第21話 降りつもるあくた

 うちのうゥらの・・・・に

 雀が三羽とォまって

 なかの雀のゆうことにゃ

 ゆうべござった花嫁御

 ・・・・をたてつめて

 すっぽりかっぽり 泣きしゃんす

 

 トチの木の根もとにしゃがみ込み、女わらべらとともにいたリウは右肩に手をおかれ、顔をむけるまでもなくシュガと知るなか、行こうかとよびかけられる。いずこに、か分からぬ。それよりタマのことが気にかかったが、言わずとも察したのか、大丈夫だと請け負う旨をいわれる。タマは放っておいても大丈夫だという謂なのか、だれかしら手配するということなのか、またすぐ一緒になるということなのか、なにも分からないながら、シュガがそう言うのであれば間違いないのだろうとおもい、問わずにうなづく。

 リウは起ち、ひとりシュガのわきにきて歩みだす。ニジはついてくる様子はなく、女わらべらのそばにいる。案じるこころもちがほんのりなくはないものの、この方が、ちょうどよいかもしれないともおもう。ふたりきりになった今の方が聞きやすい。ためらいつつも勇をふるって口をひらこうとしたとき、

「おいおいやめてくれよ」

「あんたは黙っときッ。この腐れアマ、ケリつけようやないの、離せッ」

「ケリもなんも、おめさんの具合がわりいで、おれのが具合いいだけずら」

「なにがズラじゃ。よりによってようもこんな田舎くさいメス猿にくわえこまれたもんやなぁ、このあほんだらッ」

 肥りじしの中年女は、引き止めようとうしろから羽交い締めする中年男を振りほどきざま、その頭をこぶしでひとつ打つ。対する女は、猿というよりはトカゲのようなおもだちの、ひとえで三白眼、ししづきが薄く頬骨がめだつ。怯えたいろの微塵もなく、爬虫類のような目はすわり、うすい唇にチロチロと細い舌があらわれそうな笑いのゆがみをつくりなす。

「はん。おれが猿なら、おめさんはイノシシだぁ。ごーごー鳴きわめいて、そんなんだから愛想つかされるだぁよ」

「・・・・このメス猿がッ」

 イノシシと称された女は目を三角にし太い両腕を突きだして、トカゲ女に飛びかかってゆく。トカゲはかわそうと横へすさるも、イノシシの手がその襟もとをつかみ、引き倒す。から手のほうで二・三発こぶしを振りおろす。トカゲは悲鳴ひとつあげるでなく、そのこぶしをつかみ、腕に歯を立てる。ぎゃっとイノシシは叫び、

「ほれみぃ、これがこの女の本性じゃあ」

 イノシシはトカゲ髪をつかんで立ちあがる。ひとが幾人か集まってきたが、だれも止めるものはいない。ただそれは、土ぼこりをあげて争うふたりが恐ろしくて近寄れないという気色ではなく、おもしろがって見物しているふうさえある。女性のなかには自らも参戦したがっているようなものがいたし、イノシシに対してだろう、声援をおくっているものもある。

 あっけにとられつつ眉をひそめ眺めていたリウは、袖をひかれ歩みを止められる。みると、シュガが微苦笑していて、わるいなと断りをいれ片手を肩におかれると、

「がああッ」

 けだもののごとき咆哮を、腹の底から噴き出させる。辺り一帯にとどろきわたり、もの音もうごきも、そよぐ風さえ停止した。その刹那の間に、シュガはふたりの諍い女に分けいり、ふたりを引き離す。手をこまぬいている中年男の背をたたいて妻をつれてゆかせ、トカゲ女にゆけと手をふり立ち去らせる。

「ああいういちびったアマ、いっぺんシバいたらなあかんわ」

 気をのまれ静まっていたひとらにざわめきがもどる。呆然と夫婦の後ろ姿をみ送っていたリウはうながされ、ふたたび歩みはじめたなか、ひとりの女しょうが吐き出すようにいった。顔をむけるでなく、ひとりごつようでいて、制止したシュガを責めるように聞こえよがしに。はははッ、シュガはかるく笑ってとおり過ぎた。

 町中のようにそう手の込んだ造りのものはなさそうではあったが、木造だとか茅葺きの家屋がまばらに軒をならべる。呑み屋らしきところもあり、酔いどれ特有の歌声、だみ声、ものを鳴らす音、煮炊きする湯気がもれだしている。町中とはまたちがう、飾り気のない生といった活気があった。

「・・・・愕いたか」

 不意にシュガから声をかけられ、ああと反射的に肯定する。なにを指していっているのか判然としないが、もしかすると何か絞ってのものではないのかもしれず、さすればうべなるかな。出来事からくることによって胸に喰いこんできたものは、あの女同士の諍いだった。

 いや、諍いなどなにも珍しいことはない。もっとも、馴れることはないし、決して愉快になることのないしろものではあったが。またリウが、とっくみあいを目にすることは稀であったし、ましてや女人同士のははじめてではあったのだが。正確にいえばあの言行に、ではなく、あの言行を成す一端にいた者に、衝撃を受けていたのだった。

 夫である男の髭面。そのつらには見覚えがあった。忘れようにも忘れようもなく、焼きついている。先ほどまでーー大方いま現在もだろうが、気弱げにおどおど目をおよがせていたおなじ造作が、嗜虐せんとする昂ぶりに、目と唇をぬらぬらと照りをみせていた。赤黒い液体をつけた鎌の刃をつきつけてきて。そして、振りかざされたのだった。

ーーなんや、追いだされてもしたんかな。えらい気の毒にな。気の毒やから、楽にいかせてやるわ

 絶命するものだと、意識した。同時に、いずこより湧きいずるものか、生きたいという強烈な思いに充たされた。生きたい、否、生きねばならぬという信念にちかいものであったようにすら感じる。その思いも不可解であったが、それが叶えられたことはさらに不可解で、なにがあったのだろうかと今さらながらに訝しむ。シュガが制したのだろうと見当をつけたとして、それは何ゆえに。

 おなじ造作の、間違いなく同一人物のつらつきから、身体、態度のことなれるさま。その落差に喫驚させられる。殺めようとした自分の存在に気がついたのだろうか。先ほど気がつかなかったとして、気づかれたさいどうなるのだろうか、という危惧もなくはなく。

 未知の場所で未知のことごと。理解のおよばぬことらが重なりあい、問おうにも絡みあって、喉にまで上らせられることもかなわぬ。先に聞こうとし、思いきって発しようとして出端をくじかれた格好となったものもある。言わでものこと、三人の女わらべの目のこと。万がひとつにもないとは思う(思いたい)が、シュガが何かしら関わっているのではないかとの疑いがもたげてもいて。

 傍目には、ただ黙々とシュガについて歩んでいるようにしかみえない状態だった。そんななか、またぞろ疑問におもわなければならぬことのあることに、ようよう思いいたる。はたして今、どこに向かっているのだろうか。場所というより、その意図、目的がみえない。


 ・・・・・・梅の木に

 雀が三羽とォまって

 なかの雀のゆうことにゃ

 ゆうべござった花嫁御

 六枚屏風をたてつめて

 すっぽりかっぽり ・・・・・・

 

 どこからか、幽かにわらべ唄が聞こえてくる。さりながらその声はいとけないものではなく、しわがれた男声だった。

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