過去編1 水割り

「永澤!」


ヒグラシの鳴き声が響いている。


「こういう時くらいシャキッとしろよ。」


空を見上げると日は暮れてきており、見事なオレンジ色が放たれていた。尻にはアスファルトの冷たい感触が伝わって来る。


「昔からお前は酒に弱いなあー。」


政宗は手を差し伸べてきた。


「水割りを頼んだはずだったんだけどな。」


「言っただろ、あそこの水割りはキツイって!」


俺は政宗の手を取るとよろよろと立ち上がった。


「でも店主は良かっただろ。あれ、最近できた居酒屋なんだよ。花より焼酎」


「ああ、良い雰囲気の店だ。」


「お前には分かると思ったぜ!」


徐々に電灯が光り始めてきた。太陽の刺すような日差しは消えたが、蒸し暑さの余韻が未だに残っている。


「お前、絶対に受かれよ。採用試験。」


「当たり前だ。お前こそ、と言いたいがお前はまあ、落ちないだろうな。」


「ハッ、俺も買い被られたもんだなー。」


冗談なのか本気なのか分からない政宗の言葉に、俺は軽く苦笑した。



政宗との付き合いは中学の時に始まった。その頃の俺はとにかく一人だった。別に陰キャだったりいじめられていた訳ではない。他の奴らが熱狂している物などは全く面白くなかったし、無理をしてでも友達を作る意欲も無かった。ただ、毎日毎日無気力に生きていた。

そんな俺にも友が一人だけいた。猫の灰丸だ。灰丸は元々捨て猫だったが俺が拾って飼い始めた。最初の頃は毛が汚れて灰色になっており目を当てられないほど痩せていた。家に帰って洗うと真っ白に変わったのだが、直ぐに灰色になり戻ってくるのでそれからは灰丸と呼んでいる。

俺にとってはかけがえないの無い友達だった。


ある放課後に俺が家へ帰ろうとしていた時、校舎裏から声が聞こえた。何かと思い校舎裏を覗くと、そこには上級生が五人で一年生らしき生徒を虐めていた。いじめられている生徒は子猫を庇っており、上級生達はバットを握り締めていた。これから何が起きるのか俺は直ぐに理解した。そして気付いた時にはその生徒と三年生の視線に入っていた。

「お前らいい加減にしろ!」

俺が叫んだ瞬間、誰かと声が被った。驚きを隠せず横を見るとそこには知らない男が立っていた。俺と同年代らしく背丈は殆ど変わらない。しかし俺とは違い、陽キャっぽい茶髪で右耳にはピアスもつけている。けれども俺たちの事を上級生がただ待ってくれる訳も無かった。


「うっせーんだよ!」


一人が思いっきりバットを振りかざしてきた。俺と隣の奴はそれを避けると、一年生の生徒を逃げさせ上級生に向かっていった!


。。十分後、俺とそいつは地面に寝そべっていた。


「くっそー、数的不利だな。」


「思いっきりボコられたな。」


俺達は互いに愚痴を言い合っていた。あの後上級生に一方的に攻撃され、次は無いぞと言われると飽きたのか彼らは帰っていった。


「まあ、いじめは止めさしたし、俺たちの勝ちだろ。」


嬉しそうに言うそいつを見ているとつい吹き出してしまった。


「なんで笑ってんだよ!」


そう言ってそいつは俺の方に顔を向けた。その時初めて俺たちは目を合わせていた。相手の痣や切り傷だらけの顔を見ていると、今度は二人一緒に青空に向けて笑い出してしまっていた。笑ったのはたった数十秒だったが今までの人生で最も気持ち良い笑いだった。


「俺は政宗。佐々木政宗だ。」


笑いが収まってくるとそいつは名前を言ってきた。


「俺の名前は、伊藤永澤だ。」


その日から俺の人生は180度、いや360度変わってく。

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