第十話 恋の訪れ


「今日は誘ってくれて有難うー!」


久美子さんからはほのかな酒と化粧の匂いが漂っている。和子ちゃんは今日彼女の従兄弟と泊まっており、明日の昼頃まで帰ってはこない。


「でも、突然永澤さんが誘って来た時は驚いたなー。」


久美子さんのハイヒールは電灯に反射されて夜中に輝いている。


「だって突然、一緒にディナーに行こうって言うんだもん。次からはもっと早く連絡してくれないと。お化粧も焦って済ませちゃった。」


しかし、話の所々で見せる笑顔がなによりも輝いて見えた。


「久美子さん、ちょっとこっちに来てくれませんか?」


「何なにー?」


道の端に寄ると、俺は深呼吸を一つして内ポケットから花束を取り出した。


「アガパンサス。花言葉は、恋の訪れ。これが俺の答えです。」


久美子さんは顔を何度か拭くとこちらを向いた。彼女の顔は化粧が少し崩れていたが、笑顔は崩れていなかった。


「。。ありがとう。」


俺は彼女と別れてまた歩き出した。

また生きなければいけない理由が増えた。マッセミリアーノを倒したら、俺は必ず帰ってくる。久美子さんに心配などさせない為に。

覚悟はもう決まった。



ー同時刻22時47分

        神奈川県、横浜刑務所


「えー、田中陽一、そして渡辺実の面会はこちらです。」


「。。。。」


「すいません、こいつ人見知りなんですよー。」


「は、はあ。一応誘拐殺人犯なので刺激はしないで下さいよ。では、十分後に。」


「アザーっす!」


そこにはマスクをつけた黒髪の男とまるで雛人形の様な着物を着た少女が立っていた。扉が閉じられたのを確認した後男は椅子に座り、ガラスの向こうの男達に顔を向けた。


「いやー、久しぶりじゃん!!田中っちと実りっち、また髭増えたんじゃない?」


「おい、幹部さんよ、俺達はすぐに出してくれるって言ったのはどうした!?」


「あー、あれね。」


「頼むぜ、すぐ出してくれるって言ったから殺人までやったんだぞ!!」


「うーん、それがだね。。」


「おい、お願いだ!おい!お。。」


男が地面に倒れた音が部屋に響いた。


「。。うるさい。」


「雛ちゃん、命令する前にやっちゃったらダメって言ったろ!短気は損気だぞ。」


「お前も。。うるさい。」


男はまだ地面で泡を吹いている。


「。。ひっ!」


「あっ、言い忘れてたけどお前ら最初からシャバに出す予定無かったわ。」


「えっ、えっ?!」


「どっちにしろ関係ないけどな。今日はお前らを始末する様に命令されたから。」


またもや男の倒れる音がした。


「ウエッ、こいつ漏らしてる。やっぱ雛ちゃんえげつないなー。」


「。。。。。」


「じゃあ戻ろうか。仕事したし、今日はみんなで焼肉だろ!」


あくびをしながら男と少女は扉から出ていった。


   


「加藤、大丈夫か?顔色悪いぞ。」


「いやっ、大丈夫。ちょっと背筋がゾッとしただけっす。」


「お前、風邪か?」


「全然大丈夫です!!ほら、元気もりもり!」


「ならいいけど。。」


スナックバー特有の軽快なポップミュージックが流れている。


「お前、飲みに行く時全然飲まないよな。飲みに行ってるのに。」


「。。癖みたいなもんっす。」


「ていうか、俺が支払っとくんで皆はもう行っていいっすよ!」


「マジか!次は俺が奢ってやるから心配するなよ!」


皆帰ったのを見て加藤は金を払うと、最後に出ていった。


「マスター、チャオ。」


空を見ると雲で月が隠れてしまっている。


「この感覚。。」







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