第66話 女神リル

「こいづらが、全部が全部同じ目的のためでなァ。同じ人なり人らなりにされたことか分がんねども。だどもなァ、だいたい同じみてえな感じするだなや」

 ヨネはため息をひとつつき、目を落としまわりを首をうごかさず見まわして、つぶやく。リウに語りかけるというのでもなく、ひとり言に近いくたびれた調子。くたびれもするだろう。殺傷されたものどもに意識があるものかどうか判然としないものの、仮になかったとしても断末魔をあげる状態。本来その苦しみから逃れられてあるはずのところ、留めさせられている格好であり、それを呑みこみ取りこむということは、その激痛を引きとり我がものにするという行為であるのだから。リウは膝を曲げ、ヨネの背に触れようとする。背を撫ぜ、すこしでも楽になればと、思うまえに動いたのだったが、

「わがんね(駄目だ)」

 と拒まれ。老婆は巨体ごと左右にゆらして。吾にふれられるのがそんなに厭わしいのだろうか。意表をつかれ、寂寞たる思いがわいてきたなか、

「おらに、ちょすな(触るな)。さっきの蛇っこの痛えのがまんだガジガジ残っでっがらよ。おめはんもさっきので分がったべェ」

 厭わしくてではなく、気づかってのこと。リウは赤面しそうになり。恥じいり、登る血は顔の、ことに目のあたりを熱くさせ。なんて愚かなのだろう、自分は。他者の厚意を無下にするような人でないことくらい、分かりそうなものではないか。非情であったり、我良しな人が、頼まれもせず他の苦と痛みをわが身に引きとったりするものか。おのれの胸元あたりをぎゅッと握りながら膝をもどすと、

「あんまり自分ば苛めねぇでな」

 ヨネがこうべを上げて言い。顔のうごきが見えぬものの、微笑んでいるようで。優しい目をして。リウははっと目をみはる。ヨネのまなこを、初めてしるく見られたように感じる。清らに澄んだ眸子。その双眸からかつてあったであろう、嫋やかな早乙女であったみぎりの容姿がありありと思い描け。思い描く、という意思や作為によらず、天然にありありと現れ出でて。もとより、土を盛りつけた如き巨大な肉塊に、白茶けたおどろ髪のヤマンバの外見であることにはつゆ変わらず。さりとて、異形だとか恐ろしげだとかとは、リウは感じなくなってはいて。なにとなく、彼女の内面の美質が外気にふれてそう変化しているだけというような。幹の傷から溢れたウルシが固まったさま、が連想されもして。見方によっては不気味であるかもしれぬが、また一方綺麗にも見え、もともと美しいもみにくいもなくそこにあるもの、というような。もっとも、もともともそもそもも、本質的な観点からすればなべて美醜などなく、美醜を感じる(判別する)おのれがあるだけのはなしでしかなく。

「ここさ、昔は、神さま祀ってだみでェでな。近くのムラ里なんかがら良ぐお参りさ来だり、お祭したりしてたみでぇだ。おらがこの辺りさ住むようなった時にはハァ、もうねがったけどな。偉い人がぶっ壊したんだどよ。祀るのはカンチョーだかテンチョーだかと、その親神だけでいいんじゃあって」

 現人神たる天長とその祖神だけが祀るべき存在であり、他はとるにたらぬと軽んじる。それはリウが都にきて生活してきたなかで、得心のゆく在り方ではあったが、さりとて排斥せねばならぬもの、というまで厭われたり悪まれたりしていると感じたことはなかった。リウが接していたのは、同じ屋根の下にいる下働きの奴婢か、他の屋敷の下働きか、もの売りくらいであったため、それより上の人らのとらえ方は知れないものの。知れるほど、間近な常人(町人)とすら、シュガに連れられ町中を見聞したのみで会話を交わすことなど些少であり、途中で伴うことになったタマだとか、賊の民はまた特殊であろうから、参考とはなりそうもなく。そんなあるかなきかの薄い粗末な材料しかなかったものの、感触としては、少なくとも市井の感覚においては、お上とお上にまつわる神のほかは忌むべきものだとする感情はないように見受けられ。身も蓋もない言い方をすれば、そこまで関心がなさそうでもあり。また、現人神は天長のみならず、天礼もいるわけで。お上といえば天長としかいわれていないのは訝しく呑みこめぬ。天礼は、なにかしらの事情で隠居してあるのだとはいえ。その代わりを務めるのが祭司長。天長を戴き、然り、いかに天長だけを尊ぶことができるか、そこに、自身や自身の一族の存亡がかかっている存在で。天長の意義をすこしでも脅かそうとするものがあらば、戦々恐々として容赦なく粛清するだろうことは容易に肯ける。おのれらの地位を保つため、傍流の血筋の子らを、ときにその親を殺めてまで奪いーー彼らの立場からすれば誉れとなる機会をあたえてやっているのに抵抗するなど狂気の沙汰だということなのかもしれぬーー、目を潰して能力を育て、育たぬ者は往来に投げすて野犬やカラスの餌にする。そういった連中であれば、山奥のまつろわぬ神を、念のためにと排除しておくだろうことは、不自然ではなく。

「そいつらはどこまで分がっでてそっただことしたのが。こごは特別な処だ。リル様の息吹が強く感じられる。祠壊され、だれも来なくなっでも、その息は消えてね。だがらよ、こいづらが集まってくるだァ。助けてけでェて。みんなのかっちゃ(母親)の神さまだがらよ、リル様は」

 リウは耳をかたむけているなか、母から教えられたわらべ唄が内に流れる。


 ごっちゃなわらす、玉もてではる


 ひんのわらすはくれえ玉


 すいのわらすはしれえ玉


 玉こばはこぶはおっがねぇ


 おっがねぇかみくだきもするニジの神


 はこぶはアメとツチとのゆうとこさ


 かっちゃのリルのふところさ


「かっちゃのリル・・・・」

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