第2話 瑠璃は脆し

「はー……」

 玉蘭は、謝女官が置いていったラピスラズリをじっと見つめてため息をつく。

「綺麗~~~~」

「現実逃避をやめてください、馬玉官」

 ぱしっと白英が言う。彼の手には帳面。玉蘭の前にも帳面。

 とにかくまずは総当たりである。

 半年分の記録を読み、その中に瑠璃の持ち主についての記載があれば、その者を片っ端から当たる。

 なければ? さらに前に遡らなければならないだろうか。

「ぐううう……」

 前回のマラカイトの時は、誰のものであるかがはっきりしていたので、簡単に帳面からその記録を探し出せたが、今回はそうはいかない。

 そもそも記録に残っているかも怪しい。

 守り石かも怪しい。

「……これ玉官の仕事かなあ……」

 玉蘭は改めてぼやいた。

「俺の仕事の可能性はあります」

「……じゃあ、サボっていいかなあ……」

「石が絡むならあなたの助けが要ります。働いてください」

「うううう」

 めんどくさい。辛い。どうせ見なければいけない記録ではあったが、改めて必要に駆られて急いで読み込むのは、なんとも辛い。

「ああ、白英。石の名前に瑠璃と書いてあるもの以外にも、石が青色と書いてあればとりあえず書き写しておいて」

「青色ですか」

「うん、半年間の記録は専門家ではないものが代理で取ったもの。瑠璃だとわからず、違う名前を書いた場合も考えられるから」

「なるほど、さすが」

「うん」

 そうして作業は始まった。黙々と。


「……マラカイトってさあ」

「黙って読めないんですか……」

 五分もしないで口を開いた玉蘭に呆れた声を出しつつ、白英は一応話を聞く。

「すり潰される前の石、見たことある?」

「ないです」

「これなんだけどさ」

「こら」

 玉蘭は棚から自分の宝石箱を取り出した。白英が軽く叱ってくるのは聞き流す。

「ほら、これ」

 濃い緑の中に白い縞が同心円状に入った石を取り出す。

 形はややいびつだ。馬家で加工した際、削って要らなくなった部分をもらってきている。馬家にいるころ、自分で磨いたので表面には光沢があるが、特に何の形をしているわけでもない。

「縞が……いっそ禍々しいですね」

「そうも見える」

 白英の素直な感想に、玉蘭はうんうんとうなずく。

「守り石は、石なら何でも良いけど、他の国でもこの石はお守りとして使われるの。子供のお守り。この縞が目に見えるから、魔を見て追い払てくれますようにって」

「そんなグルグルした目の人いませんよ。異国にはいるんですか?」

「そう見えるって話。いや、いるのかもしれないけど……」

 とりあえず馬家にいたころは見たことがなかった。

「つまり、その石は形を保ってこそのお守り……やはりすり潰したのは問題だったと言いたい?」

「いいえ。記録にもあったけど、亡くなった宮女が持っていたマラカイトはここまで綺麗に縞模様は出ていないわ。だから、別にすり潰したところでどうってことはないの」

「ああ……縞が綺麗に出ている方が価値が高い?」

「そうね」

 うなずいてマラカイトを箱に収め、棚に仕舞う。

「そしてそれはラピスラズリも同じ。群青色がむらなく広がり、そして金色の斑点が綺麗に散らばっているものほど高価」

「なるほど。ところで瑠璃の金色の斑点って金なんですか?」

「ううん、これは黄鉄鉱……愚者の金」

 黄鉄鉱は鉱物の一つ。金に似て見えるが、組成が違う。

「黄鉄鉱はねー、面白いのよー、四角い金属が母岩から生えてる感じの見た目でー」

「それ長くなります……?」

「じゃあ、姫宦官がなんか面白い話してよ」

「えー……」

 白英は顔をしかめてしばらく考えていたが、結局諦めた。

「面白くない話なら、あります」

「必要な話?」

「まあ」

「わかった」

 書類に目を通しながら、玉蘭は傾聴の姿勢を取る。

「……女官はたいてい守り石を目につくところにつけています。しかし、宦官は違う。自分のようにパオと一緒に保管しているものなどがいる。さて、そんな宦官が死んだ時、守り石はどうなると思います?」

