3度ぐちゃぐちゃにされる配達員

三雲貴生

一話完結


 俺は東京で就職を失敗し地元にUターン就職を決めた。

就職先は、U-BeeStarうーびーすたーという地元の配達業者だ。

スマホで店からの配達依頼を受け、配達先に商品(主に食料)を配達する。便利で楽しい職業しごとだ。店からもお客様からも感謝される意欲的な仕事だ。俺は今充実している。


 今日最後の仕事はやっかいだ。色々店をまわって、山奥のお屋敷に商品を運ぶ。なんどか仕事を受けたが、最後に受けるには重労働だ。


「今日はもう50件も受けたのに、勘弁してくれ──」


 疲労と重い荷物、山奥のため電波状況が悪くてマップが使えない。昨日の雨のため地面がぬかるんでいる。初めての店もあったので大変だった。


「やっとすべてまわれた──」あとは屋敷へ配達すれば完了。


 油断だった。下り坂のなんでもない道で、俺のバイクはあっけなく転倒した。道から外れぐちゃぐちゃになりながら崖下へ転がり落ちてしまった。


 重要なのは、俺とバイクと荷物の安否だ。


「よかった」俺とバイクは無事だった。


 もっとも、崖の下のバイクは自力で回収不可能。仕方ないのでGPSで位置を記憶しておく。後で業者に回収してもらおう。


「ダメだ!」問題は荷物の中身だ。ケーキやハンバーガーやなんか知らない液体がぐちゃぐちゃになってケースから出てきた。おまけに自分でも少し浴びてしまった。気持ち悪い。


「これは、お店と配達先に謝らないと……」


 配達料金は無理だろうな。弁償代で今日の給料が飛ぶかもしれない。

まずはつぶれた商品のファーストフード店へ連絡。


「ああ──そのまま配っちゃってください」

「ええ、良いんですか?」

「壊れててもオッケーです。なぜオッケーかは秘密でっす」

「みーちゃんちょっと待ってよ。お屋敷に持っていくの俺だよ?」


 みーちゃんは俺の幼馴染だ。俺が東京で就職活動している間に、地元でファーストフード店の店長になっていた。偉い人だ。


「契約で壊れても配達すれば良いと連絡をもらっています。大丈夫ですよ」


 壊れた商品の店長さんたちは揃ってそう返答してくれた。


「いいのかよ? そんなんで──俺はいいけど」


 最後に配達先のお屋敷に連絡した。


「ええ、その様に連絡いただいております。身体はご無事ですか? 傷一つありませんか? そうですか、では、さっさと配達に来てくだい。ご領主さまも首を長くしてお待ちしております」


 ラッキー。なんか良いみたいだ。


 だが、バイクは崖の下、俺はこれから歩いてこの重い荷物を運ばなければならない。


「アンラッキーだ!」



 △   △   △



 お屋敷に到着したのは夜の9時過ぎだった。何度も遅れると連絡を入れ、その度に「良いから早く」と急かされた。ちぇ迎えに来てくれないのかよ。仕事だから仕方ないけどよ。


 そんな不満も、お屋敷の美人メイドさんの接待で霧のように消し飛んだ。


「ようこそ当屋敷へ、お疲れでしょう。お風呂のご用意ができております。ささ、おくつろぎ下さい」


 年齢は俺より若いが、しっかりしているようで他の使用人に指示を出している。メイド長?


「メイド長ですか?」


「いえいえ、私はご領主さま付きのメイドでございます。メイド長は別におります」


「おいくつですか?」


「……わたくしにご興味ありますか?」


「え。ええ──」


「構いませんよ。22になります。お話をしながら、お風呂へご案内しますね」


「皆さん忙しそうですね?」


「明日はご領主様のお誕生日なんです。みなでお祝いの準備をしております」


「へえ──」


 今日はその前祝いで、その材料を運んできた俺もお祝いに参加させられたという話だ。

 

 なんか高待遇だ。配達先でお風呂を頂いたのは初めての体験だ。配達料金から引かれるかな? と小心者な心配をしてみる。


 6畳もある脱衣場でメイドさんとふたりきりだ。メイドさんは、俺の服を脱がせにかかった。


「あ、イヤイヤ。自分で脱ぎますので。ハイハイ」


 メイドさんを脱衣場から追い出すとさっきまでの会話を思い出してみる。


「お風呂は良いんですか?」


「従業員専用のお風呂です。安心して下さい、私も入りますから。うふっ」


「ご領主さまは優しい?」


「とっても優しいですよ。私は母の代からメイドをしております。子供の頃は、娘のように可愛がられました」


「今回の荷物なんだけど……」


「注文通りです。壊れた食料や雑貨は私の注文です。私が『しー』すればオッケイです。フフフ」


 なんとも色気のある対応だ。俺は23歳でひとつ年上なはずなのに──。


 そんなメイドさんの事を考えているとお風呂場の扉が開いた。

 

