第2話 ムスビ登場


「今日はつええ冒険者こねーかなぁ……。マジで弱過ぎねえか冒険者……いや頑張ってるのは分かるけど」


 翌朝、アルタはネットやニュースを見ながら項垂れていた。

 ラスボスの朝は早い。


 朝七時には起床し、軽く体操をしてからミルクティーとパン、もしくはご飯と味噌汁を飲食。

 次にダンジョンの至る所に埋め込まれている、目玉型の撮影機から流れてくる映像を確認して冒険者の強さなどを測る。

 壁のあちこちに埋め込まれている目玉は気持ち悪いと冒険者たちに評判だが「最難関ダンジョンだし、これくらいはしないとな」との判断である。


 ちなみにラスボスになってから三ヶ月ほどである。ちょうど九十日前の朝、いつものように朝食を摂っていると、朝のニュースでここだけが未だに攻略されていないと、美人なアナウンサーが語っていたのである。


「ふわーぁ……今日は十八層辺りを見に行くかぁ」


 アルタは大きな欠伸をしてから椅子から立ち上がり、だらだらと歩く。

 もちろん便利になったダンジョンでも一人で全てを見ることなど叶わず、現地に赴いたりもする。

 見込みのある冒険者、将来性の期待できる若者などは追い返したりと、それはもう忙しい日中を過ごしている。


「転移転移っと」


 各階層に繋がる、自分たちだけが使える魔法陣に乗ると、アルタの身体が粒子となって消える。

 冒険者の観察が彼の主業務と言っていいだろう。

 自分を解放してくれるかもしれない存在、いわば救世主。

 いつ現れるかなど知る由もないが、将来性のある場合には苦労してもらうのだ。


「お、やってるねぇ」


 十八層にたどり着いたアルタは、遠くから聞こえてくる剣戟の音を聞き走り出す。

 広いダンジョンとはいえ、彼が全力疾走をすれば二分で合流することができるというもの。

 もちろん着いてもすぐに合流はせず、陰からひっそり覗くだけである。


「くっ……化け物め……っ!」


「あははー、その調子です!」


 開けた場所で戦っているのは、鎧を纏い片手剣を振るう青年冒険者と、和服姿で長い銀髪を靡かせ、刀を振るう侍を彷彿とさせる人間。

 もちろんアルタの部下の一人であり、信頼している強者。

 名前はムスビといい、天真爛漫な人物である。


 冒険者の方は必死な様子ではあるが、ムスビの方は余裕そのもの。

 十八層の危険な人間として噂になっている彼女だが、戦わなくても問題はないが、倒そうとする者もいる。


「いいじゃないですか、どんどん強くなってますね!」


「くっ……やはり近接戦闘では勝ち目がないか……」


 男は左手に持っていた盾を前に突き出すようにすると、数歩下がってムスビとの距離を取る。

 明らかに何かを仕込んでいると思わせる姿に、アルタはどんな魔法、あるいは道具を見せてくれるかワクワクしながら待機。

 ムスビは、一度納刀して抜刀術を披露すべく身構えている。


「くらえ……ファイアボルス!!」


 男が叫ぶと同時に盾の中央に埋め込まれている赤い宝石が光り、三メートルはある炎の球が豪快に飛び出し、ムスビに向かっていく。

 今からでは間に合わない、避けられないサイズ。

 これには彼も勝ちを確信しているのか、ニヤっと微笑んだ。


「なるほどなるほど、やはり飛び道具の類でしたか! でしたら私も……おむすび一刀流──射気しゃけ!!」


「んなっ……ぐぁはっ!?」


 しかしその笑みは、ムスビが刀を抜くと同時に崩れる。

 一メートルに満たない白い三日月のような光が、炎を真っ二つにして霧散させ、男の盾へと飛来したからだ。

 見てからでも対応できる神速の抜刀術……それがムスビの使う、おむすび一刀流である。


 ちなみに名前はアルタが適当に考えたものであり、彼女が目をキラキラさせて喜び、他に名前を考えても譲らなかったからである。

 強さが名前負けしているだけなのだ。


「くっ、くそ……撤退だ……!」


「また来てくださいねー!」


 男が慌てて逃げ出すのを確認すると、笑顔で右腕を伸ばし、手をぶんぶん振って見送りするムスビ。

 当然のように傷はなく、息一つ乱れていない。

 彼女が再び納刀したタイミングで、アルタは姿を見せることにした。


「おはようムスビ。今日も頑張ってるね」


「アルタさん! 今日は来てくれたんですね!?」


「いや、一昨日も来たよね俺……まぁいいか」


 アルタは彼女のために持ってきた袋と水筒を渡すと、近くの岩に腰かける。

 そしてムスビがささっと袋を開き、中に入っていた弁当箱にぎっしり詰められたものに、瞳を輝かせるのを見て肩をすくめた。


「わぁぁ……!! 今日もおむすびがいっぱいですね!」


「本当に好きだな……」

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