第35話 白狐の流れ

 光がおこる。咫尺の間におこりし、かそけきもの。否、咫尺よりさらに緊密にある、吾自身からの放たれしものか。

 閃光。いず方よりか流れきたる星屑。無数のしろい点である光は、来たるやいなやゆらめきなりを織りなしゆく。ゆらりゆらりと立ちあがり姿をあらわす。狐のかたちを成す。それらに取り巻かれ、引かれる感覚。手、を。

 手、閃いたそれを、はてそれはなんだろうかと思いめぐらせてゆくと、自らの手であったものが思いおこされるとともに生えるように形成されゆき、すみやかに腕、肩、胴、首、足があらわれる。リウ、というひとつの個の性がかたちづくられた。とり戻した、というべきか。

 白狐たちに手をひかれ、背をおされている。進まなければならぬことは諒解しながらも、なお留まっていたいと後ろ髪をひかれる思いがなくはなく。あらがい振りはらおうとはせぬものの、遅々として歩みを進めずにある。

 と、目の先に、しろい火焔があがる。おおきな焰はまるみがあり、朱い目がふたつある白蛇だった。白金のなかの双眸をむけられている。口をひらくことなく、音声を放つことなく、それでいて語りかけてあること葉が明瞭にわかる。

ーーマダハヤイ。オモドリナサイ

 ふっと抗するこころもちがゆるむ。その姿に、亡きふた親を思いおこされもして。白狐たちから手をひかれ、背なかを押され足を踏みだす。奔流にはいりこんだように、絡めとられもってゆかれる。急流に呑みこまれ、渦をなす。そのなかで、めぐるましく移りかわりゆくものを見ていった。目にとまらぬほどの早さ、記憶に留めおけぬほどの膨大な量の。

 どこかで人声がしていて、揺られているのを感じている。遠いところで、もしくは関わりのないものへの働きかけのように感ぜられてあったそれらが、おのが身に起きてあることだと徐々に意識にのぼりくる。

「リウ、しっかりしいやぁ、リウッ」

「にいさん、いったらあかんでッ」

 目をあけると、五人のわらべの顔。唇をふるわせたり、眉をひそめたり、そのありようはとりどりだったが、一様に強ばり、血の気がうせていた。感じていた揺れは、地の震えではなかった。いつの間にかそれは収まっていたらしい。腕を引いたり押したりして揺らしていたタマが目をみひらき、

「気ぃついたなぁ、ようよう。よかったぁ」

 つぶらな瞳が、ぶわっと濡れた。トリの床に頭をのせ仰向けになっていたリウはあたりを見まわし、なにが起こったのか考えようとする。地震があって、わらべたちをまとめたはずだった。あれから自分はどうしてしまったのだろうか、断絶せられたように思いだせない。ひとまず起きあがろうとして、肉体の重さに驚き、もたけだ頭をまた床にもどす。短い間に体重がふえたのではない、ということはわかっていた。手をつき、そろそろ起きあがりながら、なにがあったのかわらべたちに訊ねる。

「それがな、急に倒れこんできてな」

「なんかようすがおかしいわぁ、おもててんけどな」

「なんやら息もとまったかんじやけど」

「ない(地震)が大きゅうて、恐ろしくて、おかしいと思いながら」

 記憶とともにまとめてゆくと、トリとの会話中地震があり、床の上にわらべたちをまとめ、みなの上から覆いかぶさるようにした後、意識を失っていたらしい。地震が止んだことで、リウの状態に気をむける余裕ができたとのこと。まっ先に声をあげたのが、

「トリちゃんでなぁ。このままやったら、もどってこられなくなるでぇ。呼ばなな、て」

 五人で呼びかけていたのだそうな。もどる、か。今、この時点に自分のいる世が、はたして基であるのだろうか。もどるというのであれば、むしろそこは・・・・・・。そう思いがうき、流れはじめたとき、床に突いた左手にふれられる。

ーーまだまだ、ここが居るべきところやでぇ

 トリの手で。語りかけの他に、感情もつたわってくる。安堵、驚き、そしておそれ。

ーーにいさんを必要としてるひとがいてるやんなぁ。にいさんも、必要とするひとがいてるやん

 説得するような、宥めるような気味がある。自身に向けられたおそれの感情をもふくめ、荒ぶるものを鎮めようとするかのごとき調子に、リウにはなにゆえであるのか解せないでいたが、そう言われ思いあたるものはある。明後日以降になれば、会えるかもしれない、あのひとに。そう閃くと、陽が射したように意識が霽れてくる。ふっと息をつく。そしてようよう周りのものが視界にはいってくる心地。

 見えてはいた。見えてはいたのだが、ようよう認識できる状態をとりもどしたというか。あいかわらずの、躰というのか、気というのかが重くはあったのものの、といってそれは突如として体重が増加したということではなく。本来もつ重み、見方をかえれば抵抗感というのだろうか、覚えのある肉体固有の感覚で、今まで通り当たり前になってゆくのだろうと思いながら、すでに馴染みつつある。あたかも、砂にかいた線を波が洗いけしてゆくかのように。かろみこそが、描かれた線ーー一時的なものであった、というかのように。もしかすると、その線は地表に刻まれたゆるぎない紋様であり、消えたようにみえただけで、土砂で覆い隠される格好になったただけなのかもしれぬのだが。さりながら、紋様のまっさらに顕れたところが地表であれば、土砂の積もったところも地表ではあり、人というものは、そこに在りつづける他ないものという点においては、いささかも変わらぬところものであるのかもしれない。

「・・・・みんな、ごめんね、心配かけたみたいで」

 年端もゆかないこんな小さき子らに。

「ほんまやでぇ。おなじかけるなら、油紙にしとかな、て・・・・」

 タマが目を拭いながら笑っていうと、耳を澄ます。ぽつりぽつりと地面を打つ音。間遠だった音が、次第に繁くなってゆく。

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