第18話 さがしき道

「ちとさがしき道になるが」

 と断りをいれたシュガを先頭に、群生したクマザサの間を分けいってゆく。リウでさえ、首のあたりに葉があたるくらいの丈であったため、タマなどもぐり込む格好となり、大丈夫だろうかと案じたものの、存外平気そうに口笛をふいたり何ごとか口ずさんだりして進んでいる。ニジはニジで、苦もなくすり抜けてゆく。

「ねこのここねこ、・・・・・こじし」

 タマが節をつけ唱える。

「月夜には来ぬひと 待たるかきくもり ・・・・・りなん ・・・・つつも寝ん」

 シュガがひとりごとなのか、呟いている。ふたつの文句につながりがあるのかないのか、判じものになっているような気もされつつ、しんがりを務めるリウはそれどころではなかった。他のふたりと一匹はすいすい難なく進みゆくように見えるなか、ひとりだけ苦戦しているようにかんぜられてならない。そんなことがあろうはずがない、と頭でわかっていながらも、自分ひとりにだけクマザサの葉がまとわりついてくるような気がされてならなかった。

 かさかさ涸き、葉擦れを盛んにたてるそれらが、かき分ける手にしっとり濡れたやわらかなものになったかのように貼りついてくる感覚。さがなきがよいなぁと益体もないことをおもって眉をひそめたりしながら、そういう思いがおこり絡みついてくるのも煩わしい。さもあれ、はじめから最後尾であったことが不幸中の幸いか。結局はそうなっていたろうことは明白で、それで済めばいいとして、遅れさせてしまっていたのかもしれないのだし。みなの背をみながら、慰めにおもう。

 ようようクマザサのオドロより抜け出そうというそのとき、

「ぐおぉーッ」

 突如シュガが吼えたける。あたりに殷々ととどろきわたる。不意うちのことに突きとばされたかのような衝撃をうけながらも、リウは咄嗟にタマとニジに馳せより、引き寄せる。庇わなければ、と発想する余裕もなく、反射的な反応だった。何があったのか、何がおころうとしているのか、激しい動悸のなかでも意識を集め、身構える。

「・・・・すまんな」

 わらべと猫に覆いかぶさるようにして屈んでいた背に、 落ちついた声が静かにふれる。そろそろと面をあげると、謝りながらも悪びれるようすもなく、あたかもしてやったりと成功をよろこぶいたずらっ子のようなきらきら輝く眸子があった。

「すまんもおまんもないわ。荒くたい・・・・・わやくちゃしとったら・・・・・」

 タマは頭をもたげて、言う。よほど愕いたらしく、常になくその口舌は途切れがちで、勢いに欠ける。それでも、離れてみた分にはことによるといささか動揺しているだけに見えたかもしれない。が、間近にいて触れているリウには、怯えが、身内の震えとともに直に伝わってくる。ニジの表情は読みとりにくいが、さほど応えていないようにはみえた。

 とにもかくにもオドロから出なくてはと、リウはタマの肩を抱えるようにしてともに起ちあがる。先頭に立っていたシュガがまず押しだされるような格好になって。コナラとクヌギが林立する場に出た。

 ホトトギスが鳴きかわしている。

「ほんますまんかった。ここらでよう熊が出ると聞かされていたものでな」

 それならそれで、まず断りをいれてからにすべきでは。全くの嘘ではないにしろ、驚かせようとしての言行ということは先ほどみた様子からも明白な事実。反駁を加えたい気持が湧くも抑え、口をひらかない。

 みちは傾斜角度のきついところがあり、場所によっては岩や蔦をつかみ這い上がらなければならぬところもあった。とはいえ、クマザサの藪よりはリウの苦にはならない。首筋が汗でぬれ、息がみだれ脚が重くなってもきていたが、むしろ、楽でない方が好都合だった。向かうこと、そこにのみ集中できるわけで、シュガをみたり、そして反応しないで済むわけだから。

 タマは気を取りなおしたのか、小石をひろって投げたり、斜面でニジを抱えて登ろうとしたりーーそれは余計なお世話でニジはだれよりも軽快に駆けのぼったりしていたものだったがーー疲れをみせず跳ねるようにあゆんでいた。そんなわらべや黒猫のさまだったり、足もとにみえたノミノツヅリの微小に咲く花を目にしたりしていて、自分は狭量にすぎるのだろうか、とおもう。悪ふざけではあったにしろ、まず害意はなかったろうし、拘泥しているのは吾ひとりのようでもあるのだし。それでも、とあらがう思いを拭いさることはできない。肉のうすい、華奢なおさない肩の、震え。それを直にかんじておきながら。

 木漏れ日が淡くなり、ほんのり朱のいろがにじみはじめてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る