「ん……」

 玉蘭は書類を見つめる。ちょうど葬式の話の項だった。半年の間に病死した宦官がいたらしい。幸いにしてその宦官の守り石は胸元から発見されたため、遺体とともに親元に返したという。しかし、見つからなかったなら。

「探さなきゃいけないよね……」

「ええ。ちなみにパオは宦官と一緒に埋葬されるのが普通です」

「ってことは、姫宦官が死んでも守り石はパオと一緒に埋葬されるわけだ」

「はい。ですが、それは本当に俺の守り石でしょうか?」

「ん?」

「俺が生前、誰にも守り石のことを話さなかったら。いえ、俺の親は健在なので、結局知っている人はいるんですけど、そうではなく、もう身寄りがない宦官が死んだなら。その宦官の守り石について誰も知らなかったら……」

「……守り石のすり替えが起こりうる?」

「はい。……大粛清で多くの宦官と女官、それに皇子が二名亡くなりました」

「…………」

 大粛清。実際に何が起こったか詳しくは聞いていなかったのだが、その場にいた人間に断言されると、玉蘭は黙るしかない。

「人がたくさん死ぬと、その処理は雑になります。なりました」

「…………」

「守り石が見つからないまま荼毘に付されたものも、それなりにいたようです」

「……死人の、守り石?」

 玉蘭はラピスラズリを見た。深い青色はただ静かにそこにある。何も語らず、主人のことなど何一つ教えてはくれず、そこにある。

「まあ、可能性の話です」

「いや、でも……」

 落ちていた楊賢妃の元で持ち主が見つからなかったのなら、その可能性は高いのではないだろうか。

 そして大粛清。その混乱の中の記録など、きちんと残っているとも思えない。

「……ちなみに楊賢妃のところには、粛清された人とか……」

「いたはずです。ただ外様の官だったので、楊賢妃本人とお子様方はおとがめなしです」

「そう……。その人の記録、どこかにあるかしら」

「あとで調べておきます。……何事もなくこの記録の中から見つかるなら、それが一番でしょうし」

「そうね……」

 というわけで、結局、気合いを入れなければいけない。


 そうして午後いっぱいをふたりは書類の精査に費やした。


「うおおおおおお」

 夜になった。食事がやってきたので、休憩にする。

 疲れのあまり、玉蘭はうめき声を上げながら、長椅子にごろごろと転がっている。行儀が悪いが、白英は毒味にいそしんでいて口が塞がっているので、何も言えず、ただ冷めた目で玉蘭を見た。

 食事は宮殿によっては厨房が整っているところもあるが、前任の玉官達はそういうことに一切興味がなかったようで、玉蘭が玉官として宝玉宮に入った時、厨房は荒れ果てていてどうしようもなかったので、よその宮殿から持ってきてもらっている。その内、修理くらいはしたいのだが、時間がなくてそのままだ。

 ちなみに宝玉宮に持ってきてもらっている食事は皇帝と同じところで作っているらしい。さすがに女官と宦官に饗されるものと、豪華さは段違いだろうが。

「まあ、天子様は食も細くなっていて、俺たちより食べられていないようですよ」

「あ、そうなんだ……」

 毒味を終えた白英の言葉に玉蘭は顔を上げた。

「……私さ、一応女官として……その、あれこれ、そういう覚悟もしてきたんだけど、もしかして天子様ってもう……その、そういうこと出来るほどの元気もない?」

 あんまり直裁的な言葉を使いたくなくて、だいぶぼやけた言葉になってしまったが、白英には通じたらしい。

「そうですね。この半年間、天子様は閨事ねやごとはされていないようです。……おそらく崔徳妃さいとくひ様が宿されているお子が天子様の最後のお子になるでしょうね」

 崔徳妃の懐妊は知っていた。前に会った時、すでにお腹が大きかった。妊娠半年以上となれば、そうもなるだろう。もう少ししたら守り石を探すのを手伝って欲しいと言われている。

