第4話 鳥肌が立つ程度の腕前と地上へ
「くっ……ユウキ、少し下がりなさい!」
「ああ、任せる!」
それから数時間。
午後六時を回ったところで、アルタは二十九層のボスに挑むユウキたちの雄姿を、こっそり見届けていた。
開けた空間全てが氷で覆われているエリア。彼らが相対しているのは幼氷龍ニルムガルムと呼ばれる魔物。
吐息を浴びたら一たまりもない魔物ではあるが、彼らならばなんとか倒せるだろう。
ちなみにアルタが魔物側を手助けしたりすることは基本的にない。全ての魔物は自分のためならば命をかけてくれる存在……などと気取ってはいるが、状況次第では魔物側にも冒険者側にも、それはもうずぶずぶに肩入れする性格だったりする。
面白おかしく生を全うする。それがアルタの目的だ。
「スキルを使うか──
(おお、これは見たことない技だな……)
ユウキが叫ぶと同時に、彼の身体を金色のオーラが覆っていく。
そして地面を蹴るなり十数メートル近く跳躍し、上段に構えた両手剣をニルムガルムの脳天目掛けて振り下ろす。
見るからに分かる圧倒的な身体能力の上昇。
アルタは勝負あったなと、鳥肌が立つ腕を見やる。
「グガァァァアアアア──!!」
「はぁぁああああああ!!」
(ふわぁぁぁ……)
ユウキの絶叫と共にニルムガルムの咆哮が鳴り響き、アルタの欠伸が搔き消される。
すでに見えている勝負故のよそ見だ。
「ガ────」
全てを凍てつかせるブレスを吐くが、抵抗虚しく両手剣が頭部を真っ二つに割って、どしゃりと身体が崩れ落ちる。
ユウキはそのまま空中でくるりと一回転して華麗に着地し、ぶるっと身体を震わせた。
「ふぅ……って冷た!」
「ユウキ君ったら、また無茶して……」
「本当よ……」
「ごめんごめん。あまり戦いを長引かせたくなくて。明日も学校だし、今日はここまでにしようか」
三人の女子に駆け寄られたユウキは苦笑し、手当てを受けて凍傷を回避する。
服を脱いでペタペタとボディタッチが多いように見えるが、気のせいだろう。
下も脱いでなどと聞こえるが、これもまあ気のせいだろう。
アルタは覗き見るのも悪いと思い、その場で最近ハマっているブレイクダンスの練習に興じることにした。
「これなら二十万円くらいになるかな? 明日も学校だし、換金を済ませてさっさと帰ろうか」
「そうね。んじゃ、一人五万でいいよね」
「打ち上げしよっかー!」
そうしていると彼らはニルムガルムの牙や爪、魔石などを回収し、安全な場所まで移動。
改めてワープポイントを作ったのか、水晶玉を置いていた。
一方のアルタは。
(うーん、仲間を殺してもいいけど、四人でいた方が成長するタイプっぽいしなぁ。連携した方が強そうかなー……)
物騒なことを考えていた。
「ただいまっと」
「お帰りなさいませアルタ様」
「むぉ? おふぁふぇいらはい!!」
「どうどう。メイナもお疲れ~」
少ししてダンジョンの百九層に帰還したアルタは、おむすびを頬張っているムスビたちと鉢合わせる。
黒髪ロングのメイドロボットであるメイナに、握り立ての熱々おむすびを振る舞ってもらっているらしく、頬に米粒を付けている。
「今日のニュースを見るか」
アルタも椅子に座ると、天井からぶら下がっている巨大なモニターに目線を向けて、報道されている内容を聞くことにした。
『──そんなわけで、今日もユウキさんとお仲間の方がシンジュク六十八を攻略してきたそうです! いやぁ、もう二十九層とはさすがですね!』
『ありがとうございます。ですがまだ半分も到達していないので油断はできません。早く皆さんが安心して暮らせる世の中にしたいですね』
どうやら帰ってからインタビューを受けたらしく、立派な若者だと称賛されるユウキがそこにいた。
素材の無償提供に募金などの善行も報道されており、それはもうこれでもかともてはやされている。
普通は天狗になったりするというものだが、彼に限ってそんなことはないと、アルタも腕を組んでうんうんと頷いていた。
