第41話 カミユイ
「・・・マイダー、・・・・ダー」
この伽藍で最もひろさを占めるであろう室内。セヒョが戸を開けると、みなの目、目はともなわずとも意識がいっせいに向けられる。同じく漏れいずる水のしたたりのかまびすしさ。雨だれのうつ部分を避け、女人がひとりと、その配下であるらしい男が十人弱。蓑と笠をとり、その姿をあらわにしている。頭であるモミジという女人は、年のころは中年増といったところか。輩のなかにあって決して年かさというわけではなさそうではあったが、片ひざを立ちであぐらをかき、長い煙管をくゆらすさまには、なるほど、その一重の細い双眸には斬りつけるような眼光、締まった口もとには、いぶせき野郎共を押さえこみ従えるだけの胆力、といったようなものがかんぜられる。
奥に仏像が一体鎮座まします。そのまえにひとり老爺が坐し、仏に尻をむけ木魚をたたき唱えていたが、手と口とをいったん止め、
「なんじゃなんじゃ、どこぞのお偉いさんから、稚児をかどわかしてきたんかいな」
「まぁ、当たらずとも遠からずといったところかねぇ」
モミジが僧侶の成りをした老体に言う。僧侶の成りといっても、かろうじてそれと分かる状態。衣のいろは褪せ、すり切れ、あたまは短いながら黒まじりの白髪。叩いていたものが木魚であることを疑いしないでいたが、よくよく見るとそれはシャレコウベ。もっともそれが紛れもない人の頭の骨であるのか、その形状の作りものか見分けがつかないものの。
坊主の成りをしたものは、そう言いはしながらも頓着する様子はなく、問いを重ねることなく、またぞろ頭蓋骨状のものを打ち鳴らし、唱えはじめる。
「ドンマイダー、シシマイダー、ミコマイダー、ゲンマイダー」
「近う」
モミジの細い目がリウを招き、セヒョにそばに来るように目視を送る。したたる間を縫いゆき、間近に降ろされる。
「手荒な真似してしまって、すまなかったねぇ」
女は謝ると、ここに坐りなと言うように床に手をむける。そこに坐していた中年男が尻をうごかし場をゆずられる。おろされたリウは、なにとなくセヒョを見上げると、大丈夫だと受けあうようにかるく肯かれ、女親分の前に腰をおろす。正座をするも、
「そうかしこまらなくていい」
と、にっと唇をしぼり、どうだい、と下に置かれた盃を指さす。この室内にもところどころ器がおかれ、雨漏りをうけている。が、指さされたものは天井からきて溜まったものではなく。どぶろくらしい。革袋があって、男らはそこから椀にそそぎ、思い思いに酌みかわしている。
「タイマイダー、ハクマイダー、チェンマイダー、シンマイダー」
老爺が声高らかに唱えているのをだれも気にとめることなくいて、そんななか、リウは首を左右にふり、いりませんと応える。突っぱねるつもりはなかったが、こわばり、固い反応にはなっていた。
「そうかい」
モミジは顔色ひとつかえず、盃を手にすると一気にあおり、じっとリウに目を据える。目線はくだり、指にとめ、
「・・・・・ミユイか」
と、つぶやく。リウは聞きとれず、なにか意味ありげでもあり、疑問がわくも、モミジはそれに触れることなく、
「そなたにとってはただただ災難だった、としか言えない。腹を割って言ってしまうが、これは呼びよせるためにしたこと」
たそかれ、とは問うまでもなく。さりとて、自分が適任であるかどうかについては、はなはだ疑わしくはある。さりながらそれよりも、
「なんのために」
が気にかかる。こと葉の抑揚だったり、身につけてあるものから、どうもこの辺りに棲むものではないように見うけられもして。
「最近、あまりにも目にあまるものがあってねぇ。シラギ山の鬼のすることに」
縄張り争いか、そういったたぐいの話だろうか。リウの訝るさまを見、何も知らないらしいと察したのだろう、
「まぁ、中にいたら分からないかもしれないねぇ。あいつは祭司長のイヌさね」
「シュウマイダー、キスマイダー、カンマイダー・・・・」
「まさかと思ってたんだけどね、色々と耳にはいってきてねぇ。ついこないだだと、祭司長に呼ばれた娘共が皆殺しにされた。それだけじゃない、その後になるが、ひとつの両班の一家が皆殺しにされた。あいつがやり、やらせしたことさ」
それでもって祭司長とつながりがある。そう言えるだけの筋道を、リウはゆめさら見いだすことができず、不審のみならず反発もわく。そんななかで官吏の家のはなしに、引っかかりを覚える。
「まさかと初めは真に受けていなかったんだがねぇ。さすがに疑いようもなくなってね」
「ナンマイダー、イチマイダー、ナンマイダー、サンマイダー、ナンマイダー、ヨンマイダー・・・・」
「両班の家になにか心当たりでもあるのかね」
モミジは反応を見てとったらしく訊く。リウは、女人の目聡さにひやりとしながら、ええすこし、と応える。詳しく知りたいという思いがあることをも読んだものか、その屋敷のある場所、家族構成等を教えられてゆく。次第次第に追いつめられるように息がつまり、そして息をのむ。かつて奉公していたところの特徴とぴたりぴたりと符合してゆき、どうやらそこで間違いないらしく思われ。
「ナンマイダー、ロクマイダー、ナンマイダー、シチマイダー、ナンマイダー、ハチマイダー・・・・」
「家族のみならず、下男下女のこらずやった。夜陰に乗じ。そして火をかけ焼きはらったのよ、あのイヌころはなぁ」
モミジから目を見つめられつつーーのみならず眸子の奥を見据えられつつ、刻みこむように語られる。説得されている、そういった気がされてならぬ。よい思い出などかすかなものではあったが、消えてほしいとまでは願ったことはない。むしろ消えてほしくない、理不尽に踏み荒らされるようには、と望むものはある。だんまりさんであるとか、ジュデの木だとか。それらがもろとも焼きつくされたというのか。
「ひとや、屋敷のほかに、そこにあった木も?」
リウは震えを抑えようと努めつつ、相手を見かえす。木までには類がおよぶことはなかった、といういらえを一縷の望みをかけて待ち。
「そなた、カミユイのワザをやるようだな」
「ナンマイダー、キュウマイダー、ナンマイダー、イチマイダー、ナンマイダー、ニーマイダー、ナンマイダー、サンマイダー」
カミユイのワザ。リウは当惑する。なにを言い出しているのか、つかめず。名称自体初耳であったし、話の流れにそわない唐突な差し込みにも思われて。それによってできるモミジの疑うような目の色に、さらに困惑させられる。とぼけようとしているのではないか、という疑義の目の色。
「ナンマイダー、ロクマイダー、ナンマイダー、シチマイダー、ナンマイダー、ハチマイダー、ナンマイダー、キュウマイダー」
「サンキュウさん、すこし静かにしろや」
モミジの後ろにいる男が坊主にむかって苛立だしげに言う。と、かまわないよ誦すさせておきな、と言うようにモミジはかるく片手をあげる。リウの双眸からは目を離さずに。真偽をはかっているらしい。その探るような強い目線を、ふっとわずかにゆるめる。
「カミユイのワザ、カミユイの染めと言ったほうがよいかな。カミユイは木でな」
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