「そう……なんか気が楽になったわ」

「そうですか、ほら、ご飯ですよ」

「はーい」

 長椅子から起き上がり、食事に向き合う。

「ん、おいしい。でも、相変わらず刺激が足りない」

 そう言って、玉蘭は香辛料をばさっとかけた。

「……そちら高いやつでは」

「美味しく感じない食事なんて死んでいるのも同然よ。それに辛いものは体を温めてくれるから、私の低血圧にもまあまあ効くのよ。健康のためよ、健康」

「なるほど……」

 西の果てから都にやって来て、一番の驚きは食事だった。珠国ではどうやら西に行けば行くほど辛い味付けが好まれるらしく、こちらの食事は玉蘭には物足りなかった。

 厨房を整えたいのは好みの味付けの料理を食べたいという事情もあった。

「……俺は辛いのはかんべんですからね……」

 そう言って、淡白な味付けそのままの料理を白英はつまんだ。

「ところで、その香辛料、ちゃんと保管しておいてくださいね。俺、それの毒味は嫌ですよ」

「はいはい。辛いのが嫌いだなんて、存外子供みたいなこと言うわよね」

「馬玉官の好みが辛すぎるだけですよ……」

「子供みたいといえば、姫宦官っていくつ?」

「二十一歳です」

「東宮様と同い年だっけ?」

 確かそのくらいの年頃だった気がする。

「東宮様は二十歳です。一つ下ですが、まあ立場やら何やらでほぼ同年代みたいな扱いです」

「なるほど」

「ちなみに東宮妃様は十八歳。馬玉官と同じお年ですね」

「ふーん。なんかえらい美人って噂よね」

「ええ、美人なお方ですよ」

「私より?」

「…………」

 白英が黙った。普通に突っ込んで欲しかった。せめて鼻で笑うとかでも良いから反応して欲しかった。

 玉蘭はまだ東宮妃と皇帝に会ったことがない。

 皇帝には官位を授けられる時に会うはずだったのだが、やはり病が重かったらしく代理の東宮には会った。慌ただしかったので、あまり顔も雰囲気も覚えていない。その場には後宮の女主人おんなあるじということで皇后も同席していたが、やっぱり身につけている宝玉にばかり目を奪われてしまったので、あまり顔や雰囲気を覚えていない。

