第34話 祭司長

ーーああいう偉いひとら、ひとやないかカミさんか。カミさんは自分らと関わることのあんまなさそうやんな、直にはそうやろけど、会ったりとかなぁ、そやけど、なんかしら関わってはおるやんなぁ。カミさんやからかな、人なんてノミとかシラミくらいにしか思ってへんやろぉ

 そうなのだろうか、とリウは小首をかしげる。それはトリの言を疑うものではなく、やんごとなき方々を信頼している、というわけでもない。どうやら偉いひとららしいという漠然とした像があるだけで、その像にはリウの思うところの神とは結びつかず、どこか遠い外つ国のひとらの話しのようにも感ぜられて。そのお膝元にくるなりゆきとなり、時おりご威光に関することをもれ聞くことはあったものの、そのいます場所より隔たったところで生まれ育ったわけで余計であるのか、ないのか。

 思いかえしてみると、ふた親からその方々の話しを聞かされたことは一度もなかったような気もされる。幼かったためされなかった、される機会がなかっただけなのか、されていて記憶にとまらなかっただけなのか。思案していると、カタカタと揺れのもたらす音がする。

ーーわいもよう知らんわぁ。カミさんやから、ひとの、しかも下々のわいらなんか分かりようないんやろぉ。まぁほんま、下々のもんにはわからへんなぁ。赤子さらって目つぶして、使えるのは使い、使えんようならほかすんやからなぁ

ーーえッ。ということは、まさか・・・・・・

 まさかと応えつつ、薄々察してきてはいて、こころもちとしては、やはりと合点している。小刻みに揺れがおきている。だれかが体をゆするかしているのか、風がつよく吹いているのか。自身のふるえなのか。ほんのり気にかかりつつも、今はそれどころではなく。

ーーひとやったらまさか、てことが、カミさんにとってはまさかでなかったりするんやなぁ

ーーなんでそんな非道なことを

ーーなんでやろねぇ。よう知らんけどぉ。まぁ、うわさやったり、おったとこで聞いたり感じたことやねんけどなぁ、これはぁ

 とトリが伝えて寄こすことによれば。祭司長を務める一族は、元来天礼に仕え祭事を補助する立場にあったのだそうな。そのなかで養われたものなのか、そもそも適した能力があるためその役わりを担っていたのか、もしくはいずれもあってのものなのか定かではないが、天礼とともに天祖であるおや神に感応できることができるのだそうな。であるかるからして天礼去りし後、祭司長として代行できていたわけだったが、いまの祭司長に就いているものは、歴代の祭司長と異なり、必須である能力がうすく、役目をはたすには厳しい状態らしい。どうもそれは突然変異でなく、代をおうごとに薄まっていったもののようだった。歴代だの代々だの言っても、祭司長をとりつとめるようになってからまだ数代ではあったが。一族の本流のなかには、それを補えるものが見あたらず。傍流のほそい血筋をたどり、これはと見どころのありそうな赤子をひきとり、能力を引き出すために育てられる。その最も初めの段階で、両目をつぶされる。視覚を失うことによって、心眼を研ぎ澄ます狙いがあるらしい。そして一族の思わくにかなうようであれば補助の役に取りたてられ、かなわないようであれば路上に放りだされる。

ーーヒロミは、・・・・わての妹なぁ、優秀でなぁ。見えんもんはなかったかんじやったわ。ただ、優秀すぎたんやろなぁ、わてらと関わるもんらだとか祭司長さんだとかまで見えてしまったんやないかな。その力をいっさい出さんようなった。わてはわてで、体弱いしな。で・・・・・・

 柱、床、天井が軋みあげる。気を逸らしておけぬほどの地のゆれ。ちいさく叫び声をもらす女わらべたちをリウは引きよせ、男わらべとともに床にあたまを寄せ合わせ、みなに覆いかぶさるようにして両手をひろげる。動悸がする。震えている。それはこの揺れに際してのものではなく、トリから聞かされたものに対してのもの。なぜそんなことが赦されるのか。理不尽な、非道な行為が、天祖であるおや神の御名によって。それが誠に神意にかなうのだとすれば、そんな神など祀るに価するものなのだろうか。

 揺れがさらに強まり、地鳴りがおこる。ぱらぱら土ぼこりが落ちてくる。リウには微塵も恐れがわかなかった。むしろ、望ましい、相応しいような気さえする。胸のうちも、震動し、突きあげ沸きたち波立ち渦巻く。ウワァン、ウワァンと軋みとも唸りともちがう奇妙な音が耳につく。耳鳴りのようで、内からくるものだとどこかで気がついている。ウァワン、ウァワンと鳴りつづけるなかで、思いがひとつに凝集してゆく。願わくば、この揺れがなおいっそうに強まったものが、あの場所へ、あの場所だけでよい、おこるのであれば。・・・・・・

 ・・・・・・たそかれ。吾に、だろうか。よびかくるものがおる。

 豊沃な呂いろ。そこに融け揺蕩うところを突かれ、かたちなきものであるのに形づけられ、それは意識の形づけでもあり。突くこと、それは、ひとの訴えというものであるのだろう。訴えにより、浮きあがりくる。地体、吾とかれとの別のないところにあったものが、分け別れさせられてゆく気配。

 光がおこる。

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