第3話 雨垂れ石を穿つ

「依頼したいんだけど」


「はい。ご予約ですか? お取り寄せですか?」


 僕のその言葉に、女性客は再び眉間にシワを寄せた。


「何を言っているの? 調査の依頼に決まっているじゃない」


「調査?」


「知り合いが自殺したんだけど、私は殺されたんじゃないかと疑っているのよ。だからその知り合いの死の真相をつきとめてほしいの。それから、もし殺されたんだとしたら、その犯人もね」


 僕は隣の女性店員と顔を見合わせて首をひねった。

 何を言っているんだ、この客は。


「あの、お客様。お店を間違えていませんか? ここは書店ですよ」


「え、ここは有隣堂ではないの?」


「はい。ここは有隣堂ですよ」


「じゃあ合っているじゃない!」


「ええ。でもさっき当店とは関係ない依頼をしていたじゃないですか。ラーメン店に行って寿司を注文するようなものですよ。そんな注文をされても、ラーメン店の店主だって『冗談はよしてくださいよ。ここはラーメン屋ですよ?』つって困ってしまいますよ」


 あ、女性客が「よくしゃべる鳥だな」って顔してる。これもう僕の話なんか聞いてないわ。

 ほら、全然僕のこと見てないもん。


「でもここは有隣堂なんでしょう?」


「だから、そういうことではなくてですね……」


「えっ!? 違うの? さっきはそうだって言っていたじゃない!」


「あのう、お客様。少し聞く耳を持っていただけませんか?」


「あら! ミミズク特有の耳自慢ね!?」


 いやいやいや、ミミズクにそんな自慢をする特性なんかありませんって。

 まあ、ミミズクは耳のついたズクだからミミズクっていうんで、耳が特徴的なのは間違いないんですけどね。

 でも、この耳に見える羽角うかくには人間の耳のような役割は特にないんですよ、実は。

 とは言いつつね、鳥類の中では特に聴覚が優れていることは間違いないんですけどね。


「あ、あのぉ、もしかして、これと間違えているんじゃ……」


 隣の女性店員が僕の肩をトントンと叩きながら言った。

 女性店員が向けてくれたスマホの画面を覗き込むと、そこにはとある事務所のホームページが映し出されていた。


「(有)隣党探偵事務所……」


 あー、はいはいはい。はいはい。

 たしかに有隣堂と読めるけれども!


「あの、お客様。お客様が探されているのは、有限会社の隣党探偵事務所ではありませんか?」


 これで万事解決と思いながら確認するが、こわばった女性客の顔に変化はない。


「は? 違うわよ! 有隣堂っていう探偵事務所よ!」


 どうやらこの人、(有)が有限会社の略であることを知らないらしい。

 それどころか有限会社自体を知らない可能性すらある。


 僕たちはこの人に有限会社というものについて懇切丁寧に説明し、お探しの場所は隣党探偵事務所であること、それからこの店が本屋であることをご理解いただいた。


「なるほどねぇ。じゃあ、あんたたちは有限会社の隣党書店ってことなのね」


「違います! ここは『有隣堂』という名前の書店です! ちなみに有隣堂は株式会社です!」

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