「失礼しますお背中お流ししますね」


「い、イイですから!! 出ていって、イイですから!!」


「まあまあ、そうおっしゃらずに」


 結局押し切られてしまった。背中や脇なんかをゴシゴシやられた。ただの配達員にこれは異常だ。


「それでは前も……」


「マエはイイですから!! ああ、もうどうなってるの!?」


 メイドさんは俺の身体を隈なく丁寧に磨いてくれた。


「どうぞ湯船にお浸かり下さい」


「ああーー」


「お湯かげんはいかがですか? 熱いですか? ぬるめますネ」


「好きにして──」


「湯の元をいれますね」


 メイドさんは湯船に香辛料を振りかける。バスク○ンみないなやつ?


「ご領主さまがお好きな香辛料です」


「胡椒? えなんで?」


 香水の瓶が贅沢に開けられ、湯船に流された。


「ご領主さまがお好きな香水です」


「ん」


「ご領主さまがお好きなワインです」


「んー」


「ご領主さまがお好きなヘアカラーです」


「ん?」


「ご領主さまがお好きな記憶の元です」


「なんか深夜TVで売ってそうな名前ですね」


「安心して下さい。名前をすこし変えております」


「いいのかな?」


「ご領主さまがお好きな放射能物質ウランです」


「ちょー!」


 風呂の中がぐちゃぐちゃになると同じく俺の頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。



 △   △   △



 目覚めたときそこはベッドの上だった。まだ夜。窓の外は暗い。


「見知らぬ、天井……ヤバイ!!」


 ベッドの周りには、野菜や果物が俺を囲うように並んでいた。体中から美味しそうなニオイがする。ヤバイヤバイ!!


「この流れは知っている」


 鬼婆の民話だ。西洋でもある話だ。紛れ込んだ旅人をお風呂に入れてきれいな身体にして、天ぷら粉をまぶして油で揚げて食べるやつだ。メイドさんが俺を丹念に磨いてくれたのも食べるためだ。このままでは、明日の領主さまの誕生日パーティーのメインディッシュにされてしまう。


 俺は窓から裸足で飛び出した。広い庭だ。庭の木に邪魔されて壁が見えない。いったいどのくらい走れば端に行き当たるのだ。俺は一目散に走り出した。

 

 前へ前へ。

 さらに前へ。

 壁にたどり着くとその高さに驚いた。

 3mはある壁をよじ登ろうとしたが叶わず。

 高い壁をみあげながら、ただ呆然としていた。


「あら。ここにいらしたんですか? お元気なこと。元気なことは良いですが……」


 俺は屋敷の従業員たちに担がれ元の部屋へ連れて行かれた。そしてイスに縛られ注射を打たれた。



 △   △   △



 俺は虚ろな記憶の中、メイドさんとお酒を飲み交わしていた。明日の領主様の誕生日パーティーの前祝いだと言う。酒に溺れてメイドさんのおっぱいをちょこっと揉んだ。


「いいのですよ? そういう領主様もありですわ。ご領主さまはちょっとえっちでもかまいません」


 俺は鼻の下を伸ばし正体をなくした。


 頭も体もぐちゃぐちゃにされて、野菜や果物の並んだベッドの真ん中に寝かされた。


「あとは明日の夜明けを待つだけです」


 メイドはひと仕事終えた満足感で頬を赤く燃やした。



 △   △   △



『領主の誕生日』



 翌朝目覚めると、新しい自分に生まれ変わっていた。頭の中がスッキリしていた。窓からスッキリとした青空を見上げる。気持ち良い朝だ。新領主としての新しい朝だ。


「メインディッシュ。バカな。今ならわかる。俺は新領主として生まれ変わったのだ。代々引き継がれる儀式を経てすべてを悟った。俺は初代領主の記憶を受け継いでいる。あの記憶の元がそうだ。領主の寿命は77年。寿命が尽きた時、20代の勤労な青年を屋敷に招き入れ、入れ替わりの儀式を行う。お風呂で清め、ベッドに寝かせ。代々領主ゆかりの供物を並べる。男は死んだわけではない、ただ領主の一部になっただけだ。ある意味では、男は領主に食べられたと言えなくはないが」


「おはようございます。ご領主さま。誕生日パーティーの準備は整っております」


 ご領主さま付きのメイドは、新領主さまに朝のご挨拶を告げた。


「明日から忙しいぞ。ワシは、前領主で学んだことがある」


「パーティーよりも大切なことですか?」


「ワシが年を取ってから、各領主どものいざこざを止められなかった。だから若いうちに片付けておこうと思う。これは前領主時代に学んだの教訓だ。ほうけてはおられんぞ」


「あら? 私のおっぱいは領主さまに触れられることを期待しておりましたが……?」


「それはそれ──楽しもうぞ」


 新領主は、メイドのおっぱいに触れた。



おしまい


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