 まあ、東宮や皇后ともなればそれなりの服を着ているので、多分困ることはない。

「で、どうします、明日からは」

「とりあえず、書類見るの疲れたから、この表の人たちに会いに行こうかと……」

 玉蘭と白英、ふたりがかりで精査した書類の中に『瑠璃』の文字はなかった。

 代わりに『青い石』の記述があるものは十数名いたので、まずはそっちから攻めようというわけだ。

「承知しました。それぞれの所属は俺の方で尚宮しょうぐうに確認しておきます」

 尚宮とは後宮の総務を担当する部署だ。不慣れな玉蘭が行くより、白英に丸投げした方が話は早いだろう。

 ちなみに半年の間に代理で記録を取っていたものも、尚宮から派遣されていたらしい。

「うん、よろしく」

 玉蘭はあっさりうなずいた。


 その夜、疲れもあって、玉蘭は夢も見ないほどにぐっすり寝た。


 翌朝、白英が持ってきた所属表を片手に、ふたりは後宮中を駆けずり回った。

 何しろ密通の証拠の疑いがある瑠璃のことである。あまり大々的な調査も出来ない、とりあえず半年間の書類の不備がないか確認していると言って回った。


 一日駆けずり回って、首尾はなかった。

藍銅鉱アジュライト菫青石アイオライト藍宝石サファイアー!」

 玉蘭は叫んだ。空振りだった青い石達の名前を叫んだ。

 後宮の往来だったので、通りすがりのものたちがぽかんとこちらを見た。

「うるさっ! 馬玉官……奇行はせめて宝玉宮の中で……」

「くそっ! 青い石だ! うん! 青かった! 文句の出ないほど青かった!」

「そうですね。目に青が残ってる感じがします。なんか書類を読み込んだ時より、辛いです……」

「ほい、金で口直し」

 玉蘭は懐中から金の粒を取り出し、白英に渡した。

「こんなの持ち歩いてるんですか……?」

 おとなしく受け取ってから、白英は首をかしげた。その目はじっと金を見ている。視覚の口直し自体はしたかったようだ。

「なんか、気分で。その日、その日、好きなのを」

「はあ……贅沢な話ですね……」

 玉蘭は肩をすくめた。

 わかっている。こと宝石類に関して馬玉蘭は恵まれている。

 それを身をもってよく知ったのは明明と出会ったあの日だった。

 あの日、宝石商の娘は、知らなかった世界を見た。

「……元気にしてるかな、明明」

 思わず、ぽつりとつぶやいた。

 元気にしていてほしい。病気も怪我もなく、元気で健やかであってほしい。


 白英はそんな玉蘭をちらりと見てから、表に目を落とす。

「あ、まだ一人いますね……。でも、彼の守り石が瑠璃ってことはまずないと思いますが……」

「そうなの?」

「はい、宮刑に処された元盗人の宦官です」

「宮刑……」

 宮刑。刑罰として宦官にされることだ。

 自分の意志で去勢をするのもだいぶ大変な話だろうに、刑罰でされるとはまたぞっとしない話である。

「後宮の西端で、肉体労働をしているようです。行きます?」

「うん」

 どうせ収穫はなかったのだ。最後の一人にも一応会っておくべきだ。


 後宮の西端では、建物の解体工事が行われていた。玉蘭が来る少し前、古い宮殿が強風で倒壊したらしく、その片付けだ。

 新しく建物を建てるのなら、さすがに外部の者を入れるのだろうが、建物の撤去くらいは後宮にいる宦官たちでやってしまおうというわけだ。

徳秀とくしゅうー! 徳秀はおるかー!」

 白英が大声で作業場に呼びかけた。

「はい」

 遠くから甲高い声がした。

 白英はあまり宦官らしく女性化しているという感じではない長身の色男なので、忘れがちだが、宦官になった影響が如実に出るものもいる。

 徳秀はそうだった。

 元々年齢も若いのだろうが、とてもかわいらしい顔をしていて、声が高い。顔こそ泥に汚れているものの、なかなかの美少年だった。

 走り寄ってくると、少年は深々と玉蘭と白英に頭を下げ、ひざまずいた。土に額ずく勢いだった。

「あー……そこまでかしこまらなくていいんですよ……?」

 思わず玉蘭はそう言っていた。普段、接している宦官が白英なので、こうも恭しくされると、ためらいのほうが大きい。

「そうだぞ、この人はそんなかしこまらなくていい相手だ」

 白英がそう言った。

「そこは怖くない相手だよ、とかでよくない……?」

 思わず突っ込みつつも、玉蘭は少年に一歩近寄ろうとして、間に白英が割って入ったので、できなかった。

「…………」

 ちらりと白英がこちらを見る。護衛の目をしていた。

 元盗人。警戒するのはわかるが、こうもあからさまにするのはどうかとも思う。いや、玉蘭の警戒心がないのも問題なのだろうが。

「……あの、自分が何か?」

 徳秀は顔を伏せたまま、そう聞いてきた。

「こちらは新任の馬玉官だ。玉官不在の半年間の書類の点検をしている。お前の守り石を確認させてくれ」

「はい」

 白英が会話の主導権を握ってしまったので、玉蘭はおとなしく彼に任せる。

 徳秀は胸元に守り石をしまい込んでいた。それを捧げるようにこちらへ見せる。

 穴を開けるのではなく、紐で石を包む形で首飾りにされたその石は、細長かった。

「……紫水晶アメジストだこれ! 何が青だよ! めっちゃ紫じゃねえか!」

 玉蘭は即キレて、帳面に訂正を書き込んだ。

「ひっ」

「あ、ごめんね。ごめん、大丈夫。君に怒ってないよ。ごめん」

 徳秀が守り石を差し出した姿のまま、怯えてしまったので、玉蘭は慌てて言いつくろう。

「……良い石だね」

 場を和ませたくて、そう言っていた。

「……母が、包んでくれました」

 徳秀がそう返した。

「そう。綺麗だね」

 守り石のアメジスト自体はそこまで良い石ではない。欠けや色ムラもある。しかし、石を包む仕事は丁寧に行われていた。母親に思われているのだろう。

「えーっと」

 目的は終わったが、徳秀がまだぷるぷる震えていたので、玉蘭は話を続ける。

 ちらちらと他の作業中の宦官がこちらを見ているのに対し、白英が「持ち場に戻れ」と声を掛けていた。

「後宮は長いの?」

「まだ一年です」

「そう……」

 大粛清は生き延びたらしい。おそらくここまで下位の宦官なら、粛清に巻き込まれるような立場にすらならなかったのだろう。つまり、政治に巻き込まれるような立場ではない。それならば。

