第11話 土を踏む音

・・・・・・ ちろりに過ぐる ちろりちろり


「・・・・・・これがわれじゃ」

 シュガが、誰ともなしにぼそりとつぶやく。不逞の輩を追いたてると、またリウとわらべとともに肩をならべる。泰山木のそばにきたとき、沈黙を破ったのだった。気まぐれに石をほうり投げるように、つづけて問いかけるでもなく、言いっぱなしにして、目をむけるわけでもない。であるからして、単なるぼやきとかひとりごととして済ませてしまってかまわないものかもしれない。

 リウは口をひらかなかった。ただそれは、ぼやきとかひとりごとだから、ととったからではなく、なんと言ったらよいのか、どんなこと葉をかけたらよいのか、なにも思いつけず。口をひらかなかった、ではなく、正しくはひらけなかったのだった。

 わらべもまた、なにも応答しなかった。この子はリウとはまた別で、聞いていなかったとか聞こえていなかったとかいう可能性も高そうだ。土を蹴たててみたり、ニジをなでたり、草をちぎって草笛にしてみようとしたり(しただけで鳴らず、すぐ捨てた)、ふたりのまわりを気ままにぶらぶら歩いていた。いまは口ぶえを吹いている。通りがかりの道ばたで、ひと目を集める歌いながら踊っている一団がいて、その拍子を模したものだった。


 ・・・も昔は凡夫なり われらも終には・・・

 いづれも・・・具せる身を

 隔つるのみこそ悲しけれ


 しなしなシナをつくり、野太いだみ声で歌い踊る4人はいずれもおのこで、女人のなりをしていた。ぶ厚く白粉を塗りたくり、なよやかにしようとしているようではあったが、地均しでもしているのかとおもうほど大地に足裏をうちつけうちつけすることになっていた。彼らの狙いとは外れるだろうが、太古の神ごとをおもわせる素朴な、そして力強さをかんじさせた。やんややんやとはやし立てる者もいて、それはなにも奇を衒った装いだとか行為により惹きつけられるもののみならず、ひとの胸の奥にある、郷愁のようなものを揺さぶられるからかもしれなかった。

 リウ自身、おぼろになっていた景色が、おぼろなままだったが、思いださせられていた。植えつけのすんだ田、畑のまわりを裸足の裏で、ときには手で叩きながらまわるのだった。やはり歌いながらそうするわけだったが、その詞はほとんど記憶にのこっていない。ただ、「さっこらおがれ、さっこらおがれ」という文句だけはのこっている。正しくそう唱えていたのかよくわからないし、意味もよくわからないが。立派に育て、というくらいの謂だろうとはおもう。

 タン、タン、と足をうちつける音が、彼らを背にして姿がみえなくなると、郷里のものであるようにかんじられてもくる。あたたかく、豊かな土。清冽な水。鳥のさえずり。・・・・・・・

 と、突然左腕が突っぱる。え、と驚きみると、わらべに袖をつかまれていた。

「ここに入るんやて」

 と示されたのは燈をともしはじめた飯場で、シュガが敷居を跨いでいた。

「怖や、怖や」

 賑わうなかで、赭ら顔の禿げた男が、声をひそめるそぶりをしながら、大声ではなしをしていた。

「ほんまなぁ、真っ昼間になぁ」

「しかも人中でやで。どないなっとんねんなぁ」

 ともがらなのか、偶々隣りあわせただけかわからぬが、同席している者らと盛り上がりをみせている。酒がはいっているせいもあってか饒舌で、町中に賊が出たとの話題だった。祭司長のいます宮に招かれた良家の子女らをのせた牛車が襲われたのだという。その場にいた当事者であるリウは、自分も殺されかけたことをおもう。と、そのとき、なぜ殺められなかったのだろうと初めて疑問にかんじた。明らかに良家の子女ではないと判定されたからか。さりとて刃をむけてきた者は充分それを承知できながらも、斬りつけてくる様子をみせていたものだったが。・・・・・・

「ねえさん、いつものとこ、つかわせてもらうよ」

シュガは、目の細い丸顔の女将に声をかけると階に足をかける。目が細くつくり笑いを崩さないため表情にあらわに出はしなかったが、わらべの存在に頬をかすかに引きつらせた。微妙な変化で、シュガは横をむいていて見えなかったとおもうのだが、

「先に湯つかわせてもらうかな、連れのふたりに。この子の着るもんも適当に見つくろってくれへんかな」

 とかるく笑い声をたてていった。わらべはさらぬ体でニジを抱き、ぼんやりしてあらぬ方へゆこうとするリウの手をつかまえて導いた。

 導かれ階をのぼりはじめたリウは、腹を打たれるに似た衝撃を受けた。それは耳朶をうつこと葉によって受けたものだった。

「皆殺しにされたらしいで」

「抵抗もようせんもんを。盗るもんもたいしてなかったんちゃう」

「むごいことしよる。ほんま鬼やわ、恐ろしい」

 リウは目をみひらき、先を登るシュガの後頭部をみつめる。ふり返りはしなかった。が、シュガの耳にはいったろうことは疑えず、また、リウの視線に感づいてもいるようで、すくなくもリウは、意識をむけられていることをかんじていた。

 

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