をむけた先に、目を細めたスケがいて、
「おもざしだけでなく、言うこともお嬢によく似たはるなァ。お嬢もよう言うたはった。だれが治めるとか一番やとか、そんかん神さんのあずかり知らんことやし、神さんから外れることや。うちはそんなん争いするつもりない、て。例の代理のお人の悪だくみがあったから逃げたように(ミズクミが)言うたはったけど、そん方が言うようにいくらでも匿う手はあって、それをお嬢はもちろんよう分かってはった。お嬢が逃げたんは、わてらからや。わてらの一族からなァ」
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