第12話 タマとリウ
・・・・・・・
さしさしきしとたくとこそみれ
「われは出てくる。・・・・・・(ふたりは)ゆっくりしとったらええし」
室にはいるとそう言いおき、腰をおろすこともなくシュガはふたりをのこし出ていった。
往来を見わたせる窓のひらけた角部屋で、ちいさなともしびが薄闇をつくりなしている。のこされたふたりはふたりで、即にゆっくりさせてもらうことができず、女将に追いたてられるように風呂場へゆかされる。一匹をのこし。簡易な寝間着をもたされ。着ているものは置いておけ、というようなことを言われ。はっきりそうとは言われなかったが、主にわらべの衣についてのことらしく、大方そのまま塵にすることだろうことは予測がつく。使い倒し擦りきれなんの用をたさなくなったボロ雑巾より酷い状態であったから。
リウはわらべを洗ってやりながら、驚いた。汚れが層をなし、かけ流してもかけ流してもどろどろとこげ茶いろの垢がでてき、ようよう現れたあらわな肌が白かったこともなくはない。が、それは想定できないことでもなかったのだ。リウ自身、頻繁に湯あみできる環境におかれていたわけではなかったのだし。
リウが驚いた理由は、別にあった。ともに湯をながし、用意してもらってあった寝間着に着かえ、室にもどるといくらか落ちつき、
「女の子だったんだね」
「何ぬかしてしてけつかんどるねん。どうみてもきれぇーなをみなやんか」
女わらべはそう言いながらも、寝ころがり、ニジにちょっかいを出したりしている。汚れで隠されていたらしく、つぶらな瞳の小づくりな、可愛らしいといえる造作をしていた。タマと名のった。
「えらいすぅすぅするわ」
自らの頬をさわったり腕にさわったりしながらタマはしきりにいっていた。覆いがとれたわけだからそうかんじるだろうな、とリウは理解できた。
女将に声をかけられ、リウは夕餉の膳をもち、室にはこぶ。その間タマははしっこく、茶や茶菓子、ニジの餌になるものもどこからともなく持ちこんできていた。
細くちいさい可憐な体のどこにはいるのかと思うほど、タマはよく食べた。いらないというリウの分も食べ、茶をすすり、菓子をかじる。さりながらガツガツ貪るふうはなく、箸づかいもきれいだった。
膳等をふたりで返しにゆくと、自分らで床を敷いた。三組分。なんで三組なん、ふた組でええやんか、とタマから言われはしたし、それとなく女将にシュガのゆきさきを問うと、
「そら若い男はんやから・・・・・・」
ふくむように、うっすり笑いをうかべてみせられもしたものだったが。それはあくまでも推測にすぎないことのようであるし、仮にそれがそのとおりであろうが何をしようが勝手であって口だしすることなどない、もしくはできないこと。そうリウは理解しながらも、靄のかかったようなすっきりしない気分だった。ろくに返答もできない情態であったにも関わらずなぜ、とそんな自分を訝しむ。
「なぁ、リウはあんひとのイロなんやろ。そやけどなぁ、ああいう態度はあかんで」
タマは蒲団に寝そべり、片肘をついた手に頭をのせた姿勢でこちらをむいて言う。
「イロて?」
咄嗟に諒解できない。
「イロはイロやろ。・・・・・・トロイくさいいうんかオボコいいうんかなぁ、ほんまにもう。そや、思い人のことや」
これなら判るやろ、ぱっと閃ききらめく目で訴えられる。イロの意味はわかったものの、どうしてそう勘違いされたのかは、わからない。首を左右にふってみせると、へとタマは変な声をだした。
「(自分は)男だし」
「そらべつにおかしないおもうけどな」
「きょう会ったばっかりだし」
そして簡単にではあったが、いきさつを語った。ふんふん、そうやったんやと相づちをうち聞いていたタマは、
「そんならなおのことあの態度はないんちゃう。まぁな、平気で殺そうとしたり、殺せるやつらのひとりって目の当たりにしたら、わかっていてもビビるのもわからんでもないけどなぁ。オボコいしなぁ」
と言いながら、大口をあけてあくびをし、頭をおとし仰向けになる。
「殺しもすれば生かしもする。それはなんもやつらだけのはなしやないおもうし。なんにせよ、そうヤキモキせんでも、もどってくるで」
「ヤキモキて・・・・・・」
「それより、カジュって初めてまともに見たけど、おもろいなぁ。もうちょい見てたかったわぁ」
カジュとは子鹿を指す俗語で、男娼や男娼みたいなひとを表す卑称だった。リウは屋敷で下働きしていた際そういわれつけていたため、おのれのことを言われたのかと数秒間おもったものの、その内容だとか話しぶりからそうでないことが知れた。
「なんやらけったいな成りしてなぁ。足踏みならして、どんどんて・・・・・・」
と言いながら寝息を立てはじめた。
後に知ったことだが、あの女人の成りをして足を踏みならしつつ歌う4人はやはり男娼であって、カジュという卑称を逆手にとって屋号にしているのだそうな。その印象にのこる命名だとか、あのようなひとまえでの派手な演出により、その手の店では一等有名で売れゆきも筆頭であるらしかった。
「隔つるのみこそ・・・・・・」
カジュの者らの謡いの一節がふっと現れ口をついて出て、はっとして首を小刻みに左右にふる。そうすれば、なにか忌まわしいものがふり落とせるかのように。
タマがいったああいう態度ということ。どう見えていたのだろうか、とリウは考える。シュガにはどう映っていたのだろうか。怯え、恐れ、悪みするように見えていたのだろうか。そういう気持がない、というのは嘘になる。ましてやこのままでゆけば自分もその群れの一員になるわけで、そこに対する不安や恐れがないわけではない。
確かに両親が亡くなった後売り買いされ奴婢とされ、虐げられたりしながら下働きをしてきたりした。が、殺したり奪ったりしたいとか、そうして当然とはおもえない。賊になりたいとかなれるとは、微塵も胸になかった。
さりながら、このままシュガについて行くことになるのは疑えない。他にゆき場がないから、ではなく、仮にあったとしても。それがはたして良いことかわるいことか判断がつかなかったが、ただ、シュガのそばにいたかった。離れたくないとおもった。
自分がでにおかしいとはおもい、追求はしない。きっとたくさんのひとに取り囲まれているだろうし。さりながら、無意識に近いところでおもっている。シュガを放っておけない。シュガには自分が必要だ。
どこかで、彼の脆さをかんじとっていた。かんじとれる相手であったのだ。こと葉を失ったのはそれをかんじとったからでもあった。
そういう表面化されない意識のため、つよい悔いがわき上がってもいる。表面化されていないためそれが何によるものであるか自覚することができず、余計胸が詰まるわけだったが。
こうべをならべ寝息をたてるタマとニジを眺めていて、この子らのほうがよほどわかっているのかもしれない、とおもう。起きているときとはうって変わってあどけない寝顔のめわらべの、かけ蒲団を整える。
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