第65話 三つの点

「だれなんだが、どういう奴らなんだが、知らねェどもな」

 ヨネは腰を地面につけ、こうべをおこし。坐りこんだ姿勢で、リウを見上げる。皺に被われたちいさな目。クマシデ、ウラジロガシ等の葉の厚いかさなり。その天幕にできた間隙から日の欠けらがこぼれ落ち、ヨネの目に反射し散る。知らぬと口で言い、相変わらず表情の変化の見えにくい面であったが、双眸がなにかものを言っているような気がされてならぬ。なにを伝えようとしている、もしくは、躊躇ってでもいるのか。はっきり掴むことはかなわぬものの、なにとなく、その方向性みたいなものは感ぜられる。吾の触れ得る範疇のことを示されているように思われ。ヨネの視線を辿るように自らの内に意識をむけてゆく。

 真ッ先にあらわれるのはシュガの姿であり、それも幹に縛りつけられた格好で。彼から噴き出でし黒煙状のかたまり。煙、というより液体にちかく、流動的にとりどりに形態をかえ、くっきりした輪郭で質感があり。輪郭の形づくるは、猛獣、猛禽、毒虫、益荒男。それら思わせる有象無象。牙をむき、爪を出し、針をむけ、拳をにぎり、攻撃的で。一方、いま間近に蠢いているものどもは、黒みがかっているだけで、色もかたちもしっかりみえる。実態感のうすい、くすんだ、明らかに生のぬけた存在であることの分かる、ぼんやりした形状ではあったのだが。なかんずく違うのは、のたうち回るものがありながらも、動きが一様に緩慢で、攻撃性などゆめさらなくてただあてどなく漂う。共通することとては、禽獣や虫類や人、かつてはその生を生きていたものども、というところばかり。いや、それだけではないのかもしれぬ。この土へと帰せぬありさまにした術。それはともに呪法によるもの、で間違いないだろう。かつ、動と静の違いが存在の別ということにはならず、その性質というか態度の違いということでしかないのではないか。・・・・

 あッ。そこまで思いを巡らせたとき、思わず声をもらしそうになり。あくまでも想起したなかでのことではあったが、どす黒く活発なものと、薄く濁りさまようものとは符合するように思われ。喩えるなら、部位が異なるだけでひとつのものであり、切りはなされただけである、というように。臭いだとかそのかもしだす雰囲気ーー瘴気だろうかーーも通じるような気のされ。そこまで思いを進めていったとき、草木の枯れつくした赤土が出現し。日の暮れた山の端。植物のみならず、その一帯には野ネズミや虫の気配ひとつなく。そこに大小ふたつの人の影。顔面や腕に大きな傷痕を負った頑健な男と、日や土で黒ずんだ男わらべ。ふたりはともに同じ方を向いていて。闇の凝り固まったような洞穴のまえに。


 ・・・・・・

 おおもとの・・・のかみ

 おおもとのめおふたはしらのかみ

 ほのけ、みずのけ、かぜのむた

 あめのかくりよ、つちのかくりよ、ひのかくりよ、つきのかくりよに・・・・・たましい

 ・・・・・・・うぶたまの かみのおきてをちゆりほゆり、・・・・・し、うぐもりはなれよりあいのみつのけ

 そらつ・・・・ほのけくしきみつのひかりをたちまち・・・・・・しずめことによりて

 ・・・・・・


  ふたりを目撃している場に、泡だつようなかそけき誦する音。いずかたからともなく、そもおそらく声の主はかの附近にはなく。かつ、聴覚によって聞こえしものであるのかも定かではなく。大小ふたつのおのこのむかうは、洞穴のあな。煮つめたような稠密な闇が、充ち満ちて溢れだしそうなほどのそこへ、男わらべは裸足の足を踏み入れてゆく。泥沼に吞まれゆくように。そこが何であるかは判らぬものの、踏みこんではならぬ場であることは直感的にわかり。リウは引きとめたく。引きもどしたく。馳せよるも、闇にはじかれて。冷えた障壁があるかのように侵入を拒まれ。気に触れるその感触、臭い。はッと閃くもの。ひどく似ている、と思いあたる。シュガから噴きだせし有象無象と、今そばに蠢くものらと。呪術、によるものだろう。だれが、なんのために。

ーーああいう偉いひとら、ひとやないかカミさんか。カミさんは自分らと関わることのあんまなさそうやんな、直にはそうやろけど、会ったりとかなぁ、そやけど、なんかしら関わってはおるやんなぁ。カミさんやからかな、人なんてノミとかシラミくらいにしか思ってへんやろぉ

 トリから伝えられしこと葉が甦る。トリ、カゼ、ハナ、ツキのわらべたちは、目を損傷させられていて。赤子のみぎりに、だそうな。子らは、異能の一族の傍系にあたる血筋で、能力を発動、もしくは高めるために視覚を奪ったものらしい。実際にそういう効果があるのかないのかは知らぬが。それをさせたのは、異能の一族の本流の家長にあたるもの。本家の者の能力がうすく、弱くなってきたため、補うためにしているらしい。その家長とは、祭司長。

 モミジはシュガを評した。祭司長のイヌであると。

「まぁ、だれなんだが、どういう奴らなんだが、知らねェどもなァ」

 ヨネがかすかに笑ったように見える。リウの思考の経路を見て、なのか。

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