第30話 はなたれ小僧

「ほんま、しょうもないガキやわぁ。ああいうんはしばき倒さなあかんねん。ヤイトすえたらな、覚えへん。親が親なら、子も子どもぉ」

 女わらべは毛をむしられるなど怪我をさせられたわけではなく、女わらべの家に送りとどける前には落ちつき、タマと笑い声をあげて話したりしていた。なにもしていないのに、無体なことをされたと繰りかえし言っていた。そやろ、そやろと、その度タマは同情するように肯いてみせ、リウはリウで左ほほをさすりながら浅く相づちを打ちはしていたものの、内心どうだろうかなと小首をかしげていた。確かに何もしなかったことは事実だろうけれど、何か言いはしたのではなかろうか、とリウは感じられてならず。

「ほんま、お人よしいうんかなぁ、おぼこいいうんかなぁ」

 タマから呆れたように、かすかに笑いながら言われ、はぁともうんともつかぬ文句を口のなかにこもらせ曖昧な返事をしてみせる。なにゆえタマはあの男わらべにあそこまで激したのか解せないでいる。さりとて、リョウヤを庇うだとかそうなると女わらべを疑う(責める)というふうに取られそうで、それはまた同時にタマを責めることとも解されかねなくもあり、そんなこんなでふれることのなにとなく躊躇われ、

「親が親なら・・・・、ていっていたけど、どこの子?」

 訊いてみてはみたものの、むろんのこと特段関心をもったわけではないし、教えられても大方わからないだろうと思ってはいる。モリゾウの身のまわりの世話をするなかで関わっているひとら、おハツだとか、そこにだいたい被るだろうけれど、小川の洗い場だとか物干し場でゆきあう者らのほかには、ゆめさら交流がなかったから。すこしでも話題を逸らしてゆければ、と願ってのこと、それでしかない。こちらに来て、まだ半月も経ってはいなかったことでもあり。

「ええぇッ、知らんのおぉ、ほんまかいなッ」

 予期していなかった問いらしく、タマは普段から大きくつぶらな瞳であるのに、さらに見開き、リウの背をパンと音をたてて平手でうつ。さまで痛くもないものの、不意に打たれて驚き、つんのめりそうになっている華奢な青年--少年にちかい男子を目にし、いままで接してきたなかで見えてきている彼の性分を思いあわせたとき、さもありなんかと首肯し、

「なんやったか、ネロネロしよる山椒魚、やないなぁ・・・・・・くろ、トカゲ、そやそやトカゲみたいなオナゴ」

「ミワアキて、いうひと?」

「それやそれ。夏場でも毛皮まとったりしてシナつくったりしてるらしいシコメな」

 醜女て、とリウは絶句しつつも、そう言われるだけのことをしているのだろうし、シナについてもやっていそうだと内心うなづけはする。

「あれの産んだ子やぁ。ととさんは知らんけどなぁ」

 それもあって憎まれるのだろうか。いずれ賊になるだろう環境下にあり、その点からゆけばあらまほし素行と言えるのかもしれぬが、とリウはそう割りきれないものを感じてもいる。親がどうだから、ではなく、親がどうだからと思われたり言われたりすることで、形成されるものが少なからずあるのではなかろうか。まだ成長過程にあり、ということや、善とか悪とかいう色があると仮定したときに、割合の問題であってひと色で成り立つものなどあり得ないだろう、という思いがある。なにより、リョウヤがそうあくどい子にはどうしても思えなかったのだった。リウには。ただただ、拙く虚勢をはった、わらべがいるだけなのでは、と。

「そうなんだ、あの子がね」

 リウは思いを滞りなく伝える自信もなく、そうつぶやくように応えるより他にない。タマが男衆を探して馳せまわっていたなかで声をかけられた直前まで、そのトカゲ女やイチといたことを話せば、より印象を補強してしまうことになるだろうと思えもして。言及されることをおそれる気持もあって口が重くなってもいたのだった。幸いというか、焦りつつ男衆を探してまわりしていて、ためにすくなくともトカゲ女は目にはいらなかったのか、なにも触れてこなかったので、ほッと胸をなで下ろす。と、

「ああッ」

 タマが声をあげ、睨むようにして顔を近づけてくる。と胸を突かれる。やはりミワアキを目にしていて、いま思いだした、とでもいうのだろうか。思いを勘づかれたのか。いずれにせよ白をきれるようなら白をきろうととっさに思い決め、どうしたのと平静を装い、問いをかける。

「隠してもあかんでぇ」

「・・・・なにが?」

「できとるやん。青タン」

 ああ、と気がつき、左ほほに指の腹をあて、おしてみる。鈍い痛みがおこる。内心深く息をはきながら、

「そう。でも大したことないよね」

「なんやてぇ、かすり傷でもお頭さんが知ったら大目玉やんなぁ」

「そうかなぁ。気にしないんじゃないかな」

「ほんまに、頼むでぇ。一等気にするんは、あのひとやんかぁ」

 タマはなにを言わんとするのか。リウは半ば無意識のはたらきで、思索を強制的にとめる。そんなことが、あるわけがないではないか。で、「そんなこと」とは一体なんであるのか。・・・・・・

 会いたい。数刻まえその思いがこみ上げ、あふれ、こぼれ落ちしてしまったものがあったことを思いうかべてしまう。胸のあたりに走る疼み。それとともに、鼓動を意識せられる。

「なんやろぉ。青やなく、あかくなってきよったわぁ」

 タマはおどけて目を見はる仕草をし、しげしげとリウの面をみつめる。いやいや、そんなことないから、とリウは右手をふり、左手で顔の下半分を覆うようにし、タマのいない方へと首をそむける。淡いむらさきに染まった指さきがひらめくさまは、天から藤の花びらが舞いおちるがごとく。その花のあまい馨さえにおいきたりそうな風情。

 そよ風とともに、どこからともなく、イカルのさえずりがしてくる。リウは都にきてから耳にするようになった小鳥のもので、リウにはそう聴きとれはしなかったが、月、日、星と鳴いていると言われていて。オジャミ(お手玉)での唄にあるらしい。


 おつきさん、ひとつ

 おひいさん、ふたつ

 おほしさん、みっつ

 ・・・・・・


 いずこでいつ耳にしたものか。都にきてから、ということは間違いなさそうで。鳥の音から耳朶によみがえってきたわらべ唄に、ふうッとタマの揶揄いから抜け静まってゆく。とりたてて気にかかる、というしろものでもないながら。ほてり絡まるものを、ひんやりほどかれたような、なにかそのようなこころもち。そんな凪いだ気もちでいると、不意にまたあのわらべ唄が聞こえてくる。


 ・・・・・・、豆ひろお

 鬼のこぬ間に豆ひろお

 ・・・・・・光るもの

 なんじゃなんじゃろ

 ・・・・・・・


 今までより、しるく聞こえてきているように、リウには感ぜられてならない。見まわすも、やはりそれらしい子の姿は見あたらない。ただし、歌う声は、それまでと同じわらべのもののようではあると判断がつく。か細く、決して力づよさはないものの、弱くもなく、しなやかでのびやかな。

 聞こえてくるわらべ唄について訊いてみようとリウがタマのいる方へ首を傾けた瞬間、タマが大きな声をあげ右手をあげる。

「あアッ」

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