「アルタさん、嬉しそうですね!」
「そりゃあね。ムスビも彼の成長は凄いと思わないか?」
「思いますけど……私の方が強いですよ?」
不服そうに目を細めるムスビを、アルタはあやすように撫でてなだめる。そうするだけで一応は落ち着いてくれるのだが、今日はどうもご機嫌ななめらしい。
じっとりと湿った視線を送ってくる彼女に対し、ため息を吐く。
「んじゃあ、明日は地上に遊びに行こうか」
「んぐっ!? ほんほうれふふぁ!?」
「だから飲み込んでから喋ろう。明日はユウキ君も学校に行くみたいだし、他にも偵察したいしね」
態度を変えるムスビの頭を撫でたアルタは、今日は早めに寝るようにと伝え、自分も休息を取るのであった。
「三週間ぶりくらいだっけか」
そして十二時間後の正午、彼は黒を基調としたスーツを纏い、一般人の装いをして地上を歩いていた。
背後には剣道着を着用しているムスビがおり、愛刀を竹刀に偽装している。
認識改変は効いているが、若い娘が平日の昼間に出歩いているということで、警察官に話しかけられたが。
「それにしても危なかったな。学生は学校に行っている時間だもんな」
「はい……相手を欺くのは少し苦手です……」
祝日ということで誤魔化したが、助け舟を出そうか迷う場面もあった。
アルタがその気になれば、耐性を持っていない人間を催眠などで簡単に操れるので、万が一の時には救いの手を差し伸べるつもりである。
「ここら辺なら平気かな……よっと」
路地裏に入ったアルタは、周囲に人がいないのを確認してからジャンプし、廃墟ビルの屋上へと着地。
ムスビも壁を何度か蹴って遅れて到着し、彼の視線に合わせて目を細める。
二人が偵察しているのは推し冒険者のユウキである。
「相変わらず仲良さそうだな。俺も混ざりたいな」
「アルタさんは本当に彼がお気に入りなんですね」
「……ちょっと拗ねてる?」
「いえ、そんなことは……ちょっとありますけど」
素直なムスビの頭を撫でて、アルタは視線を戻す。
今はお昼休みに入ったのか、学生らしくクラスメイトと談笑をしている。やはりテレビに出ていたのが大きいのか、昨日のインタビューについて話しており、からかわれて苦笑しているようだ。
いつもクラスの輪の中心にいるのは当然だろう。
「彼のためだけに来たんじゃないですよね?」
「ああ。実はもう一人いてな」
そう言ってアルタたちは隣のビルに移り、校庭を別の角度から見る。
都心部ということで狭いグラウンドではあるが、生徒たちがワイワイと騒いでおり、武術の授業をしている光景がそこにある。
基本的に平和な世の中ではあるが、他のダンジョンからは魔物などが漏れ出ることもあるらしく、その対策の一環である。
「あそこにいるだろ? 名前はシズクちゃん」
「彼女ですか……」
鬼気迫る表情で剣を振るっている少女を指さすアルタと、話には聞いていた彼女のことを思い出すムスビ。
一目見れば分かる、復讐者の目をしている少女。
どうやら他のダンジョンで両親が命を落としたとのことであり、とにかく魔物を憎んでいるとのことだ。
「面白いと思わない? 同じ学校に通っているのにこんなにも違うなんて」
「うーん、どうでしょうか……」
「ユウキ君とシズクちゃんが協力すれば、もっともっと強くなれるはずなんだけど……ムスビもそう思わない?」
「難しいと思いますけど……仲良くできるんですかねー?」
ムスビの言う通り、そこが問題だとアルタも把握はしている。
水と油のような二人をくっつけるような、困難な作業。
だからこそやりがいがあると、張り切ってもいるのだが。
彼はフッと笑い、突風と共にビルから飛び降りるのであった。
日本のラスボスのダンジョン無双 @ruiveruto
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