第72話 朽ちた笹たけ

 焼け焦げて開きっぱなしになった口のなかに三人が踏み入ると、焦げた臭気に腐敗したものがまじり、刺さるようにささくれ立った澱んだ空気。荷台から外された駒、ベンマルは入ることを拒んで外にのこり、草を食んでいて。境界線でも引かれたかのように、澄んだの気の息づいたそよ風が、草やたてがみをなでてゆき。

 きェーッ、けェッ、けェッ、けェッ・・・・

 と胸を突かれ、リウは辺りを見まわすと翅の先の尖った怪鳥が・・・・いるのかと咄嗟に思うもそれらしいものは、なにも見あたらぬ。何ものだろうか。何か鳥の啼き声のような、鋭く射るような甲高い音が空間をつんざく。威嚇するような、断末魔のような神経を逆立てるそれ。シュガとサンキュウは動じるでなく立っていて。

「これは・・・・」

 老爺が戸に向きなおり、屈みこみ。リウは視線を下げ、近くに寄せて肝心のまわりに目をむけると、焼け打ち毀された家屋の残骸、いたる所、死屍累々たるありさま・・・・ということはつゆなく、外壁とはうらはらに見た範囲では焼けたり毀れたりするものは柱ひとつなく、人ひとり、家畜一匹転がっているでもない。なにも異なるものが見あたらず、それが逆に不自然さを感じさせもして。あまりにもなさすぎるのだ。搔き消えたかのように、人っ子ひとりいる気配もまた。それでいて騒然とした気が濃厚に残っていて。何事かおきたに違いないという目で見るためであろうか、地の面が、平生にはない踏みあらされ方をしているようにも見えていて。数刻前まで降りつづいていたため跡がつきやすくなっていたことは間違いないとして、住人と部外者との足跡のちがいを見分けられなどしなかったわけだが。さりながら、地にも襲来した輩の痕跡がしるく残されてあるような気がしてならず。

「これ、見てみいィ」

 サンキュウが何か手にして、ふたりに向けて。リウのみならず、シュガも歩きださずに立ち止まっていて。目をこらし、耳を澄ませ、辺りのようすを窺っている気色。サンキュウが手にしていたものは、一本の笹たけで。葉と茎から緑がぬけ、茶に枯れていて。さりながら、縮むことなく葉までぴんと張り。リウはかるく息を呑む。あの人の持ち物では、と思いあたるような気のされ。これは、イチのものではないのか、と。白髪をおどろに乱し、糞掃衣を身にまとった老婆。笹たけを常時手にして徘徊し、「タタリじゃー」とよく喚いていては草を振りまわししていたものだったが。サンキュウのようすからして、どうやら笹たけは戸の内側の脇に挿し立ててあったものらしく。

「・・・・負はば、いざ言問わんみやこ鳥、わが思う人はありやなしやと」

 サンキュウが静かに唱えて、唱えおわるやいなやのこと、

「あッ」

 三人が同時に声を発す。枯れた笹たけが砕け、塵と化し。雲散して中空に溶け。同時に発せられた声、もっともシュガのは声にならぬものではあったものの、その口の動きや顔色は等しく驚きを表していて。さりとて、表層に表れた感情を一言でいえば、であって、その中身はそれぞれ異なるものだろうけれども。ヨネの最期を連想させられもして。イチが亡くなった、侵入者の手にかかり。リウはそぞろにそう直感す。衝撃を受けながらも、やはりと納得している部分もあって。向かう途上に見えた(見せられた)映像。それは鮮明に見えず、詳細は分からなかったが、詳細にあえて見ようとしなかった気味があり。直視すること、認めることをしたくなかったので。無意識に近いはたらきではあったが。それはどこで起きたことなのかを、なにとなくではあったが掴めていたからで。


 ・・・・の梅の木に

 雀が三羽とォまって

 なかの雀のゆうことにゃ

 ゆうべござった花嫁御

 六枚屏風をたてつめて

 すっぽりかっぽり 泣きしゃんす

 なにが不足で泣きしゃんす

 なんの不足もなけれども

 わしのおととの・・・・


 サンキュウの手にしていた笹たけの塵が溶けてゆくさまを目にしていると、なにゆえにか、リウの身の内に、またもやモリゾウが時おりつぶやくように歌っていたわらべ唄がよみがえり。なにゆえか、ではなく、なにとなくが適切であろう、モリゾウも恐らく。溶け漂うなかから、ケシだとか、なにか特殊な嗅ぎなれぬ薫りだとか光、何事かを誦する声、それらを垣間見るように感ずる。

「イチも、モリゾウも・・・・」

 リウがこと葉に詰まりつつ、シュガの方を見やり。いや、それに留まらずだろう、もしかすると殲滅させられたのか。まさか、だが。口にしてはいけないような気のされて。すればその通りになるような気のされ。また、それ以前に言いたくもなかったので。シュガは応えることなく、目を向けることさえせずに居住地の中心あたりに目線を据えていて。こういった姿勢をどこかで見たことがある、とリウは思う。あたたかく、やわらかい毛並み。艶やかな黒い毛のちいさなケモノ。出会ったころは、片手のてのひらに乗るくらいのちいさなちいさな躰で、親をなくし、知り合いもなく、親しい人もないなかで、かじかんだ胸をあたため、ほぐしてくれた。ニジ。ニジも時おり、これといって注意を引くようなもののない虚空をじっと見つめていたもので。どうなったのだろうか。うまく逃げのびられたろうか、それとも。・・・・

「行くぞ」

 シュガが独り言つように低声で言い、右足を踏みだす。胸が塞がるような思いにとらわれていたリウは、はっと目を醒ましたような気色で慌てながら、さりながら目ざめてまだ寝ぼけているような状態に近くもあってまごつきながらも、追いてゆこうとはして。ひょっとすると、独り言つように、ではなく、独り言つていただけかもしれぬとどこかで思いつつ。吾がいたところで、なにかの足しになれることもなかろうし、と。

 向かう先には、ツツジの藪。朱の花が咲きみだれ、葉が火焔を抱えこんでいるようにも見えて。火の粉のように、散りおちた花びら。目標とすべき処でもあるのか、馳せるように歩みはじめたシュガの背を追いかけていたリウはふと立ちどまる。何か、かそけき声がして。よく聞きとれぬが、何ごとかを訴えようとしているのはわかり。

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