第3話 失せ物の持ち主
その後は、玉蘭がやることはあまりなかった。
白英が方々駆け回り、書類と証言を集めた。
玉官の1人、ラピスラズリの元の持ち主は大粛清のさなか、宝玉宮の近くで倒れているのを発見された。
死因は頭部の殴打だった。
彼の身体から守り石は発見されず、暗殺であることを隠すため、その遺体は粛清での犠牲者とともに、まとめて穴に投げ捨てられた。
「……なんかこう人間の尊厳とかさあ」
白英の報告にブツブツと玉蘭はつぶやいた。
そしてその玉官の素性も割れた。彼は楊賢妃の親類であった。楊玉官、と言った。
というわけで、本日、朝一番に楊賢妃の宮殿に玉蘭と白英は来ていた。
「……はあ」
玉蘭は憂鬱だった。眠いのもあるが、もちろんそれだけではない。
白英とはじっくり話し合った。多分大丈夫。ほとんど間違いない。しかし玉蘭はただただ憂鬱だった。
「行きましょうか」
白英が先導し、2人は宮殿へと足を踏み入れた。
「初めまして、楊
出迎えてくれた楊賢妃はキリッとした冷たい雰囲気のある美人だった。年は三十代の後半ほどだろうか。
横に謝女官が控えている。
賢妃の部屋だというのに、人が少ない。人払いを、した。
「本日は先日の石について報告があるとか」
「はい。まず楊玉官のことですが……」
「…………」
楊賢妃が眉をひそめて、口を開いた。
「それは、もう、我々には関係のない人です」
ことさら冷たい声で彼女はそう言った。
「ええ。天子様は楊玉官の咎を楊玉官ひとりのものとし、楊家を責めることはしなかったと、こちらの姫白英から聞いております」
「ええ、その通りです」
実際にはそもそも楊玉官は粛清ではなく、殺されたのだから、彼自身にも咎はないのだが。
「……その後のことですね、楊賢妃様の宮殿から女官1名が反逆者として引っ立てられたのは」
「はい。そちらの女官も楊家に関わりはありません。……血族である楊玉官と違い、本当にありません。後宮の方から配属された女です。天子様はむしろそのようなものを送り込んですまないと謝ってくださったほどです」
「…………」
憂鬱だ。本当に、憂鬱だ。それでも、玉蘭は告げる。
関わりたくないと謝女官は言った。瑠璃などなかったことにしたい、と。
しかし、そうはいかない。
「その女官が楊玉官を殺しました」
「……は?」
楊賢妃は、表情を崩した。見るからに動揺している。
「何、何を……。何を言っているのです。楊玉官は、粛清で……罪人で……天子様の命で処刑を……」
「違います。許可をいただきましたので、お伝えしますが、職を追われた玉官のうち3人は粛清ではなく、暗殺されました」
「さ、さんにんも……?」
「その内訳はここでは明かせません」
下手人がどこにいるかわからないのだから、そうなってしまう。というか玉蘭も知らない。白英が教えてくれない。
「さて、女官はまず処刑された皇子の一派でした。東宮様を廃し、次代の皇帝を狙った不届き者の皇子。しかし、そのもくろみはまず楊玉官に見抜かれました」
「え……」
「……メチャクチャ疲れたんですが、楊玉官の担当した書類を漁りました。その女官が死後の守り石の預け先を届けたのは楊玉官で、その皇子一派の最初の一人が処断されたすぐ後でした。彼女は自分にも累が及ぶのを、予感し、そうした。それがあだになった。楊玉官は挙動不審を感じたのでしょう。彼は自ら女官を問いただしました。何故なら、その女官が、あなたの宮殿の女官だったから」
「……そんな、こと」
「……楊玉官は、親切な方だったようです。とある少年宦官が言っておりました。自分の緊張を見抜いて雑談をしてくれた、と。女官の挙動不審にも彼は親切だったからこそ気付いてしまったのでしょう」
「…………」
楊賢妃は黙り込んでしまった。
「逆上した女官は、楊玉官を殺害。その際、すったもんだで瑠璃を女官は手に入れます。欲しくなったのか、偶然持って帰ってしまったのか、わかりません。その後、結局、彼女も芋づる式で処刑されます。しかし、まあ、おかしいですよね。半年ほど前に処刑された女官が持ち込んだ瑠璃が、何故、今になって見つかるのか?」