「……君、この石、見たことある?」

 こっそり玉蘭はラピスラズリを取り出した。しゃがんで額ずかんばかりの徳秀の顔の前に差し出した。

「……これっ」

 徳秀が、声を上げた。

 思わず玉蘭と白英は顔を合わせた。


 場の責任者に徳秀を連れ出す許可をもらい、一行は宝玉宮に戻ってきた。

 宝玉宮に上がる前に、白英は布を持ってきて、徳秀の汚れを拭ってやった。

「…………」

 徳秀は落ち着かない様子で、宝玉宮にいた。

「話せる?」

「は、はい……えっと、俺が宝玉宮に来たのは、これで三度目です」

 徳秀は話し出した。

「一度目は後宮に入れられてすぐです。自分が死んだ場合、守り石をどうするか届け出れると聞いたので、郷里の母に送って欲しいと届けました。その時は、あの、まだ前任の玉官がいらっしゃいました」

「うん」

「二度目は……その、玉官が皆いなくなった後で……それで、俺のほうも、母が亡くなったので、前の記録を訂正して欲しい、と。送り返す先がなくなってしまったので、その、玉塚に納めて欲しい、と」

「そっか……」

 母親の死。あの丁寧な首飾りを作った母親の死。玉蘭は胸が締め付けられるような気持ちになりながら、うなずいた。

「それで、この青い石については?」

「……一回目、担当の玉官が、俺、今回みたいに緊張してたんで、その色々雑談をしてくれて……その時、その人が自分の守り石も見せてくださったんです。そのさっきの青い石、みたいなの。あの、本当にその石かはわからないんですけど、自信ないんですけど、でも、そんな感じでした」

「群青色に、金が散らばっていた?」

「はい」

「…………」

 玉蘭は考え込む。持ち主不明の石。合致するもういない玉官の守り石。

 徳秀は自信がないと言ったが、そうそうある偶然ではないだろう。

「白英……」

「ご自分で」

 一度目の記録を探してもらおうと白英に話しかけたが、そう返されてしまった。

 白英が仕事を放棄したのではなく、徳秀とふたりきりにさせられないということなのだろう。

「はいはい」

 書庫に向かう。

 一年前の記録はまだ宝玉宮にあった。

「……これ、か」

 届けを受け付けた玉官の署名もあった。

「白英、これ」

 白英にその名前を見せた。

「……3人側の玉官です」

 徳秀の前だ。白英は直接的な言葉を使わず、そう言った。

 3人。粛清で職を追われたのではなく、暗殺された3人。

「ふー……」

 馬玉蘭はため息をついて、椅子に腰掛けた。

 暗殺された玉官の守り石と思われるものが楊賢妃の宮殿から見つかった。

 これはもう色事の密通どころの話ではない。頭が痛かった。

「……大粛清の前後」

 楊賢妃の宮殿の雰囲気がおかしくなったのはその頃だと謝女官は言っていた。

 大粛清などあれば、おかしくはなるだろう。しかし――。

「ここからは俺の仕事でしょうね」

 白英がそう言った。

「彼に関する書類を持ってまいります。徳秀、ご苦労。もう持ち場に……」

「徳秀、お前、宝玉宮に勤めなさい」

 特集を帰そうとする白英の言葉を遮って、玉蘭はそう言った。

「馬玉官!?」

 白英が声を荒げる。

「宦官ひとりじゃ何かと不便だと思っていたところよ。ちょうどいいでしょう。留守番とか色々やってもらいましょ」

「いえ、ですが……」

 白英が反対するより先に、徳秀が口を挟んだ。

「あ、あの。馬玉官はご存じないのかも知れませんが、俺は盗人です。俺のようなものをここに置いては馬玉官の評判に関わります」

「関わらないわよ」

 きっぱりと玉蘭はそう言った。

「お前が以前にどんな盗人だったかなんて知らないけれど、ここで悪さしたらすぐバレるわ。そしたら次は死刑かもしれない。……人によっては死んででも郷里に戻りたいものもいるでしょうけど、お前にはもう、帰りたい理由も、ないのでしょう?」

「…………」

 徳秀はうつむいた。

 母親が死んだ。他に縁者がいるかどうかはわからないが、守り石は母親が死んだ後は、玉塚に納めて欲しいと徳秀は思ったのだ。母親ほど大事な人間は、もういなかったのだろう。

「お前はしっかりしている。良いものを持っている。商人の勘よ」

 なんだか、いつかの父のようなことを言っている。そう思いながら、玉蘭はそう言った。

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