「ええ、ええ」
「……で、ですね、聞いてしまったわけです、そこの謝女官に。楊賢妃様は青い石を持つ親戚と折り合いが悪かった、と……それが楊玉官ですね?」
「……ええ」
ぽつりと楊賢妃は答えた。
「ということは、あなたはわかっていたのでは? あの瑠璃が本当は折り合いの悪い親戚の瑠璃だと」
「……いえ、本当に、それはわかりませんでした。思い出しはしたけど……同じ瑠璃だとは思ったけれど、まさか違うって……同じなわけないって……だって、彼の守り石を見たのなんて、昔のことだったから……」
楊賢妃の憔悴した表情は、嘘をついているようには見えなかった。
「じゃあ、誰でしょう。誰なら、知っていますか?」
楊玉官の守り石。
白英が言っていた。宦官の守り石は、他人に知られていないことも多い。
「…………」
楊賢妃は答えなかった。ただ、一人を見た。彼女が思い至った一人を。
玉蘭もそちらを見る。
彼女は、相変わらず静かな顔をしていた。静かで、観念した顔。
玉蘭は彼女の名前を呼ぶ。
「……謝女官」
楊賢妃を幼いころから知っていると言っていた謝女官。彼女なら、楊賢妃が忘れてしまうほど過去の守り石のことを覚えていてもおかしくない。
「失せ物の持ち主は、あなたですね」
「はい」
謝女官は静かにうなずいた。
「……あの瑠璃を見つけた時は、息が詰まる思いでした。あの女官が処断され、粛清の流れも終わり、静謐が戻ってこようとしていたさなかのことでした。処刑された女官の持ち物を私は整頓していました。その中に、瑠璃があった。見間違えることはありません。楊玉官の守り石でした。楊賢妃様が幼いころから、よく反目して、喧嘩をしていたあの少年の守り石……」
幼いころの楊賢妃と楊玉官。顔も知らない楊玉官のことを玉蘭は思い描いた。
「……ピンときました。何故、天子様が謝ったのかも……。すまない、楊玉官を殺させてしまってすまない。そういうことだったのだ、と」
「…………」
賢い人だ。もう少し愚者であれれば、よくわからないまま幸せな無知でいられただろうに。
「誰に言うわけにもいかず、私はそれを懐中に仕舞い込みました。誰にも見られぬように、誰にも悟られぬように。しかし、ある時、落としてしまった。それに気付かず、他の者が見つけてしまって……どうしようもなかった。楊賢妃様が気付いていないのなら、言えなかった……。もう、あれ以上、悲しい思いをさせたくはなかった……」
「懐に入れて、私の所へ、宝玉宮へ持って行かない。そういう選択肢は、なかったのですか?」
「ありません。主人は裏切れませんから」
謝女官は静かに微笑んだ。
「ふー……これ、どうなんの?」
楊賢妃の宮殿から帰り、玉蘭は長椅子に転がった。
留守番をしていてくれた徳秀がお茶を持ってきてくれる。
ラピスラズリは楊賢妃の宮殿に置いてきた。あの後、どうするかは楊家のものへ任せれば良いだろう。楊玉官の縁者達に。
「どうもなりません」
きっぱりと白英は言った。
「全部終わっていますし、大体死んでます。楊賢妃にも咎はない。どうにもなりません……。これ、もしかして天子様わざと放置したんですかね……」
白英の顔が不審に歪んだ。
「……試験、みたいな」
「ははは」
玉蘭は笑った。本当のところはわからないが、そうだとしたら愉快な話だった。
余裕綽々の白英にも、隠されていたことがあった、なんて。
「まあ、じゃ、一件落着ってことで。ほら徳秀、お前もお茶飲みなさい」
「は、はい……」
徳秀はおずおずとお茶を自分の分も淹れた。
「じゃ、乾杯」
玉蘭は杯を持ち上げた。朝一番、お酒にはまだ早かった。
お茶を顔も知らない楊玉官に捧げると、一気に彼女達は飲み干した。
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